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4.二人は窮地に追い込まれる

「ヒャッ――!!」


 恐怖で叫び出しそうになったロナリアの腕をしゃがみ込んでいたリュカスが勢いよく自分の方へ引き込み、そのままロナリアの口を手で塞ぐ。


「叫んだらダメだ!! 刺激したら襲ってくる!!」


 小声で耳元に囁かれたロナリアだが、顔色は恐怖でますます青くなる……。

 両親は魔獣討伐のスペシャリストではあるが、娘のロナリアは今日初めて魔獣と遭遇したのだ。

 対してリュカスの方は、流石『魔獣の樹海』と呼ばれる場所に隣接した領地を管理している伯爵家の生れだけあって、遭遇した場合の対応は心得ている様子だ。


 その状況にロナリアは少しだけ安堵したが、それは一瞬だけだった。何故なら、自分の口を押さえているリュカスの手が震えていたからだ。


 これは非常にまずい状況では……。


 その考えが頭の中を過ったロナリアの瞳にじわりと涙が溜まり出す。すると、声を潜めながら更にリュカスが耳元で囁いてきた。


「ロナ……。さっきの氷魔法、もう一度使える?」

「えっ……? で、でもあんな弱い魔法じゃ……」

「コイツの名前は、ドラゴンもどき(フェイクドラゴン)。でも本物のドラゴンじゃないから、あまり視力が良くない。多分、僕らの事もハッキリとは見えていないよ。その代わり周りの温度変化を感じやすいから、さっきのロナの氷魔法をコイツの左側に向かって思いっきり遠くに放てば、一瞬だけ気を逸らせられると思う。その隙に僕らは死に物狂いで走って逃げよう」

「で、でも……。すぐに気付いて追いつかれちゃったら、どうするの? それにあっちにはお母様達もいるし……」

「だからだよ。フェイクドラゴン程度なら、僕の母上が一撃で倒せる。でも僕らが、コイツの傍にいたら母上は上級魔法が使えない。だから距離を取る為にロナの魔法で、あいつの気を逸らして欲しいんだ」

「で、出来るかな……」

「やらないと多分、僕らは死ぬと思う……」

「ひぃっ! わ、分かった! 頑張ってみる……」

「嫌な役を押し付けて、ごめんね……。でも大丈夫だから。ロナは落ち着いて、少しずつ大きくするように氷魔法を生成して。放つタイミングは僕が合図を出すから」

「う、うん」


 リュカスに言われた通り、ロナリアは両手をかざし、先程と同じようにゆっくりと円錐型の氷の塊を生成し始める。その間、フェイクドラゴンはロナリアの事をジッと見つめていた。

 いつ襲われるか分からない状況の中で、ロナリアは神経を研ぎ澄ましながら、今自分が生成出来る一番大きな氷の塊を何とか作り始める。


 そしてある程度の大きさになった時、リュカスがロナリアの背中を軽くトンと叩いた。それが合図だと理解した瞬間、ロナリアはその円錐型の氷の塊をフェイクドラゴンの左側をすり抜けさせるように勢いよく放つ。

 するとフェイクドラゴンは、ぐるりと体の向きを変え、氷の塊を追いかけるように勢いよく飛び立った。


「ロナ! 逃げるよ!」


 同時にリュカスがロナリアの手を引っ張り、全力で走り出す。

 しかし、ロナリアの放った氷魔法は10メートル辺りでシュンと溶けて消えてしまった。それと同時にフェイクドラゴンが再びぐるりと方向転換をし、ロナリア達目掛けて飛行してくる。


「リュ、リュカ!」

「いいから走って!!」


 正直、今の二人には全力で走る事以外、逃げ切る方法はない……。

 しかし、リュカスの俊足について行けなくなったロナリアが、足を(もつ)れさせて転んでしまう。


「ロナっ!!」


 急に自分の手からすり抜けてしまったロナリアの手に驚いたリュカスが、後ろで転んでしまったロナリアの元へと駆け寄る。

 だが、それと同時に追いついてきたフェイクドラゴンが、二人の目の前に再び大きな地響きと風圧をまき散らしながら、ドスンと降り立った。

 その絶望的な状況に二人は真っ青になったまま、動けなくなる。

 するとフェイクドラゴンは、ゆっくりと口を開き、その中でチリチリと鳴っている炎の塊を見せつけてきた。


 その状況から炎のブレスを吐かれると悟った二人は、お互いを庇い合うようにギュッと抱きしめ合う。

 すると、フェイクドラゴンがゆっくりと口を広げ始めた。


「うわぁぁぁぁぁぁ――――っ!!」

「嫌ぁぁぁぁぁぁぁ――――っ!!」


 ロナリアは必死でリュカスにしがみ付き、リュカスの方も右腕でロナリアを強く抱き寄せ、もう片方の左手をまるで攻撃を遮るかのようにフェイクドラゴンに向かって、反射的にかざした。


