二人は将来を誓い会う時も手を繋ぐ
学園を卒業して挙式を迎える直前の二人のお話になります。
この日、ロナリアは、王族も利用する大聖堂の中にある控え室で、真っ白な純白のドレスに身を包みながら、人生で最大と思われる緊張感を味わっていた。
そんな表情が強張ってしまっている親友にティアディーゼが、呆れ気味に声を掛ける。
「ロナ……。あなた、あまりにも緊張し過ぎではなくて? 式の前からそんなにガチガチに固まってしまっていたら、大聖堂の中を歩む際にドレスの裾を踏んで転んでしまうわよ?」
「や、やめてください!! そんな事を言われたら、本当にドレスの裾を踏みそうになります!!」
そう涙目で訴えてきたロナリアにティアディーゼは更に呆れ、一緒に控え室に来ていた他友人三名は、微笑ましそうな笑みを向けてくる。
「大丈夫ですわよ、ロナリア様。その時は、お父上であるアーバント子爵がバージンロードをしっかりとエスコートしてくださるし、その後はずっとリュカス様がお隣で見守るようにエスコートをしてくださるはずですから!」
「そうですわ! ロナリア様は、ただただ幸福そうな笑みを浮かべ、なんの心配もせず、お二人に身を任せていらっしゃればよろしいのです!」
すでに既婚のソフィーとエミリーナが、キャッキャッと楽しそうにリュカスが無駄に持っている包容力を絶賛してくる。そんな新婦友人達から、絶大な信頼感を得ている新郎のリュカスのポテンシャルが羨ましいと思いつつも、ロナリアの緊張感は高まる一方だった。
すると、そのやり取りを静観していた友人の一人、ライリアが優しい笑みを浮かべながら高級感のある小箱をそっとロナリアに差し出してきた。
その意図がよく分からず、ロナリアが一瞬だけキョトンとした表情を浮かべる。
するとライリアが、ある事を確認してきた。
「ロナリア様は、西の隣国の結婚式にまつわる『サムシングフォー』という言い伝えある事をご存知ですか?」
「サムシングフォー?」
ロナリアがその言葉をオウム返しながら首を振ると、ライリアが丁寧に説明を始める。
「『サムシングフォー』とは『何かひとつ古い物』、『何かひとつ新しい物』、『何かひとつ青い物』、『何かひとつ人から借りた物』をさし、これらに該当する4つの品を花嫁が婚姻の義で身に付けると、幸せになれるという言い伝えがあるのです」
そう語ったライリアは、差し出した小箱をパカリと開く。
すると、そこには青い宝石が装飾された細く繊細な金のチェーンのブレスレットが入っていた。
「現状ロナリア様は、この4つに該当する品のうち『新しい物』はウエディングドレス、『青い物』は現在身に付けていらっしゃるその首飾りで条件を満たされているかと思いますが……。他二つの『古い物』と『人から借りた物』に関しては、何か該当する者を身に付けられてますか?」
「え……っと、確かに『新しい物』はこのウエディングドレスが。『青い物』はエルトメニア家から結婚記念として贈られたアクアマリンとサファイアのこの首飾りが該当しますかね。あと『古い物』に関しては……今身に付けているティアラが母から譲り受けた物なので、古い物になるのかな……」
「そうなると『人から借りた物』は、ご準備がないという事ですよね?」
「そ、そうですね」
そのロナリアの返答にライリアは、何故かにっこりと笑みを深め、その小箱を今度はティアディーゼの方へ差し出した。すると、ティアディーゼが小箱の中にあった繊細な作りの青い石が装飾されているブレスレットを手に取る。
それに合わせるように先程賑やかな会話を繰り広げていたソフィーとエミリーナが、それぞれロナリアの左手を手に取り、ティアディーゼの方へと差し出した。
「あ、あの……」
「このブレスレットは、わたくしも二カ月前のエクトル様との式の際、ライリア様から、貸して頂いた物なのよ?」
何故か悪戯めいた笑みを浮かべたティアディーゼが、そのブレスレットを長い白手袋をしているロナリアの左腕に巻きつけ、金具を留める。
すると、その様子を傍観していたソフィーとエミリーナもニッコリと微笑んだ。
「実はわたくし達も婚礼が始まる前にライリア様から、このブレスレットを貸して頂きましたの」
「ライリア様は、式当日は即座に用意が難しそうな『青い物』と『人から借りた物』に該当するこのブレスレットをお持ちくださって、先程の『サムシングフォー』の言い伝えが実行出来るようにご配慮くださったのよ?」
その話しを聞いたロナリアは一瞬、驚くように口を軽く開き、徐々に込み上がって来る嬉しさから、小箱を持ったままのライリアに視線を向けた。
するとライリアがゆっくりと頷き、ふわりと微笑む。
「わたくしの式は、恐らく当分先になりますが……。その際は、皆様がわたくしに『何かひとつ人から借りた物』をご用意くださいね?」
