070 死都
宵闇のロマリアに大きな破壊音が轟いた。
ロマリア城の城壁の一部が大きく破壊され、そこには巨大な穴が開いている。
「ふむ、このくらいでいいか。」
スピリタス伯爵は城壁にできた大穴を前に、満足そうにしている。
その穴は、城内にある使われていない倉庫に通じていた。
元々あった入口は厳重な封印の上に新たな壁に埋め立てられている。
そして、倉庫の中央の床には巨大な穴。
その穴は緩やかな勾配がついていて、地下深くまで通じている様だ。
「レイズ、死者の誘引を。香を焚くのだ。」
「はっ。」
いつのまにかスピリタス伯爵の背後に控えていた三つの人影から返答が返ってくる。
命令に返答したのは長身の人影。その両脇には猫背の人影が二つ。
それは、闇夜の怪人と街で囁かれている者達だった。
「後は任せる。」
スピリタス伯爵は怪人達に一言だけを残して去って行った。
そして、ロマリア市街区にある教会でも、城壁の破壊音に呼応して動き出す者がいた。
元々この教会にいた司祭達は、枢機卿直筆の指令書を携えてやってきた司教の指示により、都市の外へと移動していた。
急遽、都市の外部や演習場において多数の案件が発生し、その業務を委託された者達に追従すること。
それがやってきた司教よりもたらされた指示であった。
結果として無人となった教会の敷地。
その外れに地下霊廟への入り口があり、普段は施錠されている筈の金属製の柵が開け放たれている。
にこやかな笑顔で霊廟から出てくる人影があった。
普段はロマリアの東にある小さな教会にいるはずのガリウス司教である。
教会の者からすれば、東の大霊廟の管理者という認識だ。
ガリウスは霊廟の柵を施錠するでもなく、そのまま教会の内部へと入っていく。
そのガリウスが出てきた地下霊廟の入り口からは、無数の人骨がカタカタと音を鳴らしながら地上に姿を現す。
白骨死体に死霊が憑依することで発生する、スケルトンと呼称されている魔物だ。
地下霊廟の入り口前には複数の木箱が置かれており、それらには金属製の武器が雑多に詰め込まれていた。
剣、槍、斧、槌等、形状は様々。安物だが大量に用意してあるそれらを手に取って、スケルトンの一団は武装する。
ガリウス司教はこのスケルトン達に簡単な命令を与えていた。
それは、ロマリア市街区にある民家の扉を破壊すること。そしてその行為を妨害する者を殺害すること。
カタカタカタカタ…。
スケルトン達は音を鳴らしながら、命令を実行するべく教会の敷地から街区に向けて移動を開始した。
教会の内部では、光の女神像の前に跪くガリウス司教の姿がある。
「今宵、このロマリアに死者の祝福があらんことを。」
ガリウス司教は自身の装着した指輪を一瞥し、祈りの言葉を口にする。
その指輪は、サーレント枢機卿より与えられた死者の指輪。
ガリウス司教の技能を補助、強化する働きを持っている。
死者の指輪の助けを借りて、ガリウス司教は一つの大魔術を行使する。
それは、ガリウス司教が普段から使用している死体に死霊を憑依させ、魔物に変える魔術。
通常であれば、その対象は変化させる死体となる。
しかし、これより行使する魔術は指定された領域を対象とするものだ。
これによって、領域内に発生した死体には即座に死霊が憑依する。
さらにその領域を、死者の指輪の力で市街区全域にまで拡大する。
ロマリアを死者の都とする為の大魔術である。
あとは指示があるまでこの領域を維持すること。
それがサーレント枢機卿より下された命令の内容だった。
跪いていたガリウス司教は深く息を吐いて立ち上がる。
「かなりの魔力を持っていかれたが、成功だ。まったく、死者の指輪か。素晴らしいな、こいつは。」
