057 演説
オルガン率いる変態組が合流し、大公の城へ。
「え…?」
城門を前にしたロッテは眼前の光景に疑問を抱く。
門が開け放たれたままで、門兵もいない。
ロッテの知る限り、それはありえないことだった。
「セロさん、城の様子が変です。ちょっと中を確認してきます。」
「ちょっと待って、ロッテ。」
セロもまた、ロッテの反応から違和感を察知したようだった。
「ジル、城内の人間、いや、生物にするか。小動物なんかは対象外で探知を頼めるかい?」
「はい、大丈夫です。」
結果はすぐに出た。城内は無人である。
「セロさん、おかしいです。」
「うん。城内を調査しよう。ハンナ、スタンさんの居場所に心当たりは?」
「祖父が都市を離れることはないはずです。しかし城内を除けば祖父が身を寄せられる場所は限られます。おそらく何処かの宿に…。」
ハンナの返答を聞いたオルガンはすぐに狩猟者達に指示を出す。
「おめえら、宿を当たってスタンって爺さんを探すんだ。」
セロがその指示を補足追加する。
「問題ないようなら、事情も聴きたいからここに連れてきてくれ。」
狩猟者達は手分けして都市内の宿を捜索すべく、散って行った。
セロ達はスタンの捜索を彼らに任せて、城内の調査を開始するべく中に入って行った。
「あれは…?」
異変は入ってすぐ、一階大広間の階段下にあった。
大広間の階段は、左右から伸びてきた階段が中央で交差する構造になっている。
城に入り、正面から見据えると×の字の形だ。
左右の階段入口の間、中央の壁際には光の女神像が設置されており、階段が交差する踊り場奥の壁には公爵の肖像画が飾られていた。
「女神像の頭が砕かれている!?」
その破壊の痕は、単純に打撃による破壊のようだ。
そして、これはロッテも知らなかったのだが、女神像の頭部は中が空洞になっているようだった。
顔の下半分は形を残しており、破壊痕を調べる際にそれが発覚した。
空洞部分は、砕けた黒い宝珠とその破片が大量に入っていた。
「この黒い宝珠は…?ナナ、これ鑑定できる?」
「ん~。兄ちゃん、ごめんな?黒曜石ってことしか分からないぞ。」
「そうか。おそらく何らかの魔道具だったんだろうけど…。」
(破損してしまってはどのような魔道具であったのか知る術はない、ということか。)
女神像はそのままの状態で保全して、城内の調査に入ることにした。
「この状況についての情報、公爵、迷宮、アルカンシエルに関しての記録。何か残されているものがあるかもしれない。」
城内は広い。皆で手分けして何か手掛かりになるような物を探す。
やがて、街外れの安宿に逗留していたスタンを発見、合流したあたりで今日の調査はここまでとした。
発見された物は一つだけ。
公爵の執務室の机に目立つように残されていた、公爵からロッテに宛てた手紙だけだった。
それなりに時間も経過していた為、少し予定を変更する。
スタンに事情を尋ねることと、手紙を読むこと。それらは夕食後に落ち着いてから、ということになった。
安宿とてタダではない。スタンを連れて一度王都に帰還することになった。
「とりあえず今日の残りの時間は狩りに充てようかと思ってる。店の在庫もやばいからね。」
店の在庫と言われれば、商会のメンバーからは反対意見はない。
日冒部のメンバーも、力不足を実感しているのでむしろ喜ばしい提案だと思っていた。
「ミケ達は初めての廃棄場だ。後衛について補助をお願い。そして、絶対に浄化を切らさないこと。いいね?」
「「「わかったニャ!!」」」
オルガン達とミケ達は初の顔合わせとなる。
「本当に猫が二本脚で立って喋ってるな…。」
おもむろにクルルを摘まみ上げ、その股間を確認するオルガン。
「ニャ…?」
「メスか…?」
オルガンの予想外の行動に、思わず固まるクルル。
「オルガンさん!?なんてことをしてるんですか!?」
「ん?」
思わず問い詰めるロッテに対し、クルルを猫としか考えていないオルガンはよくわかっていないようだ。
「変態ニャ!?変態ニャ!?」
そして我に返ったクルルはじたばたと暴れ回り、ミケとトラはそれぞれナナとジルの後ろに隠れる。
開放されたクルルは地面にへたり込んでいる。
「もうお嫁にいけニャい…。」
オルガンは危険人物としてミケ達に印象付けられたのだった。
「すごい密林ニャ!?」
「でもニャんで突然夜にニャるのニャ?」
「木に葉っぱがニャい?」
廃棄場の密林に到着するなり、初めてのミケ達が予想通り騒いでいる。
「アラン達はそろそろ中型種にも挑戦してもらうつもりだからね?油断しないように。」
「いよいよか…。」
ルーシアがいない為、アランは一人で前衛をやることになる。
程よい緊張が走り、真剣な顔つきを見せるアランだった。
「ミケは肉球で援護して。トラはナナに手投げ爆弾をもらって、それを投擲だ。」
最初は自己判断でなく、合図に従っての援護を頼んだ。
