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【本編完結済】二人は常に手を繋ぐ  作者: もも野はち助
【番外編】

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20/39

小鳥のさえずり

今回はロナリアの両親の馴れ初めのお話になります。

(母レナリア視点のお話)

 とある子爵家の庭園にて、可憐な少女と長身の青年が四阿(あずまや)にあるテーブルを挟んで座っていた。その様子は、小さな草食系動物と大柄な肉食系動物のお茶会のようにも見える。そんな対照的な容姿の二人は、先程から無言で向かい合っていた。


 可憐な少女の方は、フワフワの薄茶のような亜麻色の髪にペリドットのようなスプリンググリーンの瞳をし、いかにも小動物を彷彿させるような大きなクリンとした瞳を持つ何とも愛らしい少女だ。


 対してその少女と向かい合っている座っている青年は、長身だと分かる程の長い足を組んで座っている。一見細身にも見える体格だが、よく見ると服の上からでも分かるくらい引き締まった筋肉をしていた。

 切れ長のグレイの瞳は眼光が鋭く、若いとは言え如何にも騎士という風貌だ。

 だが顔立ちは、ほんの少しだけ少年ぽさが残っていた。


 そんな真向いに座る長身で表情の読み取れない青年を小動物的な見た目の少女レナリアは、控え目にチラリと観察した。

 少し日に焼けた肌をしているが、切れ長な瞳がどこか落ち着いた印象を与えてくるので、その青年が多少の事では動じないタイプの様に感じられる。

 だがレナリアのこの青年に対する第一印象は、「大きな人」だった。


 12歳のレナリアにとって、身長が180センチ近くもあるこの青年は見上げなければならない程、ビックサイズな令息だった。かと言って、無駄のない筋肉質な体型がそこまで圧迫感を与えて来ない。その所為か、鋭い眼光を持ち合わせているが、不思議と怖いと感じる事はなかった。


 だが……先程から15分近くも無言状態が続いている今の状況には、レナリアも息苦しさを覚え始める。折角、目の前に出された好物のケーキやタルトも心なしか美味しさが半減しているように感じられた。

 その事を残念に思い始めたレナリアは、思いっ切って目の前の表情筋が死滅気味で堅物そうな青年に自分から話題を振り始めた。


「ローウィッシュ様は、甘い物はお好きですか?」


 いきなりレナリアに声を掛けられた事に少し驚いたのか、ローウィッシュと呼ばれた青年が、一瞬だけ瞳を大きく見開く。だが、すぐに先程まで浮かべていた無表情に戻った。


「好きと言う程でもないが、食べる事はままある」

「そうなのですね。実はわたくし、甘い物には目がなくて……。本日お出し頂いた生クリームたっぷりのケーキと、フルーツが盛りだくさんのタルトは大好物なのです」

「それは良かった。ならば是非堪能していってくれ」

「はい!」


 やんわりと食べる事に専念する言質を取ったレナリアは、堂々とフォークを動かす事にした。そんなレナリアの様子を無言でジッとローウィッシュが見つめてくる。だがレナリアの方は、ケーキの美味しさに夢中で気付かない。

 そんな二人は、この日初めての顔わせとなる婚約者同士だ。


 この時、12歳のあどけなさが残るレナリアに対して、ローウィッシュはその三つ年上の15歳。しかもレナリアは12歳にしては小柄な方で更に幼く見える。

 逆に15歳のローウィッシュは、実年齢以上に上に見られやすい貫禄ある大人びた青年だった。そんな二人は、どう見ても年の離れた全く似ていない兄妹という様子だ。


 だがレナリアは、このローウィッシュの反応には若干慣れていた。

 彼のこの反応は、『幼い子供相手にどう接して良いか分からない年頃の若者』という感じなのだ。実年齢より幼く見られやすいレナリアだが、中身の方は伯爵令嬢らしくそれなりに大人びた考えは持っている方だった。


 その為、ローウィッシュのような反応をされた場合、レナリアは無邪気な少女を敢えて演じ、自分から声を掛けるようにしている。何度も会話をする事で相手に自分との交流に慣れて貰うと言う作戦だ。