死者の指輪は今回の作戦でのガリウス司教への報酬となっている。
自らの指に装着されたそれを恍惚の表情で眺めるガリウス司教。
「あとはサーレント枢機卿猊下の元へ戻れば役目はほぼ終わりだな。」
ガリウス司教は魔術領域を維持したまま、教会を出て何処かへと歩き去って行った。
ロマリアが死者の領域となった頃、破壊された城壁の内部、倉庫の床に開いた大穴からは大量のゾンビ達が姿を見せている。
辺りには甘ったるい香りが漂っていて、ゾンビ達はそれに誘われるように城壁の破壊痕を通過し、市街区に到達する。
そして市街区に現れたゾンビ達は、ここまで自分達を誘ってきた甘い香りを忘れ去ってしまう程の魅惑的な香りを嗅ぎ取る。
それは生者の香り。自分達が欲してやまない命の香りだ。
ゾンビ達はその本能が命ずるままに、ロマリアの市街区を進む。
その背後にある城門からは次々とゾンビの群れが姿を見せる。
死人達はまるで雲霞のごとく、城門から街区へとなだれ込んで行った。
ロマリアがそんな状況になっているとは夢にも思っていないナナ達は、食事を終えてそのまま酒場の二階で休息をとっていた。
「…。」
セロは難しい顔をして考え込んでいる。
ロマリアに関して、何か重要な見落としがあるような気がしてならないのだ。
「セロさん、気持ちを切り替えて、明日また頑張りましょう。」
ロッテはセロを心配して声をかける。
「なんかこう…、そこまで来てるというか…。うまく言えないんだけど思い出しそうで思い出さないんだよ。」
セロはそう言いながら、滅亡するロマリアから逃亡するシャリア王女に思いを馳せる。
「脱出路は二つ、敵に知られていた地下道は使用せず、知られざるもう一つの地下道を使用した…。」
何かに擬態して地上から逃走したなどということはない。
後世に伝えられるロマリアの包囲網は甘さなど微塵もない。
それにシャリア王女は父親であるレオンから地下道を使って逃がされたとはっきりと明言されている。
「ではシャリアの逃亡に実際に使用された地下道はどのようなものだったのか。」
脱出したシャリアはボロボロの恰好で当時の迷宮守の集落に現れている。
そしてロマリアの周囲は大軍に包囲されている状態だ。
「その地下道は南東、現在のラビュリントス方面へと続く道…。」
ロマリアを攻めていた大軍からも発見されていないことから、かなりの長距離を走る地下道だと予想される。
「いや、それはそれで考えにくい…。」
都市の外部までの脱出路ですら、実際に地中に建設するとなれば大変なことのはずだ。
それをロマリアからラビュリントスまでの長距離を地下道で繋ぐというのは大事業だ。大勢の人間がそれに関わったはず。
そうなれば情報が完全に秘匿されていることに違和感を感じる。
「う~ん…。」
セロはもどかしさに悩まされているようだ。
この問題を解決できる何かを思い出しそうで思い出さないのだ。
思い悩むセロから少し離れたテーブルでは、ナナが本を開いている。
「あたしがミケとクルルに本を読んでやるぞ!」
それはラビュリス城の書庫から持ってきた迷宮守の手記だった。
「我らの守る迷宮は、ある日女神を産み落とした。」
「「ニャ~~~!!!」」
パチパチパチパチ…。
冒頭の一文を読み上げたナナに、ミケとクルルが拍手する。
セロにはその声もしっかりと聞こえていた。
ガタン!
大きな音を立てて、弾かれたようにセロが立ち上がる。
「ど、どうしたんですか!?セロさん!?」
セロの行動に驚くロッテ。
対するセロは何かに衝撃を受けたような表情で立ち上がった体勢のまま固まっている。
(女神はシャーリー。迷宮が産み落とした、つまりシャーリーは守り人の集落に辿り着いた時、迷宮の中から現れた!?)