「セロ、ウチは?ウチは何かニャいのかニャ?」
クルルはセロの服を引っ張っている。自分も何か役に立ちたいようだ。
「クルルの感電は近寄らないと出せないから危険だ。だからまずは遠隔攻撃手段を持ってもらわないとな。」
セロはそう言って、エトワールを呼ぶ。
「エトワール、クルルに火弾を教えてあげて。クルルは電撃に適正があるようだから、雷を飛ばせればいい。」
「仕方ありませんわね…。」
そうは言いつつも、頼られたエトワールは少し嬉しそうだった。
「くるくる、頼むニャ。」
「エトワールですわ!!」
狩場としている広場へと移動を開始した。
移動の最中も、ナナがミケ達に廃棄場の密林や害獣についての説明を行う。
「小型種はな、ミケ達にもわかるように言うと、牙狼より強いんだ。危ないんだぞ?」
牙狼のレベルは20前後。小型害獣であれば20~30程度になる。
「参考までにね。もっと強い小型種もいるし、兎なんかは牙狼より弱い。例外はある。」
セロがナナの説明を補足する。
「アラン達が相手をする中型種はレベル40~50。密林で遭遇するのは殆どが蜘蛛か蛇だ。」
蛇は咬まれれば体内に虹毒を注入される。これには浄化も効かず即死となる。
危険を避ける為、蛇に関してはセロかオルガンが始末するか、もしくはナナの爆裂で仕留める。
「対戦相手は蜘蛛になるな。アランは糸に注意を払って。エトワールも糸を優先的に燃やすように。」
話していくうちに、ミケ達も緊張してきたようだ。
ここは一歩間違えればあっさりと死人が出るような場所だと分かったのだろう。
本来、学生が修行に使うようなところではないが、強くなるという目的においては逆に都合がいい。
それが分かっているのか、文句を言うような者はいない。
そうしているうちに最初の広場へ到達。
「最初は小型種から。在庫不足だから量が必要だ。どんどん狩ろう。」
狩りが始まった。
その頃、衛星都市ロマリアでは、都市の外部にある演習場でカールレオン公爵の演説が行われていた。
城壁に設置されたバルコニーから総数約一万の兵力を見下ろすカールレオン公爵。
そしてその傍らのスピリタス伯爵が話しかける。
「南北の切り取りは順調のようですね。この兵力は動かさずともよいのでは?」
「だといいけどね、予想より早くセロ君達は拘束から解き放たれたようなんだ。」
スピリタス伯爵は公爵の返答に目を細める。
「もし、セロ君が南北いずれかに参戦するようなら兵を向かわせねばならない。いや、もしかするとここに来るかもね。」
「それでは…。」
「うん、どう転ぶにせよ、今の時点でこの兵力を動かせるようにしておく必要がある。」
公爵は前に出る。
「こういうのは議長殿が得意なんだろうけどね。まぁ、やるしかないか。」
そう呟いて、兵達にその声を届けるべく、拡声の魔道具を前に演説を開始した。
「我らが公爵領の守り手たる兵士諸君!!」
兵達は一斉にカールレオン公爵に注目する。
「ついに帝国と連邦が王国へと牙をむいたことは諸君も聞き及んでいることと思う!」
この情報はスピリタス伯爵がそれとなく噂話として流布していた。
兵達は真剣な表情で公爵の言葉を待っている。
「北のラムドウルには帝国が、南のメルク・リアスには連邦海軍が、そして東からは陸路を使って連邦陸軍が侵略した!!」
大多数の者達がその事実に動揺し、ざわつき始める。
「安心して欲しい!連邦陸軍はロマリアの戦力を警戒してか、ラビュリントスを素通りしている。諸君の家族は無事だ!」
兵達は安堵の息を洩らす。
その代償に、南部開拓地が連邦に奪われたことも報告する。
「しかし予断を許さない状況であることに違いはない!さらにだ、私は諸君に残念な報告もまた、行わねばならない!!」
公爵は悲痛な表情でそれを告げる。
「王国は我らを裏切った!!!自らの領土と権益を守る為、我らを侵略の防波堤とし、それに乗じて我らを亡き者にせんとしているのだ!!」
王国の四方の守護は公爵家の義務である。
むしろ防波堤となるのは当然の責務なのだ。ここまではいい。
しかし国土防衛の最中、王国が裏切ったという報告は、どこか腑に落ちないようだ。
兵士達は未だ半信半疑の様子を見せている。
公爵はそんな彼らに、いくつかの根拠とする情報を語る。
「ラビュリントスに刺客を送り、迷宮を管理する魔道具を破壊。結果、迷宮から魔物が溢れ出すこととなった!!」
都市の冒険者の活躍により、事態は沈静化していることも伝える。
「さらにだ!王国は北と南には援軍を送ったが、東には私を捕らえる為に騎士団が派遣された!」
兵士達に動揺が走る。
「大公様を捕らえる…?本当か…?」
「そもそも何で王国が大公様を?」
「なぁ、大公様は何を言っているんだ?」
すでに沈静化した魔物騒ぎや、真偽の定かでない騎士団の動向では兵達の心には響かないようだ。
(だろうね。分かっているさ。だがここからだ。これで駄目なら方針を変えるしかない!)
