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育つ前に摘み取る②

 魔法研究所の館内を案内する為、ロナリアを連れ立ったルースだが……。

 まるで親鳥を慕うヒナ鳥のような愛らしさでロナリアがピョコピョコと後を付いくるので、思わず何度も視線を向けてしまう。


 そもそも男性にしては、長身の方に入るルースにとって、小柄なロナリアの無自覚による愛くるしい動きは、かなりの破壊力を与えてくるのだ。だが、元々感情が顔に出にくいルースは、涼しげな表情で何とかやり過ごす。


 しかし長い廊下に出た辺りで、何故かロナリアが困惑気味な表情を浮かべながら、下からルースの顔を覗き込んできた。恐らく、これも無意識による行動なのだろう。

 庇護欲を絶妙にそそるロナリアのその動きに一瞬だけルースが息をのむ。


「あの……ルース先輩。私に敬語を使われるのは、やめて頂く事は可能でしょうか? それと『ロナリア嬢』という呼び方も出来ればお控え頂きたいのですが……」


 ロナリアの要望にルースの方も困惑し始める。


「それは……少々難しいかと。そもそも僕は平民上がりの研究員です。その僕があなたに敬語を使わないのは不敬に値します」

「ですが、先程カーティス主任より魔道具開発部は、研究員の方々の勤続年数と実績で上下関係が成り立っているので、身分による上下関係を強いる事は禁止されていると伺いました」

「確かにここでは、その基準での上下関係になります。しかし、まずあなたは、ここの研究員という扱いではないですよね? 僕からすると、あなたはお客様扱いをする方という認識になります」

「でも……雇用されている以上、私もルース先輩とは同じ立場の人間です。それなのにお客様扱いというのはおかしいと思います」


 小柄で愛らしい容姿とは裏腹に自身の意見をしっかりと主張してきたロナリアにルースが、やや驚く。


「それに二年間という短い期間ではありますが、その間に別の新人の方が入られたら、ルース先輩が私に対する扱いに疑問を抱くと思います。他の研究員の方々は、すでに私を後輩という目線で見てくださってますが、ルース先輩だけ私をお客様扱いしていたら、同じ下の立場である新人の方々に今後、示しがつかなくなりますよ?」


 真っ直ぐな目で、そのようにルース訴えてきた今のロナリアからは、最初に感じた『年上の人間に甘やかされる事が多かったであろう箱入り令嬢』という印象は一切ない。むしろ、誰よりも周囲の人間の動きを気に掛けている様子が窺える。

 その瞬間からルースは、ロナリアがただ可愛いだけの能天気な子爵令嬢ではないという事に気付く。


「分かった。ならば今後、僕は君に敬語を使わない。ちゃんと後輩として扱うようにする。呼び方は……レイスさん達と同じ『ロナリア君』でいいかな?」

「はい! そのようにお願いいたします!」


 すぐに自分への接し方を変えてくれたルースにロナリアが満面の笑みを返して来た。その様子にルースが珍しく苦笑する。


「ならば、君の方でも僕を先輩呼びするのはやめてくれないか? 僕はまだ勤続年数が三年程度だし、年齢も君より二つ年上なだけで大して変わらない。そういう相手から先輩呼びをされると、どうも違和感がある」

「でも……年上である事にはかわりませんし、三年も勤続されているのであれば『先輩』という扱いになるのでは?」

「ここは古株の研究員が多いから、僕の扱いも君と一緒の下っ端研究員になるんだ。もし君が先輩呼びをやめてくれないのであれば、僕の方もまた敬語対応に戻すけれど?」

「わ、わかりました! それでは『ルースさん』とお呼びしますね!」

「ついでに敬語も出来れば、やめて欲しいのだけれど」

「それは、ちょっと……。だってルースさん、二つも年上だし……。って、あれ? 二つ年上で勤続年数三年って……計算が合わなくないですか?」


 何かに気付いたロナリアが、自身の指で何か数え出す。

 その様子にルースは、軽く噴き出してしまった。


「僕は中等部の時に三学年分飛び級をしているんだ。だから魔法学園を卒業したのは16の頃だ。恐らく君が中等部に進級した時は、入れ違いで卒業していたと思う」

「さ、三学年も飛び級!? ルースさんって物凄く優秀な人なんですね……」

「そう? 僕の代だと該当する生徒は結構いたよ? ただ皆、学生時代を満喫したいと言って、あまり飛び級する人はいなかったけれど……。僕の場合、早く自立したかったのと家にもお金を入れたかったから、飛び級を選んだんだ」

