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いばら姫は2度眠る(7)

 薄暗い蛍光灯の下で、光子はひとり本を開いていた。

 目はぼんやりと文字を追うものの、内容は頭に入ってこない。



 眠れずに入った(むすこ)の部屋。

 机も椅子も残っている。ベッドの上の布団は、寝乱れたままだ。


 こうしていると、(むすこ)は林間学校にでも行っているのだ、と、そんな気分になれる。


 また帰ってくる、と容易に信じることができる。


 けれども、今夜は、(むすこ)の部屋にいても、気持ちはどんどんと沈み込んでいくようだった。


 (むすこ)が家を出て、3週間が経とうとしている。

 そろそろ落ち着いたろうと、呼び掛けたのが、いけなかった。


『明日、土日だけでも戻っていらっしゃい。良ければ千景さんも一緒に』


 何も悪いことは言っていないはずだ、と光子は思い返して小さくためいきをついた。


 わざわざ、 『千景さんも』 とまで言ってあげたのだ。

 なのに、峻の返事はそっけなかった。


『明日忙しい。やっと千景さんと休みが合うんだ。花見して、それから家具を見にいくから、帰れない』


 ちりちりと、不安とも焦燥ともつかないなにかが、胸の奥にくすぶる。


(あの子、戻ってこないつもりなのかしら)


 最初は、どのみち、そのうち嫌われて戻ってくるに違いない、と思っていた。


 (むすこ)が他人から愛されるわけがない。

 いや、万が一、そうだとしても、そんなもの(他人からの愛)など、早めに冷めるはずだった。


(だって私の子なのよ。私以外に、私以上に、あの子を愛する人がいるわけがない。

 あの子だって、分かっているはずじゃない)


 けれど、(むすこ)はまだ、帰ってこない。


(騙されてるんだわ。でなかったら、あの子が私を棄てる、なんて)


 不意に脳裏に浮かんだ 『棄てる』 という言葉に、本を持つ手が震えた。


 これまで可能性も考えなかったことだったからだ。



 ―――どこまでも出口のない、闇の中を行くようなこの20年間を、ひたすら(むすこ)のためだけを思い、耐えてきたのだ。

 心は死んでいるに等しくても、(むすこ)だけは、きちんと育てたつもりだった。


 欠かさず誉めたし、理不尽な叱責などは一切しなかった。

 丁寧にマナーを教え、人との付き合い方を教え、どこに出しても恥ずかしくない子に育てた。


 もちろん、愛情だってじゅうぶんに伝えている。

 あなたが誰よりも大事だと、泣きながら話したこともある。―――



 そうして泣いていた時、(むすこ)がどんな表情をしていたかを見ていなかったことには、光子は気づいていない。


(あんなに愛してあげたのに、あの子が私より、ほかの女を選ぶなんて)


 息子に裏切られる、棄てられる。


 その恐怖から逃れたくて必死に頭を巡らせ、やはり騙されているんだわ、と結論づけた。


(間違いを伝えなければ、あの子のためにならない……けれど、きっと聞く耳は持たないでしょうね)


 光子は考えた。


 (むすこ)が、帰ってきてくれるなら、どんな方法でも構わないが、間違えば自分が悪者になってしまうだろう。


 (むすこ)は光子にとって、人生そのものだ。

 なのに悪く思われるのは、嫌だった。


(そうね……)

 光子はそっと(むすこ)の部屋を出て、寝室に戻った。


 夫の軽いいびきを聞きつつ、戸棚から、睡眠薬の入った袋を取り出す。


 不眠の症状はしばしば現れるため、多めに持っていないと不安だ、ということもあり、「もう全部使いました」 と医師に嘘をついては、貯めたものだった。



 ―――(むすこ)からはしばしば、 「そんなものをもらうより、眠れない原因の方を、もっとちゃんと相談しろよ」 と言われたものだ。

 その度に、そんなことができるわけがない、と返した。


 医師に 「眠れないんです」 と訴えれば、即座に用意された答えが返ってくる。


「前の睡眠薬は? ……じゃあ新しいの出しておきますね。

 用法・容量は薬局でよく聞いて、きちんと守ってくださいよ。

 ほかになにか、ありますか?」


 ペンを走らせながら滑らかに話す男に、何を訴えることができるというのだろう。


 どんな不安も絶望も、この男にとっては 『仕事』 に過ぎない。

 その事実に耐えながら自らを曝すなど、できるはずもなかったし、したいとも思わなかった。


 光子が医師に求めた役割は、睡眠薬(おまもり)をくれること、ただ、それだけなのだ。―――



 音を立てないように気をつけつつ、光子は袋の中を確認すると、うなずいた。



 ざっと200錠は、ありそうだ。



(これなら、きっと(あのこ)は戻ってくる。

 もし戻らなければ、それは私がもう必要ない、ということなのだから……)


 (むすこ)から必要とされなくなれば、死んでもかまわないではないか。

 生きている意味は、それしかないのだから。


(つまりはどう転んでも、これなら何の問題もないわ)


 そう思うと、急に気分が浮き立つように軽くなった。


(あら、なんだ。こんなに簡単な、ことだったのね)


