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フヨフヨ  作者: 猫田一誠
08 死都
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081 合意

「少女よ、我は肉料理を所望する。」


フォボスは転移枠の向こうにいるジルに告げた。


「はっ、はい!」


ジルは少し緊張した様子でそれに応える。



それぞれの休息に際して、特に転移などは使用せず、そのままこの場所で昼食をとることになった。



「ジル!あたしにもお肉だ!ボスのよりでっかくて強くてうんまいのを頼むぞ!」


ナナは自分と同じくお肉を注文したフォボスに対抗意識を燃やしている。

転移枠の前でフォボスと向かい合うナナの姿は、まるで大型犬と睨み合うチワワのようだった。




交渉で使用された円卓の周囲に三ヶ所、休息用のテーブルと椅子が用意されている。


それは樹木によって形作られている。

エメラダの魔術によって生み出されたものだ。




連邦代表のテーブルでは、ラスタバン議長以下三名が早速通商協定についての相談を交わしているところだった。



「どう思うね?シャルロッテ嬢の提案。」


ラスタバン議長の問いかけに、間髪入れずに応えたのはベアトリス陸将だった。


「素晴らしい閃きだと思います。三国の全てが妥当なところだと許容するにあたって、バランスもとれているのではないかと。」

「確かに。儂にすら妙手と思えるあたり、次の大公閣下も中々のやり手ですな。」


ヨーゼフ首長もまた、ベアトリス陸将に続く。



「そうだね。ベアトリス陸将と同様、シャルロッテ嬢もまた、才女と評するにふさわしい。」


「それでは議長、シャルロッテ様の提案を?」


ベアトリス陸将にはラスタバン議長の考えがなんとなく分かっているようだ。



「細かいところはこれから確認するが、私はこの提案を受けようと思っている。」


ラスタバン議長はすでに王国への返答を決定していたようだ。



もちろんこれはラスタバン議長の独断である。


通常であれば、合議制を是とする連邦評議会においてはあってはならないこと。

他の評議員であれば、一度案件を持ち帰り、議会で議論するべき事柄だと思われた。


しかし実際には評議会はラスタバン議長の独裁に近い。

その決定に異を唱えることのできる評議員は存在しなかった。


「議長の決定であれば、儂には異議はありません。」


ヨーゼフ首長の返答は、そんな評議会の現状を如実に表していた。



「議長、それでは本国への対応はどのようになさいますか?」

「そうだな…。」


ベアトリス陸将の質問に対し、ラスタバン議長は短時間の思案の後にその回答を口にした。



「ヨーゼフ首長。一度帰国し、いくつか頼まれて欲しいことがある。」

「それは構いませんが…。」



ラスタバン議長は貸与となった占領地の名を、暫定的にドランメルと呼称することにした。


「ドランメルに関しての報告をうけた評議員の行動は手に取るように分かる。それに対処する為に彼らをドランメルに集めて欲しいのだよ。」



ドランメルは広大な土地だ。しかも王国の南側という条件の良い恵まれた土地でもある。

評議員が真っ先に行うことは、この土地の利権の奪い合いとなることは想像に難くない。


「この土地の恵みは貧しい民の為にこそある。すでに裕福な者は後回しだ。」


ドランメルの規模であれば、連邦の総人口の約半数は養えるとラスタバン議長は目算を立てている。



「本国の失業者や所得が一定水準を下回る者。彼らについては希望すれば無条件でドランメルへの移住を認める。」


移民の搬送は物資同様に海路となる。


「ヨーゼフ首長、移住希望者の移動については一任する。よろしく頼んだよ。」


その本国側の玄関口となるレイシャダはヨーゼフ首長が国主を務める首長国にある。



ドランメルの開発が順調に進めば、そこから得られる物資はまずレイシャダへと運ばれる、ということだ。


つまり、直接的にドランメルからの利益を得ることができない評議員達の中にあって唯一の例外がヨーゼフ首長ということになる。


連邦に所属する国家群の中で、首長国が最も大きな利益を甘受できる。

このことは、ヨーゼフ首長にも早い段階で分かっていた。


だからこそ、コンラッド海将とともに海路を行く、現地同行者となることを申し出たのだ。



「では帰国時には評議員達の招集と同時に移民達もレイシャダに集め、海路にて搬送するとよいのですな?」

「察しが早くて助かるよ。頼めるかな?」


「もちろんですとも。お任せください。」


