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フヨフヨ  作者: 猫田一誠
08 死都
91/236

077 移動

朝だ。


いつもの時間に目を覚ましたセロはお腹の辺りに重量を感じ取る。


その正体はすでに分かっている。

昨晩のナナはロッテと一緒に眠っていたが、いつの間にかセロのベッドに潜り込んで、そのまま兄に抱き着いて眠ったのだろう。

実際は、苦しそうに眠るロッテの身を案じて移動したのだが、セロにはそこまでは分からなかった。


セロはナナをそのまま抱き上げて立ち上がる。


ナナのベッドの隣に据えられた二台の赤子用のベッドにはミケとクルルが眠っている。

二匹もナナと同じく、ナナの移動時に一緒に部屋に戻ってきたのだ。



「ミケ、クルル。朝だよ。」

「ふニャ?」


二匹を起こし、部屋を出る。ナナはセロに抱き上げられた状態でまだ眠っている。



コンコン。



セロはナナを抱いたまま、ロッテの部屋をノックする。

その足元ではミケとクルルが目をこすっている。



同室のハンナの朝は早い。朝食の準備等、やることが多いのだ。

この時間、この部屋にいるのはロッテのはずだ。


「はい。どうぞ。」


聞きなれた声で、返事が返ってきた。

ロッテは目覚めてはいたが、ベッドの上で上体のみを起こしていた。



「ロッテ、体調はどう?熱は?」

「はい、お陰様で発熱は落ち着きました。ずっと眠っていたので少し頭がぼやけていますが大丈夫です。」


「朝食はとれそうかい?」


ロッテは頷いた。


「しっかり食べて体力をつけないといけませんから。」



一度退室し、ロッテの準備ができるのを待つ。

学院の制服に着替えたロッテと一緒に一階の食堂へと移動する。


ちなみにセロとナナは寝間着のままだった。

ナナがくっついているので着替えが出来ないセロと、未だに眠っているナナも同様だ。



朝食はハンナが既に用意していた。

ナナのために、肉料理も加えてある。


「ふぬっ!?」



食卓の香りはナナを覚醒させるのに十分な威力を持っていた。

ナナは半ば無意識の状態で、おもむろにそれを口に運び、食べ始める。


セロはナナを抱いた状態で席についていた。

つまりナナが食べているのはセロの朝食だった。



「はむはむはむはむ…。」


ナナは目覚めたら目の前に朝食が置いてあることに疑問を抱いたが、食べ始めたらその疑問はすぐに記憶から消去された。


「親分!お行儀が悪いですよ!ちゃんと自分で椅子に座って、いただきますをやってからです!」


寝起きのナナにはロッテのお説教はあまり効果を発揮していなかった。

ナナの脳、その覚醒済みの部分のリソースはすべて食事に費やされていたのだ。



セロの眼には、ロッテは元気を取り戻したかのように映っていたが、それが無理をしての空元気であることも分かっていた。


ロッテが父親の事で落ち込めば、セロは責任を感じ、自分のせいだとして苦しむことになる。

それを分かっているロッテはわざと元気に振舞っていた。



「ロッテ、今日は俺とナナは学院を休むつもりなんだ。今日の正午、広場に迎えが来て停戦交渉が始まるからね。」


参加メンバーはレギオン宰相を交渉人として、オルガンとセロは護衛。

もちろん、護衛であっても、気付いたことがあればどんどん発言して欲しいとも言われている。


そしてナナは緊急時の付与強化と、転移による逃亡を可能とするためのメンバーだ。


「最後の一人は、レギオンさんの交渉を助ける補助として学院長が予定されているけど、まだ決定はされていないんだ。」



セロはロッテを見る。


「病み上がりだし、休んでおくべきかもしれない。けど、大事な交渉の席で、交渉術の恩恵を持ったロッテは力になりたいと考えるかもしれない。」


もしもロッテがレギオンさんの補助として交渉に参加したいと言うのであれば、最後のメンバーはロッテになる。

不参加を決断すれば学院長がその役目を担う。すでにそのように話がついているのだそうだ。



「どちらを選んでもいい。後悔のない決断をしてくれれば、それで。」


未だ、ロッテの脳裏に焼き付いた父の生首の映像は鮮明だ。

父の死亡、それが実際に起きた出来事であることを強調し、ロッテの心を苛む。


あの時、指先に感じた父の体温はそれが幻想でなく、現実に起こった出来事であると確信してしまう。


(けれどいつまでも落ち込んでいることも出来ません。少し急なタイミングではあるけれど、もう一度頑張ろう。)



