フヨフヨ学習帳 幼年1組 なな 08
あたしが最強の付与術士になるために。その8。
今回もあたしの成長記録を付けるはずだったんだが、ロッテがやってきたので中断だ。
兄ちゃんはこのノートはロッテに見せちゃ駄目って言ってたからな。
代わりにその時のロッテとの会話を記録することにするぞ。
あたしはロッテに誘われて街を歩いていた。
手を繋いだロッテに、ふと思いついたことを話すことにしたんだ。
「なぁ、ロッテ。あたし気になったんだ。」
「?」
突然ナナがロッテに話しかけてきた。
「何がですか?親分。」
「あれはそう…、変死狼が尻に七つの傷をつけられる直前の出来事だった…。」
この時点でロッテはナナの問いかけがくだらないものであることを看破した。
(けれど親分は私の将来の妹…、になる予定なんです。いえ、予定ではなくむしろ決定事項です。ちゃんと聞いてあげなくては…。)
「変死狼と珍がお互いに飛び蹴りを繰り出し、空中で交差して着地するんだ。あ、ちなみにやられるのは変死狼な。」
「はい。変死狼さんが珍さんに負けちゃうんですね?」
ロッテはどうでもいい会話であってもちゃんとナナの相手をしているようだ。
「そうなんだ。この時な、珍は技名を叫ぶんだ。七星獄屠拳だ。」
「珍さんの必殺技なんですね?親分はその技が気になるんですか?」
ナナはロッテの質問に、満足そうに笑う。
「今日のロッテは調子がいいみたいだな!その通りだ!あたしが気になっているのは…。」
「気になっているのは…?」
(何かおかしなところでもあるんでしょうか?)
「なんで飛び蹴りなのに獄屠拳なんだ?そこは獄屠脚じゃないのか?」
(やっぱりどうでもいい疑問でした…。)
「さ…、さぁ…。何でなんでしょうね…。」
ロッテは理由が分からない様子だ。
ナナはそんなロッテにニヤリとした表情を見せる。
「フフフ。あたしはこのシーンに隠された真実に三つの仮説を立てたんだ。あたしはすごいんだ。まるで兄ちゃんみたいだ。」
「は…、はぁ…。」
そしてナナは自信たっぷりにペラペラと喋り出した。
【第一の仮説!珍は自分の技の名前を間違えて叫んでしまった!!】
「まさかそんな間抜けな奴がいるはずがねぇ。ロッテはそう思ったことだろう。」
(いえ、考えもしませんでした…。)
「そ、そうですね。技名は大事ですからね。」
「そう!そうなんだ!だからこれが正解だとしたら、珍の奴は着地後ニヤリとかしてやがったが内心焦っていたに違いない!」
ナナは自信満々に自分の推測を語る。
「だとしたら、珍さんの為にもそっとしておいてあげた方がいいのかも知れませんね。」
「うむ。あたしは有り余る洞察力で開けてはいけない禁断の箱を空けてしまったのかもしれねぇ…。」
(うぅ…。こんな仮説があと二つもあるんですか…。ちゃんと聞いてあげなくては…。)
「親分、二つ目の仮説はどんなものなんですか?」
聞かれて嬉しそうなナナは上機嫌に語り始める。
「やはりロッテも気になるようだな。教えてやろう…。」
(でも親分はすごく嬉しそうです。なら気がすむまで語ってもらいましょうか。)
【第二の仮説!パンチするつもりだったが変死狼が蹴りだったので、急遽自分も蹴りにしようと思い立った!!】
「あたしの次の仮説を説明する為に、ロッテに見せなくてはならないポーズがあるんだ。だから抱っこしてくれ。」
「ポーズですか?」
ロッテは言われた通りにナナの脇に手を回して抱き上げる。
「ちゃんと見てるんだぞ?ロッテ。」
ナナは右足を自分の右側にぴんと伸ばす。左足は膝を曲げて同じく右方向へ。左のつま先が右膝にかかるくらいの角度だ。
「こうだ。これが飛び蹴りの体勢だ。そして両腕はこうだ。」
両腕をそのまま真っ直ぐに伸ばす。右腕は蹴り足の方向、左腕は背後に向けて伸びている。
「これが交差時の珍と変死狼のポーズだ!!!」
(変なポーズです…。)
「ロッテ、この右手だが、まるで相手をパンチするかのように前方に伸びているだろ?」
「え…?でも親分、人間は足の方が長いんです。キックが先に当たっちゃうと思います。」
ナナはニヤリとする。ロッテの返答をナナは予想していたのだ。
「フフフ。こいつらもそう思っただろうな。ロッテ、あたしの推測によれば、交差時の珍と変死狼はこう考えたんだ。」
珍「おまえなど俺の敵ではないわ~~!!」
変死狼「狂ったか!!」
飛び上がる珍と変死狼。
珍 (よし!獄屠拳だ!!)
