塔の中のラプンツェル(5)
『ラプンツェル』 は、魔女により出入口のない塔の中に閉じ込められて育った、女の子の名前である。
―――赤子の時に魔女に渡され、塔の中で1人育った、ラプンツェル。
外から来るのは育ての親の魔女のみ。
「ラプンツェル、ラプンツェル、お前の髪をたらしておくれ」
と塔の外から魔女が呼べば、髪を塔の窓から垂らして梯子代わりにして魔女を塔の中へと運ぶ。
ある日ラプンツェルの存在を知った王子が塔にやってくるようになって、秘めた関係が始まる。
その関係はやがて魔女にばれ、ラプンツェルは塔から追い出されて荒野をさまよい、それを知った王子は塔から身を投げて盲目になり、ラプンツェルを探す旅に出る。
旅の果てに2人は再会し、王子の国で幸せに暮らす。―――
月見山の実家に向かう山陽電車の中で、峻は 『ラプンツェル』 のストーリーを思い返していた。
グリム童話における『魔女』は大体 『母親の暗黒面』 と解釈されるが、『ラプンツェル』 の魔女をそう解釈すると、若干、違和感が残る。
魔女とラプンツェルの間に、母子関係を示唆するほどの濃いつながりは、ない。
このストーリーでは魔女は明確に『育ての親』 であり、また 『たまの来訪者』 でしかないのだ。
確かに、『塔に幽閉』 というモチーフは 『閉塞した母子関係』 を表している、ともとれなくはないが。『母子関係』に限定するのではなく……
(どっちかというと、『社会の持つ暗黒面』 というか……いや、『暗黒面』 というには優しいか)
現代に合わせて考えるならば、『塔の中の姫』 は、『固定された概念や社会的通念に束縛される人』 と捉えることもできそうだ。
(千景さんの場合、『周囲の思い込み』が 『塔』 にあたり、『魔女』は 『良い子、であることを無意識のうちに彼女に強いている人々、あるいは彼女自身』 になりそうだ)
そう考えれば、なかなか抜け出すことができないのも、納得できる。
『出入口の無い塔』 は 『閉塞した状況』と同時に『堅牢な守り』 でもある。
―――つまり、いくらその状況に不幸が残っているにしても、『ラプンツェル』 にとってはそこが 『安住の地』 でもあるに、違いないのだ。―――
連れ出せるだろうか、と峻は考えた。
千景を、塔の中から。
母親に囚われ、まだ何ひとつ断ち切れていない、自分にできるのだろうか。
(カウンセラーとしてなら、できる、かな……)
けれども、何も持たない峻自身としてそれを望むなら、未来は果てしなく、不確かだ。
★☆★☆★
峻が帰宅した頃には、冬の初めの日はすでに傾き、金星がうっすらとその姿を顕していた。
「はい、お土産」
神戸駅近くのモロゾフで買ったプリンを母親に渡すと、普段は沈んでいることが多い顔に、笑みが浮かんだ。
その笑みが嬉しかったこともあったが、今では少し、ぞっとする。
―――子供が檻に入っていることを確認する、魔女の微笑。―――
「お茶を淹れるわ。お父さんも呼んで」
言われて、父の部屋を覗く。
父は、古いアルバムを見ていた。
紅葉を背景に、こぼれんばかりの笑顔の母とまだ幼い峻が写っている。
また母親に何か言われたのだろうか、とその背中を見ていると、父が振り返った。
「今日お母さんと須磨浦公園に行ってきたんだ」
「それで母さん、機嫌いいんだ」
「機嫌……良かったか? 高尾山の紅葉がいちばん良かった、と言われたんだが」
「そんなこといつもだろ。『私があんな事故さえ起こさなければ、東京にいられたのに』って、口癖じゃないか」
そうだな、と父はうなずき、昔の写真を撫でた。
この写真を撮った時は確か、どんぐりや落ち葉を拾ったり、ごろごろの岩を超えたりするのがとても楽しかったのだ。
