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元ねこ桜ヶ池始末  作者: 在江
第三章 海のち池
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元ねこは学生の意見を聞く

 荷物をまとめ終えた学生たちを前に、理加は昨夜からの流れを説明した。ところどころ、同席者が補足した。


 井湯から提供された、お婆さんの徘徊記録も示された。


 「さて。これらの情報から、藤河家の別荘で起きた異常現象の原因を考えてもらう。あまり時間がないから、そのつもりで。寿女沢(すめさわ)君の意見は?」


 説明からの流れで真っ先に指名を受けた寿女沢は、明らかに何の意見も持っていなかった。


 「オーナーの孫? あの生意気な」


 他の学生から苦笑が漏れる。昨日の藤河孫を思い出した感じだった。


 「うん。確かに彼も気になる存在ね。着眼点は良い。ただ、今回の件には直接関わりがない。理由は、円筒(えんどう)君、わかる?」


 「ええと。お孫さんが来る前から異常が起きていたから?」


 「正解。では次の候補。岩動(いするぎ)君」


 「管理人さんの、ええと誰だっけ。お婆さん、あ、お母さんか」


 岩動は自分のメモを見ながら答えた。彼女は人が話す速度でメモを書けるが、その字は本人以外に判読できない。


 「当たり。ただ、それは外側から見た場合。能見(のみ)君、中身は?」


 「根岸やゑ?」


 「その可能性もあった。永木(えいき)君、次の候補」


 理加が時計を睨み、スピードを上げる。


 「管理人の亡くなった父親」


 「そう。根拠は?」


 「異常が始まった時期です。真実教の教祖が元凶ならば、より以前から発生している筈。憑依された側との親和性から考えても、夫である父親、前管理人の可能性が高い」


 「よろしい」


 そして理加は次々と学生に当てて、今回の経験を共有させた。


 学生たちが答えたように、藤河の別荘で起きたポルターガイスト現象は、高確率で前管理人の井湯父が、井湯母に取り憑いて起こしたものと思われた。


 教祖と過ごした晩年の場所に、思い入れがあるのだろう。


 ならば、井湯母に面会して(はら)えば解決するか、というと、それが難しい。


 まず、井湯父らしいモノは、ずっと妻にくっついている訳ではないのだ。普段、どこへ行っているのか、探す必要がある。


 探すより、井湯母に取り憑くのを待つ方が早い。それでも、取り憑く条件が揃うのを待つ必要がある。さらに、これは絶対条件ではなく、空振りに終わる可能性もある。


 その上まずいことに、井湯母は高齢者である。ただでさえ、心身が弱った時に取り憑かれるのだ。無理に祓う過程で、体が壊れる、つまり死ぬかもしれない。


 何せ、取り憑かれる度に、別荘行脚でこき使われている。その最中に死ぬことも、あり得る。どちらを選ぶかは、井湯夫妻、できれば本人が決めるべきだった。


 依頼主で井湯夫妻の雇い主でもある藤河なら、どんな事情も斟酌(しんしゃく)せず片付けろと言うかもしれないが、それで泥を被るのは理加である。


 だから、とりあえず別荘に被害が及ばないように、結界を張ったのだ。井湯母の件は、知らせないつもりだろう。それでも一応依頼の筋は通る。定期的に張り直す必要はあるけれど。


 こうした裏事情も含めて、理加は全て学生に説明した。彼らが卒業後、同じ仕事を請け負った時、困らないように。


 「と言うことで、今回の件は一旦終了です。私と助手は井湯さんと面会して様子を確認するけれども、皆は帰京して解散」


 「僕も残りたかったなあ」


 と(りつ)


 「ダメ。日置(ひおき)君は唯一の運転手なのだから、責任を持って皆を送り届けてください」


 理加は、被せ気味に却下した。

 フロントから、チェックアウトを(うなが)す電話がかかってきた。



 午後、理加と俺は、井湯夫妻に付き添って、お婆さんと面会した。


 MRⅠの結果、特に異常はなかったと聞いて、夫妻ともども安堵していた。


 お婆さんは面会の間中寝ていて、全く話を聞けなかった。真夜中まで歩き回っていたのだ。疲れただろう。そこの記憶もないだろうし。


 理加も俺も、お婆さんと話をするより、さっき学生たちに話したことを息子夫婦に説明して、この先どうするか考えるよう促すために来たのだった。周囲に見物人よろしく学生共がいるのは、場にそぐわない。


 「そういうことでしたか。先生にもオーナーにもご迷惑をおかけして」


 井湯夫もまた、疲れて頭が働かない様子だった。徹夜明けに、勤め先のポルターガイストが両親の仕業で、命をかけて償うか、自分の寿命を削って孝行するか選べ、と急に言われたら、普通は混乱する。


 「ちなみに、お祓いは有料です。藤河さんには、お母上のことを伏せて説明しますので、そのつもりでいてください」


 「はあ。ありがとうございます」


 理加は部屋を出る前に、付け加えた。


 「あと、お父上のお墓を手入れするか、改めて供養をなさったら、何かしら良い効果が現れるかもしれません。できれば真実教のやり方で」



 こうして理加と俺は、熱海から戻った。


 律たちマイクロバス組も、無事に着いたと連絡があった。

 康明(やすあき)も、ちゃんと留守番していた。もう大学生だし、成瀬や萌衣(もえ)も同じ家に帰るのだから、何の心配もいらないのだが、つい子供のような感覚で見てしまう。


