育つ前に摘み取る①
時間軸は、魔法学園を卒業し、魔道具開発部に就職(?)したロナリア中心のお話になります。
全4部作です。
(サブタイトル名を初投稿じより変更しております)
この日、王立魔法研究所の魔道具開発部にやって来た小さな新人の紹介を受けた研究員達は、その愛らしさに男女共々、目が釘付けになっていた。
「本日付けで、こちらに配属になりましたロナリア・アーバントと申します。主に完成した魔道具への魔力注入をメインで担当させて頂きますので、どうぞよろしくお願いいたします!」
まだ少女らしさを感じさせる人懐っこそうな小柄な新人が挨拶後にペコリとお辞儀をすると、数人の研究員達がその愛らしさにやられ、グッと胸の辺りを抑える。
特に既婚者の女性研究員達は、早々にその虜となっていた。
そんな部下達の反応を見た魔道具開発部の主任であるカーティス・レイモンドが、コホンと咳払いをする。
「えー、ロナリア君は特殊な魔力体質をしており、体内では常に純度の高い魔力が蓄積されているが、魔力の放出口が小さい為、初級魔法しか使えないそうだ。だがその分、出来上がったばかりの魔道具への魔力注入は、かなりの数をこなせるらしい。今まで我々が交代で行っていた魔道具を起動させる為の最初の魔力注入は、今後全てロナリア君が引き受けてくれるそうなので皆はその分、魔道具開発の作業に専念して欲しい!」
カーティスの話を聞いた研究員達は互いに顔を見合わせあった後、一斉に歓喜の声を上げた。
魔道具は完成させただけでは、効果を発動しない……。
必ず完成後に出来たてホヤホヤの魔道具にある程度の魔力を注入する事によって、初めて起動するのだ。
その後の魔道具は、最初に注入した魔力を循環させながら半永久的にその効果を発動する為、再度魔力を注入する必要はないのだが……。研究員達の間では、完成した直後の魔道具に魔力注入する作業が、かなり負担となっていた。
魔力注入は一つの魔道具に対して約三時間程、魔力を注入し続けなければならない。
しかも、かなりの魔力量を注がなくてはならない為、現在在籍している研究員の中で一番魔力が高い者でも一日二個までが限度だ。
何より魔力注入担当になった日は、それ以外の作業が出来ない為、皆その担当が回って来る事を嫌がっていた……。
だが今後は完成品への魔力注入作業を全てロナリアが専任してくれる事で、研究員達は各自が取り組んでいる魔道具作りに専念出来るようになる。しかも今のカーティスの話では、ロナリアはいくら魔道具に魔力注入しても、魔力が枯渇する事はないらしい。
部内では無駄に疲労感ばかりが蓄積し、やりがいの無いこの『魔力注入当番制度』は忌み嫌われていたのだが……。本日より、その当番のみを専任してくれるロナリアが魔道具開発部に加わる事は、研究員達にとって救世主が舞い降りてきたという状況である。
「君! 本当に今後は魔力注入作業を全部一人で引き受けてくれるのかい!?」
「はい! ただ……申し訳ない事に魔道具開発の知識はないので、それしかお役に立てないのですが……」
「何を言っているの!? その魔力注入を専任してくれるだけで、十分私達の助けになっているわ!」
「ありがとう……本当にありがとう……。僕らにとって君は、まさに救いの女神だぁぁぁー!!」
急に先輩達にわっと囲まれ、お礼の言葉を豪雨のように浴びせられたロナリアは、その勢いに驚き、思わず一歩後退る。
それだけ開発したばかりの魔道具へ最初に魔力注入する作業は、研究員達の負担になっていたらしい。
中には涙ぐみながら、お礼を言ってくる研究員までいた。
そんな怒涛のようなお礼の言葉の嵐に遭っていたロナリアが戸惑っていると、主任のカーティスが皆を落ち着かせる為、今度は敢えて大袈裟に『ゴホン!』と咳払いをする。
「ちなみに! ロナリア君は二年間限定の雇用契約となっている!」
その瞬間、先程まで歓喜に満ちていた室内が一瞬で静まり返った。
そしてカーティスを責めるように皆が一斉に突き刺すような視線を向ける。
その反応にカーティスが、盛大にため息をつく。
「私とて彼女には長くこの職場に在籍して欲しいと思っている……。だが、ロナリア君はアーバント子爵家の一人娘だ。その為、将来的に家督を継がなくてはならない。そんな彼女が今回二年間という期間限定で、この魔道具開発部に在籍してくれるのは、たまたま彼女がこの二年間のみ王都のタウンハウスに滞在する予定があったからだ。その空き時間で我々に協力してくれる」
そのカーティスの話に皆が、あからさまに落胆の表情を浮かべていた。
そんなコロコロと表情を変える部下達の様子にカーティスが苦笑する。
「だが二年間限定とは言え、君らはあの忌々しい魔力注入作業から一瞬だけ解放されるのだ。このありがたい期間を是非、有効活用して欲しい」
そのカーティスの言葉に落胆の色を見せていた研究員達が気持ちを切り替え、大きく頷く。
すると、ロナリアが申し訳なさそうな表情を浮かべながら、再び口を開く。
「家の都合で二年間のみのお手伝いになってしまいますが……。その間、精一杯、皆様のお役に立てるよう頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします!」
すると皆が一斉に拍手をし、大歓迎ムードでロナリアを受け入れ始める。
「ロナリア君、短い間だけど……よろしくな!」
「はい!」
「分からない事があったら何でも私に聞いてね!」
