表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
“冒険者アプリ”で片田舎の高校生が現代冒険者生活を送る少し未来のお話  作者: ダイスケ
第2章:あるアメリカ人は冒険者アプリをつくる

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/43

第35話 全部解決できる

 アメリカの軍隊は、大きく4つの組織に分かれている。

 陸軍、海軍、空軍、海兵隊、である。


 中でも最大の人員を抱えているのは、アメリカ陸軍。

 通称「アーミー」である。

(ちなみに、海軍は「ネイビー」、空軍は「エアフォース」、海兵隊は「マリーンコープス」である)


「陸軍がいったい何の用なのかね…」


 サンダースは典型的な西海岸のギークなので政治的傾向は薄く、どちらかと言えば周囲もそうだから何となく民主党、という程度の姿勢である。

 それでもアメリカ国民として軍隊に一定の敬意を抱いているし、軍務につく人間を立派だと思う。

 ただ、自分のビジネスが軍隊と結びつくか、というと疑問は抱いた。


「なになに…ドローンを用いたテロリストへの対テロ戦術及び海外展開部隊の基地防衛戦術計画立案システム研究への貢献、か。なるほど。わからなくもないな」


 ドローンの性能が向上し価格が低下するに従い、テロリストもドローンを活用する事例が増えてきた。

 とはいえ、軍隊との正面背等の硬いターゲット相手では民生品の小型ドローンなど、何機で攻撃をしかけてこようとも、対ドローン電波銃や対空射撃、ECMの一撃で薙ぎ払われる脆弱な対象に過ぎない。


 そこでテロリストは、いわゆるソフト・ターゲットを対象に自爆や放火できるドローンを使うようになったのである。

 しかしドローンで運搬できる爆薬の重量に限度があるため、今のところテロリスト側でも試行錯誤している状態で被害は大きくない


「そこで、基地を攻撃する際にドローンを使用して最も大きな打撃を与えられる方法を研究・考案してもらいたい、と」


 言い方を変えると、基地全体のセキュリティシステムがドローンに対しどの程度脆弱なのかを研究して欲しい、ということである。

 考え方としては、ハッキングに対するホワイトハッカーの仕事と同じだ。


「こいつは純粋なビジネスとは言い難いね」


 今すぐサンダースのビジネスを買いたいという話ではない。

 どちらかというと、ハリウッドセレブの家を警備する案件と類似のコンサルティング案件である。


 ただ、金持ちの資産を守るのと、国家を守る兵士の命を守るのとではサンダースのモチベーションも異なってくる。

 それに陸軍の最新の技術にアクセスできる資格、というのも面白そうだ。


「たぶん、同じ種類の経済学の問題なんだよな…」


 サンダースは興味あるテーマを与えられたエンジニアの表情で呟く。

 今や、彼の脳内仮想空間ではドローンが自由を得て曲芸的な飛行を始めた。


 ★ ★ ★ ★ ★


 サンダースは考察を進める。


 ドローンが「稼働時間」という予算内で効率的に標的にたどり着く「経済的飛行ルート」を辿る、と想定するのがサンダースが売ろうとしている「警備計画」の根幹を成す理論である。


 一方で陸軍の要請する「ドローンを用いた攻撃計画」は「警備計画」をひっくり返したものになる。


「だけど攻撃計画の場合は、まず標的の価値で優先順位付けをしないと、だよね」


 ドローンの火力が限られているのだから、ターゲットを絞り込んで最小の火力で最大の効果をあげたい、と攻撃側は考えるはずだ。

 一方で、警備が存在するターゲットへの攻撃は、失敗のリスクが高まる。

 つまり「攻撃の効果」と「失敗のリスク」をかけた「攻撃の期待値」が算出されるわけで、問題は期待値の計算になる。


 ということは、ドローンの稼働時間という予算内で攻撃の期待値が最大になる攻撃を計画するための数学的計算を行えば良い…。


「なるほど。こいつは投資問題だ」


 サンダースは、不意に陸軍のオファーの問題を解決する枠組みの気づきに達した。


 オファーの内容を経済学的に言い換えると「警備リスクを勘案しつつ攻撃ドローン侵入という投資を行い基地破壊というリターンを得るという一連の投資計画を研究して欲しい」と依頼されているわけだ。


「……あれ?これって研究が半分以上終わってないか?」


 基本的にな理論さえ立ててしまえば、あとは式の詳細を検討して詰めるだけである。

 この場合、ドローンの性能や飛行ルート、警備のリスクや標的の価値等のパラメーターを決定し、計算していくだけでとなるので、必要なのは数学的なひらめきでなく地道な計算能力。


 どちらかというと、サンダースにとって「出来るけれど好きではない」性質の仕事である。


「でも、思いついちゃったしなあ…どうしたものかなあ…」


 やり方は思いついた。結論までの道筋は見えている。

 しかし面倒くさい。


 けれど兵士の命を救う研究になるかもしれない

 しかし面倒くさい。


 サンダースは頭を掻いて愛国心と自然的欲求との間でしばし懊悩した。


 ★ ★ ★ ★ ★


「…それでね、どうしようか悩んでいるんだ」


 いつものように朝食の席でカリカリベーコンを齧りながら、サンダースは妻に相談した。


「悩むようなことなの?陸軍とのコネもできるし、研究にすぐに方がつけられそうなら負担も少ないでしょ?メリットばかりじゃない?」


「うーん…結論が見えた研究はあんまり興味がわかないというか…億劫でね…」


 サンダースは、エンジニアらしく実に面倒くさいことを主張した。

 問題は解決している最中が楽しいのであって、解決された問題の検算を延々とこなすような仕事は楽しい仕事ではない。


 そもそも楽しい仕事の時間を捻りだすために対ドローン警備事業を売却しようとしているのに、空いた時間に楽しくない仕事を詰め込むのでは本末転倒ではないか。


「そんなに大変な仕事なの?」


「まあね。だけど、他にも思いついたことがあってね…そっちもかなり億劫で」


「他にも?」


「そう。結局は空間上の投資問題だから」


 サンダースが気がついたのは、ドローンを用いた攻撃、警備、突入、輸送…全ては3次元空間上の投資問題に過ぎないということだ。

 時間の概念を足して3+1次元投資問題と定義しても良いかもしれない。


「要するにね、刑事ドラマみたいにドローン偵察してから人質とテロリストのいる建物に突入したり、戦争映画でドローン偵察しながら市街戦で市民と兵士を判別して撃ち合ったり、麻薬王が裏切り者を爆殺するのを防いだり…そういう問題は、全部数学的には同じなんだ」


「…そうなの?全然違うみたいに思えるけど」


「まあ、そう見えるよね。だけどまあ、同じ数式で表現できるんだ。それでね、すごく億劫なんだけど現行の警備用A.D.S.Sを改修すると、全部の問題に対応できそうなんだ」


 妻はサンダースの発言を数舜、理解できずに、目をぱちくりと瞬かせた。


「…全部?警察も、軍隊も、テロリストも、麻薬王も?」


 サンダースは、本当に面倒くさそうに肯いた。


「そう。全部。たぶん全部解決できるし対応もできる。これ、どうしたらいいのかなあ…?」


「…ほんとね、どうしたらいいのかしらね…」


 妻はオーガニックサラダにフォークを刺しつつ、夫と一緒にため息を吐いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