 そもそもこの子爵令息は、すでにレナリアの婚約者として決定している。ならばレナリアがするべき事は、将来の自分の為にローウィッシュと良好な関係を築けるように少しでも距離を縮める事となる。


 だが何故、伯爵令嬢でもあるレナリアの婚約者が子爵家令息のローウィッシュなのか……。それはローウィッシュが今後の功績を大いに期待されているアーバント子爵家の跡取りだからだ。


 300年前の戦乱期以前から、氷魔法に特化した高い魔力を持つ家系であるエインフォート伯爵家に生まれたレナリアには、仲の良い両親と8つ歳上の兄、5つ年上の姉がいる。その中でも兄妹と年の離れたレナリアは家族間ではお姫様のように可愛がられていた。


 特に父親はレナリアだけでなく長女も溺愛していたのだが、そこは伯爵家当主でもあるので政略的な打算もしっかり出来る人物だった。故に娘二人には将来エインフォート家にとって有益にもなり、尚且つ娘を嫁がせても安心出来る有能さと誠実さを重視した縁談相手を用意する事に躍起になっていた。


 その結果、長女である姉は将来性のある同じ爵位の伯爵家に嫁ぐ予定で、先方にも非常に気に入られており、もはや幸せな結婚生活間近という状況だ。

 それに続き、レナリアにも同じ条件でと父が婚約相手として選定したのが、アーバント子爵家の一人息子のローウィッシュだった。


 その父がアーバント子爵家に将来性を見出したのは、火属性魔法に優れていると言う部分だった。火属性魔法は攻撃魔法としては要であり、何よりも氷属性に特化したエインフォート家の人間と組めば、火気厳禁の魔獣の樹海でもローウィッシュは活動が可能となる。何よりもこの青年は、火属性魔法だけでなく剣術の腕が確かなものだった。


 300年前の戦乱期に魔力に優れた血筋をかなり失ったレムナリア王国は、生き残った平民でも魔力が高く、功績を残した人間には惜しみなく爵位を与え、その血族の保護に力を注ぐ動きをしていたのだが、アーバント子爵家はまさにその対象となる一族でもあった。


 そんなアーバント家は四代前までは子爵位ではなく男爵位だった。その四代前の当主が魔獣討伐でかなりの功績を上げ、その事を王家から認められ、今の子爵位を得たという経緯があるアーバント家は、現状では貴族としての歴史が浅い。


 その為、社交界では未だに成り上がり貴族という印象を抱かれているのだが、これが跡取りでもあるローウィッシュのもとに歴史あるエインフォート伯爵家のレナリアが嫁ぐ事で、その印象がガラリと変わる。二人の婚約は、由緒ある伯爵家と血縁を求めるアーバント子爵家と、伸びしろが無限でまだ注目されていない子爵家との接点を持ちたいエインフォート伯爵家の政略的な意味合いが強い婚約でもある。


 そんな大人の事情を12歳のレナリアは、伯爵令嬢としてしっかりと把握していた。だからこそローウィッシュとの関係醸成を試み始めたのだ。

 だがローウィッシュの方は、あまりその事に重要性を感じていないようだ。

 先程からケーキを頬張るレナリアの様子をジッと眺めているだけで、特に話しかけて来ない……。そのローウィッシュの様子から「自分の方が話しかけないと、この令息は反応しない」と、レナリアは瞬時に悟った。


「ローウィッシュ様もお召し上がりになりませんか? もし甘い物に抵抗がある様でしたら、こちらのフルーツタルトが程よい甘味なのでおススメです!」


 敢えて子供っぽい口調で、ニコニコしながらレナリアが勧めると、ローウィッシュは控えているメイドに目配せをし、自分の分のフルーツタルトを用意させる。そして素直にフォークに手を伸ばし、タルトを口に運んだ。


「確かに……。程よい甘味だ」

「あなたのお家がご用意してくださったのにご存知なかったのですか?」

「いや、今回のセッティングは全て母任せで……」

「確かにお客様のおもてなし準備は女性が中心になりますものね!」


 やや大人ぶった口調をしたレナリアだが、その口元には先程口に運んだなケーキの生クリームが付いている事には気付いていない。その様子にローウィッシュが、何とも言い難い微妙な表情を浮かべる。