珍は拳を繰り出そうとする。
変死狼 (人の恋路を邪魔する者には蹴りあるのみ!!)
珍 (何!?蹴りだと!?卑劣なり変死狼!!このままではリーチで負ける!俺も蹴りに変更だ!)
珍「七星獄屠拳!!」
「という訳で、実は獄屠拳は蹴技ではなく拳技だったというあたしの大胆かつ斬新な仮説だ。」
ナナはこっちの仮説にも自信があるらしく、とても満足そうだ。
「ただの飛び蹴りだと寂しいからとりあえず最初の技名を叫んだんだ。どうだ?」
(どうだ?って言われても…。)
「結局最初の仮説と同じ、技名間違えちゃっただけなんじゃ…。」
「違うぞ?ロッテ。交差時のセリフが、飛び蹴り!!とかだったら恰好悪いからだ。間違えたんじゃないんだ。」
「そ、そうなんですか。親分は彼らのことがよく分かっているんですね。」
「ムフフフ。当然だ。あたしもまた伝承者なのだからな。」
【第三の仮説!変死狼にパンチを警戒させておいて蹴りを入れるという珍の策略だった!!】
「ロッテ、あたしが最も自信を持っているのがこの仮説だ。確信していると言い換えてもいいくらいだ。」
(なら今までの二つは何だったんでしょう…。でもなんか自信ありっぽいです。最後くらいは期待してもいいんでしょうか?)
「ロッテも見たことがあるだろう?膝が~とか言いながら肘をさする子供や、肘が~とか言いながら膝をさする子供を。」
「え?何の話ですか?」
(いきなり訳が分かりません…。)
「こいつらは間違えているんじゃないんだ。全ては策略なんだ。」
ナナはロッテに分かり易く説明する為に、自らの左腕の肘を右手でポンポンと叩きながら言った。
「ロッテ、自分の膝を見てみるんだ。」
「膝ですか?」
ロッテは膝と言いながらも自分の左肘を見ている。
「ロッテ、それは肘だ。膝じゃないぞ。」
「あ!!!!」
ロッテは見事にナナに引っ掛けられていた。
「もう分かっただろう?ロッテ。あの時、珍は変死狼をこうやって罠にハメたんだ。」
(そんなことより親分にハメられたことの方がよっぽど重大事で普通に悔しいんですけど…。)
ナナは自らの推理をロッテに聞かせる。
「俺の敵ではないと言って飛び上がった珍の右足は確かに折りたたまれていた。」
恐らく変死狼と交差する直前まで、そのままの体勢だったとナナは推測している。
足を折りたたみ、両腕はまるで怪鳥のように左右に広げたポーズだ。
変死狼は蹴りを選択し、自身の勝利を確信していたに違いない。そして珍は叫んだ。
珍「七星獄屠拳!!」
両腕を大きく広げた珍の姿に変死狼は思っただろう。
(獄屠拳だと!?)