ヨーゼフ首長は笑顔でその依頼を引き受ける。


将来の利益を考えれば、安い投資だ。同時にそんなことも考えていた。



「利権を求める評議員達はこちらに招集の後、私自らが黙らせ、納得させることにするよ。」


連邦に所属する各国を治める評議員。彼らにドランメルの利権は発生しない。

ラスタバン議長の宣言通りに事が運べばそれは間違いない。


しかしそれは、何の利益も発生しないということではない。

レイシャダに集積された物資は、各国に搬送されるのだ。



「議長、本国の評議員達ですが…。」

「大丈夫。把握しているよ。」


言いかけたベアトリス陸将の言葉を制するラスタバン議長。



新天地の恩恵を十分に得ることができなかった評議員達。

議長に逆らうことができずとも、彼らの心の底には確かな内乱の火種が灯ることをベアトリス陸将は進言しようとしたのだ。



「織り込み済みだよ。彼らにはより良き未来への踏み台となってもらうつもりだ。」


ラスタバン議長はすべてを理解した上で、ベアトリス陸将の懸念を有効活用するつもりのようだ。


「すみません、出すぎたことを申し上げました。」

「構わない。君達二人とコンラッド海将、つまり今回の遠征に参加した者は皆、私自身が今後必要となる人材として選別した者達だ。」


ベアトリス陸将とヨーゼフ首長はラスタバン議長の言葉に、緊張した様子を見せている。


「対して、本国に残してきた評議員達はただの愚物。議会の席でこそ私に従順だが、それぞれの国に帰れば私の寝首を掻くことしか考えていないだろう。」



ラスタバン議長はそうは言いつつも、連邦における内部闘争はすでに決着したと考えていた。


最も大きな利益を生むであろう土地を自ら押さえ、連邦陸軍と海軍の全戦力もこちらが手中にしている。


「ヨーゼフ首長。本国の馬鹿共が内乱を起こすことはほぼ確定だ。だが戦力はこちらにある。内乱の勃発には時間を要するだろう。」


未来の話だ。

だがドランメルを目的とした内乱が起きれば、最初に狙われるのはどこか。


それはヨーゼフ首長が国主を務め、港湾都市レイシャダを擁するヨーム・リシャ首長国である。



「陸軍と海軍の半数をヨーム・リシャの防衛に充て、そちらの指揮はコンラッド海将に。残り半数はドランメル。指揮はベアトリス陸将だ。」


「では議員の招集よりも移民の搬送が最優先事項となりますか。」

「フフ。ヨーゼフ首長も調子が出てきたようじゃないか。そう、国の根幹を成すのは民だ。彼らが散々虐げてきた貧しき民がいなくなればどうなるか。」



ラスタバン議長は、連邦の民を救う。この考えを実行することに迷いはなかった。

が、これまで民を苦しめてきた無能なる中間、及び上位搾取者を救うことは考えていない。


多くの民は救われるだろうが、このままでは確実に内乱が起きる。


ラスタバン議長が言っているのは、結局そういうことだった。



「議長、であれば、通商協定に安全保障に関する契約も含まれるのは如何でしょう?」


安全保障。この言葉だけでは、ヨーゼフ首長にはベアトリス陸将の言いたいことはピンとこない。

しかしラスタバン議長はベアトリス陸将の真意を素早く読み解いていた。



「悪くない提案だ。ベアトリス陸将、やはり君を連れて来て正解だったな。」


ラスタバン議長は笑っている。そして笑いながらも高速で思考を回転させている。



「うん。これはいくらかの前倒しが可能になりそうだ。」


自らの計画にベアトリス陸将の提案した安全保障を組み込み、修正を施す。


そしてその結果に満足そうに笑うラスタバン議長。



「ありがとうございます。」


ベアトリス陸将もまた、ラスタバン議長の喜ぶ献策ができたことに胸を撫でおろしていた。





帝国代表のテーブルでは無言で食事を取るバルディアとワンダー・リンリン。



この二人、無言ではあったのだが実際には何らかの魔術を行使しており、周囲に聞かれないように密談を交わしていた。

しかし外見的には黙って食事をとっているようにしか見えない。


つまり実際に声を出しているわけではないのだが、その耳は相手からの音声を受け取り、また、その思考は相手に自らの意思を伝えていた。





ねぇ、バルディア。議長達が言ってる安全保障って使えそうじゃない?



そうね。こちらも似たような状況に陥る可能性は高いわ。陸将さんの提案を支持しましょう。



それがいいよ。皇女殿下に何かあれば大変だしねっ!!



それに安全保障下にある方がいろいろと都合がよさそうだわ。うまくすればセロ君やナナちゃんに協力してもらえるかもしれないし。



ああ、そっか!議長達はそのあたりも考慮して保障の適用範囲を広げるつもりなんだねっ!?