「ローウィッシュ様? どうかされましたか?」

「いや……その……。何でもない……」

「はぁ……」


 何か言いたげな様子のローウィッシュに疑問を抱きつつも、その後のレナリアはこれでもかと言う程、三段のシルバースタンドに乗っていたケーキやタルトを堪能しながら、一方的にローウィッシュに話しかけ、その日の初対面は終了した。


 その後、レナリアは月に2回程、アーバント子爵家に招待されるようになる。

 屋敷を訪れると、まず盛大に歓迎してくれるのはローウィッシュの母であるアーバント子爵夫人だった。何でもずっと娘が欲しかったらしいが、ローウィッシュを出産後、産後の肥立ちが良くなかった事もあり、二人目を諦めざる得なかったそうだ。そんな経緯もあり、見た目もサイズも小さくて愛らしいレナリアの事を大層気に入ってくれたようで、誰よりも早く出迎えてくれる。


 そんな夫人の熱烈な歓迎をまず受けるレナリアだが、流石に本来の目的でもある婚約者のローウィッシュとの関係醸成を蔑ろにする訳にもいかないので、午後からローウィッシュと共に庭園でお茶の時間を過ごすのが、面会時の定番スタイルとなっていた。


 その間、ローウィッシュはレナリアから話しかけないと会話が成り立たない程、口数が少なかった。恐らく未だに幼さの残る少女との接し方が分からないのだろうと思っていたレナリアだが……。流石にその状況が三カ月も続いてしまうと、不安な気持ちは生れてしまう。


 だが、レナリアは敢えてその事を気にしないようにした。

 この婚約が政略的な意図が強い事をローウィッシュも理解しているはずだ。今はまだ12歳の幼い自分では婚約者という存在として見て貰えないかもしれないが、あと三年も経てば、今のローウィッシュと同じ年齢となる。その時にはきっと一人の女性として接して貰えるはずだと。


 なにしろローウィッシュは、誠実さを重視するレナリアの父の厳しい査定をくぐり抜けた令息だ。更にこの三カ月間は口数は少ないとは言え、かなりレナリアを気遣って接してくれている様子も感じられる。

 それら二点から、レナリアは根気よくローウィッシュとの会話を試みた。


 しかし、三カ月経ってもローウィッシュの方からレナリアに話しかけてくる事は殆どない。それどころか毎回気になってしまうのは、ケーキを食しているレナリアをジッと見つめてくる事だ……。

 ローウィッシュはまるで生き物を観察するかのようにケーキやタルトやクッキーを頬張っているレナリアを凝視してくる。これには流石のマイペースなレナリアもその理由を確認せずにはいられなかった。


