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フヨフヨ  作者: 猫田一誠
08 死都
87/236

074 夜王

中庭の中央に展開された転移門。


セロ達はそれを見て動揺している。



「さっき言ってた変革計画のトラブル絡みかな?俺達ここにいていいのかな…?」


そんなコメントを洩らすセロの少し後ろには、赤い法衣に黄土色の石仮面のサーレント。



石仮面に遮られ、誰もがその表情を伺うことは出来ないが、仮面の内側でサーレントのその口元は確かに吊り上がっていた。

そしてアルベルトに向け、人知れず付与魔術を行使する。



ピクッ。


アルベルトは微かな反応を示したが、それに気が付いた者はいなかった。




転移門から出てくる者がいる。


薄紫の転移門の向こうに、こちらへ向かってくる大きな影が視認できた。



セロはナナ以外に転移魔術を行使できる者を一人しか知らない。


そしてその人物は大森林での約定により、指定地域での戦闘行為を行わないことになっていた。

ここ、ロマリアもその指定範囲に含まれる。ここは安全であるはずだ。




門から目が離せない。中庭に集った全員が固唾を飲んで転移門を凝視していた。




皆の注目の中、転移門から出てきたのは灰色の牙狼。フォボスだ。

その背には黒いローブの女性が腰かけている。こちらは魔女。


フォボスが中庭側に降り立ち、転移門が消失する。


続いて、フォボスの背に座っていた魔女が、ふわりと浮かび上がるような動きでフォボスの隣に降り立つ。



「ありがとう、アシュリィ。」


魔女はフォボスの毛並みを撫で、フォボスは気持ちよさそうに目を細めている。



セロの背後では、いつの間にかレイズが戻ってきており、サーレントを守るように立っている。

そのレイズもまた、とある記憶をサーレントによって上書きされていた。


「私では足止めにすらならないでしょうが…。」


そんな声が聞こえてくる。

ちらりと背後を一瞥したセロは、アルベルトが見せる苦悶の表情に違和感を感じる。


(あれ?なんか味方に見せる反応じゃないんだけど。仲間割れ?)


サーレントはこれからトラブルを修正するかのような口ぶりだったが、事態は想像よりも進んでいるのかもしれない。


セロは自身の認識を修正し、様子を窺う。



「おまえはマゾ!!ついにあたしと決着を付けに来たのか!?ボスもいるし!兄ちゃん!さすがにあたしでもこいつら二人は厳しいぞ!?」

「ナナ、一人でも無理だからね?」


興奮するナナはロッテに抱き留められ、セロは冷静にナナの発言に言葉を返している。



「安心していいわよ?お嬢ちゃん。不戦の約定を交わしているのだから、ここであなたをいじめたりしないわ。」



フォボスの身体に大量の魔力がほとばしり、牙狼から人狼形態へ変化する。

それに呼応して、アルベルトはサーレントを守るように前に出る。


「魔女殿。方針は決定してしまったのかい?私の処分は決定されてしまったのかね?」

「そうなるわね。私としてはもう少し猶予をあげてもいいんじゃないかとは思ったのだけど。」



「静寂殿、残念な結果になってしまったな。我としても不本意ではあるが、これも仕事だ。」


フォボスがゆっくりと前に出る。

その攻撃目標はサーレントを守るアルベルトのようだ。



「ボーヤもお嬢ちゃんも手出しは駄目よ?これはあくまでアルカンシエル内部の問題事なのだから。」


「静寂殿、お下がりを。どこまで持つかは分かりませんが、もし可能であれば逃げて下さい。」


アルベルトはフォボスとの戦闘が不可避であることを悟り、準備に入る。



「ん?あれは…?」


セロはアルベルトの変化に反応を示す。

アルベルトの身体から黒い靄のようなものがじわじわと少しずつ噴き出しているのだ。



「兄ちゃん、ボスが強くなってるぞ?」


ナナはフォボスの鑑定結果を伝えてくる。



アシュリィ(人狼)


レベル 125


恩恵 付与魔法:夢幻+8

能力:人狼変態


技能 付与術:夢想

   付与術:幻想

   付与術:硬化

   付与術:切断

   付与術:粉砕


効果 対抗



セロもそれを確認し、急激なレベルの上昇に驚いている。


「え?この短期間でこんなにレベルが!?どういうことだろう…?」


そして、人狼は魔力によってレベルに追加補正をかけられることを思い出す。


(もしかして以前の110ってのは未補正の状態かもしくは加減していたってことか!?)