この瞬間、セロを悩ませていた様々な疑問が氷解していく。
(シャリアが使用した長距離地下道は天然の地下空洞を利用したものだったんだ。あのゾンビが大量にいた大空洞だ。あれがロマリア近辺まで続いていた。)
シャリアは大空洞を抜けた後、迷宮を第3層から地上まで登ってくることになるが、当時の迷宮は魔物も少数だった。ゾンビもいなかっただろう。
「ならロマリアで騒乱を起こすのはあのゾンビの群れか!!」
セロの声に全員が大きく反応する。
「セロ、何か分かったのか?」
アランに頷いたセロはナナの元へ移動する。
「ナナ、済まない。その本、兄ちゃんに見せてくれるかい?」
「むぅ。仕方ない、特別なんだぞ?兄ちゃん。」
「ありがとう、ナナ。」
セロは迷宮守の手記の内容から、ヒントになりそうな部分だけを読み取っていく。
自然と皆もその周囲に集まってきた。
迷宮守の手記も、ラビュリス城で見た他の書物と同様、シャーリーが守り人の集落に現れてからの出来事を記している。
しかし、他の二冊と違い、シャーリーのことが神格化されて表現されているあたりが決定的に違っている。
女神は言った。神界にはもう帰れない。
神界を焼き尽くした悪魔達の追手から逃れる為、自分が通った後に転移の泉は埋められてしまったのだ。
「つまり、シャリアが逃亡した直後、その地下道はレオンによって埋め立てられたということか。」
手記に記された一文を読みながらセロが呟く。
これだと、地下空洞にいたゾンビ達もロマリアへの道が塞がれている為に辿り着けないことになる。
「いや…、埋められた部分を掘り起こす、もしくは別ルートでもいい、ゾンビの通り道を開通させることができれば…。」
その時、セロの脳裏にスピリタス伯爵の言葉が思い起こされた。
「私ではない何者かが騒乱を起こすべく、ロマリアに仕込みを済ませているそうだよ。」
仕込みというのが何を指すのか。
「あぁ…、仕込みってこれかぁ…。」
ソンビの量産。それとその移動ルートの開通だ。
セロはロマリアの騒乱の内容を完全に理解していた。
そして同時に、これまで中々思い出せなかった引っかかりも思い出していた。
それは少し前の迷宮での問題解決に携わったオルガンからその状況を聞いていた時だ。
その時に、実際にこのような会話が交わされていた。
「第3層から魔物が上がってくる気配はなかったな。一応、前に猫をぶっ殺したあたりまでは確認したぞ?」
「そういえばその先って、すごく広い空間になっていて大量のゾンビがいたよね?」
「はい、私も憶えています。」
「学院の授業で聞いたんだけど、ゾンビって死体に死霊とかが憑依した魔物だって言ってたんだよ。」
「はい、なので王国では死者はそのまま埋葬するのではなく火葬が一般的です。」
「そもそも何であそこにゾンビがいたんだろうって思って。第3層まで行ける冒険者は皆無だって話じゃなかったっけ?」
「そういえば…。しかもスケルトンではなくゾンビって…。」
「火葬されていないってことは失踪扱いになっている人達なのかな?なんにせよ、あそこには何かある気がする。」
セロはがっくりと肩を落とし、項垂れる。
「俺、アホだ…。完全に忘れてた…。」
大空洞やゾンビの存在に疑問を抱き、しかも失踪者と関連付けておきながら自身の発言を完全に忘れていたのだ。
セロの受けた精神的ダメージは大きかった。
「兄ちゃん、大丈夫だ。あたしはアホの兄ちゃんも見捨てない。大好きだぞ?」
「うぅ…、ナナ…。頼りない兄ちゃんでごめんな…。」
珍しく落ち込んだ様子を見せるセロに、皆が慰めの言葉をかける。
やがて落ち着きを見せ始めたセロは、皆に予想されるロマリアの騒乱の内容を語った。
その頃、死者の都となったロマリアは、阿鼻叫喚の地獄と化していた。
多くの民家の入口の扉は破壊され、無遠慮に中へと進入する死者達を遮ることは叶わない。
「ゾンビだあああぁあぁ!!!」
「来るな!!来るなああぁぁ!!!」
市街区の至る所から、住民達の恐怖に彩られた悲鳴が響き渡る。
ガシャアァァァァン!
