13話
死因、尊死。
こんな死に方する人は初めてでしたよ、とアレクに興味深そうにされながら、ミシェラは修行から解放された。
「ところでアレク様、どうやってわたくしとミシェラさんを戦わせるおつもりだったのですか? わたくしの側には、戦う理由が全然なかったのですけれど……」
もう済んだことではあったが、地味に気になる。
その疑問に、アレクは意外そうに首をかしげて、答えた。
「別になにも」
「……はあ、では、最初から、ミシェラさんをわたくしと戦わせる気はなかったと?」
「いえ。ミシェラさんみたいな必死に努力してもとどかない目標に向かっている子に、あなたは協力を惜しまないと思っていただけです。戦いたいと言われれば、戦ったでしょう。ですが、まあ……」
「?」
「二週間であなたと並ぶ実力者に鍛え上げるのは、さすがに見立てが甘かったかもしれません。ミシェラさんのステータスの伸び悩みはとても早かった。あなたやロレッタさんほどの才能は、彼女にはありませんでしたよ。そういう人こそ、短期間で強くしてさしあげるべきなのですが、俺の力不足です」
モリーンの隣にはミシェラもいるのだけれど、アレクは全然気を遣うそぶりがない。
彼は修行者に対してズバズバと事実を言う傾向がある。
「そして、俺はモリーンさんに言うべきことを、言っていなかったらしい」
唐突にそんなことを言われて、モリーンはぎくりとした。
なにかアレクに怒られるようなことをしただろうか――そんな想像が真っ先によぎったのだ。
けれど、アレクは笑みを柔らかくして、こんなことを言う。
「あなたはよくやっています」
「……え?」
「あなたの才覚や努力について、認めてはいました。けれど、ハッキリとねぎらったことはなかったように思いましてね。……どうにもあなたは自己評価が低いようだが、俺もまた、自己評価が低いせいか、『自分なんかに褒められてもな』という気持ちがありまして」
「ああ……」
すごくよくわかる。
自分の価値が低いと、価値の低い自分なんかが他者を褒めるのは傲慢なのではないか? というのが頭によぎるのだ。
「だから俺は、つとめて客観的事実だけを告げるようにしてきました。あなたへの賞賛はしたことがありますが、それは、数字上の事実を見て告げていただけです」
「……わかります。わたくしも、そうです」
「しかし俺も最近、多数の人から怒られましてね。……まあ、妻などには以前から言われていたようなのですが、姉……的な人に怒られてようやく理解しました。なので俺は、あなたを褒めましょう。数字によらぬところを、努力とか、精神性とか、そういうものを、面と向かって賞賛しましょう」
「……」
「……………………すごく、えらい」
アレクがまじめくさった顔で言うもので、モリーンは思わず吹きだした。
褒め方がへたくそすぎる。
アレクも自覚があるようで、あごに手を当て、首をひねっている。
「『いいよ! キレてるよ!』とかのほうがよかったですかね」
「意味がわかりませんわ」
「まあそういうわけで、人の褒め方は要修行です。こればかりはセーブロードを駆使してもどうにもなりません。娘たちには妻のほうが『褒める役』をやっててくれたようなのですが、修行者の精神的ケアは以前から課題だと言われていましたし、俺も努力をせねば」
「それは本当に課題だと思います。本当の本当に」
「……まあとにかく、あなたの才覚は並ではないですし、あなたの克己心も並ではないです。現在の実力は王都でも十指……うーん……十五指ぐらいには入ります。モリーンさん、あなたは自分で思うよりずっとすごいんですよ。……まだ褒め方が弱いな。のちに修行してもっと上手に褒めにいきます」
「いえ、そんなお気遣いなく」
とはいえ、嬉しかった。
友人たちにも賞賛された。よく知らない他人にも褒められたことはある。『弟妹』たちにも『すごいよ』と言われたことはあった。
でも、褒められても、褒められても、心が全然、納得してくれなかった。
自己評価が低すぎて、悪口は素直に受け止められても、褒め言葉は、全然、心に響かなかったのだ。
けれど、嘘が苦手で隠し事をしない――少なくとも修行者に対しては――人に褒められると、なるほど、きっとそれは事実なのだろう、となんとなく思えた。
……かつて、彼のもとで初めて修行をした時に、彼から褒められた時の嬉しさを、ようやく思い出すことができたのだ。
「……わたくしは、意外とすごかったんですのね」
冗談めかして言った。
アレクは「ええ、本当に」とうなずいてから、
「では、そちらのターンです」
「はい?」
「あなたにあこがれて、努力を重ね、田舎から王都まで独力で出てきた子がいます。その努力を賞賛してあげてください。他ならぬ、目指されたあなたが」
モリーンは横に立つ少女に視線を落とす。
ミシェラはモリーンから視線を受けると、ひざまずいて両手を組んだ。
完全に祈る姿勢だ。あがめられている。
これを褒めるのはなにか、大変な事故を起こしそうでかなり抵抗感があるのだが……
たしかに、たった一人でここまで来たのは、彼女にとってすさまじい『冒険』だっただろう。
冒険には報酬があるべきだとモリーンは思う。
それはきっと、冒険の果てに報酬を与えることをアレクが徹底してくれたからではないか、と思っている。
……まあ、いくらかの『報酬』は前払いというかたちで渡された気はするのだが。たとえば、今着ている服とか。
たとえ最初の目的通りにならなくっても、目的の過程で達成したことへの褒美だって、あったっていいはずだ。
モリーンは手にした愛用の杖を見ながら、そう思った。
「……ミシェラさん。ええと……ここまで、ご苦労様でした。あなたは……」
こんな、わたくしなんかのために。
聖女でもなんでもない、わたくしのために。
とっさに頭によぎるのは、やっぱりネガティブワードだけ。
だからモリーンは必死に考えて、卑下しすぎないように――自分を下げないように、相手を褒める言葉を探らねばならなかった。
そして。
「すごいです」
……褒め方はやっぱりへたくそで。
でも、その少ない言葉には、色々な感情がこもっていた。
ミシェラは祈るように目を閉じたまま涙を流す。
たった数文字ひねり出すだけで、かなり疲労した気がする。
彼女の涙に報いるような褒め言葉を自然にひねり出せるようになるまでは、まだまだ、道のりが遠そうだった。