「な?ボスの奴、強くなってるだろ?何でだ?兄ちゃん。」


ナナはフォボスのレベルが上昇している理由が気になっている。


「簡単だよ。前に俺達とやり合った時は手加減していたってことだよ。」


「!」


その事実は看過できるものではなかったようだ。


「おのれボス!あたしをコケにするとは!パンチに値するぞ!!」


ナナは癇癪を起こして暴れている。



「親分、落ち着いて下さい。戦闘に巻き込まれるといけませんから下がりましょう。」


ナナとロッテは少し距離を取って待機する。

セロも少し遅れてナナとロッテの元へ合流した。


「俺はどうするべきなのか…?」


目の前の事象に対し、どのように対応するか。セロは決めあぐねていた。



まず、参戦するか、しないか。


参戦しないのであれば、サーレントとアルベルトを見殺しにすることになる。

アルベルトの能力は不明だが、フォボスを上回る可能性は低いと予想している。まず間違いなく魔女側が勝利するだろう。


参戦するのであれば、どちらに加勢するか。


魔女側。こちらはそもそも加勢の必要すらない。それに加勢するということはロッテの父親の殺害に手を貸すということだ。


セロは魔女側への加勢の選択を完全否定し、もう一つの選択について考える。


静寂側。こちらはこちらで、加勢しても事態が好転しないという問題がある。

戦っている者達が強すぎるのだ。加勢の意味がない上に魔女とフォボスに敵対行動をとることになる。


「下手をすると何もできずにただ死ぬだけって結果になりそうだ。」


結局、どう転ぼうとサーレント達の命運は尽きているかのように思える。しかも、助けることもできない。


「ごめん、ロッテ。俺の力じゃ、サーレントさんは救えない。」


ロッテもまた、現状を理解しているようだ。


「私達にできることはありません。見守るくらいしか…。」



アルベルトが噴き出す黒い靄はその量を増していき、その靄の一部は剣の形状をとって物質化。

複数の黒い剣がアルベルトの周囲を旋回し始めた。


「そろそろよいか。まずは一当てといこう。夜王よ、参るぞ?」


ついにフォボスが動いた。


突進と同時に、フォボスの身体がぶれる。その左右にもフォボスが出現し、三人でアルベルトを襲う。幻想付与による幻術のようだ。


「獣殿、甘く見すぎです。見えていますよ?」


アルベルトが腕を横に振ると、黒いカーテンのような幕がその前方に出現した。

襲ってきた三人のフォボスはその黒いカーテンに接触した途端に消失する。


どうやら三体とも幻術だったようだ。


アルベルトは上空を睨み、旋回していた黒剣を上へ向けて放とうと構える。

その方向から、小さく舌打ちが聞こえた。


フォボスは空を蹴り、アルベルトから一旦距離を取って着地。幻想付与を解除してその姿を晒す。



「成程、我の幻想は見えておるようだ。それに先程の黒い幕、魔力を吸収する効果を持っているようだな。」


黒い幕に接触した幻像は魔力へと分解されて吸収されていった。

アルベルトはフォボスの見立てが正しいことを肯定する。


「さすがですね、獣殿。暗幕についてはご指摘の通りです。そして私は他者の持つ精気を感じ取ることができます。」


フォボスの精気はその量も多く、濃度も濃い。

アルベルトにはフォボスの本体の位置を視覚に頼らずに把握することができるようだ。



「能力のみで評価するならば、私は獣殿に対しては相性がいいようです。」


フォボスの切断も、おそらく暗幕に触れれば霧散するのだろう。肉薄して接近戦に持ち込むしかフォボスに活路はない。

対して、アルベルトの戦闘技能は射程が自在だ。中、長距離で戦えば一方的に攻撃が可能なのだ。


しかし、フォボスの振る舞いはそれを窮地とは捉えていないようだった。



