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10.二人は気持ちを整理する①

 二人が手を繋がなくなってから一カ月が過ぎた。

 すると、再びリュカスの元へ握手を求める女子生徒達が殺到し始める。


 だが、リュカスは断固として、その申し入れを受け入れなかった。

 魔力の性質が少しでも類似している相手だった場合、リュカスの意志とは関係なく、その相手の魔力を吸収してしまう事があるからだ。

 それでもいつも隣にいたロナリアの姿がない状況は、多くの女子生徒達の興味を引き、果敢にリュカスにアプローチする女子生徒達が激増する。


 そんな状況を目の当たりにしたロナリアは、その時初めてリュカスに群がる女子生徒達に対して、ドス黒い感情を抱いてしまっている自分に気付く。

 同時に今までリュカスと魔力相性が良かった事で、自分はリュカスにとって特別な存在であると自惚れていた事にも気付き、自己嫌悪にも陥った……。

 その延長で、幼少期に交わされた婚約に関しても疑問を抱き始めてしまう。


 ロナリアの場合、婚約相手はリュカス以外の男性でも問題はない。

 だが、リュカスの方は、魔力を確保する為には相手がロナリアでなければならないのだ。そうでないと『魔獣の樹海』に隣接している領地を持つ家の人間として、兄達のように領民を守る役割が果たせなくなってしまう……。

 そう考えると、あの特殊体質が発覚したリュカスには、自身の伴侶を選ぶ権利がロナリア一択しかなかったという事になる。


 ここ最近、ずっとロナリアが引っ掛かっていたのは、その部分なのだ……。

 ロナリアにとってリュカスは好きな相手であるのだから、このまま結婚に至っても幸せしかない。だが、リュカスの方はどうなのだろうか……。

 選択肢が一択しかないリュカスにとって、その状況は理不尽そのものだ。


 その考えが頭の隅に常にあった為、ロナリアはリュカスに抱き始めてしまった恋心に気付かないふりを貫き通していたのだ。

 自分だけが満たされるその状況に果たしてリュカスの幸せはあるのかと。

 同時に中等部の頃のリュカスが、相手を諦めさせる為と言いながら求められた握手に応じていた事も、実はロナリアの中では引っ掛かっていた。


 本当は自分よりも魔力相性が良い女性を探しているのでは……。


 そんな素振りは一切なかったリュカスだが、それでも心のどこかでロナリアは、その事を懸念していた。

 同時にそんな考えを抱いてしまう嫉妬深い自分の存在を認識してしまったロナリアは、自分自身が酷く滑稽な人間に思えて仕方なかった……。

 リュカスへの恋心と、その影響で嫉妬深い自分の存在を認めたくなかった事。

 生涯の伴侶を自分で選べる権利をリュカスから奪ってしまっている事。

 この二つが、ロナリアを魔力譲渡に関する知識の探求に強く駆り立てたのだ。


 だが、実際にリュカスと触れ合う時間が無くなってしまってからは、この選択は大きな間違いだったと、ロナリアはやっと気付く。

 いつも握りしめていた温かい手が、今のロナリアの手の中にはない。

 いつの間にか大きくなってしまった絶大な安心感を与えてくれる手。

 その手の温もりが感じられないだけで、不安で堪らなくなる自分がいる。


 その状況を体感して、やっとロナリアは気付く。

 自分もリュカスと手を繋いでいないとダメな事に……。

 だが、その事に気付いたからと言って、自分がリュカスに抱く想いと、リュカスがロナリアに抱く想いの熱量に差があり過ぎる現状は変わらない。

 恐らくリュカスにとって、ロナリアはこの世で一番の親友(・・)なのだ。


 その状況が、リュカスに恋心を気付かれた場合、関係が壊れてしまう可能性への恐怖を与え、ロナリアは手繋ぎの再開をリュカスに切り出せないでいた……。

 そんなリュカスと手を繋げない日々を過ごしていたロナリアは、ひょんな事から別の人間と手を繋ぐ機会を得る。

 その相手は、まだ魔法学園に入学したばかりの幼い少女だった。


 ロナリア達の初等部時代では行われなかったが、今の初等部では早めに魔獣の存在に慣れさせる教育方針になっているようで、魔導士科の高等部の生徒のサポートを受けながら『魔獣の樹海』の下級魔獣エリアを散策する体験学習が行われていた。


 しかしサポートと言っても高等部の生徒と初等部の生徒が、二人一組となって手を繋ぎながら『魔獣の樹海』を散歩するだけなので、散策というよりも遠足という感じに近い体験学習だ。