「セロさん、お役に立てるかは分かりませんが、私にお手伝いさせて下さい。」



ロッテは交渉の席につくことを決意し、停戦交渉に臨むメンバーが決定した。



そして食事を終え、満腹になったナナは覚醒する。


「む?ロッテに新技?なんだこれ?」

「どうしたの?ナナ。」


「兄ちゃん、ロッテの魔術が増えてるぞ?」



すぐに鑑定板による確認を行う。


「窓魔術:解析。指定した対象について調べることが出来るものなのかな?」

「ロッテ!使ってみようぜ!!」


「わかりました。」



早速、解析枠を出してみたロッテは使い方が分からずに枠をいじくっている。


「いつもの枠と違うね。枠の中に何も表示されていない。」


とりあえず解析の対象として適当な品物を用意する。

ナナが収納から取り出した品物だ。


それは鳥類の羽根。しかも虹色に輝いている。


「ナナ…、それってまさか…。」

「チータの羽根だ。王都で拾ったんだぞ。あたしのだ。」



とりあえずティータの羽根に対して枠を当ててみたり、枠の中から覗き込んでみたり。

いろいろと試しているうちに、その使用方法が判明した。


それは、解析する対象を枠の内側に通すというものだった。



枠に表示された情報には、このように記載されていた。



虹翼人の羽根


虹素に適応し、虹化した翼人の羽根。



これだけだ。


特別な効果などを持たない、ただの羽根ということなのだろう。



(あの時この術があれば、お父様の死が間違いのないものか確認できたのでしょうか…?)


ただ、なんとなく。

ロッテは脳裏に浮かんだ疑問について思案する。


(いえ、あれは間違いなくお父様の顔でした。そして自分でその頬に触れて実体であることも確認したではないですか。)


ロッテは軽く頭を振り、浮かんできた疑問を振り払った。



そして、どうしてこのタイミングで解析という効果を持った術が使用できるようになったのか。

そこに目を向けることなく、術の使用を解除した。


解析枠の確認を済ませたセロとナナは一度部屋に戻って着替える様だ。

その後は、登城して約束の正午まで会議室で停戦交渉に関しての対策会議の予定となっている。



王城まではセロの魔導車を使って移動していた。

とても学院で授業を受ける気分になれなかったジルとトラも同行している。ミケとクルルも同様だ。


(私だけが交渉の準備も何もできていない。正午までにできるだけのことをしなければ…。)


助手席のロッテはそんな不安を表に出さないように努めている。

レギオン宰相との交渉プランの確認や、それに必要とされる知識や情報の入手等、ロッテには多くのものが不足している。


「ロッテ、足りない情報や必要な知識があれば言ってね。俺には答えられなくても通信でそれを届けられるかもしれないし。」


「ありがとうございます、セロさん。私、頑張りますから。」



ロッテは少し気負いすぎているようにセロには感じられた。


(父親であるサーレントさんが死んだ直後だ。その心が安定を欠いているのもおかしなことじゃない。)