「惜しいな、夜王よ。汝の能力に強さが備わっておれば、その予測は現実のものとなったやもしれん。」


そしてアルベルトもまた、フォボスの言葉を否定できないでいる。


「そうですね。貴方は強すぎる。私の小細工など、その爪と牙でねじ伏せてしまうのでしょう。」

「そう。汝の小細工は我の牙の前に幻想と消えるだろう。そして汝らの生存もまた幻想でしかないことを知る。」



フォボスはゆっくりとアルベルトに向けて歩を進める。

アルベルトの迎撃を全て正面から叩き伏せるつもりのようだ。


「それでも私は静寂殿を守る為に力を尽くすしかない。獣殿が我らを叩き伏せる未来を幻想に変える為に!!」


アルベルトは黒い靄を全開で放出し、大量の黒剣を迎撃態勢に。

さらに暗幕を多重展開して前面に押し出す。アルベルトの姿も大量の黒剣も暗幕によってフォボスの視界から消える。


「目くらまし。あくまで小細工による足止めを選択するか、夜王よ。」


大量の暗幕が黒剣の射出位置とそのタイミングを隠し、回避を困難にする。



高速で射出される黒剣の連射。

展開された暗幕の向こうから突然現れるそれを、フォボスは難なくその全てを回避し、また、叩き落とす。


ゆっくりと距離を詰めるフォボスが最初の暗幕を抜けると、滞空する大量の黒剣に包囲されている状況ができていた。



「近接一斉射撃の第二陣です!」


「無駄なことである。汝の足掻き、その成果はすべて幻想と消える。何をしようとそれは覆ることはない。」



そう言った直後、フォボスの姿が掻き消えた。無人となった空間に黒剣が射出され、床石に突き刺さる。


一瞬の超高速移動で死地にあったはずのフォボスはアルベルトが立っていた地点の暗幕に飛び込んでいた。



そしてさらに濃密に配置された黒剣に全方位を囲まれるフォボス。


「黒刃の檻。回避不可の第三陣です!!」


暗幕に隠れ、密かに移動していたアルベルト。

彼のいた場所は、確実にフォボスを屠る為の死地となっていた。



「夜王よ、言ったはずだ。何をしようと汝の小細工は幻想と消えるとな。」



フォボスに襲い掛かったすべての黒刃はフォボスの身体をすり抜けた。


「何だと!?」


暗幕で囲った黒刃の檻に囚われたフォボスが幻術であるはずがない。幻は暗幕を超えられないのだ。

予想外の事象にアルベルトは驚愕しつつもすぐに解答を導き出す。


フォボスは第二陣を回避した時、最後の暗幕に飛び込んだのではなく、その手前で停止して暗幕の向こうに幻像を展開した。

幻像を展開したフォボスは自身に不可視の幻術をかけ、何処かへと消えた。


確かに第二陣回避の瞬間、アルベルトの視線は第二陣を注視している。

回避したフォボスを発見した時はすでに黒刃の檻に囚われていた状態だった。


「一体何処に…!?」


中庭を俯瞰し、フォボスの姿を探すアルベルトは上空に滞空していた。

フォボスからの攻撃を警戒し、それなりの高度をとっている。その背には一対の黒翼があった。


アルベルトは暗幕を多重展開した際に、その視界不良を利用して上空に隠れ、自身のいた場所には必勝の罠を配置していた。



「しかし獣殿は如何にして黒刃の檻の存在を察知した?獣殿は最後の暗幕を超えていない。罠を目にすることはなかったはずだ。」


「それも簡単なことだ。その姿が見えずとも、我の鼻は常に汝の匂いを捉えていた。汝が上空にて滞空していることは把握済だ。」


全てわかっていて、わざと最後の罠に幻像を放り込んだ。

アルベルトはその事実が何を意味するのか。それに思考を費やした。



「飛行手段を持たない獣殿が私を地上に叩き落とす為の何かを行う…?ならば!!!」


アルベルトはさらに上空へと上昇することを選択する。そしてそれと同時にアルベルトの黒翼が両断された。



「なっ!!?」


