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グリム童話は夢を見せない(5)

 気分変調症 ――― その耳慣れない病名を、狭い 『カンファレンス室』 で静樹(おっと)と共に聞いた時、光子は半ば戸惑い、半ば、ほっとしていた。


 戸惑いの原因は、自分が精神科の病気である、ということに対する拒否感だ。

 光子にとって、精神科は 『狂った人が行くところ』 だった。


(私は狂ってなんか、いないわよ)


 息子の彼女にまで迷惑を掛け、 「こんなことなら、きっちり死んでしまいたかった」 とまで思うが、なぜそれが 『狂っている』 と言われるのかが、わからない。


 ――― ひと1人を死なせたのだ。それで笑っていられる方が、よほどおかしいではないか。

 私が狂っているというならば、皆、同じ目に遭ってみればいい。 ―――




 一方で、ほっとしたのは、医師の説明のためだった。


「ごく軽い()()みたいなものですよ。()()は 『心の風邪』 といわれることがありますが、それと同じでね、そう珍しくはないんです。

 どうしても気分が落ち込んだり……というのは、病気のせいである可能性が高いでしょうね」


「病気のせい……なんですか」


「そう。あなた自身のせいではありません」


「…………」

 光子はうつむいて、にじんでくる涙をこらえた。


 何もかもを 『病気のせい』 にしてしまうのは、ある意味では救いだった。


 なぜなら、かつて光子を(さいな)んだ暗い感情は、今も ――― もう2度と過去には戻りたくない、と思うようになった、今でさえ ――― まだ、じわりと(まと)いついてくるのだから。


 孤独、不安、不幸、周囲に対する敵意…… それらの感情は、意思とは関係なく勝手に生まれてくる上に、振り払うのが難しいものだったのだ。


「病気のせいなら……なおりますか?」


 しかし、すがりつくような問いに対する医師の答えは、穏やかだが冷たいものだった。


「確率でいえば、必ず治る、とはお約束できません」


「……なおらないんですか?」


 がっかりとした表情を見せる光子に、今野(こんの)は説明する。


「人は、誰もが心の中に困った部分を抱えているんですよ。

 そのコントロールが上手にできなくなった状態が、病気です。

 治療では薬を処方し、同時に、コントロールの方法を訓練していきます。

 ……けれど、合う薬合わない薬がありますし、訓練が身に付くかも個人差があるんです。

 それに、コントロールが上手になっても、困った部分が心の中からすっかり消えるわけではない。

 ずっと、折り合いをつけていかなければならない問題といえるでしょう」


 丁寧な説明は、光子がほしい答えとは真逆のものだった。


 ――― 嘘でも 「治りますよ」 と言ってもらいたかったのに。 ―――


 黙り込む光子の代わりに、静樹(しずき)が質問する。


「治療を受ければ、症状が改善する可能性はあるんですね?」


「あくまで可能性ですがね」


 今野(こんの)がうなずくのを確認し、静樹は身体(からだ)ごと、光子に向き直った。


「だったら、治療を受けてほしい。……今度は、君が苦しい時に、放っておいたり、しないから」


「…………」 光子はまじまじと、夫を見る。

 どうやって? と、聞きたかった。


 言うだけなら、いくらでもいえるのだから。

 人は悪気なく、無責任な言葉を放っては己の善意を満たすものだ。


 けれども、静樹は客観的に見れば良い夫である。


 ――― これまで文句の1つも言わなかった、というだけでも。


 家庭の中で光子は常にひとりだったが、それは家族が悪いのではない。


 光子は事故を起こして()()()()()()()()が、夫も子供も()()()()()()()()、というだけの話なのだ。 ―――



 いまさら、という言葉を、光子は呑み込んだ。


 泣くのも苦しむのも、これまで通りにひとりですれば良い。


(大丈夫。今回はたまたま失敗しただけ。ずっと、できていたんだもの)


