いばら姫は2度眠る(2)
そんなはずはない、と千景は思った。
「叔父さんをはねた人の名前、覚えている?」
峻の質問の意図を、疑問を挟む間もなく理解してしまって。
そんなはずはない。
いくら、峻と千景が、交通事故の加害者家族と被害者家族であったとしても。
それさえ、不思議な偶然だ、と思っていたのに。
まさか、そんな。
急速に口の中が乾いていく感覚。
ミルクティーに口をつけたが、結局、飲まずにテーブルに置く。
「いいえ」 発した声は、少しかすれて小さくなった。
「家では、事故のことは、全く話さないんです」
亡くなった叔父を、悲しみを伴いつつも懐かしく振り返り、話題に載せることはあっても、あの事故自体は千景の家族にとって禁忌だった。
―――話せばどうしても、恨みや怒りに苛まれてしまう。それに、事故の原因を作ったのは、千景だ。
家族を守るために、千景の両親がとったのが、事故を忘れることだったのだ。―――
「それも、わかる」 峻が、うなずく。
続きを言わないで、と、咄嗟に千景は願っていた。
聞いてしまったら、心の中に何が起こるか、わからない。
「……僕は、今、話した方が良いと思って、話しているのだけれど、聞きたい?
もし、千景さんが聞きたくないのなら、ずっと黙っている、という方法も取れないわけじゃない」
未だ迷っていることが分かる、声と、言葉。
でも、今度は、卑怯だとは千景は思わなかった。
「……いつ、知ったんですか?」
「初めて……、千景さんの部屋に、泊まった、朝。叔父さんの写真を見て、それで」
2ヶ月前だ。
2ヶ月の間、峻はずっと、悩んでくれていたのだろう。
別れたくなくて、と峻は言ったが、それだけではないはずだ。
(私がショックを受けるのがイヤで……なかなか、言い出せなかったんだ)
峻には、人の気持ちを考えすぎてしまうところが、ある。
人の気持ちを傷つけるのは、峻自身が傷つくよりももっと、峻にとってはつらいことなのかもしれない。
それが弱さや卑怯さとして表れることもあるだろう。
しかし、責められるほど、悪いことだろうか。
峻が2ヶ月、悩み続けてくれた……それでじゅうぶんだ、と千景は思いたかった。
事実を聞き、それでも許すと、そう言いたかった。
けれども、もし、その事実が峻の口から語られたら、その時には。
どんな感情が芽生えるのか、千景には分からない。
(お兄ちゃん) ぎゅっと目を閉じ、叔父に祈る。
(『どんなに怒っていても、どんなに悲しんでいても、どんなに恨んでいても……人の心は、絶対に、それだけじゃない』 よね?)
千景の夢に現れる、『パンプキン王子』 になった叔父。
横暴な前王を隠居させはしたが、決して、殺そうとはしなかったのだ。
(見失いたくない) 峻が好きだ、という気持ちを。
(騙されてた、とか思いたくない。そんな気持ちで、峻さんとの思い出を、ダメにしたくない。)
だったら大丈夫だよ、と誰かが、千景の頭の中で言った。
目を開けて、峻を見る。
「ごめん、ずっと隠していて、ごめん」
泣きそうになっているひとを、慰めてあげるだけの余裕は、千景には無かった。
代わりに、教えてください、と答えた。
峻がうなずき、コートの内ポケットから、丁寧に折り畳まれた古い新聞記事を出す。
広げて示されたのは、ぐちゃぐちゃに落書きされた、叔父の顔。
千景は困った。
腹が立つのは、叔父のためだ。
泣きたくなるのは、そこに落書きをした子供の怒りと悲しみが、千景の中に入ってくるからだ。
「ここ」 峻が記事の右端を指し示す。
「加害者の名前……僕の、母親なんだ」
その名前の近くに、こんな文言が見えた。
『姪のCちゃん(4歳)を庇って道に出たところを』
違うんです、と千景は声を詰まらせた。
「それで、こんなことになるなんて、思っていなかったんです」
以前に千景のカウンセラーにも、同じことを訴えたっけ、と思い出す。
何度も同じ心の痛みを味わって、乗り越えたつもりになっていたけれど、それはやはり、見せつけられる度に、切り裂かれるように、痛い。
「バカだったけど、わざとじゃ、ないんです。信じてください」
千景さん、と、おどおどと呼ぶ声と同時に、そっと頭を撫でられる。
「知ってるよ。信じてるから」
「だって……私のせいなのに……」
千景さんのせいじゃない、という言葉を、峻は飲み込んだ。
席を立って、泣いている背中を抱きしめる。
「千景さんのせいかもしれないけれど、もういいんだよ。時は、経ったんだ」
そう言えるのは、峻が加害者側の人間であるからなのだろう。
これまでもしばしば峻は、自身の中に千景と似ているものを感じることがあった。
もしかしたら、そこで共鳴しあったのかもしれない、と思うほどに、2人は同じような傷を抱え、似た痛みを知っていた。
けれども、被害者の家族は、その事故をつきつけられる度に、心が裂け、血を流してしまうものなのかもしれない。
彼らの中では、それは蓋をし、忘れたふりをして生きる以外には道がないほど、つらいできごとだったのだ。
過去のことだ、と思えるのは、峻が加害者側の人間であるからに相違なく、そのことに峻は傷ついた。
「でも、まだ、峻さんのお母さんは苦しい思いをしているんですよ。私のせいで」
「違うよ。あれはあの人の責任」 それでも、峻は苦笑してみせる。
「昔のことに囚われてないで、いい加減に目覚めればいいんだよ。……もう、終わったことなんだから」
過去から訣別しようとすることは、ある意味では残酷だ。
ゆえに、それには技術がいる。
信じられるようになるまで、さまざまな方法で、何度でも、終わったことだ、と己に言い聞かせるのだ。
―――どんなに恐ろしく、どんなに悲しく、どんなに痛みを伴うことであろうと、それは、とうの昔に過ぎ去った出来事なのだ。―――
もしも、誰もそう思えないのなら、それができる人間が、何度でも言い続けてやればいい。
「たとえ事故が千景さんのせいだったとしても、とっくに終わったことだ。母も、そろそろ気づかないと」
人生のいちいちに意味を求めるのは好きではないが、それでも、せっかく、奇跡的に出会ったのだから。
「それに、何より、千景さんが生きていて、良かった」
峻は両手を、簡素なテーブルの上にぽつんと置かれた千景の手に、そっと重ねた。
さて、本人たちは相変わらず垂水ですが、神戸市案内はその隣の舞子へ行ってみましょう。
マリンピア神戸から海沿いに、明石海峡大橋に向かって歩いていくと、JR舞子駅近辺の公園につきます。
(普通に電車乗ってもいけますがw)
明石海峡大橋の一部(?)を使った展望台がありますね。なかなか良い景色ですが、橋は見えないです。中にいるわけなので(笑)
近くに『橋の科学館』。明石海峡大橋の建造秘話などを知ることができます。
同じ公園内にカネボウの創始者 (だったかな)の武藤山治邸、近くに孫文記念館。
なかなか面白い建物でした。
公園内?にあたるのか外なのか微妙な位置ですが、大正の和洋折衷建築で有名な舞子ホテルと……あと何だったかな、もう1つ、同じく大正建築っぽい建物がありましたね。
気候の良い時など、ゆっくり散歩するのにオススメのエリアですー。
※誤字訂正しました!報告ありがとうございます!m(_ _)m