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2話

「そこの美人のおねえさん」


 そう呼ばれて何人かの女性冒険者が振り返ったのが見えた。


 振り返った人たちはたしかに『美人』と呼べるだろう。

 モリーンは自分の美的感覚にも自信がないので、顔の造形やスタイルについてはよくわからない。

 しかし『美人』と言われてすぐに反応できるその自信は、たしかに美しく、うらやましいものだった。


 モリーンは冒険者ギルドに併設された食堂、その端っこのほうで縮こまって、成り行きをなんとなく目で追う。


 冒険者ギルドはいつだって猥雑な雰囲気に包まれていて、タバコと酒のにおいがいつだって漂っていた。

 稼いだ日銭をパァッと使って酒を飲むのがなによりの楽しみだ、と言わんばかりにみな毎日どんちゃん騒ぎをしている。

 いぶされたようにテカる木製の壁にいくらか見える補修あとは、酒が入りすぎた冒険者たちが自慢の腕力を競い合ったあとだった。


 まあ、やりすぎるとギルドマスターが――最近はその孫が――出てきて、騒いだ冒険者たちをまとめてオトして外に放り出す。

 だけれど、基本的にここでは『ケンカそのものを禁ずる』ということはないし、ケンカが始まるとサッと賭けの胴元を始めるような者も常駐している。


 ケンカが大好きな冒険者たちは今日もまた火種を見つけた。

 先ほど『美人』と呼ばれて反応した女性たちのあいだで、バチリと火花が散ったように見えた。


 モリーンも冒険者生活が長いので、ケンカの気配みたいなものがつかめるようになっている。

 このカンがダンジョン探索での危機察知にも役立てばいいのだが、そちらのほうはいくらやってもサッパリで、ケンカの気配を感じるたびに『もっと生活に役立つ直感がほしい』と心の中で嘆き、ため息が出るのだった。


 危機感が足りない。

 だが、まあ、ある意味でそれは仕方がないのだった。


 何度も死ぬ――死ぬ『ような』、ではなく、死ぬ――修行を、やった。

 人は死んだら終わり、というのが常識的なこの世界で、世界の法則の外側にある修行を、やったのだ。


 それ以来、なにがあっても危機感が全然わかず、一緒にパーティーを組んだ人たちをうっかり死地においやることも珍しくない。


 どうして自分はこんなにダメなんだろう――もはやおなじみとなったネガティブ思考のスパイラルに巻き込まれ、モリーンはまたため息をつく。


 ともあれ、今日も『後輩』を見つけて鍛えることはできそうにない気持ちだった。

 こんな後ろ向きな気持ちで指導されては、若輩冒険者も迷惑だろう。


 今日も一人で依頼をこなして帰ろう――モリーンはそう決意し、立ち上がる。

 このままここにいてケンカの巻き添えをくらっても面白くないし、美人決定戦(腕力)の結果にもさほど興味がなかった。みんな違って、みんな美しい。それでいいでしょうに。


「美人のおねえさん」


 反応した人数が多すぎたせいか、もう一度、同じ声が聞こえた。


 よく聞けば幼い子供のような声だった。


 ちらりと見れば、真っ白い髪と真っ白い肌、なにより左右で色の違う瞳が特徴的な、十一、二歳ぐらいの女の子が見える。

 粗末で布の少ない服装と大きな荷物と、ボサボサの髪をどうにか整えるためにぎゅっと結んだような、ひっつめられた髪型が特徴的だった。


 魔族だ。

 モリーンと、同種族であった。


『魔族』。

 それは両親どちらとも違う種族として生まれることから、『魔物にはらまされた子』という意味のこめられた、侮蔑的(ぶべつてき)な呼び名だった。

 しかしそのルーツを知る者もだんだん減ってきているようで、今では普通に、侮蔑的な意味もなく『魔族』という呼称を使う者も増えた。


 一昔前であれば魔族の子供がたった一人で冒険者ギルドに来るのは危険だった。


 だが、今はそうでもない。

 王都全体の治安が、ここ数年で飛躍的に向上しているのと――

 とある人物の宣伝戦略が成功し、この王都においてのみ、魔族というものは一定の地位を得ているのだ。少なくとも、種族を理由に馬鹿にされることはだいぶ減ったように思える。


