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フヨフヨ  作者: 猫田一誠
08 死都
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064 都市伯

「シャルロッテお嬢様!!」



城門を塞いでいた門衛達は、ロッテの姿を確認するなり槍を戻し、姿勢を正す。


「失礼いたしました!どうぞお通り下さい!」



三人は無事城門を抜け、城の中庭へ。


「ウィランさんの前に、まずはスピリタス伯爵を探そうか。一緒にいるのかも知れないけどね。」

「そうですね。ならまずは叔父様の執務室に案内します。」


そう言ったロッテの手から、いつの間にかあるべき重みが消えていた。

手を繋いでいたはずのナナが居なくなっているのだ。


「え!?え!?」


ロッテは慌てて辺りを見渡し、ナナの姿を探す。



ロマリア城、正面大扉の前に小さな赤毛が見える。

どうやら巨大な城に興奮して走り去っていたようだ。


「でっかい城だ!さっそく探検するぞ!!」


ナナは大扉を開けようとしているようだ。


「親分!!」


駆け寄ったロッテに捕獲されるナナ。


「駄目じゃないですか!いきなりいなくなったりして!!」

「仕方ないんだ。でっかい建物がそこにあったら探検したくなるんだ。あたしがこのお城の秘密を暴いてやるんだ。」


「ちゃんとセロさんか私に言ってからにして下さい!」


捕まっているナナはそのままお説教だ。


「ナナ、駄目だよ、探検するならちゃんと俺達も連れて行かないと。」


遅れてきたセロが合流した。



三人はロッテの案内で伯爵の執務室を目指す。

ナナが開けようとしていた大扉を開け、中に入る。


老朽化した城の内部は、当時のままだ。

石造りの壁や床。両脇に設置された篝火。


それはまるで、城というよりも砦の中のようだった。


「アルベルト叔父様の意向で、内装が整えられているのは必要最小限になっているんです。」


ロッテの解説を聞きながらも目的地へ向けて歩く。


やがて、途中で誰とも出会わなかったことを訝しみながらも執務室に到着。



コンコン。



ノックをしたロッテはゆっくりと扉を開ける。



執務室には一人の男が佇んでいた。


長身に細身。服装は上下共に黒。温和な顔立ち。



「アルベルト叔父様?」


どうやら目の前の男がアルベルト・スピリタス伯爵で間違いないようだ。



「やあシャル。久しいね。そして一緒にいるのはビフレスト商会のセロ君とナナ君だね?初めまして。」


スピリタス伯爵は貴族らしく上品な礼をとる。


「君達がここに来た目的は大体想像がつくが、一応問うことにしよう。」


続けてその問いを口にした。


「君達の目的はウィランの殺害か?それとも捕縛か?」

「どちらでもありません。目的は対話です。」



ロッテの返答に迷いはない。

スピリタス伯爵もそれに問い返すことはしなかった。


「シャル、残念ながらその願いは叶わない。今日はね。」


ウィランは現在所用で城を出ているらしい。行先は不明だ。


「戻ってくるのは明日以降だ。ちなみに用件の内容は私も知らない。」


残念そうにしていたロッテだったが、すぐに気持ちを切り替えてスピリタス伯爵に質問する。



「アルベルト叔父様。それでは今日の所は貴方が知ることを答えていただけますか?」

「構わないよ。私に答えられることならね。」


交渉相手は目的と違ってしまったが、それでも貴重な機会に変わりはない。



「叔父様、貴方は父と同じくアルカンシエルのメンバーなのでしょうか?」


「答えはイエスだ。ただし、私には変革を渇望するような強い願いはない。正式メンバーではなく、外部協力者みたいなものかな。」


最高幹部、静寂ことウィランの求める変革の手助けをしているだけ。

