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星の銀貨(1)

 =12月29日(木)=

 峻

『なにしてる?』


 千景

(世界一有名なネズミがブラシを持って汗とばしているスタンプ)

『大掃除です。峻さんは?』


 峻

『宿題。アメリカの心理学誌から論文を拾ってレビューを作る』


 千景

(うさぎが両手をあげてのけぞっている)

『難しそう! 英語?』


 峻

『ドイツ語よりは読みやすいよ』


 千景

(また、両手をあげてのけぞるスタンプ)

『ドイツ語も読めるんですか?』


 峻

『少しだけ。得意ではない。千景さんだってフランス語できるでしょ』


 千景

(猫が膝を折り両手をついて、うなだれているスタンプ)

『片言ですよ……』


 峻

『片言でも、できる、でいいんだよ。

 それより、3日の初詣。どこに行く?』


 千景

(うさぎがあごに手をあて、首をかしげて考え込むスタンプ)

『あまり詳しくないんです。

 阪神間だと、中山寺? 門戸厄神? 廣田神社? 西宮えびす……は西宮だから、ちょっと行きにくいですよね?』


 峻

『その選択だと、西宮えびすは行きやすい方かも。阪神で一本だから。

 ほかは、西宮から乗り換えたりで、少し面倒』


 千景

『今、調べました。三宮の方に、生田神社がありますね。勝利の神様。

 あと、湊川神社? これどこなんでしょう?』


 峻

『そこいいかも。高速神戸のすぐ前だよ。

 高速神戸とJR神戸駅は地下でつながっているから、行きやすいと思う』


(ぱっ、とランプがともるスタンプ)




 ここまで読み返して千景は少し笑った。

 去年、最後に会ったときにラインのスタンプのことを少し話したら、ここで使ってきた。

 もしかしたら、使うタイミングをずっと測っていたのかもしれない。

 なんだか、可愛いと思う。


 高速神戸駅から階段を登ってすぐの出口で、千景は峻を待っていた。


 空は正月3ヶ日にふさわしく青く澄んでおり、空気はそこから直接寒さが降りてくるように冷たい。

 目の前に神社の鳥居が見え、その下はのろのろと動く人であふれかえっている。


(少し早く着きすぎたなぁ……)


 千景は真白いマフラーに頬を埋めるようにして、手に持った小さな紙袋をちらりと確認した。


 昨日、実家で作ったクッキーだ。



 ―――さすがに2回続けて 『考え中』 も無いだろうと、今回は手書きのアイシングで 『あけましておめでとうございます。』 と入れ、年賀状っぽくしてみた。


 家族の分も作ったのに、弟に素早く 「姉ちゃん、それオトコ用?」 とつっこまれた。


 高校生、侮り難し。


「いや……そんなわけじゃ……」


「いい人なら捕まえときなよ。じゃないと姉ちゃん、一生独身になりそう」


「うるさい」


「まぁまぁ。クッキー、グッジョブ」


 ニヤニヤと親指など立ててみせる弟。昔ツルツルすべすべだった頬にも今は、ニキビができていた。―――



 グッジョブ、というほどグッジョブとも思わない。


 ただ、作っている間、年末に峻と会ったときにした会話だとか、その時の彼の表情を思い出していただけで。



 ―――「クッキーのお礼」


 珍しく峻の方から呼び出しが来たと思ったら、照れくさそうな顔をしながら、デパートの紙包みを渡された。


 大丸の中の、全国チェーンを展開しているカフェでのことだ。


「包装の種類があまりなくて……もっと可愛いのにしてもらえるかと思ったんだけど」


 変なところで言い訳をしつつ、スコーンにバターを塗りつつ、 「開けないの?」 という目線をチラチラと向けられる。


「……開けていいですか?」


「どうぞ」


 出てきたのは、真っ白のカシミヤマフラーだった。

 いつだったか、「白は汚れやすいから、欲しいけど買わない」 と話したのを覚えていてくれたのだろうか。


「ありがとうございます!」 クッキー1枚にちょっと、と気になりながらも、まずは笑顔で礼を述べた。


 さも気に入った、というように (実際、気に入ったけれど) その場で巻いて見せる。


 心を込めた贈り物が、心から喜んでもらえない時の寂しさは、千景もよく知っているから。


『貰いすぎ』 が気になっても、うまく言うことはできなかった。


 代わりに、尋ねてみる。


「クッキー、どうでしたか? 甘みを抑えて素材感を出してみたんですけど……」


 すると峻は、ちょっと困ったような申し訳なさそうな、恥ずかしそうな表情で 「まだ、食べてないんだ」 と言った。


 思わず、目を丸くする千景。


「えええ? 湿気(しっけ)ますよ?」


「もったいないから、飾ってて」


 おずおずと見せてくれたスマートフォンの画像は、100円ショップで調達したらしいボックスフレーム。

 中に丁寧に敷かれた、ふわふわの紙パッキンの上に、『考え中』猫スタンプクッキーが鎮座ましましていた。


「紙の裏に乾燥剤入れたから、そんなに湿気ないとは思うんだけど」


「食べてください!」 自信なさげな峻に、千景はキッパリと言い渡していたのだった。


「また、作ってあげますから!」―――



 そういうわけで、つまり今回、千景が新たにクッキーを作ったのは、過分なプレゼントのお礼。

 そして 『考え中』 の方を、カビが生えるまで保存されたりしないためである。


 胃袋を掴め、とか、そういう話ではないのだ。


(作っている間、ちょっと幸せだったけど……)