 正直この時の二人は、もうこれで自分達の短い人生が終わったと覚悟した。


 しかし……自分達に襲ってくるはずの灼熱の炎が、いつまで経っても来ない。

 ギュッと目を瞑りながら、その衝撃に怯えていた二人だが……。

 地獄の様な熱さではなく、何故かひんやりとした冷気を感じ始め、不審に思う。

 その異変にロナリアが、リュカスよりも先に恐る恐る目を開けた。


「リュ、リュカ! 見て!」


 興奮気味なロナリアに服を引っ張られたリュカスも、恐る恐る瞳を開く。

 すると、そこには――――。

 分厚い氷に覆われ氷漬けになったフェイクドラゴンの姿があった。


「えっ……? 何……で? も、もしかして母上っ!?」


 慌てふためくようにリュカスが、辺りを見回して母達の姿を探す。

 しかし、リュカスとロナリアの母達は、今やっと二人の危機的状況に気付いたようで、真っ青で発狂しそうな表情をしながら、こちらに駆け寄ろうとしていた。


 その状況から、母達が助けてくれた訳ではない事が(うかが)える。

 同時にリュカスは自分の手から何故か冷気を感じて、ジッとその手を見つめた。

 すると、ロナリアが頬を紅潮させながら興奮気味でリュカスの服をグイグイと引っ張ってきた。


「す、凄いよ!! これ、リュカがやったんだよ!? 一瞬でこの大きなドラゴン、氷漬けにしちゃった!!」


 興奮しながら自分を揺さぶってってきたロナリアをリュカスは、茫然とした表情で見つめ返す。


「僕……が? で、でも! 僕は魔法が使えな―――っ」

「リュカ!!」


 そう言いかけたリュカスの言葉を、駆け寄って来た母が抱きしめながら遮る。


「ああ!! 無事で良かった!! 怪我は!? どこも怪我してないわよね!?」

「う、うん……。僕は大丈夫……」


 あちこちを触りながら無事を確認してくる母に戸惑いながらも何とかリュカスは答える。


「ロナ!!」

「お母様ぁぁぁー!!」


 すると、ロナリアの方も母親に抱き付かれ、入念に無事を確認されていた。


「ロナ!! 怪我はしていない!?」

「うん! あっ……でもさっき転んじゃったから、お膝少し擦りむいたかも……」

「ええ!? 見せてごらんなさい!! ああ……良かった……。大した事ないわね……」

「でもちょっとヒリヒリするよ……?」

「後で手当てしてあげるから……。でも本当に二人共無事で良かったわ……」


 ひとしきり娘の無事を確認した後、レナリアは力が抜けたように娘を再度抱きしめる。するとロナリアが、急に興奮し出して母親を氷漬けになったフェイクドラゴンの前まで案内した。


「お母様、リュカ凄いのよ!! こんな強そうなドラゴンを一瞬で氷漬けにしちゃったんだから!!」

「こら! 『リュカス様』でしょ!? それにこの魔獣はドラゴンではないからね! でも……これを本当にリュカス君が? いくらフェイクドラゴンとは言っても、討伐するのに最低でも宮廷魔道士二人は必要なのに……」


 母親のその呟きにロナリアの顔色が一気に青くなる。


「こ、このドラゴン……そんなに強いの……?」

「うーん、私でも全力を出さないと一人では倒せないわね……。でもマーガレット……リュカス君のお母様なら、一撃で倒せるとは思うけれど……」


 その事を聞いたロナリアの顔色は、更に青くなった。

 同時にリュカスの母マーガレットは、どれだけ強いのだろうかとも……。

 そんな事を思ってしまったロナリアは、思わずエルトメニア親子の方へ目を向けた。すると、二人は何やら深刻な表情で話し合っている。


「母上……どうして魔獣がここに? もしかして結界が弱くなってるんじゃ……」

「まさか! それよりもこのフェイクドラゴンを見てごらんなさい。ほら、体中傷だらけになっているでしょう? 恐らくこの子は無理矢理結界を通り抜けて、ここに侵入して来たと思うわ……」