「荒唐無稽な話だと思うだろう。聞いて欲しい、それを裏付けるに足る理由があるのだ!」
公爵は一度演説を止める。そして沈痛な表情を見せた。
ひそひそと囁き合っていた兵達も、様子の変わった公爵に息を飲む。
声量を落とし、魔道具の音量を上げる。
そして公爵はゆっくりと語り始めた。
「皆は憶えているかい?十年前、私の妻、リーゼロッテが殺害された時のことを。」
その言葉に、全ての兵達の眼の色が変わる。
ラビュリントスに暮らす者にとって、その名は決して無視できるものではなかった。
身分や出自、能力や貧富に拘らず、皆に優しい。
その笑顔を目にした者は、誰もが夢中になり、皆がその幸福を願わずにいられなかった。
そんなリーゼロッテはラビュリントスの民に絶大な人気を誇っていた。
当時、公爵が王都に赴き、リーゼロッテの訃報と共に帰還した時は都市中に慟哭が響き渡った。
その光景は目に焼き付き、その時の悲しみと絶望は皆に刻み込まれている。
「私はね、どうしてもリズの死に納得がいかなかった。ずっと調べていたんだ、その真相を。」
兵士達の中に、まさかそんな。そういった感情が湧き出てくる。
「事件は深夜。にも拘らず暗殺者は間を置かずネメシス前宰相の私兵に包囲され、殺害された。」
宰相は事件が起こるであろうことを知っていた。そうでなければ兵力を伏せていたことの説明がつかない。
そして、死刑が許されないはずの王国で、正当防衛を理由に暗殺者を殺害したのは口封じの為ではないか。
淡々と語る公爵の眼下では、兵士達の瞳に憤怒の色が浮かんでいるのが見て取れる。
「当然、私はネメシスを疑った。だが奴は中々尻尾を見せない。そして王都での騒乱の際に本人の死亡が確認された。」
ここで公爵は、両面宿儺襲撃時の状況を簡単に説明する。
「王都での戦闘はね、主に正門前、そして正門広場にて行われたんだ。にも拘わらずネメシスは貴族区の自宅で殺害されていた。」
ネメシスは黒幕に混乱に乗じて消された。そう考えるのが自然だ。
そう言い放った公爵の言葉に、誰もが同意する。
「誰ですか!?一体誰がリーゼロッテ様を!!」
兵士達の中から悲痛な声が上がる。
公爵は皆の気持ちを代弁したかのような叫びに返答した。
「誰と言うことはない。あえて言えば、グランシエル王国だ。国がリーゼロッテの死を望んだということだよ。」
発展を続ける公爵領。対して、王は精神を病み、後を継ぐべき子は幼い。
誰かが大公家を危険視し、誰かがネメシスに囁いた。
このままでは王国を導くのはネメシス宰相でなく、カールレオン大公となるのではないかと。
その結果、大公家の血筋を抹消せんとする何者かの思惑は現実のものとなり、リーゼロッテは殺害、公爵は大怪我を負うことになった。
誰か、何者か。それは個人ではなく、王国を牛耳る者達全てを指したものだった。
公爵は、そんな物語を兵士達に語り、リーゼロッテ殺害は王国の思惑によるものであると断じた。
「殺された時、リズのお腹には二人目の命が宿っていた。シャルも家族が増えることをすごく喜んでくれていたんだ。」
そして大粒の涙を流す公爵。
「私怨だと言われれば否定はできない。けれど私は王国を許すことはできそうにないんだ。」
王国を許せない。その言葉は、兵達の気持ちを現したものでもあった。
「おおおおお…。」
一人の兵士が自らの顔を両手で覆い、崩れ落ちる。
その慟哭は、リーゼロッテの無念と、生まれてくることができなかった赤子を想ってのもの。
やがてその思いは周囲の兵達にも伝播する。
「ちくしょう!王国のクソ共…!!!」
「許せねぇ…。」
怒りに震える兵士達。
「おのれよくも…!リーゼロッテ様の死が卑劣な謀略の結果だというのか…!」
兵士達を束ねる立場にある騎士達でさえ、その怒りを抑えることはできなかった。
声はやがて叫びとなり、いつしか、演習場には怒りの怒号が響き渡っていた。