とある民家にて大きな破壊音。
家具を使ってゾンビ達の侵入を必死に防いでいたのだが、ついにその防壁が破壊された音だ。
「きゃあああぁぁぁあぁあ!!!」
民家の住人の顔が絶望に染まる。
「屋根裏に逃げ込むんだ!!」
夫は妻と娘に逃げるように叫び、木材を握りしめると家族を逃がすべく結果の見えた戦いに身を投じる。
「うおおおおおっ!!」
「お父さん!お父さん!!」
泣き叫ぶ幼い娘は母親にその手を引かれ、母親は部屋の奥の壁に梯子を立てる。
父親の断末魔の叫びが轟く中、娘は必死に梯子を登り、母親は屋根裏へと続く天井の開口に娘を押し込む。
そして屋根裏に逃げ込んだ娘が母親の手を引こうと、振り返り開口から顔を出す。
娘の眼に映ったのは、母親がゾンビに足を掴まれ梯子から引きずり降ろされている姿だった。
梯子は倒れ、母親は大勢のゾンビに捕らえられ、喰らいつかれた。
「お母さああああああぁぁぁん!!!」
娘はその光景を直視することは出来なかった。
屋根裏の隅で震える娘には、身体を食い千切られ、肉を咀嚼する不気味な音だけが聞こえていた。
悲劇はここだけではない。
市街区の至る所で似たような惨劇が引き起こされ、犠牲になった者達は新たなゾンビとして起き上がる。
家に閉じこもっていた住民達に逃げ場はない。
ゾンビが現れてから、さほどの時間が経過した訳ではないのだが、すでに多数の犠牲者が出ていた。
同時刻、王都。
ビフレスト酒場二階にて、全てを理解したセロ達の前にオルガンがやってきた。
「参ったぜ。会議がこんなに長引くとはな。」
王城で行われていた停戦交渉の準備会議は長時間に及んだそうだ。
レギオン宰相ら、一部の者達は未だ会議室で話し合いを続けているらしい。
「そんなに揉めてるの?」
セロは疲れた様子を見せるオルガンに尋ねた。
「いきなり魔女が王城に現れてな。停戦交渉についての書状を持ってきたんだけどな。まぁ、交渉の日時だとか、決まり事みてえなのが指示された。」
オルガンはセロに書状の写しを見せる。
「ちなみにメンバーは交渉役はマルス、あとの四人は全員護衛だ。俺とセロ、ナナ、ルーシアだ。」
ナナの名前が含まれていることに皆は驚くが、オルガンはその理由も続けて語った。
「ナナはまぁ、戦闘時の補助要員って名目だが、実際には万が一の際の脱出手段だ。」
転移で移動する以上、何かあった時の逃亡の手段としてナナがメンバーに入っているのだ。
「そういうことなら仕方ないですね。親分?皆さんの話し合いの邪魔をしてはいけませんよ?」
「ロッテ、親分の交渉能力は知っているだろう?むしろあたしに任せてもいいんだぞ?」
「絶対無理です…。」
項垂れるロッテに、同意見らしく皆も頷いている。
「え?明後日の正午?確かに先生は一週間くらいとか言ってたけど少し早いな。」
セロは開催日時の方が気になったようだった。
(停戦になって得をするのは王国だけだと思っていたけど、これだと侵略者の方が停戦を希望しているかのようだ。何か理由でもあるのかな?)