スピリタス伯爵は隠そうともせずに流暢に返答する。



「お父様の求める変革の願いとはどのようなものなのでしょうか?」


「それは私にも分からない。成就する確信を得られた時か、実現する直前に願いの内容を語ってくれると約束はしているがね。」

「各地から侵略を受けている王国の現状は、父の計画によるものだと聞いています。父は母の仇として王国を滅ぼそうと?」


「それは違うと思うよ、シャル。」


小さく首を振り、スピリタス伯爵はロッテに知っている範囲での情報を流す。



「おそらく王国の侵略はウィランの変革を成す為に必要な前準備のようなものさ。ウィランの願いと直接は関係していない。」


ウィランの願いを成就させ得る環境を作る。その為の変革。ウィランはこれを闘争による世界変革案として組織に提案した。


共にワイングラスを傾けながら、ウィランは饒舌に語ってくれたのだそうだ。



「ウィランは王国の滅亡なんて望んでいないんだよ。だからこそ、今回の包囲侵略はかなり手心を加えたものになっている。」


帝国や連邦の戦力こそ最大数に近いが、魔人族の精鋭は間に合っていない。


「アルカンシエルの保有する戦力も殆どが手つかずで温存されている。」


スピリタス伯爵は何でもないことのように語ったが、セロは密かにその目を光らせていた。

アルカンシエルの保有戦力。この言葉に引っかかりを感じたのだ。


(アルカンシエルは少数組織のはずだ。教会の信徒は戦力としてはカウントできない以上、他にも隠し玉があるということか?)


教会の戒律は厳しく、僧兵などという者は存在できないのだ。

そうなると、少数精鋭だと考えていたアルカンシエルに、それなりの規模の戦力が保有されている可能性も考えておくべきか。


そしてセロの考えがまとまる前に、スピリタス伯爵は話し始めた。



「本当はね、少し前までロマリアに駐在していた一万の戦力を私が率いて反乱を起こすはずだった。が、それは中止にした。」

「反乱!!?」


ロッテは驚愕の声をあげる。



「中止にした理由を伺ってもよろしいですか?」


「帝国軍と連邦軍だけでも王国は対処できなかった。これ以上は過剰戦力であると判断したのさ。」


反乱の中止もまた、王国に加えた手心ということになる。


「王国にも生き残ってもらった方が都合がいいそうだからね。ウィランの計画にはまだ先があるんだろう。」




ここで、これまで黙って話を聞いていたセロが手を上げる。


「スピリタス伯爵。俺からも質問いいかな?」

「どうぞ。」


「ウィランさんの真意について貴方の意見を聞きたい。今にして思えば、自分が裏切り者であることを示すヒントをワザと俺に提示していたかのような…。」


この質問に対して、スピリタス伯爵は笑顔を返す。

セロは微笑むスピリタス伯爵に向けて発言を続けた。


「裏切り者であることがばれてしまえば大公ではいられない。公爵領のトップという地位はすごく利用価値の高いものだ。」


その利用価値の高い肩書を自ら投げ捨てるかのごときウィランの行動がわからない。セロにはそれが疑問のようだ。



「私もね、ウィランにはそう進言したよ。だけどウィランはどうしても必要なことだと言った。」


(それはつまりラビュリントス大公という地位がウィランさんの願いを叶える枷になるということなのか?)


それに結局、現実に裏切りが早い段階で露見してしまった時点で、立場を残し利用するという選択は消えたんだ。と付け加える。



「ってことはまさか俺のせい?」

「いやいや、気にすることはないよ。」


スピリタス伯爵は過去にウィランが口にした言葉をそのまま口にする。


「計画を遂行することだけを考えるのであれば公爵の立場を捨てるのは確かに悪手かもしれない。ウィランはそうも言った。」


(え?公爵の立場を捨てるのは必要なことだと言ったのがウィランさん、そして同時にそれを悪手と評価するのもウィランさん?)


