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CUATRO

 僕のモデル人生は順調で、どんどん載るページが大きくなっていった。白くて細くて陶器の様な肌だとメイクさんに感心された。たくさん貯金してみずほと二人暮らしがしたいなと思った。


 母は随分と家に帰って来なかった。年下の恋人とよろしくやっているらしい。この歳で兄弟が増えるのはちょっと嫌だなと思ったけど母がいない家は凪のように平和だった。


 だけど、それが脅かされるようになった。季節の変わり目に喉がカサカサした。風邪かなと思っていたけれど日に日に声が低くなり、喉仏が出てきた。僕の可愛さは失われつつあった。薄らと口髭が生えた時、安全剃刀で剃ったけれどもう終わりが近付いていることがわかった。


「みずほ、もうこんなに手首だってゴツゴツしてこれ以上誤魔化せないよ、どうしよう」


「良い案があるわ、入れ替わるのよ。わたしたちは双子なんだからきっと上手くいくわ」


「でも、入れ替わりなんて小さい頃以来だし、髪の長さも違うよ」


「髪は切ったって言えば良いし鬘だってあるから大丈夫よ。後は表情と一人称だけでしょ?なんとかなるよ」


 みずほは安全剃刀で産毛を全部剃って眉の形を整えた。前髪を切り揃えて薄く化粧をしてから控えめに微笑む顔は当たり前だが僕とそっくりだった。


「どう?僕って可愛い?」

「何?みずほには僕はそんな風に見えてるの?」


「え?いつも僕って可愛いって顔してるよ?気付かなかったの?」


 みずほに言われるまで全く気付かなかったけど、僕は自分のことを可愛いと思っている人間に見えるらしい。そして念のためみずほだけで現場に行くことになった。いつも着いて来てくれていたので大体の人の名前とかも把握しているから問題ないとみずほは言った。


 僕たちはいつも一緒だったから一人でいるとぽっかりと穴が空いたような、高いところから落ちるような不安に襲われた。二人の将来のためにもそうするしかないとわかっていても一人で待つのはとても心細かった。


 僕はそんな風に思っていたけどみずほは上機嫌で缶のクッキーをお土産に持って帰って来た。


「ただいま!何も問題なかったよ。オールクリア。クッキーまで貰っちゃった」

「ファンからなら食べないほうがいいよ」

 

「ううん、先輩からだよ。穎川さんにも確認取ったし未開封だから大丈夫でしょ、食べよ食べよ」

「穎川さんのオッケー出てるなら食べるけどさ、ニキビとか気を付けてよね」


 それからみずほが僕の代わりを始めた。みずほは日に日に綺麗になっていて、それと対になるように僕の身体は男になっていった。喉仏、声、関節のかたい浮き上がり、そして体毛と肌荒れ。身長もかなり伸びてみずほと僕は殆ど別人になった。それがなんだかとても寂しかった。


◇◇◇◇


 そんなある日、みずほから相談を受けた。最近、知らない番号から無言電話が何度もかかってくるらしい。それと同時期から誰かにつけられている気がすると彼女は言った。


「多分、ストーカーだよね。なんか、秘密をバラされたくなければ言うことをきけっていうメッセージも来てて怖いよ、ほずみさぁ、暫く行き帰り着いて来てくれない?」


「良いけど、僕だってわかっちゃわないかな?」

「ほずみかなり変わったからわかんないと思うよ。親戚のお兄さんってことにするね」


 僕は長い髪を上にまとめてお団子にして帽子を被った。度の入っていない眼鏡をかけるとそこにはみずほに似ているけど女には見えない、男の僕がいた。この姿を母が見たらきっと発狂するだろう。

 

 母にはもうかなり会っていない。だけど僕が可愛いお人形じゃなくなったら母は僕にきっと酷いことをするという確信があった。今は年下の恋人ときっと上手くいっているんだろう。恋人がいる時は母は男への憎しみは忘れるのだろうか。今まで考えたことがなかったけれどそれも少しだけ、気になった。


 みずほと一緒に電車に乗って、事務所の最寄り駅からタクシーに乗った。前は交通費を節約するために25分歩いたが今のみずほにとってはそれは必要のないものみたいだった。みずほは僕よりももっと上手くやった。ついに特集まで組まれるようになって、もうすぐピンで表紙を飾れるんじゃないかと穎川さんも言っているらしい。


 一度だけクラスメイトに「喪中って落水花乃子おちみずかのこと似てるよね」と言われて、みずほはそれに対して何のことですか、としらばっくれていた。それ以来学校関係者からは何も言われなくなった。


「あ、着いた。久しぶりだからちょっと緊張するなぁ」

「ほずみ、今は親戚のユウイチくんなんだからそれっぽく振る舞ってね」

「はぁい。了解」


 撮影ブースに移動する途中で槙島亜廼まきしまあのとすれ違った。槙島さんは僕を二度見してからお疲れ様ですと言って別方向へ行ってしまった。槙島さんがいなかったら今の僕たちはいない。あの日、舞台挨拶を見なかったら穎川さんにスカウトされることはなかっただろう。だから、槙島さんとは挨拶程度しかしていなかったけれどとても感謝している。


 槙島さんは他の人と比べても特別に見えた。黙っていてもその意志の強い黒い瞳は人を惹きつけてやまない。槙島さんよりも顔が整っている人はたくさんいる。でも、彼女は独特のオーラがあった。みずほ以外の女の子で知りたいと思ったのは槙島さんが初めてだった。みずほには隠しているけれど、僕は図書館のパソコンで槙島さんのことを調べたりもしていた。隠れファンのようなものなのでいつか一緒に撮影できたらと思っていた。今はもうそれも叶わない夢だ。


「穎川さん、これはユウイチくん。僕の親戚です。よろしくね」

「初めまして小佐川おさかわユウイチです」

「初めまして、花乃子さんのマネージャーの穎川です。お話は伺っています。しかし、二人は似ていますね。さすが親戚。そういえば花乃子さんのお姉さんも似ていますよね」


「ああ、双子ですもんね。最近はちょっと体調を崩しているみたいで心配です」

「うーん、小佐川さん結構良い感じですね!モデルとか興味ありません?」

「ユウイチくんは受験生だから駄目だよ。僕がおばあちゃんに怒られちゃう」


 事前の打ち合わせ通りに話すと意外とすんなり穎川さんは受け入れてくれた。リップサービスかもしれないけどまたモデルに誘われたのは嬉しかった。穎川さんは相変わらず優しくてちょっとだけ寂しくなった。数ヶ月前まではもっと親愛を込めた声で僕を呼んでいたのに、今は他人として初めましてだ。


 みずほが撮られているところを見て、僕よりもずっと良いと思った。みずほはちゃんと女の子で偽物の僕とは全然違った。僕があの場所にいた時、みずほはモデルがすべきポーズや健康管理や運動についてを図書館で一生懸命調べてそれを僕に噛み砕いて教えてくれた。そういう経験が生きているのかもしれないな、と僕は思った。みずほはすごい。気が強いのもお姉ちゃん気質なのもこの業界ではプラスみたいだった。


 撮影の時はウィッグだけどみずほの地毛も鎖骨くらいまでは伸びていた。それにぺったんこだった身体も栄養状態の改善からか女性らしいふくらみが出てきていた。少女と大人の女性の中間の危うい魅力がみずほにはあった。こういう感じが変態に好かれるのかもしれないと思うと同時にみずほのストーカーをどうやって撃退すべきか僕は考えていた。

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