ライアンの日記③
『ライアンの日記』の最終話になります。
卒業パーティーの翌日、リュカスとエクトルはライアンが6年間愛用していた学生寮の一室にいた。
「ライアン、これいる? 捨てていい?」
「ああー!! バカ!! それ、俺のこの6年間の記録が綴られている大事な日記だ!! 何捨てようとしてんだよっ!!」
「だって……。この日記、三分の一も使っていないじゃないか……」
「中身読んだのかよ!? 勝手に読むんじゃねぇーよ!!」
「いや? ライアンの人生記録になんて興味ないから読んではいないよ? でもザっとパラパラ中を確認したら、すぐに真っ白いページばかりになったから。これ日記だろーなーと思ったけれど、ライアンの性格じゃ途中で飽きて書くのやめただろうから、捨ててもいいかと思って」
「よく見ろ!! 最後のページの日付が四日前になってんだろう!? ちゃんと卒業までの間で使ってたわ!!」
「勝手に見たら怒るくせに中を見ろって意味が分からないんだけれど……。大体、何でこんなに何も書かれていないページが多いんだよ。どうせ半年に一回くらいしか書いてなかったんだろう?」
「失礼な!! 一年に5回くらいは書いてましたぁー!!」
「それ、大して変わらないから」
呆れながら再度リュカスがその日記を開こうとした瞬間、横から出てきた手によって、その日記がリュカスの手から奪い取られた。
「ほら、二人共! 手が止まっているよ? 明日までにライアンのこのゴミ部屋を片づけないと、学生寮の清掃担当の方が困ってしまうじゃないか……。この部屋は、4月から新たな新入生が使うんだからね!」
「殿下ぁ……。ゴミ部屋って……」
「え? 違うの?」
「普段はもっときれいに片付けてましたぁー!! 今の状態は荷造りするんで色々引っ張り出したから、足の踏み場がない状態になっているだけですぅー!!」
「荷造りするのにこの惨状でないと出来ない時点で、すでに君が片付けられない人間だと証明しているのだけれど……。リュカなんか一週間も前にいつ発ってもいい様に早々と荷造りを済ませていたよ?」
「こいつは、ほぼロナリア嬢のタウンハウスに入り浸ってたから、後半の殆どは学生寮を使っていなかったじゃないですか!!」
「まぁ、そうだけれど。でも君だって荷造りは、大分前からでも開始出来たはずだよね?」
「うぐっ……!」
エクトルの小言が正論過ぎて言い返せなくなったライアンが押し黙る。そんな二人の会話を呆れながら聞いていたリュカスも参戦してきた。
「僕はともかく……。まず第三王子のエクトル殿下にまで、荷造りと片付けを手伝って貰っている状況が凄いよね? 君の神経の太さってどれぐらいなの? ライアン。君、絶対に心臓から毛が生えているだろ?」
「それ、お前にだけは絶対に言われたくねぇーからっ!!」
ギャイギャイ言い合いを始めた二人の横で、エクトルは先程リュカスから奪ったライアンの日記をちゃっかり流し読みし始めた。
しかし、途中で急に吹き出してしまう。
「「殿下?」」
「あはははははっ……!! ラ、ライアン! 君、この日記の内容、殆どがリュカとロナリア嬢の事ばかりを書いているじゃないか!! これ、本当に君についての日記なの? リュカ達の観察日記じゃなくて?」
急に涙を浮かべて笑い出したエクトルに二人は、それぞれ違う反応をする。
ライアンはその内容に心当たりがないのか首を傾げ、リュカスの方はキッとライアンを睨みつけた。
「どういう事? ライアン、君まさかロナに懸想を抱いていたのか……?」
「はぁ!? 何でそうなるんだよ!! 抱いていない! 抱いていないからか、今すぐ、その人でも殺しそうな凄みある顔をすんのは、やめろぉぉぉぉぉー!!」
「じゃあ、何で僕とロナの事を日記になんか書いているんだよ!!」