セロは完全に矛盾しているウィランの言動に頭を抱える。


(悪手と自分で認めた行動をとることが願いを叶える為に必要になる?訳が分からないな。)



悩むセロに、スピリタス伯爵は解答を伝えることにした。


「セロ君、そこは損得で考えるから答えが出ないんだよ。」


セロの疑問の解答となる理由は、すでにウィランはスピリタス伯爵に口にしたことがあるらしい。



「ウィランが求める願いと向き合う時には、大公という立場ではなく、ただ一人の人間として向き合いたいと。そう言っていたね。」


(それって、ウィランさんの合理的思考は公爵でなくなることを悪手とし、個人的な要望でその悪手を必要であるとしたってことか。)



「結局、ウィランの個人的なこだわりだとでも思ってもらえればいいさ。」


予想外の答えに、セロは体を弛緩させる。


「意外だなぁ。俺、ウィランさんは合理性を重視するタイプだと思っていたよ。実は貴重な肩書よりこだわりを優先させてたってことか。」

「いや、その見立ては正しいよ。確かにウィランは合理的思考によって判断するタイプだ。」


スピリタス伯爵は何かをお思い出し、クスリと笑いつつ語る。


「ただし、ウィランはどうしても諦めることが出来ないものに対しては、その合理的思考を忘れ、ただ情熱的に突進を繰り返す男になるのさ。」



(成程。俺は損か得か、黒か白か、表か裏か。そんな数学的な思考だけで他者の行動を考えていたからウィランさんが理解できなかったということか。)



