星の銀貨(4)
『ある所に、貧しい女の子がいました。
お母さんは亡くなってひとりぼっち。ついには、着るもののほかにはパンひとかけしかなくなり、暗い道をとぼとぼと、あるいておりました。
それでも女の子は、誰も恨んだり、いたしません。
「私はまだ、恵まれているわ。パンがあるし、着るものだってあるんだもの」
そうして、神様に心から感謝していたのです。
しばらく行くと道のむこうから、おなかが空いて倒れそうになっている男の人がやってきました……』
峻は自室でグリム童話 『星の銀貨』 を読み返していた。
次に天文科学館で行われる朗読会用の童話を、これにしようと、ふと思ったからだ。
―――ヒロインの貧しい少女は、道で出会う人々に全てを与えてしまい、最終的に何もなくなって途方に暮れているところに、神様 からのご褒美らしき出来事が起こる。
上等な服を身に纏い、星が銀貨となって降ってくるのだ。その銀貨のおかげで少女は裕福になり、幸せに暮らす。―――
あまりにも教訓的なストーリーと、ヒロインよりは余程持っているくせに、ヒロインにモノをたかる人々が気に食わず、これまで朗読しようと思わなかった話である。
しかし、昼間、千景との会話で峻が連想したのが、 『星の銀貨』 だった。
思えば千景には、 『星の銀貨』 のヒロインと似たところがある。
持てるもの全てを、身を削っても与えそうなところがあって、そこが危うい気がしてしまう。
現実には、与えたからといって報われるとは限らない。
いかに与えられても満ち足ることを知らない者たちが、持てるものを全て、むしりとっていく。峻の母親のように。千景の祖母のように。
そして、見ていて報いてくれる神様など、いない。
(せいぜい裸で行き倒れているところを、金持ちの道楽者が気紛れで拾ったってところだろ)
童話の世界ではなく、現実に生きる人間は、与えることではなく、むしり取られて丸裸にならぬよう、身を守るすべを覚えなくてはならないのではないか。
『星の銀貨』 は、今の世の中にはあまりにもそぐわない……しかし、この話が美しいのも、そのそぐわなさ故である。
(書き直してみるか)
しばらく、朗読勉強用のノートにペンを走らせてみる。
思いつくままに、現実味があり聴者の共感が得られる設定をいくつかあげてみる……が。
(どれもだめ、だな)
銀貨は天から降ってくる星であるからこそ美しいのであり、人間がそれをもたらすのでは、納得感はあっても大して良い話にはならないようである。
行き倒れて天国へ行きました、では読む意味が全く無い。
ノートを机の上に投げ出して天井を仰ぎ、両手で顔を覆う。
与える者の美しさはわかる。
峻にとってそれは千景であり、だからこそ、この話を朗読したいと思ったのだ。
けれど、峻には与える者の気持ちがわからない。
むしろ、怒りが湧く。ヒロインはなぜ、持てる者からむしり取られなければならないのか。
なぜ現実にはいない神様以外に、ヒロインを見守りかばう存在がいないのか。
(千景さんなら、わかるだろうか)
千景の写真を見ようとスマートフォンを出して、ラインが来ていることに気付いた。
1件目の時刻は、1時間前。
千景
『言いたいことがあるから、そっちに行きます』
(うさぎが物凄い顔でダッシュしているスタンプ)
2件目は、15分前。
千景
『月見山の駅に着きました。どっちに行けばいい?』
3件目、今しがた。
千景
『駅で待ってます』
「………………っ!」 峻は頭を抱えてうめいた。
「まじか……」
どうして気付かなかったんだ、と自責の念に駈られつつもラインを送る。
壁に掛けていたパーカーを急いで着て部屋を出、両親を起こさないようにそっと、階段を降りる。
静かに玄関のドアを閉めると、峻は夜の道を走り出した。
★★★★
駅の横から続く、昔ながらの商店街を、ぽつんぽつんと置かれた蛍光灯がぼんやり照らす。
昼間はそこそこ賑わうだろう通りにも、月見山駅の構内にも、人影はまったく無い。
時計は、11時をまわっている。
「やっぱり……急に出てきても、無理だったかなぁ」 そばの自販機で買ったミルクティーのペットボトルで手を温めつつ、千景は真白いマフラーの中で首をすくめてひとりごちた。
「終電きたら、帰ろ……」
吐く息が夜目にも、白い。
この静かな住宅街でこんな時間まで起きているのは千景ひとり、のような気もする。
もう峻も寝てしまっているのかもしれない、と、千景はポケットの中のスマートフォンを取り出した。
気づいていれば、きっとラインに返信をくれているはずだ。
もし返信がなければ、次の電車で戻ろう、と画面を確認する。
「あ」
ラインに、新しいメッセージがきていた。
峻
『今から行くから、そのまま待ってて。気づくの遅れて、ごめん』
スマートフォンの端に額をあて、千景は、よかった、と呟いた。
(今日、会えるんだ)
―――あったら、ちゃんと、伝えよう。―――
今回『星の銀貨』はあまり心理学的な解釈の関係ない話になっていますね。楽しみにして下さってた方、おられたらすみません!
さて、12月の神戸といえばルミナリエ。
三宮~元町間あたりかな?の道が、イルミネーションで彩られます。最後の会場は圧巻。
人混みが嫌であれば、適当なお店を予約してディナーがてら上から眺めるとかもあり。
贅沢ですねー未婚のリア充さんにオススメですよーつんつん。
震災からの復興を願って始まった後、募金や寄付でずっと続いてる、いかにもクリスマスっぽいイベントですが……
実は、開催期間は12月の上旬だけなのですね。意外と短いのです。
待っている頃にはまだ始まらず、気になった頃にはもう終わってる、という年も最近は多いですね (作者がトシなだけ……?)
というわけで、12月上旬に神戸に行く人は要チェック! なのです。
ではー!