 そんなクラスメイトと固まって行動するサポート役だったので、初級魔法しか使えないロナリアも今回は参加する事になった。


 サポートする相手は、学生番号順で組まされるのだが、ロナリアが組む事になったのはアリシアという伯爵令嬢で、とても内気で大人しそうな少女だった。


「よ、よろしく……お願いします……」


 か細い声でそう告げてきたアリシアは、モジモジしながら真っ赤な顔で俯く。

 そしてロナリアが目線を合わせるようにかがみ込むと、更に恥ずかしがって下を向いてしまった。その様子があまりにも愛らし過ぎて、ロナリアは思わず「可愛い!」と叫び、アリシアを抱きしめてしまう。それが功を奏したのかアリシアは動揺しながらも、すぐにロナリアに慣れてくれた。


「それじゃ、私達も手を繋ごうか」

「は、はい……。 ロナリアお姉様」

「ふふっ! 弟妹なんていないからお姉様なんて呼ばれるのは初めて!」


 ここ最近、リュカスの事で悩んでいたロナリアにとって、その小さな手を握る事は、かなりの癒しをもたらした。だが、同時に昔、当たり前のように手を繋げていたリュカスとの思い出も蘇ってくる……。

 するとロナリアの中に寂しい気持ちが、ジワリと広がった。


「ロナリアお姉様?」


 急に暗い表情を浮かべたロナリアを心配そうにアリシアが、見上げてくる。その視線で我に返ったロナリアは、少々バツの悪そうな笑みをアリシアに返す。


「ごめんね……。何でもないの。それじゃ、私達も皆に続いて行こうか?」

「は、はい!」


 まだ頬を少し赤らめながらも、アリシアが愛らしさ全開の笑顔をロナリアに向ける。その眩し過ぎる純粋無垢な笑顔は、ここ最近ずっと思い悩んでいたロナリアの重苦さを少しずつ解かしてくれるようだった。

 そんな癒し効果抜群の小さな手を握り締め、ロナリアは他の生徒達の後に続き、魔獣の樹海へと足を踏み入れる。するとアリシアが、チラチラとロナリアを見上げながら遠慮がちに話かけてきた。


「ロナリアお姉様は……魔法を使うのは好きですか?」


 少しモジモジしながら小さな声で投げかけられたその質問にロナリアが、困り気味な笑みを浮かべた。


「魔法を使うのは好きだけれど……。実は私、魔法は凄く弱い初級魔法しか使えないの……」

「ええっ!?」


 ロナリアの返答にアリシアが、大きな瞳を更に大きくして驚いた。

 その反応が可愛くて、ロナリアは思えず顔がニヤける。

 だが、アリシアの方は驚きから狼狽え出していた。


「で、でも! それじゃ学園に入学出来ないんじゃ……」

「うん。本当は入学出来なかったんだけど……。でも私の幼馴染の男の子のお陰で、私もこの学園に入学出来たの」

「幼馴染の男の子?」

「その子はね、小さい頃から強力な魔法が使えるんだけど。常に魔力が体から漏れちゃう体質で、魔力不足で魔法が使えない子だったの。でも何故か私の魔力は体の中に入っても具合が悪くならない子で、私はその子に魔力を分けてあげられるから、そのついででここに入学させて貰えたんだー」

「ま、魔力を分ける? で、でも! それじゃロナリアお姉様の魔力が無くなっちゃうんじゃ……」

「大丈夫! 実は私の方は、魔力がどんどん増えちゃう体質で。その子に魔力をあげてもすぐに回復しちゃうんだ」

「す、凄い! ロナリアお姉様、魔力がなくならないの!?」

「その代わり自分では全く使えないんだけどね……」

「そ、そっか……。勿体ないなぁ……」


 その話を聞いたアリシアは、少し残念そうに俯いてしまった。

 しかし、何か気になる事が出てきたようで、すぐにパッと顔をあげる。


「ロナリアお姉様は、魔力をどうやってお友達にあげているの?」

「こうやって手を繋ぐと、自然とその子が私の魔力を吸収してくれるの」

「ええ!? 凄い! じゃ、じゃあ、今の私もお姉様の魔力を貰えているの?」

「残念だけど、アリシア嬢には私の魔力はあげられないの……」

「ど、どうして?」

「魔力は、誰かから貰うと気持ち悪くなっちゃうから、あげちゃダメって先生から教えて貰った事はある?」

「うん……。この間、その事をお勉強した」

「魔力をあげる時はね、渡す人が渡したい人の体に流し込んで渡すのが普通なんだけれど……。その男の子は、自分と少しでも魔力の性質が似ている人と触れるだけで、勝手に魔力を吸収しちゃう体質なの。だけど、そういう魔力が体の中に入って来てしまうと、その子はすぐに気持ち悪くなっちゃうんだ……」