「あの、ローウィッシュ様。ずっと気になっている事があるのですが……」

「何だろうか?」

「そのぉ……。何故ローウィッシュ様は、わたくしがケーキや焼き菓子を食している際、ジッと見つめてくるのでしょうか……」


 レナリアのその問い掛けに一瞬、瞳を見開いたローウィッシュだが、すぐに目を逸らす様にサッと明後日の方向を向いてしまった。そして何故か片手で口元を押さえている。


「あの、もしやわたくしの食事作法に問題があったのでしょうか……」

「いや、そういう訳では……」

「ですが、何か気になる点があったから見つめられていたのでは?」

「気になる点……。強いて言うのであれば……その、現状口元にクッキーの食べかすが……」

「っ……!! た、大変失礼致しました!!」

「いや、そこまで気にされなくても……」

「気にします!! 淑女としては大いに問題有りです!!」


 そう言って、ロナリアは慌ててナプキンで口元を拭う。

 だがローウィッシュは更に顔を背け、フルフルと震えだした。

 その様子を目にしたレナリアの頬が、羞恥心で火照り出す。


「本当に申し訳ございません……。お見苦しい姿をお見せしてしまい、大変失礼致しました……」


 少し顔を赤らめつつも、シュンとした様子でレナリアが俯く。

 すると何故かローウィッシュが慌てだした。


「本当に気にしないでくれ! こちらも敢えて口元が汚れやすい物を出し……」


 その言葉にレナリアが、ピクリと反応した。

 対するローウィッシュは、しまったという表情を浮かべた後にすぐに口を閉ざし、またしても気まずそうに視線を逸らす。


「ローウィッシュ様……。今の発言、どういう意味でしょうか?」

「いや、その……」

「敢えて、わたくしが口元を汚しやすいメニューを出されていたと聞こえたのですが?」

「そ、それは……」


 12歳のレナリアにテーブル越しで詰め寄られたローウィッシュが、その追及から逃れようと目を泳がせた。だが、レナリアはその追及の手を緩めない。


「酷いです!! いくらわたくしが幼いとは言え、このような形で試されるなんて!!」


 両手を勢いよくテーブルに手を突いたレナリアは、ローウィッシュを見据え、睨みつけながら抗議の声を上げた。しかしそのレナリアの様子を見たローウィッシュは慌てて口元を押さえ、また顔を横に背けてしまう。この反応にレナリアが、ますます怒りを募らせる。


「た、確かにわたくしは、まだ12歳の子供の域を脱していない年齢です!! ですが、これでも淑女としてのプライドという物を持ち合わせております!! それなのに……今の様な接し方は、女性に対して失礼極まりないと思います!!」


 一気に不満を爆発させたレナリアだが、その瞳にはじわりと涙が溜まり出す。

 15歳で大人びたローウィッシュからすれば、12歳のレナリアは女性ではなく少女という扱いになるのだろう。更に拍車をかけるようにレナリアの容姿は実年齢よりも幼く見える。

 それでもレナリアは自分が伯爵家の令嬢である事に誇りを持っていた。

 だが目の前の婚約者にとっては、レナリアは幼子としか見えないのだろう。


 ローウィッシュが会話をしてこないから、年下のレナリアの方がその気まずい空気を払拭しようとしている努力も、ローウィッシュが接しやすいように無邪気さを敢えて演出している事も、ケーキをやや大袈裟に喜びながら食している事も……。


 ローウィッシュは本当にレナリアが無邪気な子供だという認識しか抱いてくれなかったのだ。その事が悔しくて堪らなかったレナリアの視界は、少しずつ涙で歪み出す。そんなレナリアの様子にローウィッシュは、慌て出した。


「ち、違う!! あなたを子供扱いしているつもりは一切なかった! ただあまりにもあなたが――っ」


 今まで聞いた事が無い程の大きな声を発したローウィッシュだが、何故か急に口を閉ざしてしまった。だがその大きな声に驚いたレナリアは、瞳に涙を溜めたままビクリと肩を震わせる。その反応にますますローウィッシュが動揺し始めた。


「レ、レナリア嬢……。その、今わたしはあなたを怒鳴りつけたのでなく……。ご、誤解を解こうとして、つい声が大きくなってしまっただけで……」


 段々と発する言葉が尻すぼみになっていくローウィッシュの様子にレナリアが、疑うような視線を向けながら、再び強い語気でローウィッシュを責め立てる。


「『ただあまりにも』とはどういう意味でしょうか? ローウィッシュ様の中で、わたくしのような幼い令嬢が婚約者では、淑女扱いなど出来ないとでもおっしゃりたいのですか?」


 涙目でローウィッシュを睨みつけながらレナリアが放った言葉を聞いたローウィッシュが、何故か空を仰ぎ見ながら左手で両目を覆い、盛大に息を吐く。だがすぐに後ろめたそうな表情をしながら、敢えて口元が汚れやすい茶菓子を出した理由を語り始めた。


「た、確かにあなたをもてなす際に口元が汚れやすいメニューを意図的に用意していた事は事実だ……。だが、それはあなたの淑女としてのレベルを試そうとした訳でなく、その……そういった口元が汚れやすい食べ物を美味しそうに食するあなたの様子を見る事が、つい癖になってしまって……」


 気まずそうに白状したローウィッシュの理由に再びレナリアの怒りが爆発する。

 瞳に涙を溜めたまま、レナリアは、ローウィッシュに食って掛かった。


「『癖になる』とはどういう事です!? ローウィッシュ様は食欲に負け、食べづらいスイーツ等を必死になりながら食しようとするわたくしの滑稽な姿を見て、嘲笑したかったという事でしょうか!? そのような手配をしてまで、わたくしに恥をかかせたっかのですか!?」

