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9.二人は一時的に手を離す

 高等部二年になり、ロナリアはますます魔力譲渡について学ぶ事にのめり込んでいった。そんなロナリアは、放課後のリュカスと過ごす時間が極端に減ってしまい、リュカスと手を繋ぐ時間は、朝の登校時と昼休みだけとなる。

 その状況から、ついにリュカスからその事で苦情が入った。


「ロナ。最近、魔力譲渡の練習を頑張り過ぎていない? その所為で僕、ロナから魔力を貰えていないんだけれど……」

「ご、ごめん……。実は今、リュカの上限まで一気に魔力を渡せる方法が分かりかけていて、放課後魔法研究所に行って色々聞いてるの……」


 その事を聞いたリュカスが、何故か驚くような表情を浮かべた。


「その方法って……具体的にどういう事をするか分かったの?」

「うーん、まだ。でもね、二週間前にフィールドワークに出ていた魔力譲渡の研究をしている先生が研究所に戻ってきたから、新しい情報が聞けそうで……」

「それって男性?」

「女性だけど……何で?」

「ええと、何となく気になって」

「だけど『学生の領分内では、教えられない内容だから』って、なかなか教えて貰えないんだよね……。だからかなり難しい方法か、危険を伴う方法なんだと思う」

「学生の領分……」

「でもね! もしその方法が出来るようになったら、わざわざ長い時間をかけて手を繋がなくても、一気に魔力をリュカの上限まで渡せるようになるから! そうしたらリュカも一人の自由な時間が、たくさん得られるかなって」


 いかにも良い考えだと言いたげなロナリアと違い、リュカスの表情は何故か徐々に無表情になっていく。その様子に気付いたロナリアが、一瞬だけビクリと体を強張らせた。それをリュカスは見逃さない。


「ロナは……僕と手を繋ぐのが嫌になっちゃったの?」


 あまりにも予想外な質問をされ、ロナリアが慌ててブンブンと首を振った。


「ち、違うよ! そんな事ある訳ないでしょ!? でも……リュカだって放課後、私以外のお友達とも遊びたいかなって。私だって他の令嬢達からお茶に誘われたりもするし。お互い他の友人との時間も大切にした方がいいかと思って」

「それは分かるんだけれど……。そもそも僕達って、友人も共通しているから、そこは問題ないと思うけど」

「そうじゃなくて!! 男の子同士だけで遊びたい時とかもあるでしょ!?」

「僕はない。ロナとの時間を削ってまで、他の奴らと遊びたくない」

「リュカ……。前から思っていたけれど、私以外にも同性の親友を作った方がいいと思うよ?」

「不本意だけど、一応エクトル殿下という悪友が僕の中では、その『親友』というポジションになっているから問題ないよ? あっ、あとライアン……は、親友と言うよりも下っ端?」

「第三王子を悪友とか言わないの!! それ、王族に対しての不敬だから!! あとライアンは親友って言ってもいいと思うよ!?」

「だって、殿下は親友って言うよりも悪友の方が僕的にはしっくりくるし……。それにライアンは、最初の出会いがあれだからなぁー。下にしか見られない」

「ライアン、同じ伯爵位でもリュカの家より上の子だからね!?」

「でも……小物感が凄いから下にしか見られない……」


 ライアンというのは、幼少期のお茶会で手を繋いでいた二人を揶揄ってきた口の悪い伯爵令息だ。高等部でリュカスが魔法騎士科に専攻を変えた事で、中等部から魔法騎士科に入学したライアンは、その時にリュカスと再会したらしい。


 だが、中等部から手を繋ぐ事で有名だった二人の事をライアンは知っていた。

 同時に昔、自分が絡んだ相手だとも気付いていたそうだ。

 その為、二人には近寄らないようにしていたらしいのだが、高等部に上がった際、不幸な事に隣の席がリュカスだったのだ……。


 そしてリュカスの方も昔のライアンの行動を根に持っており、しっかり彼の事を覚えていた。以来、何かにつけてリュカスがライアンを揶揄うようになり、現在リュカスの交友関係は、第三王子エクトルと伯爵令息ライアンと共に行動する事が多い。


