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ショートショート6月~

マグカップ

作者: たかさば

裏通りの怪しげな露店で、マグカップを買った。

いつもパソコン作業するときに使う、大きめのマグカップを探してたんだよね。

小さめのカップだとさ、すぐ飲み切っちゃって何回もお茶入れるのがめんどくさくて。



「さて、今日はどのお茶からいくかな。」


僕のパソコンデスクの横には、お茶コーナーがあるのさ。

麦茶、緑茶、そば茶、杜仲茶、ジャスミンティ、ルイボスティに黒豆茶。

今は種類が少ない方かな。


僕はジャスミンティのティーバックを一つポンとマグカップに入れ、お湯を注いだ。

ふわりと漂う、ジャスミンティの芳醇な香り。


「ほう、これはいい香りじゃのう。」

「なんだい、君は。」


ジャスミンの芳醇な香りを纏った湯気の中から、少女が出てきた。

おいおい、こんなの出てくるとか聞いてないぞ!!


「わしはマグカップである!大切に扱え!!」

「どう見てもマグカップじゃない。」


なんだかよくわからないが、悪いやつじゃなさそうだ。


少女は、湯気が消えると消えてしまった。


「なんだ、気の早いやつだな。」


ぬるくなったジャスミンティをちびちび飲みつつ、パソコンに向かう。

今パソコンで書いているのは、恋愛小説。山場が近い。最高潮に盛り上げるための、パンチのきいたセリフを生み出したいところだが。ふうむ…。


新しいお茶を入れるか。

今度は杜仲茶にしよう。


マグカップにティーバッグを入れ、お湯を注ぐ。


「なんじゃこの薬湯は。」

「杜仲茶だよ。飲むと意外とくせになるのさ。」


杜仲茶独特のにおいを纏った湯気の中から少女が出てきた。


「これを飲むのか。いささか勇気がいるのう…。」


少女はぶつぶつ文句を言っていたが、気が付くと消えていた。


「結局飲んだのか、飲まなかったのかどっちなんだ。」


この日以来、少女はお茶を入れる度に姿を現すようになった。

毎日入れるお茶に何かしら文句を言うのを忘れない。


「この茶は渋いのう。」

「この茶は苦いのう。」

「この茶は色が悪いのう。」

「この茶はにおいがきついのう」


ずいぶん気温が上がってきたので、熱いお茶を飲むのが少しきつくなってきた。

ごくはいつもお茶を入れていたマグカップに、氷を入れた。


冷気が漂う。


「なんじゃ、今日はえらく冷えるではないか。」

「氷の冷気でも出てくるのか。」


僕はマグカップに炭酸水を入れた。


「ひゃわあああああ!!!」

「なんだい、どうした。」


はじける炭酸に驚いているようだ。

目を丸くして、炭酸の粒をまじまじと見ている。

…なんだ、かわいいな。


「摩訶不思議な飲み物もあったものよ。」


ひとしきり感心していたが、いつの間にか消えてしまった。


氷を入れずに飲み物を入れた時は少女は現れなかったから、おそらく出現条件に湯気が関連していることは間違いあるまい。


暑い季節の間、少女はどんどんわがままを言うようになった。


「しゅわしゅわしないものはないのかえ。」

「毎日違う色が見たいのう。」

「大きな氷が欲しいのじゃが。」


普段甘い飲み物を飲まない僕だったが、ついつい絆されてしまった結果。


「君のおかげでずいぶん重量が増えてしまったじゃないか。」


僕は少々カロリーオーバーしたようで、体重が三キロ増えてしまった。


汗ばむ季節が終わる頃、また僕はお茶を飲むようになった。

これで増えた体重も元に戻るはずだ。


マグカップにティーバッグを入れ、お湯を注ぐ。

今日のお茶は緑茶だ。


「なんや、久々にお茶かいな。」

「これからはお茶が続くよ。」

「なんでじゃ。面白いもんを入れてくれや。」


夏を迎える前はお茶だけで過ごしていたのに、ずいぶんこなれたな。


「じゃあ、いろいろと用意してみるよ。」


甘い飲み物を飲まなかった僕なんだけどな。


ココアに甘酒、お汁粉、スープにみそ汁、葛湯にホットレモン…。


「摩訶不思議な飲み物ばかりじゃ!!」


少女は大喜びだ。


僕と少女の触れ合いは続き、いつしか時は流れ。

僕は体重が五キロ増えていた。


「なんじゃ、丸くなったのではないか。」

「君がその原因のほぼほぼをしめているんだけれども。」


あんなに甘い飲み物を飲まなかった僕が、甘い飲み物を飲まずにいられなくなるとは。


今日も僕は粉お汁粉の袋を開けて、マグカップにお湯を注いで…。


ぽきん!


「えっ…。」


マグカップの柄が取れてしまった。

取れた柄から、お湯がしみ出す。

パソコン周りがお湯で大変なことになっている!