「そ、そうなの?」

「だから私もアリシア嬢に魔力を渡してしまうと、アリシア嬢は気持ち悪くなってしまうと思う……。だから人から魔力を貰ったりあげたりするのは、しちゃダメって先生が言っていなかったかな?」

「言ってた……。絶対にやっちゃダメって……。でもロナリアお姉様達は、どうして平気なの?」

「凄く珍しい事なんだけど、その子と私の魔力の性質が、ほぼ一緒なんだって。だから私の魔力がその子の中に入っても自分の魔力と同じ感覚だから、気持ち悪くならないみたい」

「すごぉーい!!」


 瞳をキラキラさせながら感動しているアリシアの様子が、あまりにも可愛すぎて、またしてもロナリアの口元がだらしなく緩む。

 しかし、アリシアの方はまた何かに気が付いた様で、更に瞳をキラキラさせながら、質問をしてきた。


「もしかして、その男の子ってお姉様の婚約者!?」


 期待に満ちた瞳でされたアリシアからの質問にロナリアがある事に気付き、思わず目を大きく見開いた。


 そう言えば……何故先程、自分はリュカスの事を『幼馴染』と称したのか。


 恐らく自分が無意識にリュカスを恋愛対象として見てしまっている事から、目を背けようとしたのだろう……。こんな小さな子に話す時でさえ、自分はリュカスへの気持ちをまるで重い罪でも犯したかのような扱いをして、隠蔽しようとしてしまった事にロナリアは衝撃を受ける。


 リュカスの事を好きになる事は、いけない事だったのか?


 その疑問が頭の中に浮かんだ瞬間、自分が無駄な空回りをしていた事にやっと気付いたのだ。


「ロナリアお姉様……? 違うの?」


 急に固まってしまったロナリアを再びアリシアが心配そうに見上げてくる。

 その心配を少しでも軽減させようと、ロナリアは優しい笑みを浮かべた。


「違わないよ。その子は私の大切な婚約者だから」

「本当!? じゃあ、ロナリアお姉様は、その婚約者の男の子にだけ魔力をあげる事が出来るのね! 素敵! 運命の恋人みたい!」


 瞳をキラキラさせて興奮気味にそう伝えてきたアリシアの言葉にロナリアは、思わず苦笑してしまう。


 いつからだろう……。

 リュカスと自分との関係に夢を抱けなくなってしまったのは……。


 ロナリアがリュカスに対して真っ先に思ってしまった事は『運命の恋人』ではなく『大切な幼馴染』という考えだった。

 その関係を必死に守る事に固執してしまった自分。

 だが、抱いている感情が幼馴染に対してのものではなくなっているのに何故か自分は、幼馴染でいなければならないという考えに囚われてしまっていた。

 ロナリアが、その考えに至ってしまった一番の理由は……。


 リュカスにとっての一番は、自分であって欲しい。


 リュカスが自分に向ける気持ちは、確実に友愛だ……。

 そしてそんなリュカスは、自分に恋心を抱く他の女子生徒達を迷惑がっている。

 だがロナリアが、その女子生徒達と同じ感情をリュカスに抱いている事を知られてしまったら、リュカスに迷惑がられるかもしれない。

 リュカスが自分から離れていってしまうかもしれない。

 ロナリアは、その可能性をとても恐れていたのだ……。


 だからロナリアは、リュカスの一番でいられる『幼馴染』という関係性に固執した。愛情でなくても構わない。友情でもいいから、リュカスが一番一緒にいたいと思える存在は、自分であって欲しい。