「昔、リーゼロッテ様に求愛していた頃のウィランがまさにそれだったよ。」


リーゼロッテは先代大公の娘。そして当時のウィランは開拓地を管理する貧乏男爵家の息子。立場的な格差は歴然としていた。


「リーゼロッテ様の夫となる者は、次代の大公となるということだ。当然、それに相応しいと認められることが必要だ。」


立場、身分の壁は当時のウィラン達を大いに苦しめたことだろう。スピリタス伯爵はそのように推測している。

続けて、これは私の個人的解釈になるが…、と前置きしてその内容を語る。


「ウィランの身分を放棄するというこだわりは、愛する者と一人の人間同士として結ばれたいという望みが反映されているのかもしれない。」


実際に、昔のウィランは愛情を育むのに身分や立場は不純物であると自らの持論を語っていたそうだ。




これでセロの問いかけに対する答えは聞けた。

そして次に質問したのはロッテだった。



「あの、叔父様。迷宮都市の騒動についてなのですが、あれにも何らかの目的があったのですよね?」

「そうなるね。あれは王国に対する陽動であると同時に、帝国と連邦は迷宮開放を侵略開始の合図としていたようだ。」


迷宮都市の騒乱は、南北の侵略に対処しようとする王国を牽制する目的もあった。

しかし、合図としては成功だが、陽動、牽制としては失敗だったと言える。



「迷宮の魔物が抑えられてしまったからね。本来、全戦力をロマリアに派兵した状態では防げなかった筈なんだよ。」


本来の結果予測であれば、ラビュリントスの迷宮から溢れた魔物は都市を蹂躙し、近隣にもそれなりの被害を及ぼすはずだった。


「これが予定通りの結果を出せていたら、王国の戦力は迷宮都市にも割く必要が出てくる。十分すぎる陽動となるだろう。」


しかし実際の結果は、助けに来たビフレスト商会の手によって魔物は迷宮内へと押し返された。



「ウィランさんはロッテを俺達に預けていることから、迷宮の魔物が阻止される事態は予想していたんじゃないかな?」


セロの推測にスピリタス伯爵もまた、頷きを返す。


「先程言った、私が一万の兵と共に反乱を起こすというのは、迷宮都市の騒乱で望んだ結果を得られなかった時の為の予備案だ。」


実際にウィランはロマリアで反乱を起こすべく準備していたのだ。

セロの言葉通り、迷宮の鎮圧を予想して動いていたということだろう。


しかし、陽動の為の迷宮の騒乱が機能せずとも南北の侵略は簡単に成功してしまった。



「海都は南海の主によって護衛戦力が壊滅状態であったことから、連邦の侵略が成功したことに驚きはなかった。」


スピリタス伯爵は南北の侵略についての見解を語る。


「しかし、大規模な戦力が常駐しているはずのラムドウルが無血開城と報告を受けた時には驚いたよ。」


王国側がふがいないのか、帝国側の指揮官が相当のやり手だったか。ラムドウルに病魔をばらまくというサブナク大司教の潜入工作の効果が劇的だったのか。


「なんにせよ、陽動がなくとも南北の侵略が成った以上、これ以上迷宮都市で騒ぎを起こす予定はないと聞いているよ。」


ロッテは安堵の表情を見せていた。


「シャルが聞きたかったのはこれだろう?」

「ありがとうございます。アルベルト叔父様。」


感謝するロッテに、スピリタス伯爵は忠告する。



「ただしだ。シャル。私が兵を率いての反乱は中止となったが、ウィランはその代替策を用意しているよ。」


迷宮都市での陽動がうまくいかなかった分の補填だと言っていたらしい。


「私ではない何者かが騒乱を起こすべく、ロマリアに仕込みを済ませているそうだよ。」


この情報はウィラン自身も伝えて構わないと言っていたそうだ。


何者かの行ったとされる仕込みについては、セロはすぐさま通信を使い、情報を共有する。

街の調査をからも何らかのヒントを得られる可能性があるかもしれないと考えての行動だった。



「それでは私はそろそろ仕事に戻っても構わないかね?」


「すみません、叔父様、お忙しい中、時間をとってしまって…。」

「大丈夫だよ。実はウィランが城を出ている今は割と暇なんだよ。手のかかる男が不在だからね。」


スピリタス伯爵は微笑みながらロッテの頭を撫でている。


「また何か聞きたいことができたらいつでも訪ねておいで。」

「ありがとうございます、叔父様。」



三人は執務室を出る。

そして外に向けて歩きながらセロが提案した。


「一度集合しようか。そろそろ昼だ。昼食を食べに移動しなきゃだし。」


ロマリアではほとんどの商店が営業していない。

セロは別の街に転移して食事と休憩、情報交換を行うつもりだった。


「兄ちゃん、それなら海都に行こう?あたしお魚食べたい!」

「もちろん構わないよ。前回の海都訪問時は食事とかできなかったからね。ミケ達もお魚食べてみたいだろうし。」


セロがナナの相手をしている間に、ロッテは素早く全員に集合の通信指示を出していた。




やがて三人が城門を通り、市街区へと移動していった。


「行ったようですね。」