バランスを崩し、落下するアルベルト。


「馬鹿な!?一体どうやって!!?」


地上へと落下するアルベルト。

咄嗟に黒い靄から、黒剣ではなく足場を物質化させて落下に耐える。


「くっ!!」


物質化させた足場を増やし、アルベルトはさらに耐える。


耐えているうちに高速再生の能力が備わっているアルベルトの背中には黒翼が再生された。

なんとか地上に到達する前に上昇することができた。再切断を警戒するアルベルトはさらに上昇していく。



「ほう?しぶといではないか、夜王。」


すでに冷静さを失っているアルベルトは、かなりの高度を保っている筈なのに、どうしてフォボスとの会話が成立しているのかに考えが及ばない。

精気を察知することでフォボスの接近に反応することができるはずの自分が何故、背中の黒翼を両断されたのか。そこにも疑問を持たない。



「当然です!ですがやはり私では貴方には及ばなかった。敗北は認めます。それでも可能な限り足掻くことはやめません!」



上空のアルベルト、その頭上に小さな転移門が開いている。

魔女が展開しているそれが二人の会話を繋げているものの正体だ。

アルベルトの黒翼を両断したのも、魔女が転移門をアルベルトの背後に展開し、翼を地上に露出させてからフォボスが切断した。


元々一対一の決闘などではないのだ。そこに思い至らなかったアルベルトは、自身が致命的な隙を見せていることを思い知らされることになる。



「夜王よ、いつまで羽虫の如く飛び回って醜態を晒すつもりだ?そのまま降りてこぬつもりなのか?」

「誘いには乗らないよ、獣殿。私が高度を保っている間は貴方にはどうすることもできないはずだ!」



頃合いか。そう判断したフォボスは決着を付けることにした。



「では我は地上の静寂殿の首を刎ねることとしよう。汝はそこで主の死に様を眺めているがいい。汝の始末は魔女殿に頼むことにしよう。」


アルベルトは全てをひっくり返されたことを知る。

この高さから急行しても救援は間に合わない。

そして上空にいる自分の討伐を魔女が行うのであれば、もはや逃亡することも叶わない。


完全な敗北を理解したアルベルトは、冷静さを取り戻すのではなく、激情のままにサーレントの元へ突貫することを選択した。



「やめろおおおおおおおっ!!!!」





地上では、サーレントの前にフォボスが立っている。


これまで、幾度も逃走の機会はあったはずなのだがサーレントは逃げることをよしとしなかった。


「静寂殿、どうして逃げなかったのか、問うてもよいかね?」



「アルベルトを見捨てて、私だけが自らの願いを追い求める?それは選べないよ、獣殿。」


「そうか。残念な結果になってしまったが、我は汝のことは嫌いではなかった。輪廻の果てにその願いが成就することを祈っている。」


サーレントは自身の生存を諦めた。

その身を護衛していたはずのレイズは、恐怖に震え、ただ荒い吐息を吐き出している。



「え?お父様?」


目の前の光景に困惑するロッテ。


「兄ちゃん!親父がやられちゃうぞ!?いいのか!?」


ナナも焦りを見せている。


葛藤するセロの前に、いつの間にか接近した魔女がいた。



「ボーヤ、手出しは無用よ?」


セロは拳を握りしめ、唇を咬んだ。


このままでは、ロッテの心に深い傷を残すことになる。

しかし、自分達の力ではどうにもできないことは十分に分かっている。


セロはナナを抱きしめ、その顔を自身の胸に引き寄せる。


「む?ふぬぬ…。むぐぐぐ…。」


これから起きることはナナに見せてはいけない。


「ナナ、しばらく我慢して。」



魔女がフォボスに向かって頷く。

その瞬間、フォボスの腕が霞み、黄土色の石仮面を装着したサーレントの頭部が宙を舞っていた。


