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 キィッと蝶番から音が鳴る。

 

 「さあ、お入りください」


 促されて一歩を踏み出す。

 中は通常の店のように室内灯が点いていて、だだっ広い部屋の1番奥まで見渡せそうだった。

 見渡せそうだった。


 そこに150cmほどの背の低めな壁のような仕切りがたくさんついている。さながらトイレの個室のような、就職相談窓口のような。それが壁沿いにぐるっと一周と、通路を作るように中央に何列か。


 「こちらでございます、お客様」


 「あ、はい」


 声をかけられてそちらを見ると、今入ってきた入り口から3つ左隣にある仕切りの前で、こちらにどうぞと手で促していた。


 「終わりましたら声をおかけください」


 とだけ言って、俺がブースに足を踏み入れた途端出入り口に真っ黒なカーテンが引かれた。


 緊張でゆっくりとぎこちなく前を向く。

 そこには俺より背が高く、赤紫の長い髪が綺麗で少しつり目の、どこかで会った誰かに似ている雰囲気の女性が立っていた。

 なんの懐かしさだろうか。

 なんの胸騒ぎだろうか。


 「初めまして、私、狐族のサリーと申します

  お客様がいらっしゃるなんて久々で!お気に召して頂けると嬉しいですわ」


  彼女は狐耳をぴょこぴょこさせながら、満面の笑みで話をする。


 「あ、あの」


 「私に声がかかるということは鉱石加工について聞きたいのかしら?それとも家事かしら?もしくはその両方?

  鉱石加工なら任せて!自慢じゃないけどなかなかの腕よ」


 「え、えっと」


 「違うの?あとは何かしら

  私は愛玩向けではないし、出会って即結婚なんて……滅多に聞かないし






  まさか



  ストレス発散に使おうとしてる?」



  彼女の瞳がぎょろりとこちらを向いた。

  何故だろう、今初めてこちらを見た気がする。



 「いえ!違います!と、とんでもない!」


 俺は弾かれたように身振り手振りを使って否定する。


 「じゃあ早くあなたの用件を聞かせてちょうだい

  あなたは私に何を報酬に、何をさせたいのかしら?」


 「え、えと、か、お金を、給料を報酬に、旅の生活と仕事を、く、クエストとか?をお願いしたいです」


 「ああ、なるほど、わかったわ

  私、先ほど言った通り鉱石加工が得意なの

  だから鉱石を手に入れられれば細工してアクセサリーなんかにして売りに出せるわ

  今までそれで稼いでいたから、センスは悪くないはずよ」


 俺は話を聞いて、懸命になるほどなるほどと相槌を打ちながら頷く。


 「旅も、元冒険者だからそれなりに慣れているわ

  お料理やお洗濯も一通りは出来るはずだからまかせて」


 「は、はい」


 「給料は店長と相談して

  最終的には私を買い上げた時の金額分を私が働いて稼いで、雇い主であるあなたに返せば、雇用契約の終了になるから」


 え、そういう感じなのか、ここ。


 「わ、わかりました」


 それって、またその時に一緒に旅してくれる人を雇わなきゃいけないってことだよな。

 自分1人で生き


 「あ、あと」


 「は、はい!」


 「ひとつ条件、私以外にもう1人以上の女性の冒険者を雇って」


 俺は、え?と一瞬目を見開いた。


 「いや当たり前だから

  店長もわざわざそういうこと言わないだろうから私から言っちゃうけど、男1女1のパーティーなんてあり得ないから!

  そんなのこっちが安心できないでしょ」


 「た、確かにそうですね!それはそうですよね!」


 確かにそうだろうけど、俺も一応男だからそういう心配するのはわかるし、人によってそういう物事に敏感な人っているからわかるんだけど、なんだろう。

 なんか、なんだろう。

 なんでなんかこ


 「じゃあ、私荷造りしてくるから

  その間に他の冒険者探してきて」


 「え、あ、は」


 「女の身支度って時間かかってしょうがないんだから

  あ、じゃあまた後で会いましょう!

  久々に外に出られるの楽しみだわ!」


 じゃあね、と彼女、サリーは満開の笑顔で後ろのドアに下がっていった。


 え


 え


 これ、もう決まってる感じなの?


 俺、


 ほとんど何も喋ってない。




 俺はぼーっとしたまま個室を出た。


 側に控えていた店長が俺の前に立つ。


 「いかがでしたか、お客様」


 「え、えーと、あの、あれ」


 「お買い上げになさいますか?なさいませんか?」


 「いや、あの、だから、ええと」


 この時、俺はパニックを起こしていた。多分だが。


 言いたいことがあるのに言いたいことがわからない。何を言ったらいいのか、どう言えば今のことが伝わるのかわからない。

 自分が、何に困っているのかわからない。


 「ほ、他の方を」


 「む、他のものですね

  かしこまりました」


 俺は思わずヒィと声にならない声をか細く吐き出した。


 それに気づかなかったのか店長は次の場所へスタスタと歩いて行ってしまう。


 なぜだかわからないが今の一言で酷く拒絶された心地になったからだ。

 言葉は普通なのに、表情や身にまとうオーラが、凄んでいるような責め立てるような、そんな感じがして。

 とても、失礼なことを、酷いことを、してしまったかのような。

 

 

 まるで、これでは罪悪感だ。




 きっと俺の頭はこの時、パニックを起こしていた。

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