「違う!! 私はだた食べづらいケーキ等を一所懸命美味しそうに食するあなたの愛らしい姿を鑑賞したかっただけだ!!」


 その瞬間――――。

 10秒程の鳥のさえずりがハッキリと聞こえる静寂が二人の間に訪れた。

 そしてその静寂はレナリアの怪訝そうな声の一言で壊される。


「鑑賞……する?」


 茫然とした様子でレナリアが零すと同時にローウィッシュがテーブルの上に肘をついた状態で頭を抱え込み始める。


「あ、あの……」

「レナリア嬢……。申し訳ないが、私が隠し持っている気持ち悪い性癖について少し耳を傾けて頂けないだろうか……」

「き、気持ち悪い性癖!?」


 神妙な面持ちをしながら語り始めようとするローウィッシュに対し、レナリアが一瞬身構える。だがローウィッシュが語りだしたその『気持ち悪い性癖』は何とも拍子抜けする内容だった。


「私は……幼少期の頃から小さくて愛らしい物が大好きなんだ……」

「は……い?」


 決死の覚悟を決めた様子で打ち明けられたその内容にレナリアは涙が一気に引っ込み、そのまま唖然とするしかなかった。だがそんなレナリアの様子に気付かないローウィッシュは、その自身の『気持ち悪い性癖』を静かに語り出す。


「私は物心がついた頃から、小さくてフワフワした生き物が大好きで……。幼少期の頃は魔獣討伐訓練の為、父に連れて行かれた魔獣の樹海の初級魔獣エリアに生息しているコットンラビットやフェアリースクワールと戯れては怒られていた……。他にも友人が飼っている猫を過剰に構い過ぎて嫌われてしまったり、親戚の犬を撫ですぎて警戒され近づかせて貰えなくなったりと、小さくてフワフワした愛らしい生き物を過剰に愛でてしまう……」

「はぁ……」

「あなたくらいの年の頃まで、寝台の周りにはクマやウサギのフワフワした毛のぬいぐるみをたくさん並べていたが、父に知られてからは取り上げられてしまい、祖父から常に男らしくあれと言われ続け、気がつけば愛らしい物を愛でる事に後ろめたさを感じるようになってしまって……」

「寝室にぬいぐるみ……ですか……」

「魔法学園での寮生活が始まった際、これでやっと好きなだけ愛らしい物をこっそり愛でられると思っていたが、たまたま部屋にやって来た友人に知られてしまい、強面の私がその様なものを愛でる姿は気持ち悪いと言われてから、もうその性癖を封印するしかなかった……」


 悲壮感に満ちた表情でそう語るローウィッシュを茫然としながら見つめていたレナリアだが、どうも思考が追いつかない。


 フワフワした可愛い物が好き?

 眼光が鋭く強面、長身で鍛え抜かれた体躯を持ついかにも真面目で堅苦しそうな印象のこの青年が?


 だが同時にある事にも引っ掛かり始める。


「あの~……」

「分かっている……。レナリア嬢から見ても私は、さぞ気持ち悪い男に見えているのだろう?」

「いえ、そうではなくて……」

「気になる事があれば何でも質問してくれ。それでこの気持ちが悪いと称される性癖を隠し通そうとしてしまった償いになるのであれば……」

「いえ、気持ち悪いとかないのですが、どうしても引っ掛かる事がございまして……」


 レナリアが現状の自分の心境を遠慮がちに口にすると、何故かローウィッシュが大きく目を見開いた。


「私のこの性癖が気持ち悪くないのか?」

「人には人それぞれ好みがあるかと思いますので。そこは特に気になりません。ですが……どうしても納得が行かない部分が……」

「遠慮はいらない。是非ハッキリと言って欲しい」


 どんな罵倒も受け入れる覚悟を決めた様子のローウィッシュが、キリっとした表情をレナリアに向けた。その様子に強面でも整った顔立ちをしている事にレナリアは気付く。だが今はそれ以上に確認したい事があった為、レナリアはローウィッシュの返答を促す様にコテンと首を左に傾けながら、その気になる部分について尋ねた。


