グリム童話は夢を見せない(2)
覗いてくださり、ありがとうございます。
前話から大幅改稿したため、今回の前半部分は一部、前の話を持ってきています。
「身体が回復したら、帰宅を希望します」
医師が勧める精神科病棟への入院を拒んだのは、母親ではなく峻の方だった。
カンファレンス室3、と札が掛けられた、パソコン机と椅子が数脚置かれた小部屋。
そこで父親と2人、母親の身体状態について医師から説明を受けつつ、今後の方針を話し合っているのだ。
母親本人は、目が覚めたものの、起き上がれず、思考もまだ少しぼんやりとしているようだった。
「また死にたいですか」 医師や心理士、看護師による再三の確認には首を横に振るのだが、喋ろうとすると舌がもつれるため、複雑な受け答えはできない。
手足に痺れが残っており、ペンを持とうとすると手が震えて落としてしまう。
そのために意思確認が難しかったが、病院側としては早めに精神科病棟に移したいようだった。
厄介な患者家族、と思われることを承知で、峻は敢えて専門用語を使う。
「何度確認しても、希死念慮はもうありません。
もちろん、カタルシスによる一時的な精神状態の回復である危険性はありますが、家族が注意して様子を見守り、定期的に心理相談を受けることで持続的な回復へと向かう可能性の方が大きいかと考えられますので」
カタルシス、とは自殺を企てたことによりストレスがいったん解消され、気分が上向きになっていることを指す。
原因を真に取り除いたわけではないため、それで回復した、とみなすのは危険なことなのだ。
「息子さんも心理士なら、わかるでしょう」 医師が苦笑する。
「再発防止のためには、精神科病棟へ入院させ、希死念慮を徹底的に取り払うのが望ましい」
「マニュアルではそうなっていますがね」 峻は主張した。
「精神科の治療は、向精神薬の処方が主でしょう。
鬱や統合失調症などの器質性精神障害ならともかく、あのひとは恐らく、そこまではいきませんから。
僕は心理士として主張しますけど、ただのうつ気分の治療で下手に薬を用いるのは危険です。
そこから薬物依存に発展し、リターンを生む可能性がある」
リターンとは、再度、自殺を企てることである。
もともと峻は、薬物療法に懐疑的だった。
薬物を使わずとも、思考や行動の訓練で快方に向かうクライアントは知っているが、薬物だけで快方に向かった患者というのは、あまり知らない。
しかも、 「効かない」 などという理由で規定を超えて多用し、薬物依存に陥る患者も少なくはないのだ。
更に、自殺未遂での入院は、患者の心理的負担が重すぎる。
他の重度の精神科患者と同じフロアに押し込められ、同じ扱いを受ける。
『患者の身の安全を図る』 ための拘束は、実際にはされなくても、目にするだけで恐怖心を煽られるようである。
もっとも峻がきいたのは、自殺未遂経験者のクライアントからであるから、その正誤は定かではないが……。
とにかく、問題なのは、患者がそれだけの恐怖と苦痛を受けるにも関わらず、それに対して何もなされないことなのだ。
――― あるクライアントは、何度もこう語った。
「自殺しようとして皆に迷惑をかけたんだから、当然だ、と言われた。
なんで生き残っちゃったんだろう、と何度も思ったし、今も思ってる。
次は絶対に失敗しない」―――
自分も病院側の立場なら、100%、精神科への入院を勧めるだろう、と思いながらも峻は、光子に関しては抵抗があった。
弱い人なのだ。
きっと、耐えられないだろう、とまず、思ってしまう。
少々の押し問答の末、まずは患者が精神鑑定を受けられるまでに回復するのを待つ方向で、話し合いは落ち着いた。
ほとんど進んでいないようなものだが、とにかく精神科にかかる意思がないことが通じれば、それで良いのだ。
「父さんも、精神科の入院は勧められる度に断って」
部屋を後にしつつ、峻は父に念を押す。
「だったら……」 父が不思議そうに問うてきた。
「最初から自殺未遂、と言わなければいいじゃないか」
「あれは母さんに間違いなく精神鑑定を受けさせるのが目的。
まずは、自分の置かれている状態を認識してもらわないと、素直に心理相談受けないだろ」
「峻、お前がカウンセリングするつもりなのか」
「まさか」 峻は肩をすくめた。
「そこは他人に任せるよ」
カウンセリングは、仕事としてクライアントと一定の距離を保てているからこそ、できるものだ。
依存が生じたり、個人的感情に振り回されやすい身内の役割では、ない。
「身内の役割は、健康なまま、傍にいることだろうな」
「戻ってきてくれるのか」
「いや、無理。僕と母さんの関係は、健康とは言えないからね」
そういえば心理学を始めたきっかけは、母を助けたかったからだった、と峻は思い出す。
しかし学んだのは、人の心を救うことの難しさだった。
結局のところは、誰も他者のヒーローになど、なれない。
他者にできるのはせいぜい、気づくきっかけを与えること、傍で手助けをすることであり、人は自分で自分を救うよりほかに道はないのだ。
