頑張れ私
頑張る白雪姫(元日本人女性)のお話。
エロくは無いですが、アダルティな単語が出てくるのでR15に。
異世界(恋愛)ではないよね……と思ってジャンルをこちらに設定。
衝撃を感じて私は閉じていた目を開いた。
息苦しさを感じていたのがいきなりたくさんの空気が入ってきたような心地。
「王子!姫が、姫が意識を取り戻しました!」
野太い男の声に私はぼんやりと、近づいてくる白い服の金髪碧眼青年が居ることを認識した。
え? 何これ、どこよここ?
私は、あれ? 私日本人よね?
周囲を見回す。
うっそうとしげった木が並ぶ小道を白い服のきんきら青年と十人以上のいかつい男。皆さん西洋風顔立ちで、のどかに小鳥の囀りも聞こえるけれど私の心臓はどんどこ鳴っている。ときめきとかではなくて困惑で。パニック起こしてるんだと思う。
視界に入った自分の服に驚く。なんでドレス? そしてほっそりとしなやかな指をしているシミ一つ無い自分の手。確かしょっちゅう書類で指切っちゃうし油分無くてかっさかさな手だった筈なのに。学生時代突き指しちゃって自然治癒したせいで左手薬指の第二関節は凄く太くなっていて将来エンゲージリング貰うとき彼より太いサイズだったら嫌だなって思った記憶とか蘇る。
「白雪姫、貴方は毒リンゴのせいで死んだと思われていたのだが、仮死状態だったのだね。これからは私を頼りに幸せになって欲しい」
そっと手を取りきんきら青年が膝をついた状態で私に囁く。
白雪姫とな?
「はああ?」
私の絶叫にばさばさと小鳥が一斉に飛び立っていった。
先日、私は王様王妃様に認められて王子のお妃候補として王宮に迎えられた。
白雪姫、ねぇ。どうやら有名な童話の世界に私は転生だか何だかしてしまったらしい。記憶は無いけど。所謂継母である王妃が変装した老婆からの毒リンゴで私は喉を詰まらせて倒れ、七人の小人にガラスの棺桶入れられ泣きつかれていたところに隣の王国の王子様である我が婚約者が通りかかり私を気に入り小人から貰い受け国に帰る途中、道にけつまずいた従者がバランス崩したから棺ががくんっとなって、喉に詰まっていたリンゴが取れて息吹き返した。
王子様のキスで目を覚ましたってのが割と多い話なんだけど、色んなパターンがあるらしいのよね。棺バランスバージョンの話は私も読んだことあるわー。
キスじゃなくて良かったな。だってほら、七人の小人としてはさ、私が死んじゃったーって泣いてる時に美しいだか、可憐だだとか、あるいは好みだとかって思ってキスする訳でしょ?キスすりゃ目が覚めるとか息吹き返すとか確信が有る訳ではなく。うーわー、変態。変態としか言いようがないよね、この王子さま。名前なんだったっけ、名乗られたっけ?記憶に無いわ。
特に何かするでもなくぼんやりと数日過ぎたけど、毎日お茶をしに王子が訪れる。
この人と結婚か。
結婚式には継母王妃も呼ぶんだよね? 確か物語では王妃が悔しいっハンカチぎりりぃってバージョンもあれば焼けた靴履かせて祝いのダンスを踊ってくれてるよ良かったねと王子に言われるバージョンとがあるのよね? 他にもあるかもしれないけど。さてどっちのバージョンになるのかな。
焼けた靴履かされ踊らされる継母王妃も大変だけどさ、一応人生の門出でそんな光景を餞だよと笑って喜べと迫られる私の心境も考えて欲しいもんだわ。
やっぱりこの王子変態。やばい病的な変態。
この王子と結婚……ちょっとさぁ白雪姫って人生常に詰んでない?可哀そうよね。ただちょっと綺麗に生まれただけじゃない? なのに継母には敵認定されるしさ。何度も殺されそうになってさ。助けてくれた(疑問はあるけど一応助けてくれたんだよね?)王子は死体愛好家の懸念のある奴だし。