頭部を失ったサーレントの胴体から、大量の血が噴き出し、そのまま崩れ落ちる。



その光景を間近で目に焼き付けたロッテは、ガタガタと震え、そのままへたり込んだ。


「お父様…。」



「ひっ、ひいいぃ!!」


恐怖に動けないでいたレイズは、サーレントの首が地上に落ちた瞬間に自由を取り戻す。

そして声にならない叫びを上げながら逃走していった。



「悪いんだけど、彼らの遺体は貴方達には渡せないわ。貴重な恩恵が宿っている遺体は回収しなくてはならないのよ。」


魔女はサーレントの胴体と黄土色の石仮面を転移門に放り込むと、残った頭部をロッテの前に持ってくる。


「お別れ…。しておく?」


茫然となって、瞳の焦点も定まらないロッテは、魔女の言葉に反応し、その手を伸ばした。



サーレントの頬にその指先が触れる。

ロッテは父の体温を感じ取る。


その瞬間、ロッテは意識を失い、そのまま倒れた。



「まったく、後味の悪い仕事ね。」


魔女はぼやきながらサーレントの頭部を転移門へ。



「ナナ、ロッテを王都へお願い。気絶しちゃったんだ。」

「うん、わかった。」


直視してはいないが、ナナにもなんとなく状況は伝わっているのだろう。

明らかに元気がなくなっていた。



ナナは転移門を開き、セロは気を失っているロッテを中に運ぶ。




そして獣のような叫びが上空から聞こえてきた。

上空から急降下してくるアルベルトだ。


地上の様子を視認したアルベルトは、サーレントの遺体こそ消えているが、地面に残された大量の血痕に状況を理解し、さらに狂乱する。



「ボーヤ、お嬢ちゃん、離れた方がいいわ。あの様子だと何をするかわからないわよ?」


セロはナナを抱き上げ、魔女の忠告に従う。



狂乱するアルベルトは、抗魔の魔道具への魔力供給すら忘れているのか、戦闘の最中、魔道具を失ったのか。

原因は分からないが、その身から阻害効果は失われており、ナナの魔眼はアルベルトを鑑定していた。



アルベルト・スピリタス(夜魔)

           (夜の魔王)


レベル 97


恩恵 夜の魔王 暗黒魔法:無限:夜間+9

        夜天結界+9

   能力:高速再生:夜間+9

   能力:身体強化:夜間+9

   能力:吸精:夜間

   能力:黒翼:夜間

   能力:眷属化:夜間


技能 暗黒魔術:暗黒物質

   暗黒魔術:無明暗幕

   支配術:眷属


効果



アルベルトが魔王の称号を持つ者であったことに、セロは小さく驚きを見せた。



「おおおおおおおおおおおおっ!!!!」


地表スレスレに降下し、そのまま低空飛行で突貫してくる。

立ちはだかるフォボスに向けるのは激しい怒り。

アルベルトは鬼の形相で突っ込んできた。



フォボスは正面からアルベルトを受け止めるつもりのようだ。


「ぬぅんっ!」


半ば体当りに近い形でフォボスは突っ込んできたアルベルトとぶつかり合う。



中庭に衝突音が響き渡った。


硬化したフォボスには大したダメージは無いように見えたが、アルベルトは大量の吐血。内臓に損傷を受けたことがすぐにわかった。


アルベルトの最後の特攻は勢いを殺され、そのままフォボスに抑え込まれた。



奇声を上げるアルベルトはそれでも諦めてはいない。

大量の暗黒物質の放出して、フォボスを包み込もうとしている。



「我を道連れに玉砕するか、夜王よ。だがその最後の願いすら幻想に終わる。」



時間はすでに深夜だ。ほのかな月明りだけに照らされた中庭には薄闇が広がっている。


「夜王よ。幕引きだ。」



フォボスの言葉と同時に、中庭が強烈な光に埋め尽くされた。


その光は太陽の光。小さいが、フォボスが生み出した日光の幻想だった。



ビクッ!!


