表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/34

星の銀貨(5)

 ライトベージュのコートと茶色の帽子。その間をつなぐ、真白いマフラー。

 山陽電鉄の少し古びた駅のベンチにぽつんと座る、いかにも頼りなげな少女めいたその姿に、峻は胸を締め付けられて、しばらく立ち止まった。


 それから、また走り出す。


「千景さん」 振り返った彼女は、笑うような泣き出しそうな、そんな表情だった。

「ちょっと待ってて」


 急いで改札へ回り、ホームへ続く緩い傾斜をかけのぼる。


 ベンチから腰を上げて待ってくれていた千景にたどりつくと、もう1度その名を呼んで思い切り抱きしめた。


「どうして、こんな時間にきたの」


 口をついて出る言葉は、あまりにも凡庸だったが、千景は気にしていないようだ。

 顔を上げ、目をしっかり合わせて、照れたように笑う。


「えーと、峻さんに、詳細を伝えていなかったので」


「ラインで、って言ってたじゃない」


「ラインだと、うまく言えなかったから」


「電話でも良かったじゃない」


「うん、でも」 千景は、冬の夜風の中を走ってきた峻の頬に、そっと触れた。


「もし明日何かがあって、峻さんに一生会えなくなったら、きっと、会って直接言わなかったことを、後悔するんだろうな、って思ったから」


 冷たい頬を両手で挟んで、少しだけ背伸びし、唇に唇を重ねる。


 中学生の時とは違うな、と思った。


 初めてのキスよりドキドキしないそれは、初めてのキスより優しい気持ちになれる……


(順番! 間違えた!)


 慌てて離れようとしたら、かえってぎゅうっとホールドされてしまった。

 そのまま、キスが何度も返される。


(…………!?)


 湿ってザラッとした感触が唇の形を辿り、割って中に押し入ろうとしたところで、千景はやっと首を振ってそれを避けた。


「すみません、それちょっと初めてで……ここでは無理です……っ!」


 必死で言ってから、しまった、と後悔した。


 きっと、普通に大人になった子たちならそれくらいは、平気なのだろう。


(好きです、と伝えに来たはずだったのに……)


 現実はやっぱり難しい、と、少ししょげてしまう千景に、峻はおどおどと身を縮めた。


「ごめん……ついうっかり、勝手に盛り上がってしまって」


 千景に負けず劣らずしょんぼりしているらしい表情に、思わず笑いが込み上げる。


 申し訳ないのと一緒に、おかしい。そして、それよりも、もっと、可愛い。


(この人を大事にしたい)


 下を向いている頬にキスをすると、ほんの少しだけ伸びたヒゲが唇にチクチクと当たった。


「あのね、峻さんのことが、好きです」 手を前で合わせて、ペコリとお辞儀をする。


「慣れてませんので至らない点もあるかと思いますが、頑張りますので、宜しくお願いします」


「千景さんは、そのままでいいよ」 峻が笑った。


「むしろ、僕が頑張らないと……いろいろと」


「大事にします」


「いや、むしろ僕が、大事にするから」


 峻が千景を再び抱きしめた時、ホームに最終の電車が滑りこんできた。



 ★★★★



(えーと、困った)


 千景は学生用アパートの鍵を開けつつ、考えた。

 何に困っているかというと。


 千景の背後には、今、峻がいるのだ。


 24歳の女性にもし、彼氏なるものができたら、その男が部屋に上がり込む程度は当然である。

 知識としては、知っている。


 しかし、正直な話。

 今晩この時、告白した直後に、こうなるとは思っていなかった。


 もっとも峻は、 「危ないから送るよ」 と至極まっとうな意見を述べつつ、ついてきただけである。


 けれども、ここまで来て。


 その続きを期待しない男性というものが、果たしているのだろうか?