「確かにわたくしは、小柄で小さいとよく言われますが……フワフワではありませんよ?」


 その瞬間――――。

 ローウィッシュが、思いっきりテーブルに自ら額を打ちつけた。

 その衝撃でテーブルの上の食器類がガチャンと音を立てる。


「ロ、ローウィッシュ様っ!?」

「すまない……。一瞬、理性が消し飛びかけた……」

「消し飛びかけたっ!?」


 そう呟いたローウィッシュは、気持ちを落ち着かせるように一呼吸置く。

 そして打ちつけて赤くなった額のまま、真っ直ぐにレナリアを見つめ返して来た。

 その真剣な眼差しを受けたレナリアが、一瞬だけ怯む。


「レナリア嬢。あなたはご自身の事をあまり理解されていないようだ。私からしてみれば、あなたは私が幼少期に魔獣の樹海で一生撫で続けたいと感じさせたフェアリースクワールのような存在だ。フワフワで柔らかそうな亜麻色の髪にペリドットのような大きくて小動物を彷彿させる愛らしい瞳、庇護欲をそそる小柄な体型ながらも何かを一生懸命やろうとする健気な様子……」


 何故かローウィッシュは、自身が感じていると思われるレナリアの魅力を一つずつ上げ出した。それを初めは茫然としながら聞いていたレナリアなのだが、あまりにも絶賛され始めた為、徐々に頬に赤みが差していく。対してローウィッシュの方は、まるで女性を口説き落とすようにレナリアの魅力語りを始めてしまっている自身の行動に気付いていないらしい。

 その無自覚な様子にますますレナリアは、どう反応していいか分からなくなった。


 しかし、次にローウィッシュが熱く語りだした内容で、レナリアの顔色からサッと赤みが消えた。


「何よりも小リスのように口いっぱいにケーキやタルトを頬張り、一生懸命咀嚼する姿は一生見ていて飽きない愛らしさだ。それを更に上回るのは頬についたクリームや食べかすに気付かず、こちらを気遣いながらニコニコと関係醸成を図ろうとする健気さは、庇護欲をそそられ、思わず膝の上に乗せて頭を撫でまわしたくなる衝動に駆られる」


 後半はしみじみした様子でそう語るローウィッシュに対し、レナリアがプルプルと震え出す。その異変に気が付いたローウィッシュが、不思議そうにレナリアに呼びかけた。


「レナリア嬢?」


 するとレナリアは返事の代わりにガタンと音を立てて椅子から立ち上がり、思いっきり両手でテーブルに手を突いた。


「ローウィッシュ様!! わたくしは犬猫のような愛玩動物ではございません!! 幼い見た目とは言え、れっきとしたあなたの婚約者です!!」


 この日、アーバント子爵邸の庭園から愛らしい怒鳴り声が響きわたり、使用人だけでなく邸内にいたアーバント子爵夫妻の耳にもその声が届いた為、ローウィッシュはこの後両親から、滾々と説教される事となった……。



 そしてそれから15年後――――。

 再びローウィッシュは同じ事で最愛の一人娘でもある少女から非難の声を浴びせられている……。


「昔のお父様、酷ぉーい! ワザとお母様のお口が汚れやすいケーキばかり出すなんて!!」


 目に入れても痛くない程、溺愛している愛娘のロナリアから責めを受けているローウィッシュは、それから逃れるように無言のまま視線を逸らす。だが娘のロナリアは、追撃の手を緩める気がないらしく、頬を膨らませながら両手を腰に当てて、ローウィッシュの前に仁王立ちした。まだ6歳の幼い愛娘の何とも愛らし過ぎるその仕草に思わず口元が緩みかけ、必死で片手で手を押さえたが、ロナリアはそれを見逃さなかった。


「お父様!? ちゃんとお母様に酷い事したって反省しているの!?」


 母レナリアの真似をしながら、今にも説教をし始めそうな愛娘の様子にローウィッシュは必死に口元が緩まぬよう引き締めながら、バツが悪そうな笑みを返す。


「ああ。もちろん反省はしている。だがあの時のお母様は本当に小リスのような愛らしさで……」

「だからってお口周りが汚れやすいケーキばかりを出すのは酷いと思う!」

「そ、それは……」


 毅然とした様子で自分を責め立てて来るロナリアから逃げるようにまたしても目を泳がせながら、視線を外そうと明後日の方を向いたローウィッシュだが、何故かそこでバチリとリュカスと目が合った。