 急に事故を思い出し、落ち込みすぎて家事ができなくなるような日がたまにあっても、いつまで続くか分からない病院通いで負担をかけるよりはマシなはず。


 そう結論づけて、光子は夫に告げた。


「そこまでしてもらうのは、悪いわよ。

 私は大丈夫……心配かけたけれど、もうしないから。迷惑かけてごめんなさい」


 しかし。


「最近、思い出したことがあるんだけど」 静樹(おっと)の返事は、意外なものだった。


「学生時代、初めて君に山に誘われた時は、ものすごく迷惑だったな、と……」


「……え。そうなの」


「それから、(しゅん)の名前を決めた時も。

 僕が、せめて読みを 『たかし』 にしよう、と言っても、絶対に 『峻嶺(しゅんれい)』 の 『(しゅん)』 だって聞かなくて……」


「そうだったわね……」 光子は先ほどよりも深く、うつむいた。

 昔の自分は、なんと独善的で強引だったのだろう、と思う。


「だけど、やってみたら、悪くはなかった。……たぶん、今度のことも、きっとそうだよ」 膝に揃えていた手に、夫の手が重なった。


「だから、もういちど、一緒に頑張ってみないか」 


 …… ずっと、ひとりにしていて済まなかった。 ……


 私の方こそ、と応じる代わりに、光子は、夫の手に涙を1粒落として、うなずいた。



 ★★★★



「婚約したんだ」 峻が緊張しつつ切り出したのは、光子が退院して1ヵ月ほど経った、夜だった。


 峻と千景が久々に来るというので、静樹(おっと)と用意した、すき焼きの席である。


 ――― この1ヵ月は、リハビリと精神科治療を兼ねての週1の通院で過ぎていった。


 オーバードーズ(薬の過剰摂取) の後遺症も、気分変調症も、すぐに良くなる、ということはやはり無く、通院は習慣になってきている。 


 今のところ、向精神薬は特に効果を実感できるほどではなかったが、 「その程度でいいんだよ」 と峻はむしろ、安心しているようだった。


 そしてもう1つの習慣は、日記である。

「その時々で気になっていることや思ったことを書き出してみてください。

 そして、最後は必ず、考えてなくても良いので、明るい展望でしめること。…… 必ず良くなる、とか、そんな定型文でいいんですよ」


 指示された時には半信半疑だったが、試してみると、それなりに心を落ち着ける効果はあった。


『早く良くならなければ』 という焦りや、自身の負の感情を 『いけないことだ』 と思う気持ちが、解けてきたのだ。


 小さなことが気になる、事故の記憶が急に蘇る、ひどく落ち込んでしまう…… それらは消えはしないが、取り出して書くことのできる事柄になっていた。


「動けない時に無理に動こうとするから、つらいんですよ。

 動けない時は身体(からだ)か心か、どちらかが疲れているんですから。

 まずは、ゆっくりして、その声をよく聞いてあげてください」


 今野(こんの)は成果を出そうとする医師ではなかったが、光子には、それがかえって有り難かった。 ―――



(すぐに答えを出さなくても、いいんだわ)


