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密やかな自覚(前編)

ロナとリュカが11歳の頃の話です。

※全2話のお話になります。

「リュカ坊……必ず一日一回は魔力制御の練習をするって約束したよな?」


 両手を腰にあてたハインツに咎められ、リュカスが珍しく不貞腐れた表情を浮かべながら、視線をテーブルの上に落とした。そこにはつい先程までロナリアと遊んでいたボードゲームが置いてある。


「でも……今はロナが遊びに来ているから、マルクス兄様が今日の練習はお休みしてもいいって……」

「まったく! マルクス坊は本当にお前ら弟達に甘すぎるよな……」

「マルクス兄様は悪くないよ! 折角ロナが遊びに来てくれているのに放っておくのは失礼じゃないかって、僕が相談したから兄様は気遣ってくれただけだよ!」

「ようはリュカ坊がロナリア嬢と遊びたいから、ロナリア嬢が滞在している間は、魔力制御の練習を休ませてくれって頼んだんだろう?」

「そ、そうだけど……」

「それは気遣いじゃないぞ? マルクス坊は単にリュカ坊の我儘を聞いただけだ」

「でも――っ!」


 まだ言い訳をしようとするリュカスの言葉を遮るようにハインツが大袈裟に息を吐く。


 ちなみにエルトメニア家長男のマルクスは、リュカスよりも5つ年上なので、すでに『坊』と呼ばれる年齢ではないのだが、長年教育係を務めてきたハインツにとっては、エルトメニア家の三兄弟はいつまで経っても幼子扱いのままだ。その中でもリュカスは、特に子供扱いをされてしまう。


「大体、ロナリア嬢は今日から一週間、レナリアじょ……じゃなかった。アーバント子爵夫人と一緒にこの屋敷に滞在するのだから、遊ぶ時間なんていくらでもあるだろう?」

「だったら僕、今日の魔力制御の練習は夜寝る前にやる……」

「明るい内でもまだまともに出来ないのに暗闇でやったら、危ないだろう!! それにただでさえ規格外の威力の魔法しか使えないリュカ坊が、いつまでたっても魔力制御が出来ないままだと、もしリュカ坊の魔力が暴走した時、ロナリア嬢も巻き込まれて危険な目に遭うんだぞ!?」

「それは……分かっているけれど……」


 未だに諦めきれない様子のリュカスにハインツが二度目の盛大なため息をついた。その様子を遠目で長椅子に座って傍観していたロナリアも心配になって席を立つ。


「分かった。なら今日は夜遅くまでロナリア嬢と遊べるように俺からマーガレット様に話つけてやるから……。今は、とりあえずマルクス坊のところに行って、ちゃんと魔力制御の練習をしてこい!」