セロはそのように考えていた。



「ロッテ、あたしにはわかるんだぞ?親分だからな。」


セロを挟んで逆側の助手席にいたナナは、のそのそとセロの上を移動してロッテの膝の上にやってきた。


「お喋り勝負に負けるかもって不安になっているんだな?ロッテ、親分を頼ってもいいんだぞ?」

「親分、お喋り勝負じゃなくて停戦交渉ですよ?」


「ロッテは何も喋らないで口をパクパクするんだ。そしたらあたしが代わりにお喋りしてやるぞ?」


ナナには悪いが、それをやれば重要な交渉が台無しになってしまう。

それに自分が参加を表明した意味もなくなる。



「親分、私、頑張りますから、応援してくれますか?」


「ロッテが自分で頑張るって言うのなら仕方ない。でも辛くなったら親分を頼るんだぞ?」

「はい、わかりました。ありがとうございます、親分。」



「まぁ、交渉役はあくまでレギオンさん。ロッテはそのお手伝いみたいなもんだ。気楽にって訳にもいかないだろうけど、必要以上に気負うこともないさ。」


ロッテはセロに頷き、同時に魔導車がその動きを止める。

王城に到着したようだ。


これから、時間の許す限り、できるだけの対策や準備を行うのだ。



王城の会議室には、レギオン宰相の他にも、通信によって交渉をサポートする予定の者達が詰めており、慌ただしく動いている。

必要とされる可能性のある情報の収集や、資料等の準備を行っているのだ。



「よう、セロ。俺達も停戦交渉が気になって仕方ねぇからこっちに来たぜ?」


声をかけてきたのはアランだった。

アラン付きのメイドであるリナも一緒だ。アランの背後でぺこりと頭を下げている。



「私達もいますわよ?」


エトワールとルーシアもやって来る。

こちらは立場的にも当然、交渉の行く末に無関心ではいられない。


「あれ?参加メンバーのはずのオルガンさんの姿が見えませんが…?」


ルーシアはいるはずの人間がいないことに気が付き、セロ達ははっとした表情を見せる。



「あたしおっちゃんのこと完全に忘れていたぞ!?」


ナナは叫んでいた。そしてそれは、セロやロッテ、ジルも同じだった。



慌てて忘れられていた男へと通信を飛ばす。



「護衛の俺は特に手伝えることはねぇ。正午までもうひと眠りしてから待ち合わせ場所の広場に来るからよ、そっちはおめえらに任せる。」


存在を忘れられていたオルガンは、自らも登城する予定を忘れて眠っていたようだ。

眠そうな声でそう言って二度寝を始めた。



「時間もない。そろそろ始めるぞ。」


レギオン宰相は打ち合わせの開始を促し、交渉本番に向けて最終的な対策会議が始まった。





王国南方に広がる古戦場。

その中央部、ドランメル要塞では、ラスタバン議長とヨーゼフ首長、ベアトリス陸将が黒いローブの女性と対面していたところだった。



「初めまして、ラスタバン議長殿。私はウートガルド大森林を統べる者。森の魔女と言えば分かるかしら?」

「こちらこそ初めまして。魔女殿。森の魔女についての文献は連邦にも存在しているが、個人的にただの伝承か何かだと思っていたよ。お会いできて光栄だ。」


ラスタバン議長は魔女の強烈な威圧の前にあってもその平静な態度を崩さずに返答し、握手を交わした。



「森の魔女だと…?」

「実在する人物だったとは…。」


ヨーゼフ首長とベアトリス陸将は威圧にあてられ、動けないままにその思いを口にしていた。



「私達は今回の三国間の停戦交渉における安全の確保と代表者の送迎を依頼されているわ。」


停戦交渉が終了するまで、三国のいずれかが武力を行使する場合はそれを鎮圧する。

魔女とその背後に控える灰色の牙狼がその役目を担うことになっているのだ。



「つまり、停戦交渉が終了するまでは武力の行使を認めない。それは一時的な仮初の停戦ということかな?」