「そう言えば……母も昔、飛び級で学園を卒業したと言っておりました」

「君のお母さん? 今のアーバント子爵夫人の事?」

「はい。母は昔『氷撃の小鳥』と呼ばれていて、初代魔獣討伐精鋭部隊の一員だったんです! あっ、父もですが……」

「お父上のアーバント子爵って、今でも現役で魔獣討伐をしている『炎剣の狼』の異名を持つ方だよね?」

「はい! よくご存知ですね?」

「そりゃ……魔法学園の卒業生であれば、アーバント子爵の鬼教官ぶりは魔法騎士科の生徒達から、かなり耳にしたから……」

「で、でも! 父は家では、とっても優しいのですよ!?」

「それは……君限定だと思うよ?」

「そ、そんな事ないです!!」


 そう言って、むぅーっとした表情で俯くロナリアの様子にルースは「確かにこんな可愛すぎる娘を持てば、鬼教官も笑顔になるだろうな」と思ってしまった。

 同時にそこまで魔法に長けた両親を持ちながらも娘のロナリアが、初級魔法しか使えないという状況にも同情心が芽生える。


「そう言えば君は……初級魔法しか使えないんだったよね?」

「はい……。両親は氷と火炎魔法のスペシャリストなのですけれど」

「勿体ないね……。それだけ純度が高くて膨大な魔力を持っているのに」

「そうなんです……。魔力の放出口がもう少し大きければ、きっと私も両親のように強力な上位魔法が使えたと思うのですが……」

「でもそうなると、魔道具への魔力注入は君にとって天職のような気がするのだけれど」

「そう、ですね」

「それなのに二年で領地に戻ってしまうの?」

「え……?」


 急に話題がロナリアの勤続予定期間の話に変わった為、ロナリアが驚くような表情をルースに向ける。

 対するルースも自分の口から予想外の言葉が出てきた事に内心驚いていた。だが、口にしてしまってからでは、それを取り消す事も出来ないので、そのまま平常心で会話を続ける。


「折角、天職になりそうな職場に出会えたのだから、五年くらいここで働いてからでも家督を継ぐ事は先延ばしにしてもいいと思うけれど?」

「そ、それは……。色々と事情がありまして……」

「お父上もまだまだ現役で行けるのだから、相談してみたらどうかな?」


 自分でも信じられないくらいロナリアをここに引き留めようとする言葉が、無意識に口から出てきてしまっている事にルース自身が更に驚く。


 『どうやら自分は、初対面でかなりロナリアの事を気に入ってしまったらしい』


 その事に気付いたルースは、他人にあまり興味を抱かない自分にしては、珍しい状況だと感じていた。同時にロナリアが言いかけた『色々と事情がありまして』の一言も気になり始める。

 そもそも何故、二年間限定の雇用契約なのか………。


 その事をロナリアに確認しようと視線を向けると、隣を並んで歩いているロナリアが、何かを探るようにジッとルースの顔を下から覗き込んでいた。


「ルースさん……」

「何かな?」

「先程から私、全く館内の案内を受けていないのですが……。休憩場所は一体どこにあるのですか?」


 ロナリアから最もな事を指摘されたルースは、慌てて周囲を見回す。


「ごめん……。会話に集中していたら、いつの間にか休憩室を通り過ぎてしまっていた……」

「ええー!? ちゃんと案内してくださいよ!!」

「うん……。ごめん……」


 そんな二人は、先程自分達が歩いてきた廊下をもう一度辿り始める。

 その後、無事に魔法研究所館内の案内をしっかりして貰ったロナリアだったが……。ルースの方は「案内に時間を掛け過ぎだ!」と先輩研究員達から、やっかみも含まれたお説教を受ける事になる。


 だが、この案内が切っ掛けでルースは、誰よりも早くロナリアと打ち解ける事が出来た。

 その展開に心のどこかで、喜びと優越感を無自覚に抱いていた事をこの時のルースは、まだ自覚していなかった。

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