「皆がリズのために怒り、声をあげてくれる。こんなに嬉しいことはないよ。勿論、私も同じ気持ちだ。」
公爵は再度、口を開く。
「だが、皆に優しかったリーゼロッテは君達の流血を決して望まないだろう。」
途端に兵士達は反論した。
「大公様!それは十分に理解しています!でも…、でも!!俺は王国を許せない!!!」
「俺も!リーゼロッテ様を殺した奴らがのうのうとしてるなんて耐えられない!!」
「大公様!!立ち上がって下さい!!!俺達に命じて下さい!!!」
王国への怒りを見せる兵士達に、公爵は笑顔を見せる。
「王国に鉄槌を下すことは何があろうと実行する。ただしそれは、可能な限り君達が傷つかない方法を選択するつもりだ。」
この発言を最後に、公爵はスピリタス伯爵に場所を譲る。
「各部隊長はこのあと会議室へ。皆を守り、そしてリーゼロッテ様の無念を晴らす為に会議を行う!」
公爵と伯爵は会議室へ向かう。
「見事な演説でしたよ。静寂殿。」
「よしてくれよ、アルベルト。リズのおかげさ。まったく、議長殿のようにはいかないね。」
二人は歩きながら、笑い合うのだった。
「おっし!もう小型種は俺一人でもやれそうだな!」
アランに狩られた小型種の死骸が山になっていた。
やってきたナナは恩恵を回収して獲物を収納していく。
「迷宮の魔物の巣に施した封印処理ってのはどのくらい持ちそうな感じなのかな?」
「一月くらいは大丈夫って言ってたぞ?」
最初の広場で小型種を狩る分には余裕があった為、セロとロッテ、オルガンは迷宮の現状を話し合っているようだった。
「俺、いくつか気になっていることがあるんだ。」
セロはまず、魔物が街に溢れたことについて自身の考えを述べる。
「まず、迷宮都市は外壁や都市内の内壁も、高く大きい。これは迷宮の魔物対策だって昔ジルに教えたんだよね?」
ロッテは肯定する。
「でも俺達が以前、迷宮探索に入った時、入口を守っていたのは門衛が二人だけ。魔物が出てくる可能性を考えていないとしか思えない。」
「言われてみればそうだな。このへん、どうなんだ?ロッテ。」
「はい、昔は入口の周囲には大勢の衛兵が常に駐屯していまして、入口は巨大な鉄格子で塞がれ、鍵もかけられていました。」
ロッテが8歳の頃、公爵の指示ですべて撤廃されていまの形になったらしい。
「当時私はレギオン宰相の屋敷でお世話になっていたので詳しいことは知らないのですが、スタンなら…。」
「おそらく、魔物が外に出てこれなくなるような処理を施したんだと思う。それがどのようなものか分かれば…。」
「その処理ってのをもう一度やれりゃあ少なくとも都市の安全は確保されるだろうな。」
まずはその仕組みを確認し、可能であれば再処理を施す。
この方針に反論はないようだ。
「あとは迷宮を以前の状態に戻すって目的についてなんだけど。」
「あんなに魔物だらけになったんじゃ狩りとか探索とかできねぇだろうな。」
封印処理を施されている魔物の巣が、魔物襲撃時には明らかに過剰な数の魔物を送り出していた。
「俺達が中に入った時はしょぼい雑魚がちらほらいるくらいだったしね。」
普段の魔物の巣が、供給を抑制されている状態なのか、逆に何らかの工作で過剰供給されるようになったのか。
セロは前者のケースを疑っていた。
入口に施されていた何かを無効化する工作で襲撃が引き起こされたのであれば、魔物の巣も同様であると予想した。
「魔物の巣においても何らかの処置を無効にされて魔物の過剰供給に至った?」
セロは無意識に自分の考えを呟いていた。
しかし、当人は集中して考えを整理している状態にある。ロッテとオルガンは口を挟まない。
「今の時点で目に付いた変化は破壊された女神像の頭部。そしてその中にあった黒曜石の宝珠…。」
さらに考え込むセロ。
「宝珠はおそらく迷宮に施された何かに連動しており、それが破壊されたために入口と魔物の巣に施された何かは効果を失った?」
では施された何かとは?
