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元ねこ桜ヶ池始末  作者: 在江
第四章 埋蔵金伝説
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銀ぶらの罠

 数日後、久松からの着信を見た斎は、すぐに返信できなかった。忙しかったとかではなく、戸惑ったのだ。


 「桜ヶ池へ行ってみよう」


 あの時は、母が帰宅して、話がそれまでになったのだった。夕飯を一緒にどうか、と誘う母にひたすら恐縮し、そそくさと帰った久松の頭の中に、碰上の埋蔵金が居座っていたとは思いもしなかった。


 「色々無理」


 考えた挙句、打ち込むと、今度は電話がかかってきた。


 「今、電話いけるか」

 「うん」


 相槌のように返事をしてから、忙しいと言えばよかった、と後悔する。しかし、電話なら無料である。まずは礼を言う。


 「この間は、良いお酒をありがとう。父が喜んでいた」


 本当だった。意外にも、父は銘柄を見て感心していた。名の知れた酒造のものらしい。


 贈り主の久松が平方(へいほう)大学の学生と聞いて、微妙な顔つきをしたことは、飲み込んだ。ちなみに母は、やけに嬉しそうだった。昔から、何故か平方贔屓なのである。これはこれで面白くない。


 「そりゃあよかった」


 久松の用件は、桜ヶ池への同行だった。


 「俺、色々知り合いを辿って聞いて見たんじゃけれど、最近池の周りにやたら人がおる噂があって、近々発掘されるかも知れんのじゃ。敷地内のものを大学が掘ったら、大学のものになってしまうじゃろ。斎にも権利があるんじゃけ、その前に何とかしたい」


 「ありがとう。でも、僕に権利はないと思うよ」


 いつの間にか、久松の中で、藤河家が碰上家の親戚に格上げされている。斎の金欠に責任を感じたあまり、そう思い込んだのかもしれない。


 仮に斎が掘り当てるなどして権利を得たとして、すぐに金になるものでもない。得た金を碰上ではなく、芦足(あしだ)のインカレに寄贈するのは、筋が違う気もする。


 「そうかのう。とにかく、一度行ってみんか。本当のところ、ちいと怖い」

 「でも電車代も、もうヤバいから。熱海の件で」


 芦足までなら、定期で行けるが、桜ヶ池のある碰上キャンパスは、まるきり路線が違う。パスモのチャージは初乗り運賃を割っている。


 「そうじゃった。あの時は、すまんかった」


 久松は改めて詫びを入れた後、通話を切った。


 斎はスマホを眺めた。熱海の件を持ち出したのは、卑怯だったかと思った。


 宿泊の件は久松が発端だが、それだけなら、ここまで金欠にはならなかった。金のかかるコンパニオンを提案したのは斎だし、金を払わないのは花頭(かとう)たちである。


 久松が持参した酒をネット検索してみると、結構な値段だった。コンパニオン代と合わせたら、学生としては相当な出費だ。


 祖父の、昔の言葉も気になる。


 桜ヶ池に近付くな。


 「斎、お母さん銀座へ行くけど、一緒にどう?」


 夏休みももうすぐ終わり、つまりあと数日我慢すれば、とりあえず使用額が復活するタイミングだった。


 「行きたいけど、もうパスモのチャージがない」

 「あら」


 母が言葉を途切らせたのは、クレカからオートチャージできるだろう、と言いかけたのだ。

 今回の処分について、父から聞かされたことを思い出したのだろう。当然熱海の散財について、知っている筈だ。


 ピンクコンパニオンのことまでバレていなければいいが。熱海の件について、母が触れず、家に菓子や軽食をいつも用意しておいてくれることには、感謝していた。


 「往復分ぐらいなら、チャージしてあげるわよ。駅へ行けば、現金で入れられるでしょう」

 「そうなの?」


 パスモを入れて貰って以来、自分でチャージしたことがなかった。新幹線ならともかく、普通電車の切符を、駅の券売機で買うのも自信がない。画面を見ればわかるだろうか。


 社会勉強を兼ねて、と自分に言い訳して、母について行くことにした。それに、ひたすら家に籠る生活に飽いていたせいもある。好きで籠ったのではない。


 母の言う通り、駅の券売機にスマホを置いて、現金を機械へ入れることでチャージができた。簡単だった。


 地下鉄に乗って、銀座へ出る。


 家に籠ってからさほどの期間も経っていないのに、久々に都会へ出た気がした。斎の家も都区内にあるが、銀座の街は別格である。


 祖父も銀座にオフィスを構えている。それは、碰上大学まで地下鉄一本で行けるからだ。以前、自分でそう言っていた。今日の外出には関わりない。


 母に付き合ってデパート巡りをした後、服を買うのに量販店へ行った。その後、ランチの安い店で食事をする。全部母の払いである。


 久々の外食だった。店内は、買い物帰りの客と仕事中の客と半々で、ほぼ満席である。

 母の雑談に付き合いつつ食事を済ませた後、コーヒーを飲むと、一仕事終えたような気になった。


 「これも、銀ブラになるのかな」

 「あら。斎ぐらいの年でも、銀ぶらって使うの?」

 「うん。平方大学学生由来の言葉だよね。銀座でブラジルコーヒーを飲むこと」


 「え。何それ?」


 母によれば、銀座通りをぶらぶら歩くことが、本来の銀ぶらだと言う。平方贔屓の母でも、銀ブラの話は聞いたことがないそうだ。


 「斎、起業するなら、年配の人と取引するにも、もっと社会常識を身につけた方がいいんじゃない? 準備は進めているの?」


 そんなことまで言われて、斎はムッとするより、ドキリとした。


 入学時の予定では、学生のうちに起業することで、ある程度身元保証にもなり、注目も集められると踏んでいた。今頃は経営者になっている筈だった。


 実際には、入ったインカレサークルはハズレの上、余計な出費で活動資金を制限され、研究もなかなか進まない。というより、一番肝心なことは、起業してまで売りたい物が見つからないことだった。