アルベルトはその光に反応する。


その体が日の光を認識し、夜間ではないと誤認する。

夜間限定の技能がその効力を失った。


大量の暗黒物質が消え。

背中の黒翼が消え。

その身体能力を強化していた加護が消え。

損傷した内臓を治癒させていた再生能力が消えた。


普段のアルベルトであったなら、夜天結界による日光の遮断で対処したかもしれない。

しかし、全てを失って錯乱する現在のアルベルトはただ、フォボスに向かってくるだけだった。



簡単にフォボスの打ち下ろしの拳で地面に押さえつけられる。

背中を踏みつけにされ、身動きが取れなくなってもアルベルトは我武者羅に暴れることを止めない。


「魔女殿。お願いします。」


フォボスの要請に応え、魔女はアルベルトに何らかの魔術を行使する。



アルベルトは紫色の煙に包まれ、沈黙する。

すぐに煙は消失し、そこにはまるで眠りに落ちるかの如く抵抗を止め、うつ伏せになっているアルベルトがいた。


セロはナナを抱きしめる。ナナもこれから何が起こるか分かっているのか、大人しくセロに抱き着いた。



魔女がフォボスに頷き、フォボスがアルベルトの首を刎ねる。


血が噴き出し、地面に血だまりを作る。



「はぁ…。嫌になるわね。」


アルベルトの遺体を回収しながら魔女がぼやく。


「我には計画の修正は可能だったように思えるのですが、何故でしょう?今回の抹殺指令、何処か腑に落ちません。」


フォボスもまた、本音を魔女に向けて吐露しているようだ。



セロは二人に尋ねていた。

どうしてもこの問いかけをしなければ納得がいかなかった。


「魔女さん、獣さん。計画のトラブルで被害を受けた老師って人が抹殺の指示を?」


それは二人の殺害について、その原因を特定することだった。

魔女とフォボスは少しの間、セロの質問に答えるべきか考えていたようだったが、答えを返してくれた。



「老師はトラブルについては、可能な限りの修正を施してくれればいいと言っていたわ。」

「だから静寂殿はその予定で動いていたのだ。」


「でもね、直前になって教皇猊下が突然二人の抹殺を命令した。私達にとって、教皇猊下のお言葉は絶対。」


セロはまだ納得していない。


「その突然の心変わりの理由は?」


「少年、猊下はその命令に理由など付けない。ただ命令し、我らはそれに従うだけなのだ。」


フォボスの返答も、当然セロには受け入れられない。



「けど推測でよければその理由にも見当はつくわ。詳細は分からないけどね。」


魔女は教皇の命令について、自らの推測を語った。



「ボーヤ、貴方もそのお嬢ちゃんを見ているのだからわかるはずよ。特別な付与魔術を行使する者は、その特別を知覚する能力も保有する。」


セロは魔女の語る内容に理解を示し、頷いて見せた。



「猊下もまた、静寂殿が生存することで不都合が発生する、それを示す何かを見たのかもしれないわ。私が想像できるのはこのくらいね。」



「教皇さんの付与魔術ってのは?最高幹部会でも一二を争うくらい強力なものだって聞いたけど。」



魔女は閉口して動きを止めている。



「ごめんなさい、ボーヤ。もう一つ可能性が浮上したわ。静寂殿はそれを貴方に喋ったから抹殺の命令が下った可能性も追加ね。」



組織の盟主である教皇の宿す恩恵について外部にそれを洩らすことは絶対の禁忌なのだそうだ。




「嫌な思いをさせてごめんなさいね?」

「我からも謝罪しよう。命令といえど、静寂殿の娘には詫び切れるものではない。」



二人は謝罪の言葉を口にして去って行った。


それを見計らったように、オルガン率いる商会の仲間達、アラン他、日冒部の皆が中庭へと殺到する。



市街区のゾンビ制圧があらかた完了したあたりで中庭に異常を察知。魔女とフォボスが現れたのだ。

後処理を聖壁騎士団に任せて中庭を遠方から監視していたらしい。


「都市伯のノッポの強さにも驚いたがフォボスって人狼はそれ以上だな。どうなってやがんだ、まったく。」


オルガンは遠方からであっても戦闘の様子をつぶさに観察していたようだ。



何があった?


皆が説明を求めている。言われずともそれがわかった。



「親父が死んじゃったんだ。黒いノッポもやられた。」


ナナの説明では結果しか分からない。


「気を失ったロッテを王都に戻して放置しているんだ。皆で一度戻ろう。そこで説明するよ。」



ナナは転移門を開き、全員が王都へと帰還する。ロマリアの騒乱はこうして幕を閉じた。

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