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“冒険者アプリ”で片田舎の高校生が現代冒険者生活を送る少し未来のお話  作者: ダイスケ
第2章:あるアメリカ人は冒険者アプリをつくる

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第33話 新しいダクトテープ


 セレブ警備の仕事を始めてから、サンダースは出社の頻度が減った。

 効率的に2つの仕事を回すために、悪名高いロスアンゼルスの大渋滞をおして出社するなどという時間の贅沢が許されなくなったためだ。


 それでも、いかに夜遅くまで仕事をしていたとしても、朝食だけは妻と一緒にテラスで食べることにしている。

 メニューは決まってトーストとカリカリベーコンとスクランブルエッグとコーヒー。

 それがサンダースのルーチンであり、活力の元でもある。


 妻が最近、トーストやベーコンはやめてオーガニック・サラダとかいう葉っぱを食べるように勧めてくるし、自分はコーヒーを飲まずオーガニック・フェアトレード・ティーとかいうのをファーマーズマーケットから買ってきて飲むようになったのが変化と言えば変化だけれども、それは些細なことである。


 カルフォルニアの元気過ぎる隣人達の被害が減って、最近の夫婦の朝食の話題はもっぱらサンダースの副業のことになる。

 妻からすると、夫が何やらガレージで弄っていた玩具が一端のビジネスになっていることが不思議でならないらしい。


「つまり、あなたは虫取りをビジネスにしたの?」


「虫取り、には違いないかな。小さな人工の虫が相手だね。普通の虫に刺されたら腕が数日腫れるだけで済むけれど、人工の虫はSNSに害をまき散らすからね。被害はずっと大きい。それを防止すると、セレブは喜ぶ。だからお金を払ってくれる」


「…なんか、あまり面白く思っていなさそうね。あなたはそういう種類の皮肉を言う人じゃなかったわ」


 サンダースは、妻の鋭い指摘に怯んだ。


「いやあ、面白いとは思っているさ。守秘義務があるから詳細は言えないけれど、有名人の邸宅っていうのは広いだけでなくて、使い方も変わっていてね。ビジネスの相手としては、実に興味深い対象さ」


「ひょっとしてハリウッド俳優とか、ネットドラマの俳優に会ったりすることもあるの?」


「まさか!セレブ達は家のことを取り仕切るマネージャーを雇っているし、そもそも現場に行って交渉するのは営業パートナーの役割だからね。僕はもっぱら受け取ったデータを計算して出力結果を提案するだけさ。まあ、たまに気になったことがあれば現地の情報を確認することはあるけど」


「そう…気になることって?」


「例えば…生えている植物の種類や高さとか、1日の風向きとか、飼っているペットとか。どんな情報でも正確な計算のためには必要なんだけど、依頼主や営業のパートナーもときどき忘れることがあるんでね。僕の仕事はダクトテープみたいなものさ。情報的に穴が開いた場所に貼り付けて回るのが役目」


「あら。ペットの種類や数なんてどうして必要なの?」


「ペットの種類によっては散歩させる必要があるだろう?セレブはペットを―――従業員や部下よりも―――とても大切にするからね。彼らはペットと一緒に散歩に出かけたり、庭で遊んだりする。すると、そこは警備の必要が高いエリアになるわけさ」


「まあ。それは確かに大事なダクトテープね」


 妻のじっと見つめる視線に、サンダースは両手を挙げて降参した。


「いや、君は正しいよ。実際、ビジネスは上手く行っているんだ。だけど問題は、僕はダクトテープを作るのは好きだけど、ダクトテープになるのは好きじゃないってことだね」


「なら、新しいダクトテープを作るのね。そういうの、得意でしょ?」


 己のことを最もよく知っているパートナー指摘に、サンダースは微笑んだ。


 ★ ★ ★ ★ ★


 サンダースは多くの技術者がそうであるように、自分で手を動かして作ったものが動き出す瞬間が好きだった。


 小学生の間は電子ブロックを弄り、中高生になると対象はロボットになった。

 大学と大学院で情報工学のキャリアを選び、企業でも一貫して運用畑よりは開発畑を歩んできた。


 そうした純粋な技術者としてキャリアを歩んできたサンダースにとって、副業を手掛けたことは自分の中の思わぬ性向を発見することに繋がった。


 自分は、技術を通じて社会をデザインしたい、という欲である。


「なるほどなあ。ビジネスサービスのライン連中は、こういう景色でものを見ていたのか」


 と、今さらながらに自覚した。


 よくある話ではあるが、サンダースの勤務先でも営業と技術は仲が良いとは言えない。


 サンダースの所属する技術陣に言わせると、営業が持ってくる海のモノとも山のモノともわからない案件や、経営陣やビジネスラインの連中が言い出す夢のような掴みどころのない話で被害を受けるのは、いつも実際に手を動かす技術者達である。


 であるから、営業やビジネス連中とのミーティングは常に戦争であった。

 経営陣が夢のような目標を語り、営業が夢のような数字を語り、技術が現実というラインを引く。


 サンダースも他の技術者と同じように「技術のわからない連中はこれだから」と不平を鳴らしたものだったが、副業とはいえ実際にビジネスを回してみると、また違った景色が見えてくる。


「世の中って、サービスとお金で動くんだなあ」


 ビジネスマンとしては物凄く今さらであるが、それがサンダースの実感である。

 サンダースがガレージで開発したサービスが顧客にとっての価値を生み、価値はお金になり、お金になれば協力してくれる人が増える。

 それがビジネスであり、ビジネスを回せば回すほど世の中が変わっていく。


「技術で世の中を変えたい」


 というサンダースの漠然とした夢が具体的な形を成すきっかけは、副業の成功が大きく影響したのかもしれない。


「そろそろダクトテープになることはやめて、新しいダクトテープを作らないとな」


 ほぼほぼコーディングが終了した「対ドローン警備構築システム(A.D.S.S)」の画面を見ながら、サンダースは満足げに呟いた。


 ★ ★ ★ ★ ★


 サンダースが「現在の事業を売るつもりだ」と告げると、多くのパートナーたちは驚愕し、翻意するように懇願した。

 彼らのビジネスはサンダースの技術力あってのことだったし、顧客はサンダースを信頼していたからだ。


 しかしサンダースが「A.D.S.S」のデモを見せて、各パートナーへの技術トレーニングも約束すると彼らの姿勢は変わった。

 ソフトウェアのライセンス料はセレブに売りつけている警備費用からすると驚くほど少なかったし、自分で仕事を取ることができれば収入がずっと増えることが明らかなように思えたからだ。


「このソフトを使えば、カルフォルニア州以外でもビジネスができますよ」という提案も、ひどく魅力的に聞こえた。

 サンダースはロスアンゼルスから離れたがらなかったが、セレブは世界中の拠点を移動するし、警備のニーズは世界中にある。

 費用が安くなり、事業機会が増えて、事業の自由度が増えるなら文句をつける必要がない。


 多くのパートナー達は、サンダースとの技術トレーニングと「A.D.S.S」のライセンス契約を結ぶことを望んだ。


 この時点のサンダースは「新興の技術メーカーがシリコンバレーという多くの投資家達がひしめく土地で事業を売却する」ことの意味を、まだまだ軽く考えていた。


 その本当の意味を自覚したのは、翌朝のメールボックスとメッセンジャーアプリとに、数百件以上の買収提案が押し寄せてきたときだったかもしれない。


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