拳と言われればそこに注意がいってしまうのは道理。
あの拳にさえ注意を払えば、と考えた変死狼はそうしながらも蹴りを放った。
「そして交差する直前にそれは起こった。珍がぴょこっと右足を伸ばしたんだ。」
(想像するとすごく変なんですが…。膝から下をぴょこっと動かしただけのキックに変死狼さんは負けちゃったんでしょうか?)
「獄屠拳と言いつつ拳を振り上げ、しれっと蹴りを入れる。そんな卑劣な策略こそがあのシーンの真実…。」
「な、成程。そうだったんですね。」
(よく考えたら一つ前の仮説と大差ないような気がするんですが…。急遽変更が卑劣な策略に変わっただけなんじゃ…。)
「ロッテもあたしのように物事の裏に隠された真実まで読めるようにならないと駄目なんだぞ?」
「はい。分かりました。親分。」
(ようやく終りました…。親分が楽しそうにしてくれているのは嬉しいんですが…。)
「で、あたしが何故、敵キャラである珍の技に拘ったのか、その理由は…。」
(全然終わっていませんでした!)
「ち、珍さんがお気に入りのキャラクターなんですか?」
「うむ。珍だけがお気に入りという訳じゃないんだけど、当然好きだ。」
ナナは当時を思い出しながら語る。
「こいつが登場した時、あたしは衝撃を受けたんだぞ?なんだこいつは!?って思ったんだ。」
「そんなにすごい第一印象だったんですね。」
「そうだ、第一印象だ。最初にガツンとやられちゃったんだ。その時あたしは、どんな転校生もこいつには敵わないって確信した。」
さあ、質問するがいい。そうナナの顔に書いてある。そんな表情だ。
「ちなみにどんな登場シーンだったんですか?」
「フフフ。ロッテも知りたくて仕方がないようだ。だからあたし教えてやる!」
ナナは聞かれてとても嬉しそうだ。
「珍が登場するまでの僅かな期間、多くの悪党が変死狼の手によって倒された…。」
(なんかそれっぽく語ってますね。物語のようです。)
「それまでに倒された全ての悪党は、ほぼモヒカンだった…。あ、力自慢のハゲが一人とメイクした長髪もいたな。まぁいいや。」
(まぁいいやって…。それに全員モヒカンってちょっとおかしい気がします…。)
「そしてついに珍が登場する…。」
(やっとですね。って以前に倒された敵の髪型に何の関係が!?)
「一コマ目、珍はロン毛のイケメンだった。モヒカンじゃない。こいつは何か違うぞ!?あたしは新たな敵の登場に胸を躍らせた…。」
「強い敵キャラだということなんですね?」
ナナはロッテに頷き、さらに語る。
「次は二コマ目だ。あたしは鼻息を荒くする。そして期待に胸を膨らませて次のページへ…。」
(なんだか私まで気になってきちゃいました…。)
「登場した珍はフルチンで女を侍らせていた…。」
「フッ、フルッ!!!?」
「この時の珍はKINGと呼ばれていたが当時のあたしはCHINGと勝手に命名していた…。」
ガシッ!
ロッテはナナのほっぺたを両手で挟み込む。
「ふにゅっ!!?」
ナナの口がタコさんになる。
「親分!!!なんて本を愛読しているんですか!!!」
「違うんだ!珍は凄いんだぞ!登場時はフルチンのままでパンツも穿かずにそのまま使えない部下をぶすりと粛清だ!パンツよりも粛清なんだぞ!?」
今日よりも明日、そしてパンツよりも粛清。ナナは懸命に珍の凄さを力説する。
「粛清よりも先にパンツを穿かないような人が登場する本は親分には早すぎます!!!」
帰宅する頃には、すでに眠くなってしまっていた。
なので今回は成長記録じゃなくてお喋り記録に変更だ。
もう8回目だからな。たまにはお喋りして休憩してもいいはずだ。
次に本気出せばいいんだ。