 峻の報告を聞いても、今はそう思える。


「あら、がっかりだわ」 光子はゆっくりと言った。


「久々に泊まりにきてくれたのは、その報告のためだったのね」


「すみません」 と千景が首をすくめ、「それだけじゃないよ」 と峻がフォローする。


「千景さんが母さんのことを気にしてるから、様子を見に来たってのもあるし」


「峻は?」


「……そこそこ」


 ぶっきらぼうな(むすこ)の物言いに 「まぁ、冷たい」 と返し、 「当然だろ」 と返される。


「ひどいわね」


「だから、この程度普通だって」


 以前は、誰に対しても見せてはいけない、と信じていた感情は、こうして出してみると、大したものではなかった。


 ――― 理想的な、明るく優しく正しい母親ではなくても、それは最低ではないのだ。

 自分のためにも、家族のためにも。 ―――


 峻が千景の皿に肉を入れるのを眺め、静樹(しずき)の 「やっとか…… 入籍はいつだ? 式はあげるのか?」 という矢継ぎ早の質問を耳にしながら、光子は自身に尋ねる。


 ……今、私は、何を思っているの?……


「おめでとう、と言ってあげたいわ…… 少し寂しいけれど」


 峻が、母さんも少しは子離れしろよ、と軽口を叩いてから居ずまいを正した。


「もう1つ、父さんと母さんに知らせておくことがあるんだ」



 千景が箸を置き、まっすぐに光子と静樹を見た。


「ごめんなさい……ずっと黙っていたんですけど、私」


 椅子から立ち上がり、深く頭を下げる。


「20年前、お母さんの車の前に飛び出したの」


 心臓が小さく早く打って、呼吸が浅くなる。峻が、千景の背を撫でた。


 大丈夫だよ、というように。


「――― 私、なんです」


 やっと出した声は小さかったが、すき焼きの煮える音しかしない部屋の中では、やたらと響いて聞こえた。


「……ごめんなさい、ごめんなさい……」


「…………」


 泣きながら繰り返す千景と、その肩に手をかけ小声で労っている峻を、光子は交互に眺めた。


 意外なほど、驚きは少ない。


 以前に千景から、叔父の話を聞いていたせいか、欠けていたパズルのピースが、すんなりと合う感覚があった。



 ――― 憎いのだろうか? ……いや、違う。

 責めたい? ……いや、違う。


 ずっと長い間、憎み、恨んできたことは覚えているが、それは今の感情ではなかった。


 いつの間にか、時は経っていた。


 千景の優しさが。

 小さな女の子を守ろうとした青年の想いが。

 光子の中で止まっていた時間を、動かしたのだ。 ―――



 あやまらないで、と光子は言った。


(私の方こそ、この子の、大切な人を死なせてしまったのに……)


 謝っても謝りきれない、償っても償いきれない。


 きっとこれからは、千景に会う度に事故を思い出すのだろう。


 …… 思い出す度、眠れない夜がまた、来るのかもしれない。もしかしたら、千景に会うのもイヤになってしまうかもしれない。……


 それでも。


「あなたが生きていてくれて、良かったわ。大きくなって、峻に出会ってくれて、ありがとう」


 今、こう言えて良かった ……両手で顔を覆い、うつむく光子の肩に静樹(しずき)の手が、遠慮がちに触れた。


ちょっとお久しぶりでした。

実はラストに近づくほど、書くのが苦手です。

何書いても面白くないような気がしてきて……(吐血)

特に光子さんの治療に関しては、最初は知識不足で言及するつもりなかった部分! (←開き直りましたwww)

何か知っておられる方、ぜひぜひ教えてやってくださいー!!


さて。今回の神戸案内は~♪

なんと神戸から外れて、淡路島ー!!www


舞子駅に隣接する形で建てられている、明石海峡大橋から、淡路島や四国に向かう高速バスが出ています。

明石海峡大橋は遠目から見ても姿の美しい(夜景も良し!)橋ですが、やはり渡るとなると別格。

海に囲まれた道を行くのはとっても気持ちイイ! のです。

(たまに、徒歩で橋を渡るイベントも開催されています。楽しそう!)


本州からいちばん近い観光地は、『淡路夢舞台』でしょうか。

降りるとすぐ、安藤忠雄建築のホテル。ケーキ美味しいですよ(ばっちりホテル価格ですが)

その近くにあるのが、『奇跡の星の植物園』

屋内型の植物園なので、お天気が悪い日にはオススメです。洋蘭展やクリスマス時期のツリーなど、イベントが楽しい。

で、お天気が良いときには 『淡路島国営明石海峡公園』 ですねー! 植物園に隣接しております。四季折々の花と、広々とした風景を楽しめますよ。


さて、別方面のバスに乗ると、『ワールドパークONOKORO』 や たこせん工場、『イングランドの丘』、淡路島牧場などがあります。

(たぶん駅や路線が別々だった気がするけれど、覚えていません。爆)

全年齢にオススメなのは、たこせん工場ですかね。

お子様連れなら 『ワールドパークONOKORO』。小さい子にも優しいめのアトラクションが多いです。大人は世界の建物模型を楽しめますよ。


んで、季節限定では水仙。

立川、灘黒岩、水仙の丘。3つの水仙鄕が有名です。1月頃に淡路島に行くのなら、ぜひ。


お泊まりは洲本温泉がおすすめ~♪

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【シンデレラ転生シリーズ】

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©️バナー制作:秋の桜子さま
― 新着の感想 ―
[良い点] 自分の感情を少しでも出していけるというのは良い傾向ですね。鬱などの精神の患いの描写は大変難しいと思いますが、それでもよく描けていると思います。 [一言] 恐らく文章にできないもっと色々なア…
[良い点] 丁寧に物語を綴る砂礫さんの手腕が、存分に活かされている感じがしましたね。 後半の感じと、前話以前の感じからして、カンファのときの母さん、思考が俯きがちなのはともかく、ちょいと尖りすぎかな……
[一言] 感動しました。 時間や家族や医師、いろんなものの力が合わさって快方に向かってるのだと思うと、涙が出そうになりました。 婚約おめでとう!! 絶対に婚約破棄しちゃダメだよ!(台無し)
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