「ハインツさんの意地悪……」

「これでもかなり譲歩しているつもりだぞ?」


 まだ不満げにボードゲーム盤に視線を落しているリュカスの元に先程席を立ったロナリアがやってきた。そして言い聞かせるようにリュカスの手を取る。


「リュカ……。魔力制御の練習が終わったら、またこの続きをやろ? 私、リュカの練習が終わるまでここで本でも読んで待っているから」

「ロナ……」

「ほら見ろ! ロナリア嬢の方がよっぽど大人な対応が出来ているぞ?」

「分かった……。兄様の所に行ってちゃんと練習してくる……」

「よし! いい子だ!」


 まだ不満げなリュカスの頭をハインツが勢いよく撫でた。すると、リュカスが迷惑そうにくしゃくしゃにされた自身の髪を手櫛で直す。


「ハインツさん! 髪の毛ぐしゃぐしゃにするのやめてよ!!」

「リュカ坊が練習サボろうとするから悪いんだろう? ほら、そうと決まれば、さっさとマルクス坊の所に行って魔力制御の練習を終わらせてこい!」

「うん……。ロナ、また後でね?」

「リュカ、練習頑張ってね!」


 リュカスが未練がましい表情を浮かべていると、ハインツがリュカスの両肩を背後からガッチリ掴んで、そのまま室外へと誘導し始めた。


「ハインツさん! 押さないでよぉ……」

「早く練習を終わらせれば、それだけロナリア嬢と遊べる時間が増えるだろ? ほらほら! さっさと終わらせて来い!」

「もぉ~……。ハインツさん、空気読んでよぉー……」


 そんな賑やかな様子で部屋を出て行った二人をしばらくロナリアは眺めていた。




 一方、リュカスを長男マルクスのもとに連行しているハインツは、不満げな様子のリュカスを見て、三度目の盛大なため息をつく。


 つい最近、初等部5年に進級し、11歳になるリュカスだが、まだ第二成長期の特徴はあまり出ていない。しいて言うのであれば、最近身長が伸び始めて来たようで、やっとロナリアの背丈をほんの少しだけ追い抜いた程度だ。

 しかも幼少期から美少女並みに整った顔立ちをしている為、先程のようなやり取りになると、かなり子供っぽい印象が強くなる。だが本来のリュカスは、年齢にそぐわない程の大人びた考えをする子供だ。


 しかしロナリアが関わると、何故か急に子供らしい駄々をこね始めてしまう所があり、先程のようなハインツとのやり取りが、ここ最近は特に増えてきた。

 その状態になる事は、どうやらリュカス自身は無自覚のようで、そろそろ指摘した方がいいのではないかとハインツは感じていた。


「なぁ、リュカ坊。実は以前から気になっていたんだが……。ここ最近のリュカ坊は、やけにロナリア嬢と一緒に過ごす事に拘っていないか?」


 そう問われたリュカスは、キョトンとした表情を浮かべながら、隣を歩くハインツを見上げた。


「そうかな? 僕、ロナと友達になってからは、ずっとこんな感じだったと思うけれど……」

「いいや。魔法学園に通い出してから、二人共お互いにやけに一緒にいたがる傾向が強くなっている気がするぞ!」

「まぁ……。僕はロナと手を繋いでいないと、魔力がすぐに無くなってしまうから、無意識に一緒にいようとしていたかもしれないね」


 やはりロナリアと必要以上に一緒にいようとしていた事は、無自覚だったようだ。

 そのリュカスの状態にハインツが、左手で両目を覆い落胆するような様子を見せる。そんなハインツの反応にリュカスが、不思議そうに小首を傾げた。


「ハインツさん、何でそんな事を聞いてくるの? そもそもロナとは婚約者同士なのだから、僕達は一緒にいるのは当たり前だと思っているのだけれど」

「確かに二人は婚約者同士だから、共に行動するに越した事はない。だけどな、リュカ坊。そろそろ二人は思春期に入るし、お互いに同性の友人との交流もしっかりやった方がいいんじゃないか?」

「僕、ロナ以外に友達いなくても平気だけど」

「いやいやいや! それじゃダメだろ!? リュカ坊は将来的にロナリア嬢のところに婿入りして、次期アーバント子爵になるじゃないか!!」

「そうだけど……それって何か関係があるの?」

「大有りだろ!! 将来的に子爵家当主になるのであれば、他の貴族達との繋がりも大事になってくるんだよ!! ましてやアーバント家はエルトメニア家程ではないが、魔獣の樹海付近の領地を持っているのだから、近隣の領地を持つ爵位持ちの人間との協力や交流が必須になってくるだろう?」

「その辺は、僕がエクトル殿下と友人という部分で何とかなるから平気だと思うよ? 僕が第三王子と親しいと言う情報が広まっているから、同性の貴族の子達は皆、エクトル殿下との交流の切っ掛けの為に向こうから僕と親睦を深めようとしてくるし」

