塔の中のラプンツェル(1)
元町商店街に隣接する、南京町中華街。
「クリスマスはバイトです」
あと数メートルで元町商店街、という場所にある人気ジェラート店で、千景は立ったままプラスチックのスプーンを口に運んだ。
口の中に広がって溶ける冷たさと笹の香りが消えるのを待って、目の前の穏やかな顔に説明する。
「23日は学校上がったらすぐ入るように頼まれてて、24日と25日は1日中。鬼ですよね?」
「それは大変だ……けど、楽しそうだね?」
「忙しいの好きなんです。それに26日は、余りものケーキを皆で持ち寄って、クリスマス会するんですよ!」
「皆で?」
「皆、大体、洋菓子店とかカフェでバイトしてますからね」 今度は、ピスタチオをひとくち。
まったりとした甘みと芳ばしさを舌の上で転がし、飲み込む。
「峻さんは?」
「えーと……普通かな」
相変わらず、よく分からない返答だ、と千景は明るい表情を崩さないまま、思った。
千景にとっては、一方的に話を聞いてもらうだけの会話は、申し訳ない気がする。
それに、千景と峻がお互いに本名であることが分かり、苗字も教え合うほどには信頼できるようになっているのに、何を考えてるのかイマイチ分かりにくい、というのが気持ち悪い。
会った後にいつも 『次は峻さんのことも教えてくださいね』 とラインを送る。
すると、返事は必ず 『面白くないよ』 だ。
たしか、「人から嫌われやすいから喋るのが苦手」 だったっけ……前に会ったとき、恥ずかしそうに打ち明けられたことを回想する。
何を以てして 『嫌われやすい』 という結論に至ったのかは知らないが、もし本当にそうだとすれば、自分のことをほとんど話そうとしないことこそが大本の原因ではないかと思うのだが。
(スッパリそう言ってあげたいけれど……) もうひと匙、冷たいピスタチオを口に入れつつ、千景は悩んだ。
(もしかしたら気持ちを傷つける類いのことかもしれないし……)
昔、『明るくて良い子なんだけど、人の気持ちが分からないところがあるよね』 と批判されて以来、人に意見する時には前もって他の人に相談することにしている。
イイ子でないと生きていく価値のない人間だからそうしているだけで、本当はそれほど良い子じゃないから、人の気持ちなんて分からないのだ。
ところが、峻の件に関しては、相談すら失敗してしまった。
友人に相談したところが、「つまり気になるけど、掴み所が無さすぎて攻めあぐねてる……と。1人じゃないクリスマス目指して、頑張れ♡」 と明らかに恋愛変換されてしまったのだ。
違うのに。
恋愛とか、実際にはどうでもいいというかもういいというか。
好きになってもらうために、通常の3倍増しくらいでイイ子ぶらなきゃいけないとか、疲れるし。
(ともかく何とかしなきゃ)
あまり何も話してくれなくても、峻は気の合うスイーツ仲間だ。
「普通?」 千景は敢えてつっこんだ。
「何かするんですか?」
峻はびっくりしたように千景を見て、急いでジェラートを飲み込んだ。
しばらく考え込み、おずおずと口を開く。
「23日朝は普通に講義とディスカッション、午後からゼミの皆で、心理相談室のクリスマス会準備。それからクリスマス会。
24日は休みだから家族で買い物に行ってちょっとしたお祝い、25日はボランティアで『クリスマスのお話会』して、その後打ち上げ」
別に面白くないでしょ、と照れくさそうに言われて、拍子抜けしてしまった。
あまりに隠したがるので、正直、もっと陰キャっぽい過ごし方を想定していたのだが。
「充実してますね」
「そうかな」 口に入れたチョコレートのジェラートをまた急いで飲み込み、目を下向きに泳がせている。
「いいトシして両親とクリスマスとか、恥ずかしいよね」
「いや全然ですよ。そうしたことについて、世間の基準って役に立たないと思いますよ?」