 1人暮らしを始める時に親に言われたのは、『男がトイレを借りに来たら部屋から出て待機しろ』 だった。


 別に彼氏彼女という関係でなくても、そうなのだ。


 もし、その関係だったならば。


 それはつまり、そういうことではないだろうか。


 ちら、と窺うと、峻はいかにも、のほほん、とした顔をしていた。


 感情を隠して上に当たり障りない笑顔を装う、カウンセラーの顔だ、と千景は思う。


 迷っている間に、鍵が開いてしまった。できるだけゆっくり、回したはずなのに。

 ドアをほんの少し開いて、振り返る。


「上がっていかれます?」


 なるべく平然と言ったつもりだったが、峻は微笑んで首を横に振った。


「いや、すぐ帰るよ。JRならまだ動いてるから、急げば間に合う」


「JR? 須磨海浜公園で降りるんですか?」


「そう」


 峻は当たり前のようにうなずいているが、確か須磨海浜公園と月見山は、少し離れていた気がする。


「月見山のお家から、遠くないですか?」


「それほどでも。30分も歩けば、着くでしょう」


 じゃあまた、と手を振った峻のパーカーの裾を、千景はいつの間にか掴んでいた。


「そんな薄着じゃ、寒いですよ。何か貸してあげます」


「……着られるかな?」


 小さいんじゃない、と首をかしげる峻を、ずるい、と思う。


「……泊まって、行ってください」


「え」 やっと言えた台詞に固まったのは、意外なことに峻だった。


「それはまだ、いろいろと準備が……っ」


「……え?」 びっくりして、聞き返す千景。


「男の人にも、準備とか要るんですか?」


「それは、まぁ……」 気まずそうに峻が横を向く。


「緊張もするし、ヘタなことしてガッカリされないか、とか心配になるし……それに、その、……用意してないし……」


 もにょもにょと何事か呟いて、靴の先を見詰めている。


 やっぱり、かわいい。

 なんだか安心して、千景はドアを大きく開けた。


「別に、何事か期待してるわけじゃないですよ」 どうぞ、と促す。


「ただ、もう少し一緒にいたいんです。お茶飲んで、ゆっくりお話するだけですから」


 これまで、こういうことを平気でする友達を、物凄く大人だと思っていたが、本当の事情はこんなものなのかもしれない。


 好きな人と、もっと話したいとか、そういうことの延長なだけ、なのかもしれない。


「じゃあ……おじゃまします」


 おずおずと狭い玄関に足を踏み入れた峻の後ろで、千景はドアを静かに、閉めた。

ち、千景さん、それは……もうちょい考えた方が……! と叫び続けの作者。笑。


この章は場所の移動が少ないので、本編で触れていない神戸市の紹介ばかりになりそうな予感。


てわけで、今回は神戸市北区の紹介です。

北区。六甲山の北側のあたりですね。

ここは全国的に有名。

有 馬 温 泉 でございます。

有馬のお湯は『金泉』(赤茶けた鉄分の多い湯)と『銀泉』(無色透明の湯)に別れていて、旅館によってどっちかが出るはず。


日帰り施設としては太閤の湯が有名。ここは『金泉』『銀泉』の両方に入れますね。なかなか広くて過ごしやすい施設です。


あと、有馬といえば玩具博物館。

こちらも、あまり大きくはないですが、子連れなら1日遊べるボリューム。温泉目的に行くときは、玩具博物館は後にした方が良いです。

引き離すのが大変です。


有馬温泉駅の周辺には、昔ながらの温泉街が広がっており、散策も楽しいですよ。名物は温泉饅頭、炭酸せんべい……だったかな?

有馬人形筆なんかも可愛らしいお土産ですね。


ではー!

(感想返信遅れててすみません!必ずいたしますのでお待ちくださいませ m(_ _)m)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
i427620
【シンデレラ転生シリーズ】

i420054

i420053

©️バナー制作:秋の桜子さま
― 新着の感想 ―
[良い点] 勢いってコワイですね!w >その続きを期待しない男性というものが、果たしているのだろうか? いません!(断言!w >「……泊まって、行ってください」 千景さん!? 言っちゃったよー…
[良い点] どきどきわくわく~(∩´∀`)∩ どんどんぱふぱふ~♪ [一言] >23歳の女性にもし、彼氏なるものができたら、その男が部屋に上がり込む程度は当然である。 そ…そうなのかぁ…(;'∀')…
[一言] 大胆! 大胆過ぎるよ! 男は、というか人間て相手が譲る姿勢を見せると都合よい解釈をする生き物ですからね。ここまでしてしまうと何があっても自己責任な部分が出てきてしまいます。 自分が親だったら…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