 事故を起こしてからの光子の人生は、終わりのない冷たい闇の中にいるようなものだった。

 (むすこ)がいなければ、とても耐えられなかった。


 それを、終わらせることができる。

 しかも、ただ無為に終わらせるのではない。

 (むすこ)のために、終わらせるのだ。


 最後まで良い母でありながら、この牢獄から抜け出ることができるのだ。




 自分自身を、この世から、消してしまうことで。




(どうして今まで、気づかなかったのかしら)


 光子は晴れ晴れと鼻歌をうたいつつ、キッチンへ酒を探しに向かった。




 ―――懐かしいその歌は、かつて高尾山へ登った折に峻に教えた、当時のヒット曲だ。


 センチメンタルなその歌詞を、幼い(むすこ)は 「つまらない」 と言い、「大人になったら分かるのよ」 と光子は笑ったのだった。―――




 ★★★★




 幾重にも層をなす桜の枝が、ところどころ青空を透かしつつ頭上を覆う。


 花に囲まれた運動場を、ゾウがぶらぶらと鼻を揺らしながらゆっくりと散策しているのが、なんともいえずのどかだ。


 道の隅に所狭しと花見客のシートが並ぶのも、この時期の王子動物園ならではだろう。


「きれいですね」


「だろう」 千景の歓声に、峻は少し得意気である。

「手近な場所では、ここがいちばんかな。明石公園や姫路城も見事だけど、少し遠い」


 獣臭が苦手な人は無理してもそっちに行くかな、と冗談めかすと、千景が、ふふっ、と笑った。


 広い園内を、白くまやアシカなどを見ながら歩く。


 早めに出掛けたにも関わらず、人が既にいっぱいで、なかなか良い場所が見つからないのだ。


「夜間のライトアップもあるんですね」


「もしシフトが合わない時は、夜に来るのもいいね」


 キリン舎、カンガルー舎と園内をうろうろした挙げ句、結局は遊園地の手前のベンチに落ち着いた。


 さっそく広げた弁当は、早朝から2人で作ったものだ。

 卵焼きとウィンナーの担当が、峻である。

 千景からは、ゆで卵でいい、と言われたが、絶対に作る、と主張して挑戦したのだ。


 卵焼きはやや崩れ気味であるもののなんとか巻けているし、ウィンナーにはちゃんとタコさんの切れ込みを入れている。

 それらが、千景の作ったゼリーやお握りと共に彩りよく並んでいるのを、峻は満足して眺めた。


「写真、1枚だけ撮っていい?」

 尋ねてスマートフォンを取り出し、ラインの着信に気づいた。


 珍しいことに、父からだ。


「…………」


 確認していた峻の顔が、こわばった。


「どうしたんですか?」

 (いぶか)る千景に、黙ってスマートフォンを差し出す。


 そこに表示されていたのは、ごく短いメッセージだった。




『お母さんが、入院した。

 場所は……』



……さて。光子さんヤバいなー、と分かっていても、離れると目を反らしたくなるのは人情というもので。

……せっかく息子が花見デートしてる時を (無意識に) 狙ってコトを起こすのが光子さんらしいというか…… なんというか…… まぁ……。



それはさておき。え? もちろん、さておき!


神戸周辺、紅葉の名所は少ない(有馬くらいかな?)ですが、桜の名所はけっこうあります。


東から順に行ってみましょう。


まずは、夙川(西宮市)。

阪急線だと川からすぐが駅です。電車からも、川の両脇に見事な桜が楽しめますね。

何年か前から、JRの山陽線にも 『さくら夙川』 駅、というのができて、アクセスはぐっとよくなりました。


それから千景さんと峻くんが花見デートした王子動物園。季節には園内が花で埋もれます。

獣臭に耐えて(笑)動物と桜との共演をお楽しみください。

ちなみに園内レストランの、ラーメン食べられる店からは桜に囲まれた象の姿が見えます。のどか。

窓が(大抵は)閉まってるので獣臭もほとんどしませんねー。

動物を見た後は観覧車もおすすめ。桜に覆われた景色が楽しめます。


そして、須磨山上遊園。距離は遠いめですが、山裾を覆う桜が見事です。


明石に飛んで、明石(城)公園。ソメイヨシノ以外にも、しだれ桜もあります。広い園内ですので、場所とりの苦労が比較的少ないです。


それから姫路城。いやもうここは観光地鉄板なので。たぶん、紅葉もあるけど、桜がいちばん有名な気がします。


ではー!

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【シンデレラ転生シリーズ】

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©️バナー制作:秋の桜子さま
― 新着の感想 ―
[良い点] ……ついにこの日が来た。 [気になる点] >用法・容量は薬局でよく聞いて、きちんと守ってくださいよ。 薬剤師なんかあてにしないで自分で説明して~(´;ω;`)ノシ がんばれ医者! [一言…
[良い点] ふむむ……ますます、これを砂礫さんがどう畳んでいくのか、興味津々になってきましたよ、ええ……! 期待を込めて続きを待ちます! じー。(期待の籠もった眼差し) [一言] 王子動物園とか懐…
[良い点] 光子さんの峻くんに対する決め付けがやばいっすね。 自分に都合の良い謎の信頼というか…… いや、光子さんを一方的に悪く言うのも気が引けるので、同情できる部分、共感できる部分を探しながら読ん…
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