これはおそらく魔道具。魔力さえ供給すればその機能を維持する魔道具は管理も楽だ。
ということは、魔力の供給を止めさえすれば今回の騒動は実現可能だ。
「つまりあの宝珠は迷宮の各所に魔力を供給する為の仕組みの一部。そしてそれを破壊すれば全ての供給がストップする要でもある?」
この時点で、セロは迷宮のトラブルに対処する為のプランを脳内に展開していた。
「セロさん、何か思いついたのでしょうか?」
「わかんねぇ。なんか集中してやがるな。」
二人の声に、セロも自分の状態に気付いたようだ。
「あぁ、ごめん、集中しちゃってた。迷宮の問題を解決する方法を考えていたんだけど…。」
「方法が見つかったんですか?」
「まだ机上の空論だから成功の保証はできないけど、ある程度の形にはなったかな。」
自分達は迷宮のことを知らなさすぎる。まずは知識を仕入れる。
そしてスタンに公爵家の事情や迷宮のことを尋ねる。
「それらをふまえて考えようと思ってる。」
「ならとりあえず狩りに集中して、続きは王都に戻ってからやるか。」
三人は会話を中断し、広場で暴れ回る仲間達と合流した。
「よし、小型種はこんなもんでいいだろう。次の広場に行こうか。」
歩きがてら、ミケ達に密林の説明を行う。
狩猟者達が狩場としている広場は、密林の中に無数に存在していた。
廃棄場の地上部分は、都市の残骸の上に土砂が積もっているという特殊な環境の密林だ。
植物の育たないスペースは結構な頻度で見受けられるのだ。
それに、土砂に埋もれているといっても、全てをカバーしている訳でもない。
過去には、薄暗い中、何気なく足を踏み出した者が都市の基部まで転落して死亡した事例もある。
基本的に、廃棄場の者は安全が確認されている歩きなれた道を進むことを好んだ。
そういった理由から、セロ達が狩りで使用するルートや広場も固定されている。
まず、廃棄場の密林部分の南部分、巨大な谷となっている亀裂付近にビフレストとその周囲の集落。
そこからしばらく北上したあたりに、狩りの拠点としている道標を設置した建物。
さらに北上し、最初の広場。ここは主に小型種が出現する。中型種が出現するのはごくまれだ。
次は北西へ移動。次の広場。小型種、中型種が半々くらいの割合で出現。大型種はめったに現れない。
商会の狩りや、アラン達の訓練を行っているのはここまでだ。
実はここから北東に移動した先に三番目の広場があり、セロはそこまでのルートを把握していた。
修行の為、ナナと二人でこっそり開拓していたのだ。
そこでは小型種の姿はなく、中型種と大型種が半々、さらに害人も出現すると予想される。おそらく巣が近いのだろう。
ここで狩りができるのは現状、セロとオルガンくらいしかいないと思われるが、一応、二人と一緒であればナナの参加も許されている。
「兄ちゃん、最初とか次とかじゃなくて、広場に名前を付けてわかりやすくしようぜ!」
「え…?」
「どうしたんですの?ナナさん、具合が悪いんですの?」
「親分がまともな提案をするなんて…。」
「失礼だぞ!!あたしは常にすごい提案しかしないんだ!!!」
最初の広場を小型広場、次に中型広場、三番目は大型広場と呼称されることになった。
「そのままの命名だけどわかりやすくなったね。ありがとう、ナナ。」
ナナはセロになでなでされて機嫌がよくなっていた。
「そういえばセロ、何で行ったことないのに先に巣があるって分かるんだ?」
素朴な疑問を声にするアラン。
それに応えたのはオルガンだった。
「俺も行ったことはねえけどな。情報だけはあるんだ。昔、王が率いた調査隊が出向いたことがあったらしくてな。その記録からだな。」
「当時の王はレベル126の氷の魔王だ。巣の調査も簡単だったんだろうね。」
セロが捕捉する。
「鍛えていけば、俺らもそのうちそこまでいけるのか?」
「そうなったら、俺の背中はアランに任せるよ。」
中型広場へ到着した。
そしてアラン達がヘトヘトになるまで狩りを行い、大量の獲物を収納。
土魔法:石礫
耐性:斬撃
耐性:打撃
耐性:刺突
耐性:毒
耐性:麻痺
ナナの付与帳にはこれらの恩恵が追加された。