1.二人は出会いを仕組まれる
※作者が王侯貴族物を書く際は、出来るだけ登場人物の言葉遣いには配慮しておりますが、今回はファンタジー要素が高い為、敢えて砕けた口調が多いので、ご了承ください。
尚、作中に出てくる魔法設定や魔獣の存在等は、完全に作者の妄想品となります。なのでその辺の設定は「あー、この世界ではこうなのね」と流して頂けるとありがたいです。
二週間前に6歳となったばかりのロナリア・アーバントは、外出用のドレスの膝上辺りをギュッと握りしめながら、馬車に揺られていた。
ベージュ寄りな薄茶色のストレートヘアーをハーフアップにし、両サイドにピンク色のリボンをつけたロナリアの今日の服装は、完全におめかし状態の格好だ。だが、その表情は非常に暗い……。
通常ならキラキラと輝かせているペリドットのような淡い黄緑色の瞳が、今は光を失ったようにくすんでいる。
そんな娘の様子に母親が、困った様な笑みを向ける。
「ロナ。そんな悲しそうなお顔をしないの! 今日はあなたに新しいお友達を紹介してあげるのだから。もう魔力測定の事は忘れなさい?」
「でも……でも! 私、魔法学園には入学出来ないって……。子爵令嬢なのに魔法が少ししか使えないって、凄く恥ずかしい事なんでしょ?」
「そんな事はないわ。確かに昔は、殆どの貴族が魔法を使えるのが当たり前だったけれど……。今は魔法を扱える人は、この国の半分ちょっとだけよ。その中で平民の人が3割、貴族の人が7割だから、使えない貴族も多いの」
「半分のちょっとって、どれくらいか分かんないよ……」
「そうねぇ……。例えると、100人いたらその内の60人が魔法をちゃんと使える人。そしてその60人の中で18人が平民、42人が貴族という感じかしら」
「でも私は、その100人の中では魔法が使えない40人の人になるのでしょ? しかも貴族なのに……」
「もう! 貴族だからって魔法が使えなくても今は恥ずかしくはないの! そもそもあなたは一応、初級魔法だけなら使えるでしょ!? それに魔法のお勉強をしなくても済むのだから、マナーや歴史のお勉強がたくさん出来るわよ?」
「マナーも歴史も嫌いだもん……。魔法のお勉強の方が絶対楽しいもん!」
「全く! そんな事を言っていると、もうお母様の魔法を見せてあげませんよ?」
「やだぁー! お母様の魔法、凄く綺麗なのにぃー!」
「ならば、今日は新しいお友達と仲良くする事に専念しなさい」
「そんな気分じゃない……」
「まぁ! まだ幼いのに一人前のレディーを気取った言い方をして!」
「私、もうレディーだもん!」
「レディーは、『もん』とか言いませんよ? それに人前で、そんな不貞腐れたお顔もしません!」
「お母様の前だからいいんだもん!」
「ほら! また『もん』って言ったわね!?」
母親に言い返せなくなったロナリアは、ますます不貞腐れた表情になり、そのままプイっと馬車の窓へと顔を背けた。そしてそのまま黙り込む。
そんなヘソを曲げてしまった娘の様子に母が呆れ返る。
500年前までは国民全員が当たり前のように魔法を使えていたレムナリア王国だが、ここ200年はその魔力保持者が減少している傾向にある。
その理由の一つが、他国から移住してきた人間がこの200年で、かなり増えた事だ。元々魔力が強い血統のレムナリア国民だが、全く魔力を持たない他国からの移住者と交わる過程で、その血が薄まってしまったのだ。
更にもう一つの理由が、300年前に頻繁に起こっていた国同士の争いの最中で、当時のレムナリア王家が行ってしまった非人道的な行為での影響だ……。
今から300年前、戦争に勝つ為にと人為的に魔力を高める薬物投与が当たり前の様に兵士達だけでなく、一般市民にも施された。
しかしそれは、かなり人体に悪影響を及ぼすものだった。
その影響で、元々魔力が高かった血族の多くが運悪くその犠牲となり、血が途絶えてしまったのだ。
だが平和条約が結ばれ、戦争の必要性が無くなった現在でもレムナリア王国だけは、魔法の存在は重視されている。その一番の理由が、国内に魔獣が住まう『魔獣の樹海』と呼ばれる森を抱えているからだ。
『魔獣の樹海』は建国以前の遥か昔からレムナリア王国に存在しているのだが、その起源については歴史学上、未だに解明されていない……。
だが、この樹海で討伐した魔獣の素材は、このレムナリア王国にとって大きな利益を生み出す交易品となっている。
丈夫な角や牙、上質な毛皮などは他国にとっては最高の加工材料なのだ。
だがその分、国内では魔獣の暴走による被害が出やすい。
そこで重要視されるのが、魔力の高い魔導士や魔法剣士達だ。
そうなると、現状の魔法が扱える人間の減少は、かなり深刻な問題となる。
もちろん、王家が何も対策をしなかった訳ではない。
実際に300年前に戦争を理由に愚行に走った当時の王家は、国民からの強い訴えにより、その政権を分家的な存在であった王弟の公爵家に移行する事を強要され、その後はその公爵家の一族がレムナリア王家として国を治めている。
そして政権交代後に王座に就いたその王弟は、大変優秀な人物だった。