三人の様子を執務室の窓から確認していたスピリタス伯爵は呟いた。


「そうだねぇ~。まったく、発見されずに済んでほっとしてるよ~。」


誰もいないはずの執務室に、伯爵の呟きに返答する者がいた。



いつからそこにいたのか、部屋の隅に赤と黒の道化衣装に身を包んだピエロがいた。

体格はロッテと同程度。長身のスピリタス伯爵の前だと随分と幼く見えてしまう。



「道化殿、申し訳ございません。隠れさせるようなことになってしまって。」

「かまわないよ~。私も一度彼らの顔を見ておきたかったしね~。丁度いいさ~。」


懸命に謝罪するスピリタス伯爵。

道化と呼ばれたピエロは、怒っているような様子はないが、その顔はピエロメイクで隠されている為、表情を窺っても感情が読めない。



「それじゃあまずは用件を済ませようかな~。」


道化はそれと同時に室内に転移門を出す。

そこから出てきたのは、東のコーンウォール沿いにある小さな教会で死体処理を担当しているガリウス司教。


「で~、次はこっち~。」


道化は最初の転移門を解除し、もう一つ転移門を出す。

次の転移門からでてきたのはウィラン。城を出ているということだったが、転移での帰還のようだ。



「ありがとう、道化殿。助かったよ。」

「礼なんかいいよ~。静寂殿の依頼、確かに果たしたよ~。」


礼を述べるウィランに対し、道化は堂々とした態度を示す。


道化に依頼されたのはガリウス司教の転移による移動だった。

ウィランが共に帰還したのはついででしかない。


「で~、静寂殿。この街で何かやるの~?」

「そうだね、反乱、とまではいかないが、ちょっとした騒ぎをね。王国に対する負荷調整の一環だよ。」


「私~、今は丁度手が空いているんだよ~。楽しそうだし~、見物していってもいいかな~?」

「それは構わないが、道化殿の護衛であるバールは相方についているのだろう?不用心ではないかな?」


目の前のピエロは付与魔術に関しては凄まじい練度を誇るが、レベルは高くない。


安全の為、レベルの低い最高幹部は護衛を伴うことになっている。



「アルベルトが私と静寂殿の両方を守る~、ってのは駄目だよねぇ~?」

「駄目だろうねぇ。」


「仕方ないなぁ。ヴォロス様に連絡して空いている護衛がいないか聞いてみるよ~。」


道化は部屋の中央にある長椅子に座ると、テーブルに頭蓋骨を置いて話しかけ始めた。遠距離の会話を可能とする魔道具であろう。




その光景を見ていたガリウス司教は、一応アルカンシエルの末端構成員となる。

目の前にいる静寂と道化は共に最高幹部の一人だ。


正直な所、ガリウスはかつてない程に緊張していた。


工作員等であれば作戦行動時に幹部と接する機会もあるだろう。

しかし、普段は教会の仕事に従事している一般構成員となれば、そんな機会はまずないと言っていい。


一応、ガリウスは司教。それなりに高い地位にあるのだが、最高幹部となればその位階は枢機卿。

教会関係者にとってはまさしく天上人であった。



「ガリウス司教。そちらの椅子にかけて待たれよ。」


スピリタス伯爵から声がかかる。


「かしこまりました。」


ガリウスは部屋の隅にある椅子に座り、ただじっと待つ。



「ヴォロス様~。空いている護衛はいませんか~?私ちょっと静寂殿のお手伝いをしていこうと思い立ちまして~。えっへん。」

「そうですか。それは一向に構わないのですが、空いている護衛の方が居ませんね。」


「ええ~。そんなぁ~。ヴォロス様、どうにかなりませんか~?」

「仕方ありません、獣殿に行ってもらいますか。獣殿は魔女殿と行動していますから、本山へ獣殿を転移していただくよう伝えます。」


「わかりました~。そこから先は私の転移で~。」



道化と頭蓋骨との会話が終わったようだ。



「それではガリウス司教。今回、ロマリアでの活動において、君に重要な仕事を頼みたい。」


サーレントは淡々と告げる。


「仕事の内容は追って伝える。まずはロマリアの教会に待機だ。」


そう言って一枚の書類を取り出す。サーレント直筆の指令書だ。


これは、所持する者がサーレント枢機卿の命令で動いていることを示すものだ。

これを持っている間は、大司教以下、全ての教会関係者に命令権を得る。


「確かに、承りました。」


ガリウスは一礼してサーレントから指令書を受け取り、指示に従い教会へと向かった。



次に、サーレントはスピリタス伯爵へ向き直る。


「アルベルト、ロマリアの恩恵所持者の特定は終わっているな?」

「すでに完了しております。」


「では彼らにそれぞれの恩恵に合わせた都市外の仕事を与えるんだ。家族も一緒でも構わない。」


これからこの都市は危険地帯となる。

サーレントは恩恵を授かった者のみを助命することにした。


「都合のいい仕事が割り振れない者は演習場の業務に充てるんだ。」


演習場は一度門を通って外壁の外に出なければ辿り着けない。

西門以外が封鎖されている現状ではかなり安全性が高くなると見越しての指示だった。


