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吠える狼(中編)

 ローウィッシュが特殊魔獣討伐部隊に所属してから半年が経った頃、レナリアがこの場所に顔を出す事は、もはや日常化していた。

 その切っ掛けを作ったマーガレットは三カ月前にカルロスと挙式し、エルトメニア伯爵夫人の道を歩み始める。その為、この部隊の要は魔力の高さから王家より一目置かれているエルトメニア夫妻が中心となっていた。


 だが、この時は、まだ特殊魔獣討伐部隊出張る程の魔獣被害がなかった為、半年程はのんびりとした時間が続いていた。

 そんな中、待機所内でレナリア達が頻繁に話題にしていた内容が、この部隊の選抜メンバーの決定権を持っている魔法学園の教師グレイバムと、二人が学生時代に崇拝していたローズマリアという伯爵令嬢についてだった。


「レナリア。わたくし、この間グレイバム先生について信じられない話を耳にしたのだけれど……。例の噂は本当なの!?」

「本当です! グレイバム先生は、わたくし達の気高き女神でもあるローズマリア様を身の程知らずな事に妻として迎え入れたと……」


 レナリアが怒りから両拳を握りしめ、フルフルと身体を震わせる。だが、その様子はローウィッシュにとって目の保養でしかない。

 だが、それと同時にマーガレットの方も持っていた扇子を乱暴にパシンっと閉じ、怒りの感情を露わにしていた。その音で室内のメンバー……特にハインツが、ビクリと肩を震わせる。


「信じられないわ……。何故あんなくたびれた様子の子爵家次男であるグレイバム先生が、素晴らし過ぎるローズマリアお姉様を娶る事が出来るの!?」

「何でもローズマリア様は、在学中からグレイバム先生をお慕いしていた様で……。グレイバム先生の方は、教え子との一線を越える訳にはいかないと、ローズマリア様が在学中は、そのお気持ちを受け入れないようにされていたそうですが……」

「何ですって!? くたびれ子爵家次男の分際で、わたくし達の女神であるローズマリアお姉様のお気持ちを拒否するなど……何て身の程知らずなの!?」

「わたくしもその件につきましては、腸が煮えくり返る思いです!!」


 どうやら在学中に二人が崇拝していた伯爵令嬢が、卒業後に二人の師でもあるグレイバムの許に嫁いだらしい……。だが社交界で注目の的だった非の打ちどころのない伯爵令嬢が、くたびれ子爵家次男のグレイバムの許に嫁いだことは、社交界だけでなく学園内でも大きな波紋を呼んだ。


 特にレナリア達世代は、渦中の人物でもあるローズマリアと少なからず接点があった為、現状学園内ではグレイバムに対してボイコットを起こしている生徒も出ている。レナリアもそんな生徒の一人だった。


 この会話を聞いていたローウィッシュは、チラリとハインツに視線を向ける。するとハインツも同じ事を思ったらしく、苦笑気味の表情を返して来た。

 この会話の流れでは、グレイバムがローズマリアにどう接したとしても、二人は文句しか言わないだろうと……。

 そんな事を思いつつもハインツとアイコンタクトをとっていたら、いつの間にかレナリアが熱弁をふるい始めていた。


「マーガレット先輩! わたくし、現状グレイバム先生が如何に恵まれた環境であるかを自覚させる為、ローズマリア様の素晴らしさを箇条書きでまとめたレポートを毎月送りつけております!」

「そう……。でも平然と教え子に手を出したグレイバム先生には、そのレポート内容は理解出来ないのではなくて? そもそも理解出来る常識が先生には皆無なのだと思うのだけれど」


 完全にグレイバムが教え子を誑かしたような流れになっているが、その矛盾点を指摘すれば面倒な事になると、この半年で学んだローウィッシュ達は、暗黙の了解で口を閉ざし続ける。そんな空気を読み過ぎているローウィッシュ達に気付かない二人は、ますます師に対する不満をヒートアップさせていく。


「では……どうすれば先生を陥れられると思いますか?」

「そこなのよね……。グレイバム先生は、くたびれ子爵家次男とは言え、魔術にかけては現状国内では上位の実力者なのよね……」

「カルロス様であれば、本気で戦いを挑めば打ち負かせられるのでは!?」

「確かにカルロス様がお持ちの魔力は強力ではあるけれど……。地属性と氷属性では攻撃特化型の属性ではないから、四大属性を全て扱える先生を打ち負かす事は難しいわ……。それよりもローウィッシュは、どうなの? 彼ならば攻撃特化型の火属性魔法に優れているのだから、剣術という力技と連携させれば先生を打ち負かす事が出来るのではなくて?」