元公爵である新国王は、まず国内に残っている魔力の高い一族の保護に力を注ぎ始める。その一番の政策は、高い魔力を持つ家系の血が絶えぬように各自の功績や人間性を考慮した上で、それぞれに見合った爵位を与える事だった。
爵位を与え貴族にしてしまえば、その血の尊さを重んじる傾向となり、その一族は長く続く家系となる。
同時に領民を守る立場という意味でも、魔力の高い一族は適任だった。
そもそも政権交代前の王家の愚行の影響で、レムナリア国の貴族の数はかなり減少していたので、数を増やしても問題はなかった。
その政策が大々的に行われたのが、平和条約が結ばれ戦乱時代が終息した今から200年前頃である。その際に魔力が高く、優秀な魔導士として国に貢献していた平民の多くが、貴族としての爵位を得た。
その子孫が魔獣から民を守る事に力を注いでいる、現在の貴族達である。
そのような過去を持つレムナリア王国は、平民よりも貴族の方が魔力の高い人間の割合が多いのだ。
ちなみにロナリアの場合、父親の家系がまさにそれに該当する。
母レナリアは政権交代以前から続く由緒ある伯爵家の人間なのだが、父ローウィッシュの方は、四代前に魔獣討伐の功績を称えられ、子爵位を賜った家系だ。
そんな生まれの両親は、二人共高い魔力の持ち主だった。
父ローウィッシュは、炎属性を得意とする魔法騎士で今でも現役。
母レナリアは氷属性の魔法を得意とする元宮廷魔道士で、現在でも魔獣討伐をこなす夫の手助けをする事がある。
しかし、その二人の一人娘であるロナリアは、何故か初級魔法しか扱えない事が、二週間前に判明する。その残酷な結果をロナリアにもたらしたのが、6歳になると必ず受けさせられる王立魔法研究所での魔力測定だった。
今から二週間前、両親と魔法研究所の職員に見守られ、ロナリアは期待に胸を膨らませながら魔力測定用の水晶に手をかざした。
その際、周囲にいた人間の誰もが、その測定結果に期待を抱く。
何故ならロナリアの両親の魔力の高さは、かなり有名だったからだ。
その二人の血を受け継いでいるロナリアも相当な魔力の才能があると誰もが、そう思い込んでいた。
しかし、ロナリアが魔力測定用の水晶に手をかざすと、水晶からは小さな円錐型の氷の塊が2~3本ピシュっと放たれただけだった。
本来なら測定対象の子供が水晶に手をかざすと、その子が持つ一番資質の高い属性の魔法が全力で発動するのだが……。
残念な事にロナリアが放てる魔法はコップ三個分程の氷の生成と、火起こしに最適な微弱な炎と、髪を乾かすのに便利そうな風と、鳥ぐらいなら追い払えそうな小石を生み出す程度の魔法しか、発動させる事が出来なかったのだ。
そんな威力の低い初級魔法しか扱えないという判定を下されたロナリア。
これにはロナリア本人だけでなく、測定に立ち会った魔法研究所の研究員達も期待が大きかった分、酷く落胆していた。
だが、ロナリアの両親は何故か娘のその結果に胸を撫で下ろす。
もし娘が自分達と同じように高い魔力を持っていたら、将来は確実に魔獣討伐の使命を背負う事になってしまう……。
両親であるアーバント子爵夫妻は、娘にはそんな血生臭い人生を歩んで欲しくなかったのだ。
しかし、ロナリア自身は両親と同じように派手で綺麗な魔法をバンバン扱える事に憧れていた。だが、測定結果は魔法学院への入学は必要なし。
その残酷な結果はロナリアに大変なショックを与え、測定を受けてからのこの二週間、ロナリアは自室に引きこもり、ベソベソと泣き明かしていた……。
そんな娘の状態を心配した両親は、何とか娘を元気づけようと試行錯誤を始める。その一案として母レナリアは自身の親友で、宮廷魔道士時代の同僚でもあったエルトメニア伯爵夫人マーガレットの元にロナリアを連れ出す。
『魔獣の樹海』と隣接している領地を管理しているエルトメニア伯爵家は、魔獣達の監視役に武勲を上げている三つの子爵家にある程度の警備を任せながら、領地全体の安全管理を行っていた。
そしてその子爵家の一つが、ロナリアの家でもあるアーバント家だ。
つまり母レナリアの親友でもあるエルトメニア伯爵夫人のマーガレットは、夫が仕える伯爵家の夫人という事になる。
その伯爵家には、三人の息子がいた。
その内の三男が、ちょうどロナリアと同じ年だった。
更にその三男は一カ月程前に受けた魔力測定で、ロナリアと同じようにあまり芳しくない結果が下されたらしい。その為、ロナリアとは話が合うのではと考えた母親達は、二人を引き合わせようとお互いに話を持ち掛けた。
結果ロナリアは、一度も訪れた事もない父親が仕える伯爵家に向かう馬車に揺られ、現在移動中なのだ。
「お母様……。その男の子も魔力測定を受けたんでしょ? 私、その子に会ったら羨ましくなって、意地悪な事を言ってしまうかも……」
「ふふっ! それはどうかしら? もしかしたら、その子は今のロナリアの気持ちを一番分かってくれるかもしれないわよ?」
「えっ?」
何やら思わせぶりな言い方をして来た母をロナリアが不安そう見つめる。
すると急に馬車が、ガタリと大きく揺れた。
「あら。どうやらエルトメニア家の門をくぐったようね」
母のその言葉にロナリアは馬車の外へと目を向ける。
すると、自分の家とは比べものにならない程の大きな屋敷が姿を現した。