 モリーンはその宣伝戦略に無関係ではない。……というか、『顔』だった。

 表に立って、魔族の地位向上のための、広告塔となったのだ。

 自分の中に誇れるものなどほとんどないモリーンではあるが、自分のおかげで差別される魔族の子供が減ったということだけは、彼女もささやかに誇っていた。


 たった一人で堂々と冒険者ギルドにおとずれた少女を優しくほほえんで見つめ、モリーンは依頼の貼ってあるギルドボードへと向かう。


「おねえさん!」


 ……その声がはっきり自分に向けられたものとわかったのは、少女に腕をつかまれたからだった。

 モリーンは目を白黒させる。腕をつかんだ少女はまっすぐに自分を見つめていて、どうやら彼女がさっきから呼びかけていた『美人のおねえさん』は、自分だったらしい。


 こんな猫背で魔導杖にすがりつくように歩く自分なんかが、美人。

 そう言われて、モリーンはおどおどした。


「あの、人違いでは?」


 モリーンは交友人数が少ないので、知り合いは全員覚えている。

 その中に、目の前の少女はいなかった。絶対に初対面だ。呼びかけられる理由がない。


 ……実のところ、魔族地位向上の広告塔となるため、『ダンジョンを七つ制覇する』とかいう過剰な実績を積んだので、その後は声をかけてくる人も増えたのだ。

 けれどモリーンにあまりにもコミュニケーション能力がなかったせいか、その時に増えた『知り合い』とは疎遠になり、最近ではもっぱら、かねてからの友人たち以外に声をかけられることがなかった。


 たしかに、魔族の地位向上のために、活躍をした。


 けれどそれは『とある人』の全面的なプロデュースがあって、初めて人に認められた実績だった。

 友人たちは『モリーンの実力あってこそだ』と褒めてくれたけれど、実力があることと、人に愛され、人に求められることはまったく違う。


 実力だけで人気が出るならば、モリーンの師匠とも言える人は、今ごろ、世界じゅうで大人気のはずだ。

 しかし本人が望んだのかその実績は喧伝されることがなく、一部の人のみの知るところとなっている。あと人格が問題。


 モリーンは自分の人柄や宣伝力では人に愛されることなどないと自覚していた。


 師のような『ヤバさ』はないが、人と接するのが苦手なので『なにを考えているかわからない』と思われ、忌避される――そういう人格だと、自認していた。


 卑屈。


 そして造形による美醜がよくわからないモリーンにとって、美しさとは『自信』だった。

 だから、美人と呼びかけられた時点で自分ではないと、そう判断していたのだ。


「おねえさん、モリーンさん……様、だよ……ですよね?」


 まるで人前で恥ずかしい秘密をバラされたかのように、動悸が激しくなる。


 モリーン様――そう呼ばれたことは、実は、ある。

 あるのだが、『様』と呼ばれるほど大した人物ではないと自覚するモリーンは、呼ばれるたびに『やめてほしい』と、か細くうったえた。

 その努力が実を結び、最近は『様』と呼ばれることがなかったのだ。


「あの、わたくしは……モリーン様などと、様をつけて呼ばれるような、そのような、たいそうな人物ではございません。わたくしなんかがそんな、過分です」

「でも、あたし……えっと、わたしにとってモリーン様はモリーン様ですから! 誰よりも美しいおねえさんです! 超すっごいおねえさんですから!」


『ですから』ではないです。


 モリーンは助けを求めてあたりを見回した。

『美人』と呼ばれて反応した人たちが割って入って、自分の美しさを主張してくれたりしないかな、とそう期待したのだ。


 けれど『美人』呼びに反応した人たちは、浮かしかけていた腰を下げ、成り行きを見守る状態になっていた。

 モリーンを見る目はどこか優しい――『お前にゆずるよ』とでも言われているかのようだ。


「と、とにかく、わたくしに用事なのでしたら、場所を移しませんか?」


 もはや注目が集まりすぎていて居心地が悪かった。


「話を聞いてくれるんですね! ありがとうございます!」


 女の子は嬉しそうに言った。

 モリーンは『しまった』と思ったが、出した言葉は引っ込められない。時間遡行でも使えたらよかったのだが、師でさえ使えない技術を自分が使える道理はない。


 観念して、ため息をつき、持っていた杖に両手でしがみつく。


「……では、お話をうかがいます。場所は……そうですね、『銀の狐亭』でいかがでしょう?」

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