そしてそのまま、ロマリアでの騒乱が停戦交渉にどういった影響を及ぼすかを考える。
仮に停戦交渉中に騒乱を起こす場合。
これはおそらく交渉の内容をアルカンシエルの有利な方向へ誘導する為に、交渉の状況に呼応して発生させるはずだ。
ロマリアの安全と引き換えに有利な条件を引き出す等だろうか。
侵略者は現時点で王国内の拠点を制圧、戦力面においてもかなり優勢。
セロは交渉中に騒乱が起きる可能性は低く見積もった。
(侵略者はわざわざロマリアを交渉材料にしなくとも有利な条件を引き出せるだろうしな。)
次に、停戦交渉の後に騒乱を起こす場合。
もしも停戦が成立しなかった場合は有効だろう。王国はさらに窮地に陥ることは想像に難くない。
ロマリアにも戦力を割かねばならなくなり、ただでさえ少ない戦力がさらに削られる。
逆に停戦が成立したと仮定すれば、この騒乱は王国に対しての何らかの戦略としてはあまり効果を成さない気がする。
南北は停戦中なのだから、王国は全力で事態の収拾にあたることができる。
もちろん、効果がまったくないという訳ではない。
被害も出るだろうし、騒乱に対処するには様々な出費もかさむだろう。
ただ、騒乱をどのタイミングで発生させるかについては、ウィランも考えている筈だ。
最後に、停戦交渉の前に騒乱を起こす場合。
ロマリアで起きた騒乱をどのように交渉に利用するかは交渉人次第。
現時点では帝国と連邦の交渉人が領土以外に何を求めているのか、全く分からない。
(でも可能性としてはこれが一番ありそうな気がする。結果の出ていない騒乱は交渉材料としては使いにくそうな気がする。)
しかしそれもあくまで交渉人次第。
セロはあくまで全ての可能性を想定する。
「ん?そうなると…、交渉前にロマリアの騒乱を起こす考えだとしたら、そろそろなんじゃないか?」
思わず考えを口に出したセロは、ロッテにロマリア上空の映像を出してもらい、ジルにゾンビの探知を頼む。
「!!!?」
ロマリアの市街区が光点に埋め尽くされていた。
「やばい!もしかして俺達が戻ったのを見計らって始めたのか!?」
セロはナナに転移を頼み、皆には少し待つように伝える。
「安全な転移先を確保するから、その後に転移してきて!」
まずはセロが単身でロマリアへと転移する。
中央広場近くの路地に出たセロは、直上に飛び上がり、建物の屋根の上へ。
「地上はゾンビだらけだ。屋根の上なら奴らは上がって来れない。」
すぐに通信を送り、セロの位置に転移門を開くように伝える。
「わかったぞ!」
ナナはセロの道標を目標にして転移門を開き、全員が広場近くの建物の屋根に姿を現した。
「おっちゃんはみんなを集合させてる。少し遅れて来るぞ。」
とりあえずは日冒部員のみだ。
「おいおい、ちょっとメシ食ってる間にゾンビだらけじゃねえか!」
眼下の眺めに衝撃を受けるアラン。
いくつかの民家の様子もおかしい。何かと争っているような物音や悲鳴が聞こえる。
「住民が襲われていますわ!」
「助けなきゃ!!」
ジルとエトワールが叫ぶ。
もはや一刻の猶予もない。セロは素早く作戦を伝える。
「ナナは皆の強化。そしてロッテとナナはここに残って。」
ゾンビ単体の強さは大したことはない。しかし、救助に向かうのはアランのみとした。
エトワールとトラ、クルルは屋根の上から遠隔攻撃でアランをサポート。
ジルは生存者を探知してアランを案内。
「アランが建物内のゾンビを殲滅したら入口をジルの樹壁かミケの肉球で入口を塞ぐんだ。」
ゾンビの建物への侵入を防ぐ作戦のようだ。
「時間がない、行ってくれ!!」
「生存者は多数です!同時にゾンビも探知してお知らせします!!」