舅、姑の御二方はどんな方かは不明だけどさ。いびられないことを祈るよ。切に。結婚式はいつになるんだろう。
「え?」
「暫くこの国を留守にするので、毎日の顔合わせが出来ないことを許して欲しい」
あら、外交か何かかな。忙しいんだね。でもちょっと安堵する私。
「無事の御帰りをお待ちしております」
「ありがとう、白雪」
にっこりとほほ笑むキラキラ王子。一般的に顔は良いんだよね。でも私はどっちかっていうとあっさり目の顔が好きなんだ。でもここ出て行ったらいつ継母王妃の鏡に場所特定されて暗殺者来るか分からないし。この王宮に居る限りは大丈夫だろうしね。王子はどんどん外交で出かけて貰って私はひっそり過ごさせていただきたいものだ。
これぞ最高スローライフって奴かしらね。
そんな事を思って、何とか王子のお妃ってのをやっていけるかと思っていた時期が私にもありました。
数か月留守にしていた王子が帰ってきた。
白馬に乗って。王子の前には横坐りで緩やかなウェーブヘアーの美女を乗せている。
王子の帰りを街道で祝う王都の民衆は一応笑顔だ。
私は王宮のバルコニーからその姿を見ている。遠くを見る為の魔道具があるので王子の顔も女性の顔もしっかり見える。
「白雪様、風が冷たくなってまいりましたのでお部屋に入りませんか」
王宮に来てからずっと付いてくれている侍女が声をかけてきたので私は室内へ戻ってソファーに座る。
「王子が連れてきた彼女は?」
「この国の北側にある山脈を超えて二つ程国を挟んだ国の姫様にございます。長きに渡り本当に国があるのか謎とされていた深い森の中の国でございますが」
侍女が煎れてくれたお茶の香りを楽しみながら私は耳を傾けていた。
「確かお名前はオーロラ姫とか。不思議なことに百年眠りについていた姫とのことです」
「眠りの森の姫?」
がちゃんとぶしつけな音を立ててカップを置いてしまった私に侍女が目を瞬く。
なんてこった!今度はオーロラ姫。キスしたんか? 王子、キスしたんか? 眠っている女の子にキスしたんか? それで目が覚めたんかぃオーロラ!
王子がオーロラ姫にキスしたかもと言うことに衝撃を受けている。
やっぱり王子は変態。
そういや王宮に来てから毎日王子は優しく私をエスコートしてたけどハグすらなかった。
王子はやはり死体愛好家! 変態! まごうことなき変態だ!
そっから後の私の行動は早かった。
王子に貰った換金出来そうな宝石やドレスをカバンに詰めて侍女を言いくるめてメイド服を手に入れ王宮を出る。今なら王子凱旋でばたばたしている。ごまかせる。はず!
部屋のテーブルには置手紙を残す。”オーロラ姫とお幸せに。私は身を引きます”ってな内容。
これなら王子のプライドだって傷つかない。私は変態と結婚しなくて良いし、王子だって生き返った私は好みじゃなかったんだろう、だってキスすらしていない清い関係だもの。
継母王妃の鏡に見つかったら命の危険もある。
私は故郷の国に戻るとひっそりと王宮に忍び込み、王妃が舞踏会で居ない留守を狙って部屋に忍び込み鏡を割った。
ここでも迷惑料代わりに換金できそうな小粒な宝石をいくつか貰って出ていく。
どっか遠いところでひっそり生きよう。
白雪姫のままなら誰か頼らなくちゃ生きていけないか弱い少女だっただろうけど、元日本人の意識百パーセントの私はかなり雑草魂がある。なんとかなる。何とかする。
そしてもう仮死状態になる事は無いように頑張って毎日生きるんだ。変態に遭遇するのはもうごめんだから!
がんばれ私、負けるな私。滅びろ変態。
私は歯を食いしばって王宮を出て駆け出したのだった。