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フヨフヨ  作者: 猫田一誠
07 大森林
62/236

052 隠密行動

ゆっくりと瞼を開ける。


光が射しこんでくる。今は昼間のようだ。眩しい。

なんだかお腹も重い気がする。空腹で胃に不快感を感じているのか?



「ん~。」


ベッドに寝かされていたセロは目を覚ました。

その傍らではロッテがセロの手を握ったまま、上半身をセロのベッドにうつ伏せにして眠っていた。


セロはロッテの頬をつんつんしている。


「う~ん。」


ロッテは目覚める気配はない。疲れているのだろうか?


次はベッドの中を確認する。

案の定、セロのお腹の上でナナは眠りこけていた。


「道理で腹が重いと思った。」

「ふぇ?」


ロッテが目覚め、慌てて寝ぐせを矯正している。



セロがナナの頭を撫でていると、部屋の扉が開き、ジルとアランが入ってきた。



「お?セロ、起きたのか。」

「あぁ、アラン。おはよう。」


「セロさん、怪我の具合はどうですか?」

「痛みとかはまったくないよ、ジル、治療ありがとう。」

「いえ、私はダイモスさんの足にかかりきりだったので。セロさんの治療はエッフェ・バルテの治療師さん達です。」

「そうなんだ。」


セロは眠ったままのナナを抱っこして上体を起こす。


「まだ寝てないと駄目です。おばあちゃんがあと二日くらいは安静にしなさいって言ってました。」

「ん?あと二日?ってことは俺って結構寝てた?」


「丸二日くらいだな。血が流れすぎてたんだとよ。倒れた時にフォボスが治療水で止血しなかったらやばかったかもな。」


返答したアランは悔しそうな表情だ。

きっと参戦できる程の実力を備えていない自分を責めているのだろう。



カタカタカタカタ…。


扉が音を立てて揺れている。


「きっとミケさん達ですね。」


ニャンニャン達はドアノブに手が届かない為、自分で開閉できないのだ。

だからと言って扉に爪を立てるようなこともしない。


爪研ぎはちゃんと専用の木材で。

ニャンニャン達は決まり事をしっかりと守っていた。


ジルが扉を開けると、牙狼形態のダイモスとその背に乗ったミケとクルル。

そして一匹だけ歩いているトラが部屋に入ってきた。


おそらく扉をカタカタやっていたのはトラなのだろう。



「セロが起き上がってるニャ!」

「だから言ったであろう?ミケよ。心配はいらぬと。」


ダイモスは普通に歩行している。切断された足はうまく接合できたようだ。


「ダイモスさんも安静にしていないと駄目です!くっついたばかりなんですから!」

「そうは言うがジルよ。我はじっとしているのも退屈で…。」


食堂の床に横になり、ニャンニャン達を降ろしているダイモスに、ジルは厳しく対応する。


「駄、目、で、す!」


「う、うむ…。」


ローバルは一度ナナの転移で集落に戻ったらしい。


ダイモスは怪我が完治するまではと、ジルが帰還を許可していない。

皆のことも名前で呼んでいることから、セロが寝ている間にかなり皆とも打ち解けているようだった。



ナナも目を覚まし、エトワールとルーシアもやってきて室内がすっかり騒がしくなった頃、ジェイとメイサが皆を呼びに来た。


昼食の用意ができたらしい。


「セロさん、食べられそうですか?」

「うん、大丈夫…。おっと。」


ロッテは貧血でふらつくセロを支え、皆で食堂へと向かった。



「で、セロ。これからどうする?」

「うん、いくつか考えていることはあるよ。」


セロとアランは食べながら今後を話し合っているようだ。

皆もセロの言葉を注意深く聞いている。


「まず、当然のことだけど月光石の捜索は今後も継続する。でないと俺らが移動できないし、勝利報酬は魅力的だ。」


「セロよ、そうは言ってもフォボスの力は圧倒的だ。奴から秘宝を奪うことなどできるのか?」


実際にフォボスの強さを体験しているダイモスは指摘する。



「これは俺の完全な推測になっちゃうんだけど、フォボスは月光石を所持していない…、かもしれない。」


「え?」


皆もセロの発言に驚いた様子だ。


月光石を所持可能な人物で最も戦闘力の高いフォボスが持っている。

そう予想していたはずだった。



「セロさんはどうしてそう思ったんですか?」


ロッテの問いかけに対して、セロは申し訳なさそうに答えた。

セロ自身も、直前までフォボスの所持を疑っていなかったらしい。



「確たる根拠があるわけじゃないんだ。先生は俺と遊びたいと言った。正直な気持ちだとも。そこから考えただけなんだよ。」


フォボスが月光石を所持していた場合は、ゲームは単純な力比べになってしまう。

大森林深淵の強力な魔獣を相手に訓練を行い、フォボスに対抗できる力を付けて再挑戦するしかない。


「先日ここに訪れたフォボスが懐から月光石を出して見せたのは、持ってるぞって強調してたんじゃないかな?」


セロはかつて幼い頃にエルネストと興じていたカードゲームの記憶を思い出していた。



(フォボスは落とし穴だ。俺達が森で修行なんか始めたらそれは先生の誘いにハマったってことになるんじゃないか?)