「お前らがこの6年間、無駄に周囲にばら撒きまくっていた甘ったる様子に腹が立って、その不快感を日記にぶちまけていただけだ!!」
「あー……。独り身の僻みかぁ……」
「しみじみしながら言うのは、やめろっ!! 俺が惨めになる!!」
「大丈夫だろ? 君は惨めになる事には慣れているはずだから」
「お前……。本っ当、その減らず口、腹立つな……」
「僕は本当の事しか言っていないよ?」
「殿下ぁ~!! 俺、今後こいつと一緒に殿下の側近をやっていく自信ないんですけどぉ~!!」
「何を言っているんだい? リュカの毒舌会話に耐えられる人材はそうそういないよ? そういう意味では、君は素晴らしい程の適任者だ」
「そんな評価のされ方、ちっとも嬉しくないです!!」
ライアンを適当に宥め、手にしている日記を流し読みしていたエクトルだったが、先程から自分も手が止まっている事に気付き、勢いよくその日記を閉じた。
そして、その日記をライアンに手渡す。
「まぁ、独り身の僻みは置いておいて……。確かにこの6年間のリュカは、ちょっと学園内の風紀を乱す婚約者との交流の仕方が目立っていたのは、事実だけどね」
「そうですか? 婚約者に対してなら普通では?」
「あれが普通なら『溺愛』って言葉は生まれねぇーよっ!! 大体、それ言ったら殿下だって、後半ティアディーゼ様とイチャイチャしてたじゃないですか!!」
「仕方ないじゃないかー。だってリュカとロナリア嬢の仲睦まじい様子を見せつけられたティアが、二人を羨むように僕に視線を送って来るんだよ? 婚約者からそんな愛らしい表情で懇願されたのにそれを受け流すだなんて、紳士の名折れじゃないか……」
「くそぉ……。俺がお一人様なのに、殿下もリュカスもこの6年間、婚約者とイチャイチャラブラブしやがってぇー……」
ライアンが日記の角をかじりながら、悔しそうにしていると、リュカスが意外だと言いたげな表情を浮かべた。
「そもそも君も在学中に婚約者を見つければよかったじゃないか……。一人ぐらい言い寄って来るご令嬢がいただろう?」
「キラキラしたお前と純度100%な王子様の殿下に挟まれている俺が、言い寄られるわけないだろーがぁ!! お前、自分の顔面偏差値知らないのかよ!?」
「知ってはいるけれど……。流石に6年間で一度も好意を抱かれていないって珍しくないかな? そもそも君、一応花形の魔法騎士科だし、品性はともかく、成績だけは常に上位だったじゃないか」
「品性の有無は余計だぁぁぁー!! いいか、よく聞け! リュカス! 世の女子が見るのはなぁー。結局は顔なんだよ!! 顔が良くなけりゃ見向きもされねぇーんだよっ!!」
段々涙目になりながら訴え始めたライアンを不憫に思ったのか……。
エクトルが苦笑しながら、慰める様に肩を叩く。
「はいはい。もうライアンの儚き青春の嘆きは終わりにして、早くこのゴミ部屋を三人で何とかしようね~」
「だからゴミ部屋じゃないですってば!!」
「分かった分かった。でも早く作業しないと明日までに片付かないよ?」
「うう~……」
「ライアン、君の部屋の片付けだろう? 僕達も暇ではないし、さっさと終わらせてしまおう? ほら、不用品箱が溜まってきたから捨てて来て」
「はい……」
エクトルに発破を掛けられライアンは、不用品と選別された物が詰まった木箱を抱え、項垂れながら部屋を出て行った。
その後ろ姿を何故かリュカスが、怪訝な表情で見送りながら首を傾げる。
「殿下……。高等部一学年の半ばくらいから、確かライアンには山のように婚約希望の申し入れがあったと僕は記憶しているのですが……」
リュカスのその問いにエクトルが、何とも言い難い微妙な笑みを浮かべた。