でしょうね。それにこれは三国全てに有効に働くと思われるわ。静寂殿の希望と蠱毒の舞台がうまく両立できるようになるでしょう。



お?それだと、しばらくは外敵を用意する必要もないんじゃない?



フフ…。そうね。各国のお馬鹿さん達がその役目を担ってくれるでしょうしね。しかもその脅威は三国すべてに影響するわ。



やるじゃん!金ぴか陸将!輝いてるのは外見だけじゃなかったんだねっ!



おそらく議長殿が見出した人材なのでしょうね。人材豊富で羨ましいわ。



こっちの三人の将軍は武力はあっても知力に不安があるからねっ!ってあの三人、うまくこちらに引き込めたかな?



ええ、ジェリド将軍には将軍達や兵達の家族も移送するように追加指示を出しているし、裏切ることはないでしょう。



ならお馬鹿さん連合はグラシアル皇家と近衛騎士団、そして騎士団を率いることになる凍将軍バリントスかなっ!?



そんなところね。兵力は近衛の七千に加えて守備隊から三千。都民からの徴兵があればおそらくこちらと同程度かそれ以上ね。



おっと。安全保障が実現しないと面倒なことになりそうだねっ!私達が直接手を下すことになるところだよっ!



それはできれば避けたいわ。皇女殿下はまだ表に出る時期ではないとお考えよ?



ならやっぱりお嬢様の提案に合意して安全保障も支持する感じかなっ!?



いくつか、細かい調整と確認は必要だけど、概ねそうする予定よ。リンリンもそのつもりでいてね。



ワンダー・リンリンはバルディアを手伝うだけさっ!!