 このライアンの話題を出した事で、現在リュカスと距離を取っている事への追及から上手く逃げる事が出来たロナリア。

 だが、根本的な解決には何もなっていない……。

 何故ならば、しばらくするとまたこの件でリュカスから苦情がきてしまうからだ。


 今は一時しのぎの誤魔化しが出来たとしても、今のままではリュカスがロナリアと過ごせない時間が、あまりも多すぎる事に違和感を抱いてしまう。

 それでも今のロナリアには、リュカスと共に過ごす時間は心臓に悪いのだ。


 そもそもリュカスは、成長するごとにカッコよくなり過ぎたのだ……。

 二年前まで無邪気で愛らしい笑顔を向けてくれていたリュカスは、現在では謎の煌めきをまとっているようにロナリアには見えてしまう……。


 そんなリュカスは、まさに物語に出てくる王子様のようにしか見えない。

 ただ目を合わせて普通に会話しているだけの時でも、それだけで心臓を鷲掴みにされたように動悸が早くなる。

 その度に「こんなはずではなかった」とロナリアは項垂れた。


 だが、その原因に心当たりがあっても、ロナリアは絶対に自分の中に生まれてしまったその感情を認めようとはしなかった。それを認めてしまえば、今までの自分達の友情が壊れてしまうと思ったからだ……。


 現在ロナリアの中で芽生え始めている感情をリュカスはロナリアに懐いてなどない。友愛と恋愛は同じ愛情でも熱量が全く違う別物なのだ。


 だが、自分の中で変化した愛情の存在に気づいてしまった今のロナリアは、リュカスの一挙一動に反応してしまう。そのような挙動不審な動きを繰り返していたら、リュカスにこの感情の存在を早々に気付かれてしまう……。

 それだけは、何としてでも阻止したい。

 そう決意を固めたロナリアは、リュカスに勘づかれないように一定の距離を取ろうと試行錯誤し始める。


 だが、そんなロナリアの努力の甲斐もなく、ある出来事で二人の仲は一気に気まずくなってしまう。

 それは久しぶりに二人が放課後、一緒に過ごしている時だった。

 母からの要望でリュカスを自分のタウンハウスに招待したロナリアは、一緒に帰る為に二人で構内の階段を降りていた。


 しかし、後ろから慌てた様子の男子生徒が勢いよく二人の横をすり抜けて行った際、その事に驚いたロナリアが階段を踏み外してしまったのだ。

 そのままロナリアは後方に倒れかけ、階段からずり落ちそうになる。

 それにいち早く気付いたリュカスが、慌てて繋いでいた手を引っ張り上げ、もう一方の手をロナリアの腰に素早く回し、後ろから抱き込むように支えてくれたので、何とか大惨事は免れたのだが……その時の状況が不味かった。