「リュカ坊……。エクトル殿下を撒餌扱いするのはやめろ……」

「でも殿下からは『僕との友人関係を大いに利用してくれて構わないよ』ってお言葉も頂いているんだけど」

「お前ら、本当に11歳児なのか……? 腹黒過ぎてお兄さん、君らの将来が心配になってきたよ……」

「ハインツさんはもう年齢的におじさんの領域だから、お兄さんという言い方は間違っていると思う」

「お前、本当にさらりと手厳しい事を言うな……。それ無自覚なのか?」


 リュカスの淡々とした減らず口攻撃を受けたハインツが、盛大に項垂れる。

 しかし、リュカスの方は自身がハインツの揚げ足をとるような会話運びをしてしまっている事に全く気付いていないらしい。先程と同じように不思議そうな表情を浮かべながら小首を傾げている。


「ハインツさん、そもそも何故、思春期に入ったら同性の友人との交流を大切にしなければいけないの?」

「何故って……リュカ坊は男で、ロナリア嬢は女の子だからだ。今はお互いに何でも話せる仲だと思うが、年頃になると異性にはなかなか話せない内容や言い出せない事が出てくるんだよ……。それが思春期ってもんだ!」

「そうなの? でも僕、ロナに話せない事なんて一つもないのだけれど……」

「今はな。だがこの先、絶対に女性であるロナリア嬢には相談出来ない事が、わんさか出てくるぞ?」

「女性って……。ロナはまだ『女の子』って雰囲気だから、その言い方だと凄く違和感があるのだけれど……」


 そう言って難しそうに眉をひそめるリュカスだが、まだ身長も150cm未満な上に未だに幼さゆえの女の子のような愛らしい見た目の印象もあり、どんなに大人びた物言いをする事があっても、まだ子供の領域から抜け出ていない事がよく分かる。

 そんなリュカスの頭をまたしてもハインツがわしゃわしゃと乱暴に撫でた。


「もう! また髪がぐしゃぐしゃになっちゃったじゃないか!! 何で今日のハインツさんは、そんなに僕の頭を乱暴に撫でるの!?」

「仕方ないだろ? リュカ坊があまりにも可愛い事を言い出すから」

「僕、可愛い事なんて言ってないよ!!」


 髪を手櫛で撫でつけながら、リュカスがむくれ出す。

 その様子をハインツは、どこか寂しそうな眼差しを向けながら苦笑した。


「まぁ、リュカ坊にも今俺が言った事の意味が分かる日が、そのうち来ると思うから、一応頭の隅に置いておけ」

「今の時点ではハインツさんの言っている意味が全く分からないよぉー……」


 そう愚痴りながらリュカスは、ハインツと共に魔力制御の教えを乞いに長兄マルクスのもとに向かった。


 ちなみに普段の魔法練習は主にハインツが指導しているのだが、魔力制御に関してはリュカスと同じように魔力が高すぎる長男のマルクスが指導している。

 ハインツも魔力制御が難しいと言われている水属性魔法の使い手なので、指導出来る事は出来るのだが……。常に上級魔法しか発動出来ないリュカスのような規格外の魔力制御の微調整は、同じような魔力体質のマルクスの方が適任だと判断したからだ。


 そんなマルクスも最近、やっとその魔力制御のコツをマスターした状況だ。

 父カルロスの血筋なのか、エルトメニア家の三兄弟は長男と三男だけでなく次男も魔法威力が高い為、全員がこの魔力制御の壁にぶつかっている。


 中でも規格外の威力の魔法しか放てないリュカスは、大苦戦中なのだ……。

 そんな末っ子に丁寧に魔力制御のコツを指導していたマルクスだが、何故か今日はあまり練習に集中出来ていない弟の様子に気付き出す。


「リュカ、もしかして待たせているロナリア嬢の事が気になるのかい?」

「集中出来なくて、ごめんなさい……。でもやっぱり折角遊びに来てくれたロナを放っておくのって、何か後ろめたい気分になっちゃうんだ……」

「リュカ坊、その事はさっきちゃんと話つけただろう? そもそもロナリア嬢なら、今頃メイドが出したケーキを堪能していると思うから、大丈夫だと思うぞ?」

「ハインツさんは、ロナに何か食べ物を与えておけばいいって思っていない!?」

「実際、ロナリア嬢はケーキやお菓子大好きっ子だろ? ああいう所は本当に母親そっくりだよなー」

「ロナをペットみたいに言わないでよ!!」

「はいはい。いいから、練習に集中! でないとロナリア嬢と遊べる時間がどんどん減るぞ~?」

「分かってるよぉ……」


 魔法学の師でもあるハインツと末の弟の賑やかなやり取りを傍観していた長男マルクスが、思わず笑みを浮かべる。すると、弟のリュカスが何かを思い出したようにジッと見つめてきた。