転移枠の近くには王国代表の為のテーブル。近くにはエメラダとフォボスの樹木椅子もある。



「うぅ…。プリンを食べすぎたせいでボスに負けた…。あたしは本気じゃないんだぞ…。本当はもっと食べれるんだ…。」


お腹をぽっこりさせているナナは食べすぎて動けないようだった。



「少女よ。同じものをあと三つほど所望する。我の腹を満たすにはまだ足りん。」


フォボスはさらに転移枠の中にいるジルに対して追加を要求している。


「うぐぐ…。ボスめ…、まだ食べるのか…。あいつのお腹はどうなってるんだ…。」


花畑に寝転がったまま悔しそうにするナナ。


「そんなことよりも勝てると考えていた親分の頭の中がどうなっているのかと言いたいです。体の大きさだってこんなに違うのに。」


ナナのお腹をさすりながらロッテはぼやいていた。



「シャル、休憩時間にすまないが、今後の打ち合わせをしておきたい。俺もこれ以上無様な姿を晒すわけにはいかん。」


レギオン宰相はロッテの提案が現在の王国の方針となっていることを認め、ロッテに頼りきりになっていたこれまでの自分を自覚していた。

ロッテと方針のすり合わせを行い、今度こそ自らが矢面に立つ気概を見せている。


「分かりました小父様。エトワール、親分をお願いします。」


テーブルにつくロッテに代わり、エトワールがナナのお腹をさすり始める。



「ぬぅ…、くるくるごときにまで情けをかけられるとは…。あたし屈辱だ…。」

「何が屈辱ですの!ナナさんは反省して下さいまし!」


ペチンとナナのぽっこりお腹をはたくエトワール。


「ヒャフ!!?」


奇声を上げてビクンと反応するナナ。



「ジル…、あたしに治療魔術をかけるんだ…。そうすればまだ食べられるに違いない…。」

「反省!!ですわ!!」


ペチン、ペチン。


「フヒャゥ!!?」


ビクン、ビクン。


「や、やめろ…。くるくる…。」



ナナのことはエトワールに任せて、残った四人、レギオン宰相とロッテ、セロとオルガンはテーブルで話し合いを始めていた。




「そろそろ再開しましょうか。」


しばらくして、エメラダの声に応じて皆が円卓に戻る。



その後の交渉は、驚く程に順調に進んだ。

ロッテの示した休戦案に三者が合意していた為か、細かい条件の取り決めが円滑に進められていく。


領土の貸与、それと通商協定についての取り決めがある程度形になったところで、追加の提案が告げられた。

休憩後はラスタバン議長の隣の席に交渉の補助をすべく着席したベアトリス陸将の発言だ。


「その協定に三国の安全保障に関しての契約を追加することを提案いたします。」


軍属らしく、安全保障の内容は経済的側面からではなく、治安維持の観点からの提案である。



通商協定が施行された後は、それぞれの領土をそれぞれの国民が自由に闊歩することになる。

その安全を、それぞれの領土の管理者が保証する。というものであった。


帝国軍、そして連邦軍は当然として、公爵領にも一万の治安維持戦力がある。

公爵領から王国への越境も見越していたレギオン宰相は、そちらの安全保障には聖壁騎士団を充てるとした。


これには三国それぞれ、当然の措置だとしてすぐに合意に至った。

しかしベアトリス陸将の提案はこれで終わりではない。



「もう一つ、規模の大きい騒乱に対してもこの安全保障を適用させるべきであると具申いたします。」



変革を実行する際には、これまで既得権益を貪っていた者達の反抗が予想される。



王国においては、負担を強いられる者達。


具体的には、貸与される領土を預かっていた貴族達だ。

彼らにとっては突然領土を奪われるということになるのだ。



それは帝国においても同様だ。


民の移住という形で領土から働き手を奪われた貴族がこれに該当する。


侵略の際に提供された一万五千の兵力は全て皇室所有の戦力だ。必要な物資も帝都から賄われた。


よって王国北部の貸与地は、皇帝の直轄地となり、新天地の利権は彼らには手に入らないのだ。

そんな状況で自身の領地の税収は大量の移民によって大幅に下がることになる。


さらなる領土を求めるグラシアル皇室が休戦を反故にする可能性。

そして損害を被った各地の貴族といった反抗勢力が決起する可能性。


状況はまっだまだ予断を許さないのだ。



さらに、それは連邦においても変わらない。


休憩時に話題になっていた、本国に残っている大きな利益を得られないと予想される評議員達がそうだ。



「経済が回り、多くの民がその利益にあずかる反面、これまでの既得権益が減少する者も存在し、彼らの反発が予想されるということだ。」


ラスタバン議長が結論を口にした。



「私にはそのような愚か者の起こす反乱には何の正当性も感じませんね。可能な限り民の犠牲を出さずに即時鎮圧が望ましいと考えます。」


バルディアはそのような者達に対し辛辣な意見を口にする。


「貴族はその働きに応じて国から報奨金が支給されます。これは王国も帝国も同じ。そしてこれこそが貴族の正当な報酬。」


つまり、領土からの税収は民の為に使われる民の為の財源であるべきとする考えだ。


しかし実際は下賜された領土は、その貴族の資産。そこに暮らす民やその生産も同様となっている。

領土の召し上げに憤る貴族はその殆どが領土からの税収で私腹を肥やしていた者であるとバルディアは言った。


「極論ではありますが、そんな彼らは領民の幸福のためと言いつつその領民を戦に駆り出すのですから、概ね間違っていないかと思います。」


「バルディアの貴族嫌いはなかなか治らないねっ!まぁ私も嫌いだけどねっ!」

「そうね。あぁ、すみません。お話しの邪魔をしてしまいましたね。」


バルディアはワンダー・リンリンの頭を撫でつつ、皆に謝罪する。



「バルディア殿が民の幸福を願うお気持ちは十分に伝わりました。此度の交渉の結果が民の幸福へと繋がるよう、共に努力していきましょう。」


レギオン宰相はその謝罪に応え、ベアトリス陸将は提案の続きを説明する。



「私もバルディア殿の意見に賛成です。そのような反乱は即時鎮圧。ですがそれには失敗は許されません。その為に安全保障の適用範囲を拡大したいのです。」