 するとそのリュカスが、困った様な笑みを浮かべながらロナリアを宥め始める。


 一月前、急遽最愛の娘の婚約者となったこの少年は、まるで人形のように整った顔立ちと澄んだ水色の瞳を持つ美少年だ。だが髪は夜のような漆黒色をしているので、かなり強い魔力を宿している事も窺える。そんなリュカスがローウィッシュに助け舟を出し始める。


「でも僕、ロナのお父上の気持ち分かるなー」

「ええ~!? リュカもわざと口元が汚れやすいケーキを誰かに食べさせたいの!?」

「そうじゃなくて……。小さい子が一生懸命食べづらい物を食べてる姿は可愛いなって。ロナも口にクリームついたまま嬉しそうにケーキ食べてたり、一生懸命熱いお茶をフーフー冷ましてる時があるけれど、その時凄く可愛い動きになってるよ?」

「それならリュカだって同じだと思う。だってお母様が私とリュカがニコニコしながらケーキ食べてるのを見て『二人共、可愛い!』ってよく叫んでるもん」

「ロナはともかく……僕は男だから可愛いって言われてもあまり嬉しくないなー」

「でもリュカは美人さんだから、何をしても可愛いと思う!」

「それもあまり嬉しくないのだけれど……」


 そんな会話を一生懸命している二人の様子が、すでにローウィッシュの目には『愛らしい者達』になってしまっているのだが、二人は全く気付いていない。


 だが一カ月前にいきなりロナリアとリュカスの婚約話が進み始めた際のローウィッシュは、リュカスに対してかなりの怒りを抱いていた。

 しかし実際にロナリアと一緒にいるリュカスに会うと、その怒りは一気に消し飛んでしまう。


 まずタダでさえ可愛い愛娘が人形のような整った顔立ちのリュカスと常に手を繋いでいる姿が、何とも愛らし過ぎたのだ……。二人は小さな手をお互いにしっかり握り締め、ニコニコと話している事が多く、その絵に描いたような『仲良し』な様子に可愛いもの好きなローウィッシュの心は、見事に打ちぬかれてしまったのだ。


 それに加え、魔法騎士に興味があるリュカスはローウィッシュに対して、憧れの眼差しを向けながら一生懸命どうやったらなれるのかと質問してくる。その健気な様子もローウィッシュの性癖に刺さってしまい、もはや娘のロナリアだけでなく、婿入り予定のリュカスまでも愛玩対象となっているのが現状だ。

 そんなリュカスの頭をローウィッシュは、優しく撫でる。


「リュカス、ありがとう」


 先程ロナリアに責められている時にさり気なく助け舟を出してくれた事にローウィッシュが礼を告げると、リュカスがニッコリと笑みで返す。


 ああ……。やはりこの子達は可愛すぎる!


 そんな悶えながら必死で表情に出ないように全力で二人の様子を愛でる夫の心の叫びを三人の様子を見ていた妻レナリアは読み取ってしまい、思わず苦笑した。


 だがこの15年後、バージンロードを共に歩んだロナリアを立派に成長した青年リュカスに引き渡す日が来る事は、まだこの時は頭になかったらしい。

 そんなローウィッシュには、血涙する勢いで歯を食いしばりながら愛娘をリュカスに託した後、恐ろしい顔で式中号泣し続ける事になる未来がやってくる。

※『スクワール』は英語でリスの事です。

次回はこの『小鳥のさえずり』のその後のお話(父ローウィッシュ視点)になります。

引き続き『二人は常に手を繋ぐ』の番外編をお楽しみください。

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瞬殺された断罪劇の後、殿下、
あなたを希望します


  ISBN:9784434361166
 発行日:2025年7月25日
 お値段:定価1,430円(10%税込)
 出版社:アルファポリス
レーベル:レジーナブックス

★鈍感スパダリ王子✕表情が乏しい令嬢のジレジレ展開ラブコメ作品です★

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