そう言って小箱をパタリと閉じたライリアの心遣いにロナリアの視界が嬉しさで歪み出す。
その瞬間、友人4人が慌て出した。
「ロナリア様! 泣くのはいけません!!」
「折角、きれいに施されたお化粧が落ちてしまうわ! ロナ! 我慢なさい!!」
「どうしましょう……。先程までいた侍女の女性を連れてきた方がよいかしら……」
「わ、わたくし、ちょっと部屋の外を見てまいりますわ!」
ライリアとエミリーナが、嬉し涙を零しそうなロナリアを必死で宥め始め、ティアディーゼが渇を入れるようにロナリアに泣くのを堪えるよう訴えかける。
その間、ソフィーは部屋の外にロナリアの身支度を行っていた侍女達がいないか確認しようと、ドアノブに手をかけ掛け始めた。
すると、その扉が突然ノックされる。
その事に驚いたソフィーが条件反射で、相手の確認もせずに扉を開けてしまう。
だが、扉の外には花婿用の衣装に身を包んだリュカスが佇んでいた。
「ソフィー嬢? そのように慌ててどうされたのですか?」
「リュ、リュカス様! 何て良いタイミングに!」
「えっと……ロナが、また何かしましたか?」
「そ、それが……」
ソフィーの慌てふためく様から、リュカスがティアディーゼ達に囲まれているロナリアのもとへ足早に向かう。すると、涙目になっているロナリアと目が合った。
その瞬間、何とも言えない表情で苦笑する。
「ロナ……。折角、今日はとびきり綺麗になっているのに挙式前に泣いたら、全部台無しになってしまうよ?」
そう言って、優しくロナリアの頬に手を添え、顔を覗き込む。
すると、ソフィーとエミリーナが「キャー!」と興奮気味で黄色い声をあげ、ライリアは苦笑し、ティアディーゼは更に呆れた表情を深めた。
対してロナリアだが……先程まで今にも泣き出しそうな状態であったのにリュカスの姿を目にした瞬間、一気に涙を引っ込め、驚きの表情を浮かべて固まってしまう。
そんな反応を見せるロナリアにリュカスが怪訝そうな表情を向けながら、意識を確認するようにロナリアの顔前で大袈裟に手を振った。
「ロナ~? 大丈夫? なんか急に固まってしまっているけれど……」
そのリュカスの声掛けで、ロナリアがハッとした様子で我に返る。
だが次の瞬間、ロナリアはわなわなと震え出しながら、大きな声で叫んだ。
「な、何でリュカ、そんなカッコいい事になっているの!? こ、これじゃ私……今からリュカの隣を一緒に歩く自信ないよぉー……」
そして再び極度の緊張感に襲われたロナリアは、ガックリと項垂れる。
そんなロナリアにリュカスは苦笑を浮かべたが、その隣にいたティアディーゼは呆れた表情を継続させながら、ロナリアに渇をいれるようにその背中を軽く叩いた。
「ロナ! しっかりなさい!! リュカス・エルトメニアが無駄に煌めかしい事は、もう仕方のない事なのだから諦めるしかない事でしょう!?」
「無駄にって……。ティアディーゼ様、相変わらず酷い……」
ティアディーゼの放った言葉にリュカスが、不満げに抗議の声を漏らす。
対してロナリアは、リュカスの事を直視出来ないのか、両手で顔を覆ってしまった。
するとリュカスが追い込むようにその両手を掴んで左右に開き、顔を覗き込む。
「ロナ~? そんなに緊張し過ぎてたら、誓いの言葉を宣言した後の口付けで倒れちゃうよ~?」
「嫌ぁぁぁ~! どうしてリュカは、私が最も恐れている公開処刑のようなその風習の存在を思い出させるのぉぉぉ~!?」
「公開処刑って……。僕にとっては至福の瞬間なのだけれど……」
この国では挙式中に行う口付けは、必ず新郎から新婦の額にする風習だ。
一応、その由来としては、新郎が新婦の額に口付けを落す事によって、生涯守り通すという意味を込めた加護を与える為と言われている。
だが、リュカスから繰り出される甘い溺愛行為に未だに慣れないロナリアにとっては、確かに公開処刑のような羞恥イベントである……。
「リュカは、もう少し恥ずかしがるという事を覚えた方がいいと思う!」
「何を今更……。大体、式中にする口付けは、額にするだけじゃないか……。この三年間、頻繁に唇にされていた事に比べたら、そんなの軽いスキンシップを皆に披露する程度だよ?」
「リュカって、本当ぉぉぉーにそう言うところは揺るがないよね!?」
「ロナを愛でる事に僕は一切、躊躇なんてしないよ?」
そんなやり取りをしていたら、ロナリア付きの侍女が部屋に入って来た。
「皆様、そろそろお式が開始いたします。来賓の方は、大聖堂の方へ移動をお願いできますでしょうか?」
「あら、もうそのような時間? 皆様、それでは速やかに移動いたしましょう」
そう言って、友人3名が大聖堂に向かうようティアディーゼが促し始める。