最後に溶けて混ざりあったピスタチオと笹をまとめて口に放り込み、外に出ると、さすがに寒さが身に染みた。
「やっぱり冬にジェラートは厳しいですね!」
「と言いながら、まっすぐフルーツショップに向かうのは、どうなんだろう」
「ミックスジュースも定番ですから」
珍しい輸入もののフルーツを扱う店のもう1つの名物は、生のフルーツで作るジュースである。
小さめの使い捨てカップに入ったジュースを飲みつつ、峻はぼそぼそと言い訳をした。
「なんとなく、両親ともクリスマスは家族で祝うものだと思い込んでいて……特別な理由もなく破りづらい、というか」
「イヤなんですか?」
「さすがに、親とクリスマス会して楽しいトシじゃないし」
峻にとってそれは、義務である。約束事を破っては、母親がどんな災厄をもたらすか分からないのだ。
「私は楽しいですけどね?」 千景は首をかしげた。
「一昨年までは、ハロウィンとクリスマスは、ごちそう作って家族で祝っていましたよ。今年は実家じゃないから、無理ですけど」
「ハロウィン」
峻と両親にとっては、まさに呪われた日である。
『あの人』の命日であるから、母親が最も沈み込むのは仕方がない。
毎年、この日が近づくと母親が、返事の来ることのない謝罪の手紙を香典と一緒に送っていることも知っている。
峻に向かい、何度も 『あの時、あなたが熱を出したからって、慌てなければ……』 と繰り返すのも仕方がないのだ。
「ハロウィンは、ないな……いちばん、家に居たくない日かも」
言ってから、しまった、と思う。
なぜ、『お話ボランティア』のメンバーにも漏らしたことのない本音が出てしまったのだろうか。
(いや、彼らには言える訳も、ないか)
朗読が好きな人、子供が好きな人……どちらにしろ、熱心なメンバーたちである。
参加のそもそもの理由が、家庭から逃れるためであるのは、峻くらいのものだろう。
「なら来年は、峻さんも呼びますよ」 千景が楽しそうに峻の手から飲み干したカップを取り上げて、捨てた。
「今年は学校に集まって皆でお菓子作って。来年は卒業してるけど、誰かの家で作ろうね、って約束したんです」
「それじゃ実習じゃないか」
「だから、食べてくれるお客様がいるんですよ」
店前のゴミ箱から離れて、そのまま先へ行く、少し弾んだ足取りを追いながら、峻は、いつも心を覆う雲が少し薄くなるのを感じていた。
大袈裟に言うならそれは、来年のその日までは生きていたい、と願うのに、似ている。
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神戸港のこの眺めは、まさに、ポートアイランドあたりから見えます。次話でご紹介♪
秋の桜子さまありがとうございます!
そして、元町商店街!大好き!
1番街には輸入チョコレート屋さん『一番舘』。
2階の喫茶あじさいも、ややレトロな雰囲気がよろしいですね。
観光地としては、隣接する南京町中華街がやはりオススメですかね。元町商店街の1番街しばらく行くと、南京町への入口があります。
中華食べ歩きはもちろん、2・3有名スイーツ店。
伊藤グリルというお高い有名店がプロデュースしている洋食屋さん(名前忘れた……!)も人気ですね。
峻と千景が行ったジェラート店は『クラレ』です。
その後に商店街に戻って飲んでいるのが、フルーツショップ『サンワ』の生ジュース。ちょいと飲むのにちょうど良い量とお値段です。
三丁目入口にお土産物のチーズケーキが有名な『観音屋』。地下に本物の観音様がいらっさるカフェがあります。チーズフォンデュできます。
三丁目はきんつばで有名な髙砂屋の元町本店や風月堂本店もあり、両方オサレなカフェがついております。飲食には困りませんね。
ちなみに、千景が傘衝動買いした洋傘店『オカダ』もこの通りです。モネの睡蓮の洋傘は置いてた気がしますが、『タンギーじいさん』はなかったです(笑)