 幼いアリシアとの会話で、自分の貪欲さに気付かされたロナリアは、もう苦笑するしかない……。

 関係が壊れるのが怖い等という可愛い考えは、自分の中にはない。

 ロナリアは、皆が羨む自慢の婚約者をただ独り占めしたかっただけなのだ。

 そんな独占欲の強い自分に気付いてしまったロナリアは、呆れるように大きく息を吐く。

 すると、アリシアが澄んだ瞳を真っ直ぐに向け、不思議そうに首を傾げた。


「ロナリアお姉様? どうしたの? ちょっと困ったお顔をされているわ?」

「そうね……。困っているのかも。自分自身に……」

「自分に?」


 更に首を傾げたアリシアの様子が、あまりにも愛らしかったので、ロナリアの気持ちが少し和らぎ、自然と柔らかい笑みがこぼれる。

 その様子につられたのか、アリシアも同じような笑みを返してくれた。

 まだ幼いアリシアの素直に物事を捉える考え方に触れ、凝り固まってしまったロナリアの考えが、少しずつ解け始める。


 そんな優しい気持ちになっていたロナリアは、少し気が緩んでいたのだろう。

 その時、自分達の後ろから、物凄い勢いで列を乱しながら近づいて来る少年の存在に気付かなかった。


「うわぁぁぁぁー!! キラービーが!! キラービーがぁぁぁぁー!!」


 そう叫びながらパニックに陥った少年は、狭い山道を並んで歩いているロナリア達の列に突っ込んで来たのだ。

 その暴走少年を避ける様に皆が慌てて道を空ける。


「待ってぇー!! ジッとしていれば襲ってこないから!! 少し落ち着いて!!」


 少年の後ろからは、ロナリアのクラスメイトの令嬢が真っ青な顔をしながら、後を追っている。どうやらその少年は、キラービーの巣に悪戯をしてしまい、追いかけられているようだ……。赤ん坊の頭サイズくらいのハチが三匹ほど少年を追い回している。

 キラービーは下級魔獣とはいえ、まだ7歳の子供にとっては立派な恐ろしい魔獣だ。自業自得とは言え、そんな魔獣に追いかけられたらパニックに陥り、必死で逃げ回ってしまう少年の気持ちは、よく分かる……。


 だが、狭い山道を規則正しく並びながら歩いていた列をかき乱す様に突っ込んできた少年は、他の生徒達にとっては危険分子だ。

 早々にその少年に気付いたロナリアのクラスメイト達は、自分が組んでいる下級生を素早く引き寄せ、その突進から庇っていた。

 中には少年を追いかけているキラービーを撃ち落とそうと、魔法を発動しかけているクラスメイトもいるが、少年とキラービーの距離が近すぎて下手に魔法を放てず、距離を見計らっていた。


 そんな暴走パニック少年は、ロナリア達の方へと突っ込んでくる。

 しかし話に夢中になっていたロナリア達は、その少年の存在に気付くのが少し遅れてしまった……。

 それでもアリシアより先に気付いたロナリアは、慌ててアリシアを庇う為に自分の方へと引き寄せようとした。

 しかし、少年の突進の方が早く、アリシアはそのパニック少年に肩をぶつけられ、そのままバランスを崩してしまう。


「アリシア嬢!!」


 ロナリアが、真っ青な顔をしてアリシアに手を伸ばす。

 しかし少年に吹っ飛ばされてバランスを失ったアリシアの倒れる先は、狭い山道の急斜面となっている方向だった。

 そのままロナリアの目の前で、まるで時間がゆっくり流れるようにアリシアが山道から外れ、落ちていく。その状況にロナリアは必死に腕を伸ばし、アリシアの細い腕を何とか掴み取った。

 だが、同時に自分が宙に浮いている感覚に襲われる。


「嫌ぁぁぁぁぁー!! ロナぁぁぁぁぁー!!」


 すると後ろから、ティアディーゼと思われる叫び声が響き渡った。

 その瞬間、自分も先程のアリシアの様に山道から外れ、山の谷側に落下しかけているという状況になっている事にやっと気付く。

 その状況を認識した瞬間、ロナリアはアリシアを引き寄せ、庇うように抱え込む。同時に微弱な自分の地属性の魔法で防御強化の魔法を発動した。


 だがロナリア達が転がり出した斜面は、あまりにも急だった……。

 恐らくロナリアの微弱な防御強化では、気休め程度の効果しかないだろう。

 そう思いつつも、ロナリアは必死にアリシアを庇うように、その山の急斜面を滑り落ちていき、そのまま二人の姿は完全に見えなくなってしまった……。

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瞬殺された断罪劇の後、殿下、
あなたを希望します


  ISBN:9784434361166
 発行日:2025年7月25日
 お値段:定価1,430円(10%税込)
 出版社:アルファポリス
レーベル:レジーナブックス

★鈍感スパダリ王子✕表情が乏しい令嬢のジレジレ展開ラブコメ作品です★

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