TRES
その出会いは本当に偶然だった。修学旅行の費用の積み立てが用意出来なかった僕たちは、せめて二人で思い出を作ろうということでショッピングモールで映画を観た。映画館で映画を観たのは初めてですごくワクワクした。
その日封切りの映画が舞台挨拶付きというもので、それがたまたま僕たちが並んだ時にキャンセルで空きが出たのだ。テレビをあまり見ないから芸能人には詳しくないけど有名人を生で見られると言う事実に僕たちは興奮した。
映画の内容はもうすぐ定年退職する刑事と連続殺人犯に家族を殺された少女が犯人を探すというものでクライマックスの格闘シーンはハラハラして手に汗を握った。
物語は人が死んでるからハッピーエンドとはいかなかったけど希望のある終わり方だった。ヒロインの少女は意志の強い目と眉下で切り揃えられた前髪が印象的な女の子だった。上映後に舞台挨拶が始まった。
監督だというメガネのおじさんと主演の女の子、脇役の若い男の人と司会の人が話をしていた。どういうシーンに拘ったとかそういう話は結構面白くて僕は聞き入っていたけど瑞穂は退屈そうに紙コップのストローを噛んで潰していた。
舞台挨拶が終わって、僕たちが劇場から出ようとすると声をかけられた。30代くらいのスーツを着た男の人で一見気弱に見えた。
「ねぇ、君、芸能界とか興味ない?」
「いや、ないです」「それってお金、もらえるんですか?」
みずほも同じタイミングで喋ったので声がかぶってしまった。お金についてなんて考えていなかったけどそういうアルバイトなら俄然興味がある。
「勿論、ギャラは出るよ。君とても華があるよ。すごく可能性を感じる。えっと、そっちの方はご家族かな?似ているね」
「はい、僕の姉です」
「良いね、ボクっ子!キャラも立ってる」
何だか壮絶な勘違いをしているので訂正しようとするとみずほに手で制された。このままでいろということらしい。
男の人から名刺を渡されたので見てみると僕でも知っているような有名な芸能事務所のマネージャーらしい。穎川さんと次の土曜日に会う約束をして別れた。事務所に行くための交通費までくれて僕たちはとてもびっくりした。
芸能事務所にスカウトされたことを母に告げればどうなるかなんて火を見るよりも明らかなので承諾書やその他の書類は祖母の字を真似て書いた。穎川さんにも土日しか空けられないことと携帯電話を持っていないことを伝えたし基本的に僕たちは休みの日は一日中図書館にいたので母から怪しまれることもないだろう。
トントン拍子で契約をして、僕は晴れて芸能人になった。芸能人と言っても小さい記事のモデルとかでそこまで目立つものではなかった。撮影の時にスタイリストさんが服を着せてくれたけれど誰ひとり僕の性別について気付かなかった。いつも母に着せられているようなフリフリの、所謂ロリータ系の服が多かった。
一回の撮影で三万円貰えた時、僕とみずほは手を取り合って喜んだ。それからファミリーレストランで値段を気にせず好きなものを食べて、その後みずほの洗濯しすぎてくたくたになった下着を新調した。白地に水色と緑のストライプが可愛らしいそれは上下で二千五百円もして僕たちにとっては高級品だった。
僕も設定上は女の子なのでスポーツブラを買った。今まではずっと色の濃いタンクトップで誤魔化していたから意味ないのになと思ったけどこういうのは細部が大事なんだとみずほは力説した。
有難いことにモデルの仕事は増えてきて収入も増えた。しかし、このままだと税金の関係で母にバレてしまうのではないかと僕たちは考え、何とか誤魔化す方法を図書館で一生懸命調べた。
税金を払うのは良いけれど母には一円も渡したくない。何とか祖母を言いくるめようと僕たちはプランを練った。母は僕たちの栄養状態が良くなったことにも金回りが良くなったことにも全く気付いていなかった。なぜなら、最近できた七歳差の恋人に夢中だからだ。
僕たちは上手くやれていると思っていた。しかし、気付かれてしまったのだ。祖母に。
「みっちゃん、ほーちゃん、何か最近隠してるでしょ?」
「えっ、何が?」
「おばあちゃん何言ってるの?」
「正直に言って。もうバレてるよ。二人が隠し事をしている時いつも左の耳たぶを触るからすぐわかる。お母さんには内緒にするから」
「本当に?」
「ああ、だからどうしたのか教えてごらん」
実は、とみずほが祖母に説明をした。それを聞いて祖母は顔色を悪くした。そして、母に何故言わなかったんだと聞かれた。
「お母さん、そんなの絶対反対するでしょ?」
「いや、文子は絶対に賛成する。あの子は目立つのが好きだから。多分撮影もついて来るんじゃないかな」
「でも、お金とか取られたくないんだ。三食ごはん食べたいし…」
「そっか、でも後からバレる方が文子は怒るだろうな…。取り敢えずはおばあちゃんが保証人になるよ」
「ごめん、もうおばあちゃんの名前使ってるの」
祖母はため息をついてから麦茶を一気飲みした。そして、この先どうするかについてを話し合った。取り敢えず、親に一度も会わせていないことにより不信感を募らせている穎川さんに祖母を会わせることになった。
穎川さんは承諾書に書かれた保証人である祖母にあって安心したようだった。そして、ほずみさんはこれからもっと売れっ子になりますと言った。
祖母は一瞬戸惑ったあと、そうですかと言った。そして穎川さんと別れたあとでみずほじゃなくてほずみなんだねと確認してきた。
「そうだよ。スカウトを受けたのも僕だったし皆僕のことを女の子だと思ってるみたい」
「そんな人様を騙すようなこと、いつかはバレちゃうよ」
「でも、お金が欲しいから。僕もみずほも出来れば大学に行きたいよ。授業料は奨学金を受けるとしても交通費や食費、教材費だってかかる。高卒で働くつもりだったけどやっぱり大学を出たいよ。お母さんは絶対にお金を出さないと思うし…。ねえ、おばあちゃん、僕たちは夢を見るのすら許されないの?」
祖母はそれを聞いて泣きそうな顔をした。母に逆らえなくても孫たちのことを少しは可哀想だと思っているみたいだった。