ラスタバン議長は魔女の言う安全確保に関しての条件を確認していた。


「そうとってもらって構わないわ。交渉中に発生した三国間の戦闘行為に関してはその発生場所がどこであろうと鎮圧する予定よ?」



「ならば私が不在の間、防衛に関しての対処は必要なくなる。」


そう言って僅かな時間、思案するラスタバン議長は、やがて微笑むとともに結論を出していた。



「議長殿?少し時間は早いけれど、準備が整っているのであれば移動しても構わないわよ?」

「そうだね、そうさせて貰おうかな。ベアトリス陸将、いきなりですまないが、君も同行してくれたまえ。」


予定ではラスタバン議長とヨーゼフ首長の二名が交渉に赴くことになっていた。

ベアトリス陸将は古戦場の防衛を指揮するはずだったのだが、突然の変更に戸惑っている。


「え…、はい。ですが議長、よろしいのですか?」

「構わない。たった今魔女殿が安全を確約して下さったんだ。それを有効に活用しない理由はない。」



停戦交渉に関して、ベアトリス陸将の能力はヨーゼフ首長よりも役に立つ。

ラスタバン議長は本音ではヨーゼフ首長を戦力として数えていなかった為、有能なベアトリス陸将を同行させられることに安堵していた。



「それでは議長殿、転移門へどうぞ。」


魔女はラスタバン議長以下、三名に転移を促した。


「ありがとう。」


連邦代表となる三名は転移門の向こうへと消えて行った。





城塞都市ラムドウル中央、アムドシア要塞。


三将軍はそれぞれの業務を開始しており、表向きは虜囚ということになっているランゼルフ侯爵も自室にて待機している。

そんな中、上層の執務室には停戦交渉に参加する予定の三人がいた。


交渉役を務める白銀帝国外交戦略筆頭顧問、バルディア。

その補佐を務めるさすらいの旅芸人、ワンダー・リンリン。

二人の護衛を務める、黒づくめの人物。



「リンリン、停戦交渉にその姿は色々とまずいんじゃないかしら?」

「どうせ私の正体は知られているよっ!ナナ以外にはねっ!」


ならばリンリンの姿が帝国勢の中にあることは、アルカンシエルとの結びつきをアピールすることになるだろう。

リンリンはそうした方が効果的だと主張しているのだ。


「そうね。せっかくだし、リンリンの提案を採用しましょうか。」


「そうそう!あと、使いそうな資料は纏めといたよっ!」



ぽむっ。


小さな爆発が起き、執務室のテーブルの上に鞄が出現する。


「収納は使わない方がいいだろうからねっ!バール、お願いっ!」


収納、つまり空間魔術の使用を秘匿する。

ワンダー・リンリンのそんな提案に、バルディアも頷きを返す。


バールと呼ばれた黒づくめの人物は、無言のままその鞄を手に取った。



「それじゃ、少し早いけど移動しておきましょうか。リンリン、お願いね。」

「ワンダー・リンリンにお任せっ!」


執務室に転移門が出現する。

ワンダー・リンリンの転移魔術だ。



三人は転移し、騒がしかった執務室には静寂が訪れた。





王都、中央通り大橋前広場。

ビフレスト商会本店前の広場でもあるこの場所に停戦交渉に臨む五人の姿があった。


交渉人、レギオン宰相。

その補佐、ロッテ。

護衛として、セロ、オルガン。

万一の逃亡手段として、ナナ。



現時刻は、約束の正午、その20分前だ。


広場の中央にはナナが両腕を組んで仁王立ち。

気合いを入れる為に、特攻服姿になって虚空を睨んでいる。


「まだか!?マゾはまだなのか!?」

「親分、これからやるのは交渉なんですよ?戦ったりとかはしないんですよ?」


ロッテはナナがとんでもないことを仕出かさないか、不安で仕方ないようだ。


「ロッテ、親分は空気が読める子なんだぞ?お喋り勝負だろう?親分には全て分かっている、安心して任せておけ。」


(親分、安心どころか、不安しか沸き上がってこない返答です…。)