登山楽しい、と言うと両親は喜んで、峻が小学生になったら泊まりがけで富士に登るか、と計画を立てていた。
山で満天の星を見ながらコーヒーを飲む、アストロコーヒーというんだぞ、と父が嬉しそうに教えてくれたのを、峻はまだ覚えている。
「プリン買ってきたんだ。母さんが、お茶にしようって」
「そうか。早く行かないとまた、機嫌が悪くなるな」 父が立ち上がり、アルバムを書棚の下にしまった。
「なぁ、峻」
「なに」
「お前、1人暮らししてもいいんだぞ」
唐突な言葉に、思わず見た父の顔は、真剣だった。
「僕の収入じゃ厳しいよ」
「少しは援助できる」
「母さんが、ますます父さんに当たるようになるだろ。帰宅してみたら2人揃って自殺してたらシャレにならないよ」
父の顔が、わずかに歪んだ。
「そんなこと、するはずがないだろう」
わからない、と峻は思う。
長い年月、逃げ場のない檻の中で耐えてこられたのは、父とふたりだったからだ。
父もおそらく、そうだろう。
もし峻が両親を見棄てたら、彼らはどうなるか、わからない。
「考えておきなさい。……お前は私たちのことを心配しているが、私たちも峻が心配なんだよ」
ムカッ、とする。
これまでの年月を、そんな綺麗事で片付けようというのか。
どこにいても、いつでも、母親が囁き続けた呪いは頭の中で繰り返されるというのに。
―――あなたにできるわけがないでしょう。あなたが愛されるわけがないでしょう、あなたは何の取り柄もない私の子よ―――
「父さんはともかく、母さんは違う」 激情を抑えて、静かな声を出すのは得意だ。
「あの人は自分のことしか考えていない」
「そうじゃないんだ。落ちたところから、抜けだせないだけなんだよ……父さんも頑張ったが、無理なんだ。
峻を巻き込んで、済まなかったと思っている」
今さら、何を今さら。
峻は強く拳を握りしめる。
謝るなら、返してくれ。
あの事故以来、心を殺して生きてきた年月を。
「離婚すれば良かったじゃないか」
「それはできない」 父はきっぱりと首を横に振った。
「父さんは、死ぬまでにもう1度、母さんと富士に登りたいんだ……できれば、峻も一緒にな」
「…………」
一瞬、めまいを感じて、峻は目頭を押さえる。
父は、そんな夢を、まだ見ていたのか。
表面上は無難に取り繕いつつ、中身は崩壊しているような家族の中で。
「付き合えるかは、わからないよ」
考えておいてくれ、と父が言う。
「お茶はいったわよ」 母親の明るさを装う声に呼ばれ、父子の会話は、そこで途切れた。
峻の自宅、月見山は神戸市須磨区にあるプチ観光地です。
須磨の全国的な知名度はそんなでもないかな……
海と山が近い、そういう意味で神戸らしい街です。
山陽の月見山の駅から海側に行くと須磨海浜水族園(JR須磨海浜公園駅)、その隣に海水浴場(JR須磨駅近く)。
平家の落人伝説(かな?)で有名な須磨寺(山陽 須磨寺駅)は若干山側です。笛が吹けて優雅かつ勇ましい美少年・敦盛くんの首洗場や首塚などもあったような。
ちなみに作者は昔母から「うちは源氏だから平氏には近づくな」と教えられた記憶が……いつの時代や!ww
月見山駅から山側に歩くと須磨離宮公園。
今回、峻の両親が紅葉狩りに行ったのは須磨山上遊園。山陽・須磨浦公園駅からモノレールで上がります。
ブラタモリ(だったかな?)にも出たことのある、世界一乗り心地が悪い乗り物・カーレーターに乗ると展望台までいけます。
その後、リフトでさらに奥へ行けば梅林なども。
予約しとけば手ぶらバーベキューができます。
少し大きなお子さん連れもオススメですね。乗り物がたくさん!
※ 12/19・12/22 誤字訂正しました! 誤字報告下さった方誠にありがとうございます! m(_ _)m