 最初は、自分がやりたいことで起業すれば良いと思っていた。色々調べると、既に誰かが商品化あるいはサービス化して久しかった。次に、誰かのアイデアを形にすることを手伝う立場で起業しようと思った。


 形になるアイデアは、思いついた人が商売にしていた。今は、起業と気負わなくても、収入を得る方法がいくらでもある。後は、素人の斎から見ても、どうかと思うような物事ばかりである。


 起業セミナーに参加したこともあるが、高い参考書を買わされるだけで、その後のフォローはなかった。そういえば、あれもインカレの企画だった。


 「お母さんの素人考えだけれど、とりあえず方向性の似た会社に就職して、経営の方法を実際に経験しながら起業に備えるのも良いんじゃないかしら。小さめの新しい会社だったら、新入社員にも色々な仕事をさせてくれるだろうし、採用も遅くまでやっているって聞いたことがあるよ」


 母の言うことは、斎も考えた。普通に就職活動をしている同期の中には、内々定というのだろうか、採用が決まったも同然の者もいる、と噂を聞いた。


 斎もいくつかインターンシップに参加してみたが、就職への本気度を見透かされたように、その後の接触には繋がっていない。

 大手であれば採用スケジュールは厳密に決まっていて、しかも開始時期が早い。後から割り込むことはできない。


 中小企業の方が、人が集まりにくい分、結果的に遅くまで募集することは知っていた。


 就職後の起業を目指すなら、大手企業からの独立の方が、箔はつく。だが、斎にはもう間に合わない。実を取る意味で、規模に捉われず当たってみるのも良いかもしれない。


 斎の反応を見て、好感触と思ったのだろう。母が言葉を継いだ。


 「斎がその気なら、お父さんに良さそうな会社、聞いてみようか。何ならこれから」


 自分でも顔が強張ったのがわかった。周囲にスーツ姿の客が目に入らなかったら、声を上げたかもしれない。今後、どこで会うかわからないのだ。銀座のど真ん中で取り乱す訳にはいかなかった。


 母は、自分の考えで就職を勧めたのではない。父に、いや、祖父から示唆されたのだ。

 今日の銀座行きも、このためだったのか。


 経営コンサルタントを務める祖父や父に、斎の目的に合った会社を紹介、とまではいかなくとも、教えてもらうことは容易い。既に十数社ぐらいはリストアップしているかもしれない。そのリストは確かに見たい。


 だが、それだけでは済まない。


 その後の人生、ずっと祖父の言いなりである。父を見ればわかる。


 父がそのことについて不満を言わないのも、不思議を通り越して怖かった。ちなみに、母とは祖父が持ち出した見合いで結婚したのである。


 ゾッとした。自分は、そんな人生を送りたくない。


 「いや。自分でそういう会社も当たってみるよ。OBの人とか話を聞きやすいし」

 「そう。じゃあ、食べ終わったら帰ろうか」


 母は、がっかりするでもなく、普通に言った。こういう時の母の表情は読めない。


 店を出て、無言で歩く。何となく気まずい感じである。まだ昼過ぎだ。本当なら、祖父の会社へ出向いて、企業訪問の段取りでもつける予定だったかもしれない。


 駅へ降りたところで、ばったりと久松に会った。


 「あら、平方の。この間は、結構なお土産をありがとうね。お父さんも美味しいって」


 途端に社交的な笑顔で礼を言う母。見事な切替えだった。斎の方は、先日誘いの電話を断ったのと、今しがたの気まずさに引きずられて、ぎこちない顔しか作れない。


 「買い物?」

 「あ、そこの編集部でバイトしとった。雑用ばっかりで金にもならんけど勉強思うて」


 と、男性向け有名雑誌の名前を挙げる。


 「まあ、立派ね」


 母がすかさず褒めると、ギョロ目を伏せて照れた。


 「いやあ、雑誌は有名ですが、僕がいるのは書籍の方じゃけ」


 慣れない標準語を使ってみせるが、広島弁に終わっている。


 「本の編集なんて本格的ね。この間はご飯も差し上げないでしまったから、これからお茶でもどうかしら」

 「せっかくのお誘いですが、これから碰上へ行く用があって」


 と斎を見た。桜ヶ池へ行くつもりだ。


 「久松さん、お顔が広いのねえ。うちも碰上には縁があるのよ」


 母が何を思ったか、声のトーンを上げた。久松が戸惑う。


 「母さん。僕、久松くんと一緒に、碰上大学へ行ってくる。荷物、持てるよね?」


 斎が口を挟んだのは、母の長話に捕まった久松と、自分を重ねたからだった。母と二人きりの気まずい帰路に耐えて家に籠るより、気の合う誰かと話したい。


 幸い、母がチャージしてくれたパスモの残金は、碰上へ往復しても間に合うだけある。

 久松に見栄を張る必要も、金の心配も要らなかった。


 「大丈夫だけど、お邪魔じゃないかしら?」


 母には意外のことだったようだ。久松も同じ表情だ。


 「一緒に来てくれれば、嬉しいですけえ‥‥いいのか?」

 「うん。行こう」


 斎はようやく、自然な笑顔になれた。

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