序章
親、兄、妹…。
私にとって彼らは家族じゃなかった。
家族と呼べたのは、『青葉』と『桜』だけ……ーーーーー
【人間嫌いの聖女は魔物に殺されたい】
海を選んだのは、一番苦しい死に方だと聞いたから。
あの子達を守れなかった私も、あいつらと同様に汚い存在だ。
だから楽な死に方を選んではいけない。
けれど、あの子達がいない世界には耐えられなかった…。
味方のいない世界は全てが醜くて、同じ空気を吸うのも吐き気がして、
だから自分から、この世界を捨てようとした。
いや、捨てられたのは私の方かも知れない。
家族愛に無縁だったのも、きっと最初からこの地球に私は拒まれていたから。
そう思うと、怒りよりも納得が勝った。そして私を愛してくれたあの子達の存在が、本当に綺麗で尊く、命をかけて守るべきだったと後悔した。
優しいあの子達なら、きっと私のこの最期は望まなかっただろう。
寂しい瞳で私を責めているかも知れない。でもそれが良い…。許さずに、私を地獄へ落としてくれれば償う機会を得ることになる。人間に裁かれるよりも、地獄の鬼に責められる方がマシだから。
『青葉』…。『桜』…。
天国へ行って、私の最後を見届けたなら、次は素敵な飼い主と幸せになってね。
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ー少女は満月が咲く夜の海に飛び込んだ。崖から吹く風に髪と服を撫でさせて、水面に向かって頭から飛び込んだ。一瞬聞こえた声は誰だったか。そんなのは世界に絶望した少女にはどうでもいいこと。自分の命を終わらせることだけが、彼女の大きな望み。
手に握る、青い首輪と小さな鈴が付いた根付だけを愛おしそうに胸に寄せ、少女は黒い水面との激突に身構えた。
そこまでが、少女の最後の記憶。
この世界で生きた、最後の記憶。
自分を包むようにくるくると体に纏わりつく清らかな二つの魂のことも、
海中に光る、摩訶不思議な穴が優しく自分を誘うように吸い込んだことも少女は目覚めるまでわからない。
大きな願いは叶えられなかったが、一番の望みは、聞き届けられた。