「それではすぐに取り掛かります。」


スピリタス伯爵も、サーレントの指示を実行する為に退室していく。



「とりあえずはこれでいいかな。」


サーレントは息をつく。


「お疲れ様~、静寂殿。」


道化は労いの声をかけ、転移門を開く。

そこから現れた獅子の覆面を被った大男は、周囲を見渡し、室内にいる自らと同格の最高幹部に声をかける。


「静寂殿、道化殿。久しいな。道化殿の護衛がおらぬと聞いてきたのだが相違ないか?」

「はい~。私は貧弱ですので強者の陰に隠れないと実力が出せないんです~。」


「戯れを申されるな。道化殿は付与魔術の練度に限定すれば魔女殿に勝るとも劣らぬ、天才付与術士であろう?」

「いやぁ~。獣殿に褒められちゃうとその気になってしまいそうです~。」



一旦会話を切って、ロマリアでの活動について話す。


「それでは静寂殿、ロマリアでの活動について~、その概要を聞いても構いませんか~?」

「成程、見どころを見逃さないよう、見物と言っても概要は知っておいた方がいいでしょうね。」


「いえいえ~、特等席で見物させて頂けるのですから~、私にできることであれば助力は惜しみませんよ~。」

「我も同様である。静寂殿、我の付与術は使いどころが難しいやもしれんが遠慮なく言ってくれ。」


道化とフォボスはサーレントに対し協力を約束する。



「ありがとう、同志達よ。お二人の助力があれば計画の難易度は大幅に下がることは間違いないよ。」


サーレントはそんな二人に礼を返す。



「それでは、ロマリアにおける行動計画の概要を説明させてもらうよ。」


サーレントは早速語り始めた。





その頃、市街区中央の広場にはビフレスト商会関係者全員が集合していた。


一旦移動して、食事と休憩。そしてそのまま午前中の成果について情報交換を行う予定だ。



「今日の昼食はナナの希望で海都に転移して海鮮料理のつもりなんだけど、皆もそれでいいかな?」


反対意見もないようなので、皆で人目のない路地に移動して、海都の2号店内へと転移する。




海都のビフレスト商会2号店では、すでに通常の営業が再開されていた。


かつて店内で暗く沈んでいた子供達は元気を取り戻し、表の広場で遊び回っているようだ。



店内も活気に満ちており、ミューズやオットーがせわしなく動き回っている。



店長であるコーランは海都の諸問題対策会議に出席しているので不在だ。


一商店の店長でしかないはずのコーランなのだが、背後のビフレスト商会は強大な力を持ち、同時に子爵家でもある。

現在、一店舗しか出店していないビフレスト商会であったが、規模は小さくとも無視できない大勢力であるとされていた。


しかも、連邦海軍の侵略の際に、ビフレスト商会の看板は凄まじい力を発揮している。

現在の海都にビフレスト商会を敵に回そうなどという勢力は存在しなかった。


おかげで今のコーランは目の回るような忙しさだ。



まず、商店での店長業務がある。通常はこの業務と店舗での商売で一人前の仕事量となるのだ。


しかし、今ではそれに加えて海都での重要な会議には絶対に参加するように言われている。

現在の情勢から、連邦絡みの問題事も発生し、会議の件数も多くなっていた。


他にも、会議に取り上げる程でもないと判断された多種多様な問題事の相談を受けたりもする。



正直、コーランは役場からの会議参加の依頼や相談が億劫になってきていた。

コーランは、基本的に都市の問題には口出ししない。


自分にできるのは、どうしても解決できない問題に対して本店に相談したり連絡するくらいのことしかできない。

会議についても、話し合って決定した方針に関して、ビフレスト商会の助力を求める場合にのみ相談してくれればいい。


このように再三申し立てているが、現状は改善されない。


「駄目だ。これは僕の身体がもたない。それとなくレインちゃんを通じてマリアス侯爵に相談…、もしくは本店に連絡を…。」


もともと海都の一商人でしかなかったコーランに、役人に反抗するという選択は存在しなかった。



コーランに会議の出席を依頼する者達は、この不安定な情勢下で起きる様々な問題を解決する為に少しだけ奮闘する者達。


彼らは彼らで、常に精神的な重圧に晒されており、決定した計画が失敗すれば住民からの猛烈な精神攻撃が待っている。と自称する。


要は、自分達が会議で決定した方針に大勢力であるビフレスト商会の合意と後押しが欲しい。そして失敗したら責任を擦り付けたいだけなのだ。


実行する計画に対して労力を支払う者と、失敗した時に責任を負う者は常に別に用意する。それを決して忘れない。そんな者達だ。



コーランはやつれた顔でふらつきながらも店に帰還する。



それと同時に突然、店の奥が騒がしくなった。転移術による来訪者だ。


「在庫の補充かしら?店長、何か聞いてる?」

「そうなのか?こないだ補充したばっかりじゃなかったか?」

「そういえばそうね…。」


ミューズとオットーは店の奥へ続く通路を注視していた。



バーンッ!