 大学へ寄りたがる理加を宥めて家へ送り届け、俺は絹子叔母の待つマンションへ帰った。結婚前、理加が住んでいた、あのマンションである。



 「ご苦労様。藤河さんは納得してはった?」


 日置は、報告書から顔を上げた。律ではなく、父親の純一郎である。理学部心霊学科教授、つまり理加の上司だ。元々京都の人である。今は都内に住んでいるが、京都弁が抜けない。


 「まあ一応。お孫さんの件もあるので」


 理加は、藤河斎が仲間連れで押しかけてきて、別荘から追い出されたせいで、根本的な解決ができなかった、と訴えたのだ。藤河は渋々ながら、宿泊費用も追加で支払ってくれた。


 「ご主人の供養で収まってくれれば一番いいのやけれど。あんまり時間をおくと、奥さんの寿命が尽きても一緒に成仏してくれへんかも。一応僕の方でも、真実教の祭儀を調べてみる」


 「ありがとう、助かる。昔のマイナーな宗教だから、資料が見つからなくて」


 「そうやろね。こっちも期待せんといて。ところで、桜ヶ池の噂、聞いた?」


 「いえ?」


 桜ヶ池は、碰上大学構内にある。昔から何か危ないモノが封じられていて、一度そのせいで大騒ぎになった後、毎年封印の儀式を行なっている。今年の春にも、儀式をしたばかりだ。


 「まだ噂の範囲で、実際の体験者まで辿り着けんのやけど」


 日置が聞いたところでは、池が人を呼び寄せ、魂を吸い取っている。人魂みたいな光が、池の奥へ吸い込まれるのを見た。そして翌日、死者が出た、と。


 「毎年お盆に、そんな話が出回っているわ」


 桜ヶ池で起きた事変は、もう半世紀以上も前のことである。同じキャンパスに通う学生でも、普段意識に上せることはないだろう。


 だが、桜ヶ池で毎年儀式が行われることは、それなりに知られている。休日ではあるが、一帯を立ち入り禁止にするので、研究や調べ物で立ち入る学生が、遠回りを強いられるのだ。


 夏休みの前辺り、怪談の季節になると、巷で流行る都市伝説と共に、ポン大生の間で一度くらいは、桜ヶ池に幽霊が出た、というような話が出る。


 面白いことに、怪談話をするのは心霊学科以外の学生である。

 もし、うちの学科でその類の話を持ち出したら、原因は何だったのか、祓ったのかどうか、その方法は、とたちまち具体的な答えを要求されるだろう。


 ふんわりした都市伝説や、怖がらせるための怪談などは、お呼びでないのだ。


 「うん。例年流れるのは、白い服を着た髪の長い女性が立っていた、あるいは、人魂が池の周りを漂っていた、やったかな? 今回のは話が長いやろ。創作にしても、何故変化したのか、ちょっと気になって」


 「それなら、最近近所で葬式が出たかどうかを調べたらいいんじゃない? それを見た学生が思いついたとか。キャンパス広いから、周辺全部はカバーできないけれど、北門付近なら、叔母が知っていると思う。聞いてみるわ」


 絹子叔母は、俺が猫の時分からほぼずっと、同じ場所に住んでいる。


 「俺も一緒に住んでいるのに、聞かないの?」


 分かってはいたが、一応尋ねてみた。理加が俺を見る。


 「理斗は、近所付き合いしていないでしょ。それとも、夏休み前くらいから今まで、家の周りで葬式出している家があったかどうか、言える?」


 「言えない」


 日置が手を上げた。


 「まあまあ。なら、その辺りは綾部に頼むわ。それはそれとして、碰上異変から六十年ほど経つ。竹野先生や風祭先生もご高齢になられて、残念やが僕らは先生方よりも劣っとるやろ。もしかしたら、封印する力が弱まっとるいう可能性も考えられる。何や気になってな」


 「封じ込めるべき大本が何か、不明なのが問題よね。調べてはいるんだけれど、新しい資料でも見つからないと」


 理加が応じる。以前、桜ヶ池で異変が起きた時は、原因はわからぬながら、とにかく被害を防ぐために力技で封じたのだ。いわば、対症療法である。


 「封印の方法も、術者が変われば、変えてもええんちゃうか思うて。せや。大貫(おおぬき)先輩が来月帰国する言うてた。哉藍(セイラン)君も知っとるかもしれんけど、教えたって」


 「分かった」


 大貫先輩は、卒業後、中国の大学院へ行って、そのまま中国で教えている。年に一回ぐらいは帰国して、碰上大学へ顔を出していた。


 「先輩に相談するのもええかもな」


 日置は言った。封印についてか、噂についてか、いずれにしても桜ヶ池の件だろう。



 理加の研究室へ戻ると、康明がいた。手にファイルを持っている。


 「珍しいな。どうした?」


 理加が、驚きのあまり、咎めるような言葉を発しそうだったので、先んじて声をかけた。あからさまにホッとする康明。彼も察していたらしい。それでも、母の理加の顔を窺う。


 「言ってご覧」


 理加も、この場の空気を理解したようだ。抑えた声音で言った。

 驚くのも無理はない。


 康明には霊能力がない。従って、心霊学科ではなく、同じキャンパス内でも法文学部の方に通っている。

 それが、夏休みで講義もない時に、家で会えるものを、わざわざ理加の部屋まで足を運んだのだ。余程のことだろう。


 「見つけた、と思う」


 「何を?」


 康明がファイルをこちらへ差し出す。近くにいた俺が、受け取って中身を見た。

 古文書のコピーである。無理。俺も大分文字は読めるようになったが、古文は無理だ。理加に回す。


 「桜ヶ池の中身」


 「何ですって」


 「すげ」


 理加は、ファイルを見るのも忘れて、康明を見つめた。

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