ゾンビが侵入していない建物は即座に入口を塞いで時間を短縮する。
全員がジルの指示で飛び出して行った。
「ナナ、転移門開けてくれ。」
オルガンからの通信だ。
ナナは転移門を開き、そこからオルガンを筆頭にビフレスト商会の狩猟者達が姿を現す。
セロはやってきた援軍にも素早く指示を出す。
「一人、西門に走って聖壁騎士団を突入させてくれ。西への退路を確保しながら市街区へ向かうように指示を頼む。」
ロッテは素早く地理枠を展開し、西門付近の映像を出す。
ナナはそれを転移枠に変え、連絡役の一人がそれに飛び込んで行った。
「オルさんは俺達と一緒に。他の皆はとにかくゾンビの殲滅を頼む。」
「「「おおっ!!」」」
狩猟者達は一斉に市街区へと走り出し、戦闘を開始した。
「俺らはどうするんだ?セロ。」
残っているのはナナ、セロ、ロッテ、オルガンだ。
「俺達はゾンビが入ってくる入口を見つけてそれを塞ごう。」
敵の増援を断てば、殲滅は容易であるとの判断からだ。
「ナナはロッテを守るんだよ?」
「うむ。ロッテは大事な子分だからな。親分に任せておけば大丈夫だ。」
ナナは心配そうにしているロッテに声をかける。
「それじゃあ、俺達も行こう。」
セロ達はゾンビの発生源は城の近くか城内にあるとあたりをつけ、北東へと屋根を伝って移動を始めた。
ロマリア某所、全てのカーテンが閉じられた薄暗い部屋。
「と!こんな感じだよっ!!」
テーブルに置かれた頭蓋骨が、市街区の状況を伝え終わったところだった。
報告は、ワンダー・リンリンからのようだ。
「セロ君達が来てしまったようだよ。真っ直ぐ城に向かっているね。」
スピリタス伯爵は部屋の奥でワイングラスを傾けるサーレントに報告する。
「来てしまったのか…。このタイミングで現れてしまったらロマリアの騒乱は失敗じゃないか。」
サーレントは落胆よりも驚きの感情が大きいようだった。
「ふむ。入口に蓋をするつもりかな?時間をかけた仕掛けだ。せっかくだし塞がれるのは少し寂しくもある。アルベルト、対処を。」
続けて小声で、結果は変わらないだろうがね。と、サーレントは小さく言い捨てた。
「かしこまりました。では僅かではありますが時間を稼ぎましょう。」
サーレントの前にいたスピリタス伯爵は振り向いて、部屋の入り口に待機している三人の怪人に命令する。
「レイズ、彼らの足止めを。死者を吐き出す時間を作るのだ。」
「はっ。」
三人の怪人、その中央に立っていた長身の男が命令に返答する。
「行くぞ。」
「コルルルル…。」
猫背の二人は奇妙な唸り声をあげてレイズに追従する。
部屋を出た三人の闇夜の怪人は、死者の都となったロマリア市街区に躍り出た。
そしてロマリア城へ向かう四人に向けて、闇夜を疾駆する。
怪人達を見送ったスピリタス伯爵はサーレントの前に戻り、声をかけた。
「静寂殿、予想外の事態になってしまいましたが…。」
「まったくだ。これでは死都は完成せず、鎮圧されてしまうね。」
サーレントは一見すると平静を保っているように見える。
しかし、長年連れ添ったスピリタス伯爵には明らかに落胆しているのが感じ取れた。
「大森林での詳しい報告から十分に評価したつもりでいたが…、それでもまだ私の見立ては甘かったということになるか。」
「むしろ大森林での経験を経て成長した、ということになるのでしょうか。」
「その成長を見誤ったのも私さ。言い訳はしないよ。私の失策だ。」
サーレントは自らの失態を認め、そして落胆を止めた。
「アルベルト、済まないがこれからは急な対応を余儀なくされそうだ。道化殿と獣殿にも本格的に助力を請わねばなるまい。」