「リュカ? どうした?」

「マルクス兄様は、もう『思春期』になっているよね?」

「え? ま、まぁ、一応16だし、今その真っ只中にいるとは思うけれど……」

「思春期に入ると異性よりも同性と交流が活発になってくるって本当?」

「あー……。うん。まぁ、その傾向は強いかなぁー」

「どうして?」


 真っ直ぐな瞳で真剣に質問してきたリュカスの様子から、ハインツが何かを吹き込んだと予想を付けたマルクスが、悪戯好きの師匠に確認するように視線を向けた。すると案の定、ハインツがにぃーっと笑みを深める。


「師匠……。リュカに何を吹き込んだのですか?」

「これからぶつかる青春の壁について少し語ってやっただけだ」

「青春の壁……」


 ハインツの返答を聞いたマルクスが、やや白い目を向けた。

 ちなみにマルクスは幼少期の頃から水属性魔法に興味があり、ハインツから学んでいた為、その頃からずっと師匠と呼んでいる。だが、明らかに弟を揶揄おうとしている師に対して、マルクスは盛大にため息をついた。

 そんな兄にリュカスは期待に満ちた瞳を向け、質問内容に対する答えを待っている。


「そうだな……。まず思春期に入ると異性と一緒にいる事が、少し恥ずかしいって思うようになるからかな?」

「何で? 僕ロナと一緒にいて恥ずかしいって思った事は、一度もないよ?」

「リュカは、まだ思春期に入っていないだろう?」

「でもこの先、ロナに対してそういう事を感じてしまう自分が、全く想像出来ないんだけど……」


 そう言って魔力制御の練習をしながら、リュカスが難しい表情を浮かべた。

 そんな弟の頭に思わずマルクスの手が伸びる。


「もぉ~!! 兄様も僕の頭をワシャワシャするの?」

「『兄様まで』って……もしかして、さっき師匠にやられたのかい?」

「うん……」

「まぁ、その気持ちは少し分かるな。でも兄様は優しく撫でるだけだよ」

「何で?」

「リュカが、あまりにも可愛い事で悩んでいるから」

「また、それ!?」


 不満そうな声を上げたリュカスに対して、マルクスが優しげに目を細め笑みを浮かべる。


「今はまだ兄様の言っている事が分からないかもしれないけれど、もしそういう時がきたら、きっとリュカから見たロナリア嬢の印象が、ガラリと変わると思うよ?」

「ガラリって……どういう風に?」

「例えば、急に大人っぽく見えたりとか……綺麗に見えたりとかかな?」

「ロナは綺麗と言うよりも可愛いっていう雰囲気だよ? あと大人っぽさで言えば、僕の方がずっと大人っぽいから、それはないと思う……」

「自分でそれを言うのかい?」


 そう言って複雑そうな表情を浮かべ、考え込み始めた弟の様子にマルクスが思わず苦笑する。

 すると、あまり実のある練習になっていないリュカスの様子を見兼ねたハインツが、咎めるように釘を刺す。


「リュカ坊、集中力が落ちてるぞ? これじゃ練習にならないだろーが……。なんなら魔力制御の練習、30分延長するかぁ?」


 半目で提案してきたハインツの言葉にリュカスの顔色がサッと変わる。


「ま、待って! 今からちゃんと集中するから!」


 そう言って慌てて練習に集中し始めたリュカスは、何とか練習時間の30分延長をハインツに撤回してもらった。



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