その様子をリュカスと二人で眺めていたロナリアだが……。控室を出ようとしていたティアディーゼが突然ピタリと立ち止まって、二人の方へと振り返ったので、互いに顔を見合わせた後、同時に首を傾げる。
すると、ティアディーゼが、キッとリュカスへ鋭い視線を放った。
「リュカス・エルトメニア! ロナはまだあなたの正式な妻にはなっていないのだから、式が終了するまでは過度で破廉恥な溺愛行為は慎みなさい!!」
まるで釘をさすように宣言して部屋を出て行ったティアディーゼにリュカスが、心底不満そうな表情を浮かべてボソリと呟く。
「ティアディーゼ様は、本当に酷いと思う……」
「リュカはこの三年間、私に対して節操のない接し方ばかりしていたのだから、ああいう風に言われても仕方がないと思う……」
「ロナまで酷い……」
そんな二人の呟き会話を耳にしていた侍女が苦笑する。
「さぁ、お二人もそろそろ大聖堂の方へと移動なさってください」
「ローラは一緒に来てくれないの?」
「わたくしは……こちらで無事にお式を終えられるお二人をお待ちしております」
ローラは30年間仕えてくれているアーバント家の侍女頭で、二人の事を幼少期の頃から見守ってくれていた一人だ。特にロナリアは、生まれた頃からローラに面倒を見て貰っていた為、すぐに甘えが出てしまう。
「お嬢様、大丈夫ですよ? お式中はリュカス坊ちゃまがしっかりエスコートをなさってくださいますから……」
「ローラ、僕もう『坊ちゃま』という年齢ではないのだけれど……」
「お二人は、わたくしにとってずっと愛らしいままの『お嬢様』と『坊ちゃま』ですよ? それよりも大聖堂の方へ急がれないと、旦那様の表情が更に険しくなってしまのでは?」
ローラのその言葉にリュカスが、ビクリと肩を震わせる。
「そうだった……。これから義父上と改めて顔合わせをしなければならなかったんだ……」
そう呟いたリュカスは、盛大に肩を落とす。
すると、ロナリアが不思議そうに首を傾げた。
「お父様、リュカの事はお気に入りだから、そんなに警戒しなくてもいいと思うけれど?」
「ロナは今朝の義父上の様子を見ていないから、そんな事が言えるんだよ……。僕、今日は朝からずっと義父上に刺し殺されるんじゃないかっていうくらい殺意のこもった視線を注がれていたからね?」
「お、お父様がリュカにっ!? で、でも昨日まではそんな素振りはなかったよね!?」
「昨日は寂しげにロナへの深い愛情を僕にひたすら語っていたけれど……。やっぱり挙式直前になったら、心境が変化したのではないかな……。そもそも僕も義父上の立場だったら、相手の男がどんなに素晴らしい人間でも一回は、思いっきりそいつを殴りたくなる……」
「やめて! リュカがそういう事を言うと冗談には聞こえないから!」
そんな会話をしながら、すっかり歩みが止まってしまっていた二人をローラは再度移動するように促してきた。
「お二人共! そろそろ本格的に大聖堂に移動されませんと、本当にお式の開始時間に遅れてしまいますよ!」
「はーい」
そんな世話焼きローラに対して、ロナリアは敢えて幼そうな声で返事をする。
するとリュカスが、ベルラインのふんわりとした真っ白いドレスを広げ、椅子に座っているロナリアの手を取って立たせた後、腕を組む為の肘を曲げて突き出して来た。
「それでは……行きますか!」
しかしロナリアは、その突き出されたリュカスの腕に自身の腕を絡ませなかった。
その反応にリュカスが怪訝そうな表情を向ける。
「ロナ? どうしたの? 早く行かないと……」
すると、ロナリアは腕ではなくリュカスの手を取り、そのまま自身の指を互い違いに絡ませる。
「私……移動する時は、こっちの方がいいな!」
珍しく自分から恋人繋ぎをしてきたロナリアに一瞬、リュカスが驚くように目を見開いた。
だが、すぐにその表情は柔らかい笑みへと変わる。
「僕も今日一日は、ずっとこっちの方がいいな……」
そう呟きながら、更に指を絡めてきたリュカスにロナリアも眩いばかりの幸福そうな笑みを浮かべ返す。
そんな互いに微笑みあった二人は、しっかりと手を繋ぎながら、生涯愛し合う事を誓うの為の場所へと幸福そうな笑みを浮かべて歩き始める。
とりあえず区切りのいいお話まで書けたので『二人は常に手を繋ぐ』の更新は、一端お休みに入ります。
尚、こちらの作品はこの後の話だけでなく、学生時代の日常エピソード話でも結構書き続ける事が出来る作品なので、今後も作者が気が向いた時になりますが、番外編を更新していく予定です。
更新を開始する際は、活動報告にてお知らせいたしますので、気長にお待ち頂けると嬉しいです。
そして今回新たに追加した番外編分にブクマ、評価、いいねボタン、誤字報告をしてくださった方々、本当にありがとうございました!