「なるほど! あの、ロッシュ様……」

「私は先生に決闘など申し込まないからな」

「ロッシュ様ぁ~……」


 瞳をキラキラさせながら懇願してきたレナリアにローウィッシュが間髪を容れず断る姿勢を見せると、まるでおあずけを食らった子犬のようにレナリアがしゅんとする。その様子が愛らしかったので思わず口元を片手で覆うと、マーガレットが呆れたような表情でローウィッシュに白い目を向けてきた。


「ローウィッシュ……。あなた、本当にその強面な見た目と違い、愛らしい物が好きなのね……」

「そ、そういう訳では……」

「今の様子をあなたが指導している若手魔法騎士達に見せてあげ……」


 そう言いかけたマーガレットだが、何故か急に真っ青な顔色になり、勢いよく両手で口元を押さえた。


「マーガレット先輩?」


 その様子に隣にいたレナリアが怪訝そうな表情を浮かべ、心配そうに顔を覗き込む。だが次の瞬間、その場にいた全員が凍り付いた。


「は、吐きそう……」

「「「ええっ!?」」」


 マーガレットのその言葉を聞いたレナリアは動揺からアワアワし出す。またハインツも焦りから、即座に席を立ちあがった後、思いきりテーブルに足をぶつけながら裏の用具棚の方に走り出した。恐らく何か受け止められる入れ物を探しに行ったであろうハインツを確認したローウィッシュは、アワアワしているレナリアにマーガレットの服を緩ませるように指示を出す。

 するとバタバタしながらハインツが戻って来た。


「マ、マーガレット先輩!! こ、これ桶! 桶使ってください!!」

「こ、こんな人前で醜態をさらす訳には……」

「この緊急事態に何言ってるんですか!! 吐くモン吐いた方が楽になります! ひと思いにゲロった方がいいですよ!?」

「ハインツ、言い方!!」

「オロオロしているレナリア嬢よりかは、俺の方が役に立ってる!!」

「ロッシュ様ぁ~……」

「二人共! こんな時にまで喧嘩をするな!」

「だってレナリア嬢がぁ……」

「ハインツがぁ……」


 その後、辛うじて吐き気を回避し落ち着きを取り戻したマーガレットは、連絡を受けてすっ飛んできた夫カルロスに付き添われながら、その日は自宅へと帰って行った……。



 だが翌日、更に衝撃の事実がカルロスより三人に告げらる。


「マーゴが懐妊した」

「「はぁ!?」」


 普段はマーガレット以外の人間には、ニコリともしない鉄面皮の若きエルトメニア伯爵が薄っすら微笑みを浮かべながら、信じられない報告してきた為、ハインツとレナリアが同時に叫ぶ。この中では一番冷静な人間でもあるローウィッシュも流石に驚きから固まってしまった。


「え……? いや、だって! お二人はまだ挙式して三カ月くらいですよね!?」

「マーゴが愛らし過ぎるのが悪い」

「いやいやいや! 確実に夫であるカルロス先輩の自制心が足りなかった事が、今回の状況引き起こしてますよね!? そもそもお子さんはこの部隊の下地作りが済むまでは待つと、グレイバム先生とお約束されてましたよね!?」

「子は天からの授かりものなので、私ではどうにも出来なかった……」

「嘘つけ! この煩悩伯爵がぁぁぁー!!」


 珍しく氷の貴公子に食って掛かるハインツを横目にローウィッシュも盛大にため息をつく。マーガレットが抜けてしまうと、この部隊は攻撃特化型の人間がローウィッシュだけとなってしまうからだ。


「どうするんですか……。ロッシュだけじゃ上級魔獣の討伐時は対応出来ませんよ? それにこいつが全力で火属性魔法を使用したら火気厳禁の魔獣の樹海では、俺一人のサポートじゃ抑え込めませんし……。かと言って、カルロス先輩が地属性魔法で攻撃側に回ったら、俺一人でロッシュのサポートと全体の防御を担わなきゃならないじゃないですか……。無理ですよ!! そもそもマーガレット先輩の風属性魔法がなければ、火属性魔法の増幅も難しくなるから、俺らの部隊は大幅な戦力ダウンになるじゃないですか!!」

「その事についてなのだが、人員を増やそうかと……」

「増やすって……。俺達の代では俺ら以外は、選抜対象の生徒がいなかったって言ってませんでしたっけ? かと言って今年卒業する代は魔導士科の生徒は不作ばかりで選抜は見送るとか言ってましたよね!? 現在すでに宮廷魔道士として活躍している方達は、その部署が出し渋ってうちには人員を回してくれないって、ぼやいていたじゃないですか!!」

「ハインツ……。君はまるで小姑だな……」


 いつもはカルロスを恐れているハインツだが、今回はここぞとばかりに上司への不満を全力でぶちまける。それを他人事のように聞いていたローウィッシュだったのだが……何故かそのカルロスが、ローウィッシュをジッと見つめてきた。


