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“冒険者アプリ”で片田舎の高校生が現代冒険者生活を送る少し未来のお話  作者: ダイスケ
第2章:あるアメリカ人は冒険者アプリをつくる

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第30話 小人閑居

 小人閑居して不善を成す、という。

 普通の人間は暇になると碌なことをしない、という意の中国の故事成語である。


 さて。思わぬアクシデントの報酬として時間と予算と心の余裕が与えられたエンジニアは、自宅を巡る問題を根本から解決するべく動き出した。


 まさに「エンジニアに暇を与えるとろくなことをしない」の典型である。

 もっとも、本人は変わり者呼ばわりされても気にしない。

 変わり者なのは事実だからである。


 ★ ★ ★ ★ ★


 最初、サンダースは自宅の敷地と周辺の木も草も全て刈った上で殺虫剤を撒くことを考えた。

 生物が潜み隠れる場所を全て物理的になくした上で化学的爆撃すれば生物問題は根本から消える。

 まさにアメリカ人らしいストレートで力押しの解決策である。


 この解決策は2つの点から棄却された。


 1つ目は環境規制の問題である。

 サンダースが購入した地区は自然を切り拓いて造成された新興の宅地であるが、それだけに環境規制は厳しく定められている。

 宅地に占める緑地の割合、伐採して良い樹木、使用可能な農薬等の多くの面で規制が存在し、サンダースが求めるシンプルな解決策にはなりそうもなかった。


 2つ目は妻の怒りである。

 周囲の木々の伐採については「この景観が良くて家を買ったのに!」と強く反対された上に殺虫剤の全面噴霧については「生まれたばかりの娘がいるのに殺虫剤を撒き散らすなんて何を考えているの!!」と強く叱責された。北欧生まれの妻はややオーガニックに傾倒している。

 化学的アプローチと環境ホルモンは禁句なのであった。


 とはいえ妻が見抜いたように娘の健康を気遣う視点が欠けていたことは事実であったから、なるほどもっともなことである、とサンダースは深く反省した。


 次に、サンダースは技術者らしくドローンを活用した対策を考えた。


 水中のワニの相手はできなくとも、自宅付近の蛇・蜘蛛・蠍の相手ぐらいならできるのではないか。

 それに、今や水路からワニは警察によって念入りに駆逐されている。

 画像認識カメラとレーダーとレーザーを組み合わせれば、ついでに鬱陶しい水際の蚊も退治できそうである。


 これにはドローンに搭載するレーザーの出力が問題となった。

 蚊と蛇では質量が1万倍は異なる。すなわちレーザーの威力調整には1万倍の幅を持たせなければならない。蚊を撃ち落とすレーザーは人体に無害かもしれないが、蛇を撃退するレーザーは妻や娘には有害だろう。

 人体を害する威力のレーザーガンを構えたドローンが敷地を我が物顔に動き回るのは歓迎できない。

「ドローンの役割は捜索と発見に留めて処理は人間がやった方が安全で早い」という結論に達するのに時間はかからなかった。


 ドローンにはドローンの、人間には人間の長所がある。

 全体として警備と駆除のシステムが構築されれば良いのである。


 最後に、サンダースは人間を調達するシステムを考えた。


 ドローンで対象を発見するとしても、最後は人間の手が欲しいのである。

 しかし、その人間を自分が勤めたのでは忙しさが変わらない。

 サンダースがせっかく得た余暇と予算とエネルギーをつぎ込んで自宅防護のシステムを開発しているのは、自分が楽をするためなのだから。


「もし君が近所に住んでいる高校生だったとして」


「なあに、突然?」


「いや、仮定として君の意見を聞きたいんだ。もしも君がこの家の近所に住む高校生だったとして、隣家の蛇の処理を頼まれたら幾ら欲しい?」


「1000ドルもらえてもやらない」


「…聞き方が悪かった。もしも君がお小遣いに困っている10代の元気な男子学生だったとしたら、どうかな?」


「そうねえ…時間と危険によるかしら。20ドルくらい?道具は借りられるなら、15ドル」


「なるほど」


 アメリカの学生は親から小遣いを貰うよりも近所の手伝いで必要な金を稼ぐ地域教育の伝統がある。

 そうした伝統に則ったシステムを作れれば、人間の調達は上手く行きそうだ。


 ★ ★ ★ ★ ★


 構想を固めたサンダースは、早速、敷地に多くの動体センサーを杭で打ち込み始めた。

 対象は蛇や蠍などの背の低い動物であるから、センサーも地上数センチの低い位置に設置されており、草刈りの刃にかからない高さにある。


 サンダースが懸命に設置作業をしていると、笑顔を浮かべた妻が傍に寄ってきて質問した。


「ダーリン、このセンサーはどうしたの?」


「これね、ゴルフボールのティーがセンサーを固定するのに丁度いい高さでね。防水に被せる蓋は3Dプリンタで作ってダクトテープで留めた。肝心のセンサーはamozonで台湾製の安いやつまとめて買ったんだ。プログラムは僕が書いたよ。これから感度や何かをAIで学習させて調整していくつもり」


 サンダースは妻が自分のプロジェクトに関心を持ってくれたのが嬉しくて部品の調達にいかに自分が知恵を絞ったのかを得意気かつ懸命に説明した。


「ふうん。で、いくらかかったの?」


 サンダースは思わず笑顔を浮かべているはずの妻の目を見た。

 妻は確かに笑顔を浮かべている。

 笑顔のはずなのに、なぜか背中に冷たい汗をかいていることを意識した。

 おまけに、どういうわけか「サンダース君は聞かれたことにちゃんと答えられない」と小学校の先生に評価されたことを思い出した。


「…そんなにかからなかったよ」


 サンダースは大きな体を縮め、視線を逸らして小さな声で答えた。


 その主観的かつ抽象的な回答が、明確な数字を求める妻を十分に満足させないことは明らかだった。

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