「そうだね……。ライアンは魔獣討伐の要の一つでもあるハーネック伯爵家の令息とはいえ、三男だから本来はそこまで縁談の話は来ないはずなのだけれど……。あの外見と魔法騎士としての能力の高さから、普通に考えれば入り婿希望の申し入れが殺到するはずなんだけれどね……」
「ですよね?」
二人がそう思ってしまうのは、実際にライアンはこの魔法学園在学中に女子生徒からの人気が高かったからだ。
ハーネック家の人間は如何にも騎士特化型の人間が多く、口調が粗暴で豪快な性格の人間が目立つが、その外見は屈強の戦士というよりも騎士王子のような端整な容姿の人間の割合が多い。
特にライアンも受け継いでいるダークシルバーで真っ直ぐな髪は、ハーネック家の人間の特徴でもあり、世間的に目を惹く美しさだ。
だが、悲しい事にハーネック家の人間は、世間的に高い評価をされる事が多い己の容姿に関しては、無頓着な上に実力重視思考の人間が多い……。
ライアンもその典型的なタイプで、自身が女性を惹きつける場合は、見た目ではなく実力で惚れさせると言う考えが幼少期から植え付けられているようだ。
ましてやこの6年間、一緒に行動している人間が常人離れした外見のリュカスとエクトルである。そうなると自分に向けられている熱い眼差しは、全てこの二人に注がれている視線だと勘違いしやすい状況でもあった。
だが入り婿の希望に関しては家同士の交渉となる為、ライアンが自身の事をどう思っていようとも先方が求めれば、自然とその申し入れは殺到するはずだ。
しかし、ライアンは何故かその事を知らない……。
リュカスは、そこが非常に引っ掛かったのだ。
「ならばどうしてライアンには、この6年間一度も入り婿の申し入れが来なかったのでしょうか……」
「あー…っと。それは、ちょっと裏事情があると言うか……」
どうも先程から歯切れが悪いエクトルにリュカスが怪訝な表情を向ける。
すると、エクトルはややバツが悪そうに白状し始めた。
「実はマリーが……」
「マリー?」
「コークウェル侯爵家の次女で僕の従兄妹のマリエンヌだよ」
「ああ! よく学食にやって来るライアンが『こましゃく令嬢』と陰で呼んでいたあの中等部の!」
「あの子がライアンの事をいたく気に入ってしまっていてね……」
「はぁ?」
「それでその……。ライアンに来る婿入り打診の縁談を彼女が18歳になるまで、全て僕のところで止めて欲しいって、コークウェル侯爵から依頼が……。しかもライアンの父上であるハーネック伯爵にこの件を相談したら、かなり乗り気で……」
「いや、でも……初めてライアンと顔を合わせたのって、確か彼女がまだ初等部在学中で12歳の頃ですよね? しかも当時、ティアディーゼ様が殿下の婚約者に相応しくないとか言って騒ぎ立てていたような……」
「うん……」
「何でまたそんな事に……」
「ほら、ライアンって小さい子の扱いが上手いだろう? マリーはあの通り、少々甘やかされて育ったから、面倒見が良くて何だかんだで構ってくれるライアンは、彼女の理想の男性像にピッタリと当てはまったらしくて……」
「そう言えば……結局は恋敵だったはずの面倒見の良いティアディーゼ様も最近、彼女に懐かれているような……」
「そうなんだよ!! 最近マリーが恋の相談とか言ってティアを独占する事が多くて、何故かはりきり出したティアが僕を構ってくれないんだ!!」
「殿下……本音がダダ洩れていますよ?」
リュカスに白い目を向けられたエクトルは、一端その場を取り繕うと、軽く咳ばらいをした。
「とにかく! そういう事情で高等部に上がってからのライアンには、故意で浮いた話が一切来ないような処置がとられていたんだ」
「ならば中等部の時にライアンを見初めた女子生徒とかはいなかったのでしょうか……」