「それに任せるも何も、お喋りするのは親分じゃなくてマルス小父様と私ですよ?」

「親分も喋るぞ。黙っているのは退屈だ。あたしがロッテをいじめる奴らをお喋りで倒すんだ。」


参戦を希望するナナを如何にして大人しくさせるか、ロッテはすでに対策済みだ。


「親分にはお喋りよりももっと大事なお仕事があるんです。なので交渉は私と小父様に任せて下さい。」

「ん?親分のお仕事?何だそれは?」



停戦交渉が開催される場所は不明、尚且つ長時間に及ぶ可能性がある。

そう考えた場合、参加者に供給する飲み物や食事のことも考えなくてはならない。


ロッテはナナに分かり易く説明する。


「うむ。腹が減ったら食うんだ。当然なんだぞ。」

「転移した先にその用意があるのかどうか、まったく分からない状態です。なので親分にはお食事担当になってもらいたいんです。」



具体的には、まずは転移先でそれが可能であるかの確認。可能であれば、その内容も確認する。


「確かに、プリンが出るのかどうかは重要だぞ。それにお肉を多めにさせるのも大事だ。」


ロッテはメニューにナナの好みを反映させることに関しては自然に流した。

そして続けて、転移先での食事が不可能な場合に関しての説明に移る。


その場合は、王城で待機しているサポートチームに連絡し、転移門を通じた供給を受ける必要が出てくる。


「もちろんそれは魔女さんや他の二国の代表者の許可を得た上で行います。あと、他国の参加者の分も供給することも視野に入れるべきです。」



「そうだな、腹が減ったくらいで心証を悪くするのは御免被りたいところだ。」


レギオン宰相も会話に参加してきた。


「そうなるとナナの役目は重要だな。交渉は俺とシャルが頑張るから、ナナはそっちを頼むぞ?」

「みんなのメシを確保するんだな?あたしにかかれば簡単なことだ!」


ナナの鼻息は荒い。そしてさりげなくロッテに特攻服を脱がされていることに気付いていない。

ロッテはナナのやる気が交渉以外に向けられたことに胸を撫でおろしていた。



「オルガン殿、セロ。一つ、言っておきたいことがある。」


レギオン宰相は二人にだけ、大事な事を伝えたいようだ。


「これからの交渉で、間違いなく王国は窮地に立たされる。だがそれは王国の自業自得であるということでもあるんだ。」


王国がこれまでに行ってきたことは、他国からすれば非難こそあれ、称賛されるようなことは決してないのだという。


「他国と向き合うと言うことは、王国のこれまでの因果とも向き合うということでもある。」



レギオン宰相は二人に頭を下げた。


「それでもどうか、王国とそこに暮らす人々を見捨てないでくれ…。」





そして広場の中央に転移門が現れた。

いつのまにか正午になっていたようだ。


転移門から出てきたのは灰色の牙狼、そしてその背には魔女の姿がある。


ロッテは無意識に力み、唇を噛みしめていた。



「時間通りね。宰相殿、参加者は五名でよろしかったかしら?」

「ああ。ここにいる五名がそうだ。」


魔女は五人を見渡し、頷いた。


「では参加者である五名のみ、入場を許可します。」



魔女を背負ったフォボスは脇に移動し、転移門への入場を促す。


「よし、行くか。」


レギオン宰相を筆頭に、転移門へと歩いていく。



脇にどいて道を空けていたフォボスの前をロッテが通過する。


「ごめんなさいね。」

「少女よ、すまなかった。」


ロッテの耳に、二人からの謝罪の言葉が届く。

確かにそれを耳にしたロッテは固く両目を閉じて転移門を通過した。



転移門を抜け、ロッテはその両目を開く。その表情は何かの決意を思わせるものだった。



「お花畑だぞ!?ここは何処だ!?」


目の前に広がる光景は一面の花畑。咲き乱れる花達はうっすらと光を放っている。


「ここはウートガルド大森林、中央深淵部。通称、魔女の庵。まぁ、私の実家ね。」


大森林の中央部にある大穴の底に来ているのだと説明を受ける。

大穴の直上には空が見えるはずが、幾層にも折り重なるように飛び出した樹木の枝葉が日光を遮っているのだそうだ。


辺りは薄暗くはあるが、大量の花から放たれる光で周囲の状況が把握できる。


「少し薄暗いけど、照明の使用は駄目よ?強烈な光はここの花達には毒になるの。」


照明を付与した障壁を展開しようとしていたナナは魔女の発言にぴたりと動きを止める。


「ぐむぅ。お花達に罪はないからな…。我慢するしかねぇ。」



近くには円卓が用意されており、椅子は二つずつ、計六つ。

そして交渉役のその後ろには長椅子が一つ置かれている。


少し離れた位置にはぽつんと佇む住居が一つ。

それは複数の樹木が捻じれ、絡み合うように直上へと伸びている大樹だ。それに扉や窓が取り付けられていて住居となっているのだ。


「あれは私の家よ。悪いけど内部への侵入は遠慮してね?」



そして円卓の向こうには複数の人影があった。

まずは右手方向に三名。そして少し距離を置いて、魔女の住居の前でそれを眺めているのが二名だ。


それぞれが円卓に向かい、その席に座る。

少し遅れて、レギオン宰相とロッテが円卓に、ナナを抱っこしたセロとオルガンは後ろの長椅子に座った。



「この席は、グランシエル王国が白銀帝国とサミュール連邦に向けて交渉を呼びかけ、各国がそれに同意する形で実現したものよ。」


席についた者達に魔女が語り掛ける。


「私達アルカンシエルはその場所と、交渉に集中するための時間を提供するわ。」


魔女は最初に、交渉の場における武力の行使、つまりは戦闘行為の禁止を宣言する。


「それは交渉が終了するまで、あらゆる場所で適用されるわ。仮に交渉中に何らかの作戦行動を予定しているのなら中止を呼び掛けて欲しいのだけど。」



その言葉に、まずは黒髪の男性が返答する。


「我々はそのような指示を行ってはいないよ。安心してくれたまえ。」


続いて、パールグレーの髪を纏めた眼鏡美女も発言する。


「私達もそのような無粋な小細工の用意はありません。」


最後に、レギオン宰相もそれに続く。


「俺達も右に同じくだ。」



「結構です。つまり、現時点をもって三国の停戦は成立したということね。」

「汝らの予想外の戦闘についてはこちらで勝手に鎮圧させてもらう。その場合は攻撃側の殲滅という形になるが、構わないか?」


魔女とフォボスの言葉に、三者それぞれが頷いた。


そして交渉を呼びかけた王国側から、挨拶が始まった。

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