「ありがとうございます!」
「そうだ! 休憩場所とか分からないだろうから、この後、僕が館内を少し案内してあげるよ」
「お手数お掛けしま……」
ロナリアが案内を申し出てくれた20代くらいの爽やかな雰囲気の男性研究員にお礼の言葉を口にしようとしたその瞬間……その前に声を掛けてきた女性研究員が、その男性研究員に対して抗議の声を上げる。
「あー! レイスさん、ずるい! ロナリアちゃんの案内係は私がやりたかったのにぃー!」
「君は、納期が近い仕事があるだろう……。彼女の案内は僕がする!」
急にロナリアの案内係の座を取り合いし出した二人に今度は、ベテランの風格をまとわせた初老の男性が口を挟み出す。
「こりゃ、若造がしゃしゃり出るでない! こういう事は古株の人間に任せ……」
「ローグさん! 最近忙しくてお孫さんに会えないからって、ロナリアさんでその寂しさを埋めようとしてないでください! ロナリアさん? あなたの案内はここのサブチーフでもある私が是非……」
「サラさんもずるいわ! それなら同性で一番年の近い私が適任だと思います!」
「アンナ君……20代後半で、すでに三児の母だろう? その君がロナリア君と一番年齢が近いというのは、いささか図々しくないか? やはりここは部内一のムードメーカーで、精神年齢が一番若いこの僕が……!」
「レイスさんこそ、最近お子さんが生まれてデレデレ親バカになっているのだから、精神年齢は若くはないですよね? そもそもレイスさんはムードメーカーなんかじゃなくて、単にお調子者なだけです! 大体……年齢で言ったら一番の適任者は、まだ二十代前半のルース君になりますよ?」
レイスと呼ばれた男性研究員とアンナと呼ばれた女性研究員の会話から、皆が一斉に一人だけ話題に乗り遅れていたルースという一番年若い青年へと、視線を集中させる。
いきなり皆が取り合いをしている『新人案内係』の権利が、思わぬ展開で自分に舞い込み始めた事にルースが、やや困惑の表情を見せ始めた。
すると、何故かレイスが「ダメダメ~! ルース君は絶対にダメ!」と断固反対の姿勢を示す。
「何故です?」
そのオーバー過ぎるレイスからの否定リアクションに思わずルースが不服そうに反論する。
すると、レイスが両手で配膳用のトレイを手のひらに乗せるようなポーズで首を振りながら、その理由を口にする。
「だって、君ら異性同士で年が近いじゃないか……。うっかり変な感情が芽生えたら大変だよ? そんなのお父さん、絶対に許しませんよ!」
「いつレイスさんは、僕の父親になったのですか?」
「僕は君の父になどなってはいない……。正しくは、ロナリア君の父親的目線で主張している!」
「うわー……。レイスさん、その妄想の仕方は、ちょっと引きますぅー」
「アンナ君! 君、先程からうるさいよ!?」
「その言葉、そのままレイスさんにお返しします!」
結局、ロナリアの館内案内係を誰がするかが有耶無耶になりかけた時、サブチーフこと副部長のサラが、口を挟んで来た。
「アンナ! いい加減になさい! あなた、納期が近い開発中の魔道具があるのでしょう!? 折角、ロナリアさんが来てくれた事で開発作業に専念出来るようになったのだから、あなたは早々に作業に取り掛かる事! あとレイス君! 君は先週王家から追跡に特化した魔道具の依頼をされたばかりよね? その進捗は、どうなっているの?」
サブチーフのサラより、現状開発中の魔道具の進捗状況を確認された二人が恨めしそうに押し黙る。
そんな二人の反応にサラが、満足げな笑みを浮かべた。
「ほら、二人共! さっさと各自の仕事に取り掛かる! となると……ロアリアさんの案内係は、やはり私が……」
「いや、ルース君にお願いしよう」
今まで傍観していた主任のカーティスの一声で、先程まで勝ち誇った表情を浮かべていたサラの表情が、一瞬で絶望的なものに変わる。同時に言いくるめられていたアンナとレイスが、ニヤリと笑みを浮かべた。
「しゅ、主任! 何故ルース君なのですか!? 今なら私、手が空いているのですが!?」
「だろうね。だから今から君には、先週第二騎士団から要望があった下級魔獣除けの魔道具についてのヒアリング内容をまとめた資料を作成して欲しい。来週、その資料を使って、第二騎士団が求めている要望の詳細を会議中にアンケート形式で彼らに確認するので、それまでに資料作成をして貰えるかな?」
「そ、そんなぁ……」
カーティスからの指示にサラが、その場で膝から崩れ落ちる。
その様子をアンナとレイスがスッキリした表情で確認した後、本来の作業を開始した。
対して『新人案内係』として指名を受けたルースは、やや困惑する。
「僕で……いいのですか?」
「ああ。君は確か三日前に開発中だった魔道具を全て魔力注入を施すだけの状態にまで完成させていたよね? 今この中で一番ロナリア君の案内係に適任な仕事の進捗状況なのは、君だけだ。ついでに館内案内終了後、ロナリア君に君が完成させた魔道具への魔力注入をしてもらいなさい。その際、彼女が一つの魔道具に対して、どのくらいのペースで魔力注入が出来るか、それも確認して欲しい」
「分かり……ました……」
皆が奪い合っていた『新人案内係』にいきなり任命されたルースが、やや遠慮がちにロナリアへと声を掛ける。
「それではロナリア嬢……館内を案内いたしますので、どうぞこちらへ」
そう言ってルースはロナリアを連れ立って、魔道具開発部を後にした。