慌てて僕はタオルでマグカップを包み込んだ。


湯気はもうもうと上がっているが、少女は出てこない。


僕はこの日以降、少女と邂逅することがなくなった。


柄の取れたマグカップを処分する気にはなれなかった。

新しいマグカップを買ったが、少女は現れなかった。


新しいマグカップで甘いものを作る気にはなれず、僕は以前の体重に戻った。

…いやむしろ、食欲がわかず減ってしまった。


僕は少女との出会いと別れを、物語にしてみた。

いきなりの出会い、惚れた腫れたのない会話、突然の別れ。

…思えば、少女と出会ったのは、恋物語を書いている最中だった。


僕は、少女に恋をすることはなかったけれども。

少女に恋をする物語ならば、書くことができると思ったのだ。


おかしな恋物語は、摩訶不思議なことに話題を呼んだ。


おかしな恋物語の受賞記念に、温泉宿に招待してもらった。

…これはマグカップを連れて行かねばなるまい。


おかしなことをしているという自覚はあった。

しかし、このマグカップがなければ。

このマグカップがあったから。



温泉に行き、壊れたマグカップと一緒に湯に浸かった。


「なんじゃ、この湯は飲めたもんじゃないのう。」

「この湯は飲むんじゃなくて、浸かって楽しむのさ。」


温泉の湯気の中から、少女が出てきた。


「久しぶりだね。」

「そうかえ。」


少女はおとなしく湯に浸かっている。


「なんで出てこなかったんだい。」

「わしは壊れてしまったから、自由が利かなんだ。」


少女はおとなしく湯に浸かっている。


「温泉の中だったらずっとここにいることができるのかい。」

「できるが、それはちいと、つまらんのう。」


少女はおとなしく湯に浸かっている。


「じゃあ、温泉を出て、僕と一緒に遊びに行かないかい。」

「いいのかい?」


少女は裸のまま、ざばとお湯から飛び出した。


「君、温泉の出方を知らないようだね、ちょっとこっちに来なさい。」


少女はこちらの世界に留まることができるようだ。

壊れたマグカップを温泉から出しても消えることはなかった。


「どういう仕組みなんだい。」

「わしもわからん。」


少女を連れて、自宅に戻る。

僕のパソコンデスクの横で、少女がお茶を選んでいる。


「わしはお汁粉が飲みたいのう。」

「そこにお汁粉はないな、買ってこようか。」

「いいのかい。」


僕は近所のスーパーにお汁粉を買いに行くことにした。

…僕は少女に一冊の本を差し出して。


「買って来るまで時間があるから、これ読んでみてよ。」

「これはなんだい。」

「君と僕をモデルにした物語さ。」


僕がお汁粉を買って部屋に戻ると、少女は本に夢中になっていた。

本が大きい、いや少女が小さいから読みにくそうだな。


「君、マグカップがないけど、どうやって飲むんだい。」


少女はマグカップサイズから人間サイズになった。


「このマグカップに入れてくれんか。」


僕の使っているマグカップを指差した。


少女はお汁粉を飲みながら、僕の本を読み進めた。

最後のページを閉じた時、少女の目に涙が光った。


少女は僕の書いた物語を読んで、いたく感動したようだ。


「…わしは恋というものをしてみたいのう。」

「じゃあ、僕としてみないかい。」

「いいのかい。」


少女は、女性になって、僕と恋をした。

たくさんのお茶を飲み、たくさんの甘いものを飲み。


僕はいささか体型を丸くしてしまうことになったけれども。


女性は、僕の伴侶となって、共に長い時間を過ごし。


「人の時間は、とても幸せなものだったのう。」

「君と過ごした時間は、とても幸せだったよ。」


割れたカップは僕の手にある。


「そのカップは、わしとともに埋めてくれんか。」

「僕を一人ぼっちにするのかい。」


割れたカップは僕の手にある。


「心は共にあるのじゃが、それでは物足りんかのう。」

「迎えに来てくれると、約束してくれるならいいよ。」


割れたカップを、愛する妻の胸に乗せ。


「必ず迎えに行くでな。」

「待っているよ。」


割れたカップは、埋葬された。



僕はずいぶん、体重が減ってしまった。

甘いものも、お茶も、飲まない日々が続いているからね。


そろそろ、なのかもしれないな。


「まったかい。」

「けっこう、待ったかな。」


風呂に浸かる僕の目に、懐かしい少女が現れた。


「ああ、はじめてみた時の姿だ。」

「そなたも、若返ったぞ。」


ああ、僕の体が、ずいぶん丸くなっている。


細くなった体は、湯に浸かったままだけれど。

このまま、置いていくしかないな。


「では行くかえ。」

「そうだね。」




僕と少女は、湯気に紛れて、ふわりと消えた。

こちらの作品は連載中の「恋をしてみないかい」https://ncode.syosetu.com/n6305gi/

にも掲載しています。


ちょっとせつない、普通の人と普通じゃない人との恋のお話をまとめました。ぜひご覧下さい。


新作あります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] マグカップから出てくる少女との恋。 ロマンがあって素敵です。 ラスト、しみじみしました……! [一言] こんばんは。幸田遥さまのレビュー帳から参りました。 このお話好きです!
[一言] これ、おもしろかったです。たかさばワールド全開でありつつも、少女との出会い、そして一緒に過ごした日々。 飲み物を通して語り合う、ちょっとした、とりとめのない会話。朗らかさが伝わってきます。 …
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