勢いよく扉が開け放たれた。


「あたしだ!お魚を食べに来たぞ!!」


元気よく現れたのはナナ。



ミューズにとっては騒がしい友人。

オットーにとっては商会の令嬢。


そしてコーランにとっては救いの女神となるかもしれない人物の来訪。



「ナナナナナさん!!セロさんを!セロさんに連絡を!!」


コーランはナナに縋りついていた。


「何だ!?どうしたんだコーラ!誰かにいじめられたのか!?」



少し遅れて、皆がゾロゾロと店内にやってくる。


「兄ちゃん!コーラが誰かにやられたみたいだ!」



とりあえずセロはコーランの話を聞くために店に残ることにした。


「私もご一緒します!何かお役に立てるかもしれませんから。」


そこにロッテも参加を志願する。



「まさかチョップに…。」


とか呟いているナナを含めた他のメンバーはオルガンが引率し食事処に先に行くことになった。


「セロ、荒事になるようなら連絡しろ。」


荒事にならないのであれば任せる、ということだ。

そう言って食事処へと去って行った。




「コーランさん、とりあえず事情を話して。」



セロはコーランの現状を一通り聞いた後、ひとつだけ指示をした。


「コーランさん、今後は商売と関係ない会議の参加や相談事は、受け付けない方向でいこう。」


そもそもコーランは参加した会議や問題事の相談において一切の賃金や礼金を受け取っていない。

完全にタダ働きだ。オルガンの耳に入れば激怒して海都の役場に乗り込んでいくことだろう。


「でもそれっておかしいです。役人が行う事業には実働者や協力者に対しての報酬がちゃんと予算に計上してあるはずです。」


ロッテが言うには、それがなければマリアス侯爵の認可は得られず、計画は実行できないそうだ。


「コーランさん、2号店店主コーランの名前で委任状を一枚用意してもらえますか?」


相手が役人ということであれば、商店の委任状も必要になるかもしれない。



「役人が不正を行っているってことかな?ならすぐにそいつらを叩き潰せば解決かな?」


「セロさん、叩き潰したら駄目です。それでは新たな事件になってしまいます。穏便に。話し合いで解決しましょう。」

「でもロッテ。俺は商会で働く人達のことは家族だと思っているんだ。」


セロはそう言いながら微かに震えている。


(これはセロさん、相当怒っています…。)



「大事な家族が賃金も支払われず不当に酷使されたなんて聞くと…。それにその役人を放置すれば商会がなめられる。」


「大丈夫です。不正役人にはマリアス侯爵様から厳しい処罰が下ります。もしセロさんがその内容に納得できないようであれば遠慮なく言って下さい。」




「セロさん、この件、私に任せて貰えませんか?」


ロッテは問題解決の為に交渉役を務めることを志願した。


「不正行為を摘発して、コーランさんに支払われるべき報酬を勝ち取ってきますので!」


海都において、ビフレスト商会は住民から大きな信頼を受けている。相互関係も良好と言っていいだろう。

ロッテはそんな状況を鑑みて、平和的解決が望ましいと判断した。


(ですがその分、きっちりと。商会が被った損害を取り立ててやります!!)


海都において決定権をもったマリアス侯爵は間違いなくこちらの味方だ。

ロッテはどう転んでも商会にとって悪い結果にはならないことを確信している。



「この問題を解決するのに暴力を振るってはいけません。要は侯爵様に不正の証拠をどれだけお渡しできるかです。」


にっこりと微笑んだロッテはセロに決意を伝えると、先行した皆に合流するため二人で食事処へと歩き出した。

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