仮に公爵領で反乱が発生し、公爵領の戦力のみで対応できないとなった場合、帝国や連邦にも援軍を求めることが出来るというものだった。


「侵略と混同されることになってはいけませんから、正式な援軍要請があった場合のみという条件でいかがでしょうか?」



いざとなれば助けを求めることができる。

レギオン宰相とロッテは、ベアトリス陸将の提案する安全保障に同意し、こちらも協定に追加する運びとなった。





「それは禁忌とされたはずの軍勢の越境を条件付きで可能とする案。でもあるのだけれど、いいのかしら?」


そんなエメラダの囁きはフォボス以外の者には聞き取れていなかった。





さらに交渉は進み、各項目における細かい条件や具体的な数字も形になった。


作成された契約書に三国の代表者がサインを済ませ、レギオン宰相とロッテも安心した表情を見せている。



円卓に集った者達は握手を交わし、交渉の成功を喜び合っている。


今後も、此度のような三国での会議を実施して、様々な問題を相談、解決を図りたいと語っているようだ。




セロはどうしても気になっていたことがあり、このまま解散されてしまう前にそれを尋ねてみることにした。



「あの、皆さん。俺、一つだけ気になっていることがあるんだけど、聞いてもいいかな?」


皆の視線がセロへと向けられる。



「今現在もこちらに向かっているであろう魔人族の精鋭五千についてなんだけど。なんか一度も話題に上らなかったから。」


大森林でのヴォロスとの邂逅時に聞いた感じだと、魔人族もまた王国侵略の一環を担っていたはずだ。



この三国交渉の四者目の参加者として迎えるのか、外敵として対応するのか。


「彼らはどんな扱いになるのかな?彼らのことって、計画の実務を担当したっていうバルディアさんなら知ってるのかな?」


皆の視線はバルディアへと移動する。



「確かに私は彼らの蜂起を画策しましたが、それを促すことに関しては知人に依頼するという形をとりました。可能であれば、という条件で。」


バルディアはそのまま魔人族についての説明を始めた。



「王国の遥か西方、ウートガルド大森林を越えた先には、亜人達の国があります。名をアルタヤ・カナン氏族国。」


バルディアの知人とは、アルタヤ・カナン氏族国においてそれなりの立場にある人物。


「そしてその人物は、セロ君の知るアルカンシエルという組織においては老師と呼ばれる人物でもありますね。」



セロは素直に驚いた。

ワンダー・リンリンを連れてきていることから、組織との関わりは分かっていたが、別の関係者のことを喋るとは思っていなかった。


「フフ。驚いていますね。本当は老師も氏族国代表としてこちらに参加できたらと考えていらしたのですが、侵略にも関わっておらず、国交もない国ですからね。」


よろしく伝えてくれ、とだけ伝言を頼まれていたのだそうだ。



「氏族国の南端から海を挟めばブリーズランドの奥地、魔人族の領域となります。大森林と大砂海を分かつ山脈もそこまでは続いていませんので。」


砂漠に暮らす魔人族にとって、氏族国との交流は生命線でもあるのだという。

使用されている貨幣も、氏族国と同じアルタヤ硬貨が流通しているそうだ。


こちらで知られているのは、西には亜人達の国があるということ。

そこで使われているお金がこれだとして、アルタヤ金貨の現物もある。


しかし亜人を見たという者はいない。

つまり、それらは砂漠を越えて来た魔人族がもたらした情報ということになる。


亜人の存在は名前だけだが、魔人については広く知られている現状から、セロはそのように推察した。


(そういえば、廃棄場を出たばかりの頃、ばあさんから聞いたお金の話の中にそんな名前のお金がでてきたなぁ…。)


そして同時にそんなことも思い出していた。



「魔人族の精鋭部隊なのですが、私はブリーズランド側からの牽制、陽動が可能であるかの打診を行ったところまでです。」


それに対する返答は、間に合うかは不明だが、全力を尽くす。そういったものだったそうだ。



ここでバルディアは説明を終えた。



「なら彼らの現状については私から説明しましょうか。」


説明を引き継いだのはエメラダ。



「ブリーズランドの奥地にある、魔人族の本拠地とされる魔都ベルフェレス。魔人族の精鋭五千は確かにここを発っているわ。」


魔都を支配するのは、魔王を擁し、魔人族の中でも最大勢力とされるベルフェン氏族。

精鋭五千はベルフェン氏族を除いた他の氏族から選別される形になったらしい。


「そして位置的には魔都と王国の中間地点あたりになるかしら、そこには巨大なオアシスがあってね。」



エメラダの語るオアシスは、ブリーズランドにおける旅の中継点。

ベルフェン氏族の支配する魔都に馴染めない魔人族の暮らす土地となっている。


そこはブリーズランドの旅の中継都市、シャハール。



「最近まで、魔人族の精鋭達はそこで旅の疲れを癒していたのよ。けれど、そんな時にふらりとやってきた来訪者がいたの。」



結果から報告すると、魔人族の精鋭五千はすでに壊滅状態にあるらしい。


「現れた来訪者と何があったのかは不明ね。結果として戦闘になり、そして文字通り薙ぎ払われてしまったのよ。」

「それってまさか…。」


アルカンシエルに所属する者ではない。エメラダが詳細を知らないことがそれを如実に表している。

その条件で、魔人族の精鋭五千を薙ぎ払うことが可能な人物に、セロは一人だけ心当たりがあった。


その心当たりはおそらく正解なのだろう。


エメラダはセロに頷いて、現地で耳にした話を聞かせる。



「シャハールの住民によれば、精鋭達はシャハールの東側の出口から少し行った先の岩場に滞在していたそうよ。」


何故かそこをピンポイントで強烈な竜巻が襲い、彼らを吹き飛ばした後は嘘のようにその竜巻は掻き消えていたらしい。



「空の魔王、バスティータ。…彼女で間違いないと思うわ。」

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