「母さんが落ち着いたら、父さんも、たまには1人ででも、山登りすればいいんだよ」
「何言ってるんだ」
父の口調は、さも当然のことを話すかのようだった。
「母さんが一緒だから、楽しいんだろう」
★★★★
薄い眠りの合間に、たまに目を開けると、傍には大抵、誰かがいて、また安心して眠りに落ちる。
光子の気配を感じる度に動く影と、掛けられる言葉を、薄明の中で噛みしめながら、光子は思う。
ひとりではなかった、と。
動けず、何もできない状態だからこそ、それがわかった。
――― これまで、ひとりで家族を支えているのだと思ってきた。
どんなにつらくても、夫は理解してくれず、息子にはそれを見せるべきではない、と頑張った。
夫が理解してくれるまで、とことん心のうちを話すことをしなかったのは、どんなに説明しても理解されなかった時の孤独を恐れたからだ。
どんなつらい時も息子に対しては母親らしく振る舞おうとしたのは、息子が幻滅し、離れていくのを恐れたからだ。
ひとりで頑張って支えなければ、家族は、バラバラになってしまうと思っていた。
事故を起こしたせいで、家庭が壊れてしまう……それは到底、受け入れられないことだった。
けれども、頑張って支えているはずの家庭で、光子はいつも孤独だったのだ。 ―――
……先に、気づいていれば良かった。
まどろみが深くなるまでの、ほんのわずかな間に、心の片隅でつぶやく。
(いくつもの、「こうあるべき」 に縛られていたんだわ)
光子にとって、自身は、事故を深く反省して被害者への謝罪の念を常に抱きつつも、明るく優しい妻であり母でありつづけるべき存在だった。
夫はそんな光子を常に理解し、いたわってくれるべき存在。
息子は、そんな光子に無垢な愛情を寄せてくれる従順な存在、でなければならなかった。
だから、光子の意に反して峻が離れていった時、息子からの愛情も全て失ってしまった気がして、焦り、どうしようもない不安に駆られたのだ。
(離れることがあっても、こうして助けてもらえていたのに。
生きていて良かった、と言ってもらえるのに……)
今、静樹は静樹なりに、峻は峻なりに、光子のことを心配し、見守ってくれている。
そして驚くべきことに、息子の彼女までが。
千景は、傍についている間、小さな声で何かを読んでいることが多かった。
細かいストーリーは頭に入ってこなかったが、不快ではない。
むしろ、まだ無条件の信頼と優しさしか知らなかった幼い頃 ――― 安心して母の胸に抱かれていた、そんな頃の ――― 記憶に、包み込まれるようでさえ、あった。
「そのおはなし……」 声がふと途切れたタイミングで、話しかける。
けれども、口から漏れた音は、まだはっきりとは言葉を形作らなかった。
「のどがかわきましたか?」
千景が立ち上がり、ノートのようなものを脇机に置いたのが見えた。
「……あなたが、かいたの?」
「はい!」 千景の顔に、ぱっと明るい笑みが浮かぶ。
「時々、夢で見るんですよ。パンプキン王子」
「ゆめ……」 光子はつぶやいた。
「いいわね」
きっと、千景の夢はいつも優しいのだろう。
夢を見る度に、心臓が締め付けられるような思いをしつつ飛び起きて、夢を見ずに眠れた日はほっとするような経験を、千景はしてこなかったのだろう。
これまでなら、自分との落差に勝手な孤独感を味わったり、嫉妬したりしたかもしれない。
けれども今、なぜか光子はそうは思わなかった。
その代わり、心に浮かんだ言葉を素直に口にする。
「羨ましいわ」
「……そうですね」 千景が静かにうなずき、滅多にないことかもしれません、と言った。
「亡くなった人が転生して、王様になる夢を見るなんて」
さて、今回の神戸案内は……
神戸布引ハーブ園 (地下鉄新神戸駅) です!
なんでも日本最大級のハーブ園であるらしく、広い園内には約200種の花・ハーブが植えられているのだとか。
音楽イベントなども多く開催。イベントや、アロマミスト・ポプリ作りなどを楽しみつつ、ガーデンを散策、って感じのコースですね。
1日遊べます!
山の上にあるので景色もキレイ~♪
園内レストランにはハーブを使ったメニューなどもありますが、オススメは地元のパン屋で好きなパンでも買って持ち込み。屋外でピクニック気分を味わうのが楽しいですね。
行き方。新神戸駅近くにロープウェイ入口があるので、そこからロープウェイと入園チケットをセットで買うのが一般的です。
ロープウェイからは、ダムや布引の滝が見れますね。
もちろん山歩きで行くこともできます。
ゆっくり山林の景色を楽しみつつ、ちょっとした登山……
砂礫は若い頃、今の夫にデートに誘われて行ってみたら、いきなり山登りやって 「もう別れたろか」 と腹立てた思い出があったりしますww
……普通のデートにはヒール付きの可愛い靴を履いて行く女子は多いのですよ。
登山予定の時は予めちゃんと言いましょうね~
(^^;