「無理矢理!? で、でも! 結界には魔獣が嫌がる波長の魔力が流れているから、自分から近づく事すらしないはずじゃ……。それに結界の厚みって5メートル近くあるから、簡単にはすり抜けられないって僕、聞いたよ?」

「そうなのよね……。だから不思議なのよ。でもこの子は、その危険を冒してまでここに侵入してきた。もしかしたら、そこまでこの子を駆り立てる何かがここにあったのかも……」


 そう言ってマーガレットは、何故かロナリアの方へと視線を向けた。

 その視線にレナリアが怪訝な表情を浮かべる。


「ちょっと、マーガレット! 今のあなたの態度では、まるでうちの子が原因で、この似非ドラゴンが結界をこじ開けて入って来たと思っているように見えたのだけれど?」

「ごめんなさい……。そういうつもりはなかったの……。でもね、今まで結界をこじ開けてまで侵入してくる魔獣なんて、いなかったから……。そうなるといつもと違う条件なのが、今ここにロナちゃんがいるって事ぐらいなの。だから単刀直入に伺うのだけれど、今までロナちゃんが魔獣の出現しやすい地域に行った事ってあったかしら?」

「そうねぇ……。あまり無いとは思うけれど、でもこの子が三歳くらいの時にロッシュがクレイスタ領の魔獣討伐で、三か月程の長期滞在をする事になってしまった時は、わたくしとこの子も一緒に付いて行った事があるわ。でもその三カ月間で魔獣がこの子を狙ってきた事なんて、一度もなかったけれど……」

「そう……。ではロナちゃんの存在は、今回関係ないわね。そうなると、何故このフェイクドラゴンは、無理矢理結界をこじ開けてまで、ここに入って来たのかしら……」


 そう言って考え込んでしまったマーガレットに何故かレナリアが呆れ出す。


「確かにその事も気になるけれど、その前にあなたの息子さんの現状を気にされた方がいいのではなくて? 確かリュカス君は、魔法が使えないと言っていなかったかしら?」


 親友のその言葉にやっと、その事を思い出したマーガレットが「そうだったわ!」と声をあげた。


「リュカ! これ、本当にあなたがやったの!?」

「多分……。でも僕、こいつに炎を吐かれると思ってギュッと目をつぶってしまったから、よく分からないんだ……。ロナは見てた?」

「私も怖くてリュカにしがみ付いていたから見てないの……。でも目を開けた時、リュカの左手から氷の粉が少し出てたよ?」

「となると……やはりあなたが発動させた上級の氷魔法になるわね……。全く! 王立魔法研究所も落ちたものね! 一カ月前に『あなたのご子息は魔法が使えません』って言い切ったのよ!? 断固抗議してやるんだから!!」


 そう言ってプリプリ怒り出したマーガレットにレナリアが苦笑する。

 するとリュカスの元にロナリアがひょこひょこと近づいてきた。どうやら先程、擦りむいてしまった膝が少し痛むらしい。だが、リュカスの目の前にきた途端、満面の笑みを浮かべる。


「リュカ、良かったね! これならリュカは魔法学園に通えるよ?」


 その言葉を聞いた瞬間、何故かリュカスは酷い罪悪感に襲われた。


「ロナ……」

「私は、もういいの。でもね、もしリュカが学園に通い出したら、その様子を手紙でもいいから私に教えて欲しいの。通えないのはもう仕方のない事だから……。だからね、せめて魔法学園がどういう所なのか教えて欲しいな!」


 ワザと明るく振る舞うロナリアの様子にリュカスは、居た堪れない気持ちになってしまい、思わずロナリアの首辺りにギュッと抱き付いた。


「分かった……。絶対に教えるって約束する。ロナ……僕だけ、ごめん……。本当にごめんね……」

「気にしないで。その代わり、私の分までいっぱい魔法の事、勉強してきてね……」

「うん……」


 思いがけない災難に見舞われたが、初対面でかなり友情を深めた二人。

 その後、リュカスは母親に連れられ、再び王立魔法研究所で魔力測定を受ける事となった。


 しかし、その二週間後――――。

 ロナリア達が再びエルトメニア家を訪れると、前回よりも更にどんよりとした空気をまとったリュカスの姿があった……。

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