 その様子から助け舟でも出して欲しいのだろうかと思ったローウィッシュが口を開こうとした瞬間、カルロスはまたしても予想外な事を口にする。


「実はその増員にレナリア嬢を検討しているのだが……」


 その瞬間、ハインツは驚きから目を見開いた後、ゆっくりとローウィッシュに視線を向けた。対してローウィッシュは、一瞬思考が止まってしまい頭が真っ白になる。だが、すぐに我に返り、勢いよく立ち上がってテーブルに両手を突きながら抗議の声をあげた。


「何故、レナなのです!?」

「レナリア嬢は代々優秀な氷属性魔法の使い手を輩出しているエインフォート家のご令嬢だろう。彼女ならば、たった一人でも君の火属性魔法の補助に回れるはずだ。そうなればハインツは、防御とサポートに徹する事が出来る。何よりも彼女の氷属性魔法は、攻撃特化型の魔法としても学園内では高い評価を得ている。これ程、才能豊かな人材を見過ごすのは勿体ないだろう」


 カルロスの人選に関しては、確かに理に適っていた。

しかし、ローウィッシュとしては、自身の婚約者が上級魔獣討伐をメインとしているこの部隊に所属する事に抵抗がある。

 そして何より問題視しなけれなばらないのは、レナリアの年齢だった。


「お言葉を返すようですが 彼女はまだ学生です!」

「その件だが、レナリア嬢は現在高等部二学年内で常に上位の成績だと聞いている。それだけ成績優秀であれば、残り一年は飛び級させても問題がないと思うのだが」

「カルロス先輩は、残り少ない彼女の貴重な学生時代を無駄にしろとおっしゃるのですか? そもそも彼女は学園を卒業後、すぐに私と挙式する予定となっております。マーガレット先輩の後任ともなれば、彼女が産休明けに戻るまでレナが、この部隊から抜けられないと言う事ですよね?」

「ああ……。すまないが、そう言う事になる。だが一年だけだ。それならば当初君達が予定していた挙式日程と同じくらいにレナリア嬢を解放出来るかと思う。そもそもこの話を検討するのは、君ではなくレナリア嬢自身だと思うのだが?」


 そう言って、敢えてレナリアに判断を求めるカルロスにローウィッシュが鋭い視線を向ける。そんなピリピリした空気の中、レナリアが控え目な様子で返答を始めた。


「その……わたくしとしましては、マーガレット先輩には元気なお子様をご出産して頂きたいという思いもございますし、飛び級で卒業する事にも特に抵抗はないのですが……」

「レナ!!」

「ですが、一つだけ気になる事がございます。マーガレット先輩は、本当にあと一年で復帰なさる事が出来るのでしょうか……」


 心配そうな表情をしながら、カルロスに問うレナリアの言葉を聞いたローウィッシュが、一瞬だけ動きを止める。

 その質問をすると言う事は、少なからずレナリアもローウィッシュとの挙式が遅れる事を懸念していると言う事だ。つまり、レナリアもローウィッシュとの挙式を待ち望んでいると言う事になる。


 するとローウィッシュは、自身の頬が急に熱を帯び始めた事に気付く。自分だけでなく、レナリアの方も挙式を心待ちにしている状況に何故か嬉しい気持ちが込み上げてきた。


 同時に自分自身もレナリアと夫婦になる事を待ち望んでいる事にも気付き、驚きから片手で口元を押さえる。恐らく今の自分は、ニヤけ気味な表情を浮かべてしまっている。それを必死に隠そうとした。

 そんな状態でレナリアの様子を窺うと、レナリアがローウィッシュに救いを求めるような視線を送ってきた。


 その瞬間――――。

 ローウィッシュは、自身からサァーっと血の気が引くのを感じる。


 いつもは幼子のような愛らしさから庇護欲をそそるレナリアの仕草が何故かこの時、妙な艶っぽさを放っていたからだ。


 つい先程まで、ただ愛らしく庇護欲をそそる存在であったレナリアが、この時からローウィッシュの独占欲と支配欲を駆り立てる捕食対象に切り変わった瞬間だった……。そもそも今まで生きて来た中で、女性に対して、そのような感情を抱いた事がなかったローウィッシュは、初めて抱いた自身の欲をむき出すような感情を自分の中に見出してしまった事に焦り出す。


 ましてやその相手が全力で愛でていたレナリアだ……。

 何故、急にそのような感情が芽生えてしまったのかローウィッシュ自身にも分からない……。だが気が付いた時にはすでに遅く、この瞬間からレナリアはローウィッシュにとって愛らしい少女ではなく、艶やかさを秘めた女性にしか見えなくなってしまう。


 そんな状態に陥ってしまったローウィッシュに気付かないカルロスは、珍しく綺麗な笑みを浮かべ、諭すようにレナリアの質問に答える。


「もちろん。一年後には必ず君をこの部隊から解放すると約束しよう」


 しかし……このカルロスの約束は守られる事はなかった。

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