「うーん、まず中等部から魔法騎士科に入る男子生徒は、大抵が筋肉隆々で体格がガッシリした生徒ばかりだからね……。中には端整な容姿をした生徒もいたのだけれど、魔道士科の女子生徒の興味は行きにくいんだよねー……」
「なるほど」
どうやらライアンは、非常に間の悪い時期である中等部から魔法騎士科に入った為、この三年間は魔道士科の女性生徒達の目に止まりにくい環境にいたようだ。
もしこれが、初等部から学園に入学していれば、魔法騎士科に行っても初等部からのファンが確実に付いていたはずなのだが……。
幼少期に宝剣でしでかした悪戯の所為で、激怒した父親から中等部からの入学を強要され、しかも中等部から魔法騎士科に入学する生徒は、筋肉隆々のいかつい生徒ばかりという周りの先入観の所為で、本来女性から好意を抱かれやすいタイプの彼でも埋没してしまったらしい……。
そんな間の悪すぎるライアンの人生をリュカスとエクトルは、それぞれ微妙な表情を浮かべながら憐れむ。
「ところで……仮にコークウェル侯爵令嬢との婚約が成立した場合、ライアンはどういう扱いになるのですか? 彼女は次女ですし、ライアンも爵位がないから、男爵位等を与える流れになるのでしょうか……」
「あー、それに関しては母の生家であるコークウェル家が、かなりの爵位持ちなんだ。だから恐らく子爵位辺りをマリーに譲渡して、ライアンは入り婿扱いになるんじゃないかなー」
「え……? それって僕と爵位が一緒じゃ……」
「そうだねー。しかもコークウェル家が持っている子爵位の領地って、エルトメニア家の管理下であるラザード子爵家と隣接している領地だから、あの辺一帯で魔獣の暴走があった場合は、君とライアンは将来的に協力して対処する機会も多いかもしれないね。あの辺で魔獣が暴走した場合、君が婿入りするアーバント家も駆り出される事があるから」
「うわっ! それ、嫌すぎる!!」
「そんな事を言わないでよー。君ら親友じゃないかー」
「殿下……鳥肌立つんで、その言い方やめて貰えますか?」
「あはは! もしそうなったら君らは悪態をつきながら、見事な連係を披露して魔獣を討伐していそうだよね!」
そう言って笑い飛ばすエクトルをリュカスが軽く睨みつける。
口ではお互いに悪態ばかりをついている二人だが、いざ実戦の場となれば素晴らしい程の連携攻撃をする事をエクトルは知っているのだ。
「まぁ、ライアンには申し訳ないけれど……。将来的には僕の我が儘な従兄妹の子守りを一生して貰う可能性は高くなるかなー」
「本当、ライアンって不憫な奴だな……」
「失礼な! 僕の従兄妹は少々我が儘だけれど、見た目は絶世の美少女だからね! むしろ幸運だと思って貰いたいよ!」
「殿下はライアンに子守りを引き受けて貰えて、良かったですねー」
「うん! やはり王族として持つべき人材は、優秀な側近だよね!」
そう言ってエクトルが、腹黒さ全開の笑みをリュカスに向ける。
すると、不用品を捨てに行ったライアンが部屋に戻って来た。
そんなライアンの顔をリュカスが、ジッと見つめる。
「な、何だよ……。人の顔をジッと見て……。気持ち悪いぞ?」
「ライアン……今回は僕、ちょっと君に同情するよ……」
「はぁ!? 何を!? え? えっ!? で、殿下……? 今までリュカスと何の話をしていたんですか!?」
「え? 有能で非常に使い勝手が良い便利な側近の話?」
「その話……俺にとって最悪な内容だったとしか思えないんですが……」
「そんな事はないよ? とても良い話だよ?」
その話がライアンにとって良い話になったかどうかは、この五年後のライアンにしか分からない。
以上で番外編の『ライアンの日記』は終了です。
引き続き、番外編を更新しておりますので、この後も是非お楽しみください。