 峻なら、きっと喜んでくれるだろうという確信が、ふわふわと足元を浮き上がらせた。


 これまで千景が考えていたのは、『人に喜んで貰えるよう一生懸命、頑張らなければならない』 ということだ。

 心を込めて気をつけて、できる限り上手に、ミスのないように。


 それはそれでできなくてはいけないことだし、プロを目指すなら当然のことでもある。


 けれど。

 千景は純白のマフラーに口元を埋めて、その時の感覚を思い出していた。


 ――― 人に喜んで貰えるのを期待して作るのって、こんなに楽しかったんだ ―――



「千景さん」 穏やかな声に顔を上げると、湊川神社の黒い門と青空を背景に、峻の笑顔が目に飛び込んできた。


「待たせた?」


「いえ、少しです」 かぶりを振り、少し緊張して挨拶する。


「あの、お久しぶりです」


「そう? 僕はそんな感じしないけどな」


「そうですね、よく考えたら、1週間、あいてませんもんね」


「そうそう、1週間足らず……たった5日程度、だから」


 その5日間が、どれだけ息苦しかったことか、と峻は考えていた。


 普段はボランティアだの研究だのカウンセリングだのと、理由をつけては母親を避けられても、盆と年末年始だけは、そうはいかないのだ。


 宿題を盾に自室に立て籠る程度が関の山である。

 あまり頻繁にはしないよう抑えたが、千景とラインでつながれることが、どれだけ救いになったろう。


「割としょっちゅう、千景さんのこと考えてたからかなぁ」


 本当のことでも、言うのは、ずるいかもしれない、と思うことがある。


 困らせる、引き留める、絡めとる。


 穏やかな表情と口調で、自分は何をしようとしているのだろうか。


(よく考えて、返事はゆっくりでいい……か)


 去年、千景に初めて気持ちを伝えた時には、これまたずるく、大人ぶってそう言った。


 けれども本当の峻は、それほど、大人ではない。

 昔、千景の明るさに勝手な幻想を抱き彼女の気持ちを傷つけたガキと、さほど変わらないのだ。


 彼女にすがりつきたい、自分が救われるために。

 だから、守るふりをする、元気づけるふりをする、何も期待していないふりもする。


 けれど、どんなにずるくても、汚いことをしても、彼女を自分のものにしたいと思うようになってしまった。


「……すみませんけど」 千景が上目遣いに1度、峻を睨んでから横を向く。

「私は、そんなに峻さんのこと考えてませんでしたから」


「……それ」 峻が、千景の腕に下がった紙袋を指した。


 開いた口から『あけましておめでとうございます。』の文字がアイシングされたクッキーが見えている。


「僕に?」


「……はい」 悔しそうな、顔。

「言っときますけど、家族のついでですから」


 紙袋を受け取り、峻は「ありがとう」 と千景を抱きしめる。


「すごく、嬉しい」


 案の定、千景は固まって、それからマフラーの下でもごもごと、「これ、道行く人が生温かい目で見る案件です」 と言った。

千景と峻が年末にお茶したのはJR元町駅前、大丸神戸店 (たぶん) 2Fのアフタヌーンティー。


神戸案内というならせめて、三宮フラワーロードのケーニヒス・クローネにでもすべきじゃないか?

とは思ったのですが!


いや作者、普通にアフタヌーンティー好きだから…… ここのスコーンはかなり本格的らしくて、1人でお茶してると 「ずっとイギリスで食べたスコーンと同じものを探してたら、ここのを食べて、ああこれだ、と思った」 みたいな話を老紳士がしてくれたりします。

スコーンネタで素晴らしく感動系な話をきいたこともあったけど……忘れました(爆)


オープンな雰囲気で子連れでも入りやすい。

大丸行くと、子連れだからアフタヌーンティー ⇒ 1人でゆっくりできるからアフタヌーンティー。

つまりは鉄板で、アフタヌーンティー。


普段はコーヒー派ですが、こちらではグリーンハーブティーを頼むことが多いです。

胃の調子が悪いときに飲むと、スッキリしますよ。


ちなみに峻はこのとき、待ち合わせ前に1Fの婦人小物売り場でプレゼント買ってます。


峻 「プレゼント包装お願いします」

店員「はい。どちらになさいますか?」

峻 「じゃあ……こっちで(もっと可愛い包装があると思ってたのに!)」


ではー。

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【シンデレラ転生シリーズ】

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©️バナー制作:秋の桜子さま
― 新着の感想 ―
[一言] 星の銀貨なんて作品があるんですね 星の金貨(ドラマ)なら知ってるんですよ…… 興味深いです!
[良い点] 前回の峻くんが妙に落ち着いていると思ったら、そういうことでしたか!! 峻くんの考えすぎで不安定な感じが、とてもリアルです! >使うタイミングをずっと測っていたのかもしれない。 >なんだか…
[良い点] >「姉ちゃん、それオトコ用?」 いいですねぇ~♪ >もったいないから、飾ってて 普通そうでしょ?違うの? >「千景さん」 さん付けの方好き(好みの問題w) >案件 ほっとしたけど、皆…
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