 その反動でリュカスも後ろに座り込んでしまい、階段の踊り場でロナリアを後ろから深く抱きしめる様な体勢になってしまったのだ。

 事故とはいえ、久しぶりに密着状態となった上に首筋あたりにリュカスの安堵するような吐息がかかる。その瞬間、ロナリアの中で何かが弾けた。


 ずっと認めないようにしてきた感情が、一気に覚醒してしまったのだ。

 その瞬間、ロナリアは動揺と羞恥心から、助けてくれたリュカスから逃れる様に勢いよく両手でリュカスを突き離してしまった……。

 すると二人の間に少しだけ距離が生れ、お互いの瞳がぶつかり合う。

 ロナリアの目の前には、驚きの中に悲しげな光を宿したリュカスの瞳が。

 リュカスの前には、驚きと恐怖で動揺して揺らめいているロナリアの瞳が。


「ロ……ナ……?」


 不安が滲む弱々しい声でリュカスに名を呼ばれたロナリアが我に返る。


「ち、違うの!! あの……わ、私――っ!!」


 少しでもリュカスを安心させるような言葉を口にしたいと思いつつも、何を言えばいいか分からなくなってしまったロナリアが、動揺した所為で口ごもる。

 そんなロナリアの様子を茫然と見つめていたリュカスだが、すぐに俯き気味になってキュッと口を真一文字に結んだ。

 そして再び顔をゆっくり上げて、ロナリアをジッと見つめ返す。


「ねぇ、ロナ……。僕達、しばらく手を繋ぐ事を控えてみない?」


 リュカスのその提案に今度はロナリアの方が、青い顔をして愕然とする。


「ダ、ダメだよ!! だって! そんな事したらリュカの魔力がっ!!」

「大丈夫だよ。高等部からの魔法騎士科は、騎士としての鍛錬がメインだから、魔法剣はあまり使わないんだ……。それに実習や演習の授業だと必ず3人で組まされるから、一人ぐらい魔法が使えなくても問題はないし」

「で、でも!!」

「だってロナは、去年辺りから僕と手を繋ぐ事に抵抗を感じているよね?」


 そのリュカスの鋭い指摘にロナリアが、分かりやすいくらいに狼狽える。


「ごめん……。本当は大分前からロナのその状態には気付いていたんだ。でも僕はロナ以外の魔力は受け入れられない。たとえロナにとって、それが負担になっていても……」

「ま、待って! 私、別にリュカと手を繋ぐのが嫌になったとかじゃないんだよ!? ただ、その……」

「分かってるよ。ちょっと、気まずくなってしまっただけなんだよね? でも僕は、ロナがそういう状態になっている事に気付きながら、今までロナの優しさに付け込んで、気付かないふりをしながら手を繋ぎ続けていたんだ……」

「リュカ……」

「だからね。お互いを見つめ直す機会として、しばらく手を繋ぐのをやめてみたらどうかなって」


 そう言いながら、座り込んだままのリュカスが視線を床に落とす。

 そのリュカスの様子から、ロナリアは自分がリュカスを酷く傷付けてしまった事に心が痛んだ。

 だが正直なところ、そのリュカスの提案は今のロナリアには、気持ちの整理が出来るありがたい内容でもあったのだ。


「その状態が続いて……リュカは大丈夫なの?」

「平気。そもそもロナと出会う前の僕は、常に体内魔力がゼロな状態だったんだよ? 魔力が枯渇した状態でも体調に異変は起こらないし、魔法が使えなくても剣術には自信があるから、そういう部分でも支障は出ないと思う」


 苦笑気味でそう返して来たリュカスの表情から、何故か痛々しい雰囲気を感じてしまったロナリアが、罪悪感から涙ぐむ。


「ロナ、いい機会だから……。少しだけ僕らは、距離を置いてみよう?」


 傷付けるような反応をしてしまったロナリアに対して、優しく宥める様に提案して来たリュカス。そんなリュカスの優しい対応が、ますますロナリアの涙腺を刺激した。


「ごめんね、リュカ……。でも、ありがとう……」




 こうして翌日から二人は、一時的に手を繋ぐ事をやめた。

 だがその変化は、すぐに学園内で噂となって広がってしまう……。


 その事で、いつも一緒に過ごしている令嬢やティアディーゼからロナリアはかなり心配されたが、その理由に関してロナリアは固く口を閉ざしていた。

 ティアディーゼは、第三王子エクトルの婚約者でもある。

 もし相談してしまえば、エクトルと親しいリュカスの耳にもすぐに入ってしまうと思ったからだ。


 その時のロナリアは、何故かこの特別な感情を抱いている事をリュカスに知られてしまうと、自分達の関係が壊れてしまうと強く思い込んでいた。

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