「白衣の仮面の人はね、俺が小さい頃の恩師なんだよ。だからその性格や好みもある程度分かるんだ。」


フォボスの対抗策を考え、実施することは、あの日の戦士のカードと同じ運命を辿ることになるのではないか。


「あくまでこのゲームの対戦相手は先生。フォボスは強力な駒。そう考えると、なんか違う気がしちゃって…。」



「でもよ、その先生だって分かってるんじゃねぇか?フォボスに持たせとけば秘宝は安全だ。絶対勝てる。そう思うんじゃねぇか?」


ここでアランが自身の疑問を口にする。


「そこは俺も同意する。けれど先生の好むやり方じゃない。」


ヴォロスの人となりを知るセロはアランの意見を否定する。


「フォボスに秘宝を所持させるということは俺の対戦相手の席をフォボスに譲ることに等しい。先生はそれを許容しないタイプだ。」


「野菜は人に食わせてもいい、ただしお肉はあたしが食べる。そういうことだな!!?」


実際にお肉をはぐはぐしながらナナが口を挟んでくる。


「親分、食べながらお喋りは行儀が悪いです。ちゃんとお口の中を空にしてからにして下さい。」


そしてロッテに窘められている。



「まぁ、確定じゃないんだけどね。あくまで推測だ。皆の意見はどうかな?」


「つまり捜索対象はフォボスさんじゃなくて月光石だってことですよね?」

「そうなる。残念ながら推測が外れているようなら、その時は修行する羽目になっちゃうけどね。」


そして横になっていたダイモスは、のそりと頭を起こしてセロに尋ねる。


「セロ、月光石の所在にあてはあるのか?」


「あてはないけど、いくつかに候補は絞っているよ。」



改めて説明するセロ。自分達の手が及んでいない場所だ。


大森林北西部、耳長族の樹上の村。

大森林中央深淵部、魔女の庵。

辺境都市、エッフェ・バルテ。



「南西部の牙狼族の領域はない。嗅覚の鋭い牙狼に発見されたら困るだろうしね。」


ダイモスもその意見に頷く。

仮に匂い対策の消臭効果とかを使用したとしても石の魔力を感じ取ることも可能だそうだ。



「北東部のニャンニャン族の集落には実際に足も運んだし、ニャンニャン達も感覚は鋭い。よってここもないと判断した。」


今度はミケ達が頷く。



「南東部のゴブリン王国は手っ取り早く爆破しちゃった。」


ダイモスやミケ達はポカンと口を開けている。


「な、成程。それで候補が絞られておるわけだな。」

「根拠は他にもあるんだけどね。」



「ニャニャ、どうやって爆破したのニャ?ゴブリンは全滅したのかニャ?」

「ムッフッフ。あたしの燃えるガスと爆弾で一気に吹っ飛ばしたんだ。あたしはすごいんだ。」



セロは説明を続けた。


「ダイモスは、群れを訪問したバルドの発言を憶えてるだろ?」

「うむ、フォボスの走り去った方向だな?」


(西だ。中央に向かった。どこかで中央を迂回するだろうから急いだ方がいいぞ?)


「石の保管場所には牙狼は近付けたくないだろう。つまり、バルドが示した方角には月光石はないと断じてもいいはずだ。」


「ということはバルドさんが示さなかった方向に石を隠している、とも解釈できるんでしょうか?」

「少なくとも俺は隠し場所の候補にするくらいには参考にさせてもらった。」


西に向かった。ということは東のエッフェ・バルテ。

中央を迂回する。ということは中央の魔女の庵。


バルドの発言は遠方を考慮してはいないように感じる。

ということは樹上の村も候補としていいだろう。



「中央にさしかかったところで北か南に迂回すればニャンニャン族と森ゴブリンの領域だから除外だ。」


「遠方を対象外ってのは大森林の西部の牙狼族と耳長族の領域は考えていないってことか?」

「さすがに牙狼の足でも踏破するのに日数を要するだろうからね、そんな場所に誘導はしないだろ?急いだ方がいいって言ったのもそういうことだろう。」


ただし、転移の使用が前提となっているこちらとアルカンシエル側にとっては候補となる。


「やっぱり調べたいのは三ヶ所かなぁ。」



「なぁ、セロ。他の場所にあるって可能性はどうだ?森の何処かに埋めてるとかよ。」


アランはとりあえず思ったことを口にした。


「セロさん、アキームさんやナナシさんが所持している可能性もあるかもしれません。」


ロッテもまた、自分の考えを口にする。



「勿論その可能性もゼロじゃない。けど確率的には低いかなって思ってる。」


セロは二人の意見に返答する。


「ナナシやアキームだと、戦闘になった場合に不安があるからなぁ。彼らに関しては様子を見て、姿を隠すようなら可能性を考慮する。」

「もし私達の前に姿を見せるようなら所持していない、ということでしょうか。」


「うん。そう考えて動こうかと思うけど、いいかな?」

「わかりました。」


そう言ってロッテは頷いた。



「それで、あとはアランの意見なんだけどね、俺は秘宝にはそれを管理する者を付けてあると考えているんだ。」

「管理者?石を見張ってる奴がいるってことか?」


「以前、秘宝をパクった三匹の猫みたいな予想外のトラブルに対処する為、そして秘宝の状況を常に把握する為。大事な勝利条件だ。放置はありえない。」


何気なくディスられたような気がしてミケとクルルはしょぼんとしている。

ニャンニャンの様子に気付かずにセロは石の管理者について説明する。


「管理者もまたゲームの駒として考えるなら、おそらく無関係な第三者かな…。」


(この場合は先生が指し手、魔女はゲーム補助。フォボスとアキームとナナシが大駒でバルドは捨て駒…。)


「そう考えると長期の滞在に不便な場所は選ばない。尚且つ安全な場所がその候補地となるかと思ったんだ。」

「成程な。それで候補が三ヶ所か。」


アランは納得したように頷いている。



「ちょっと待って下さい。セロ君、無関係な第三者というのは?」


ルーシアはそちらが気になったようだ。すかさずセロに質問する。


「先生や魔女の干渉はない。アルカンシエルの追加要員でなければフォボスの付与魔術による無意識の参加者…、になるのかな。」



セロはフォボスの付与術が使われた場合として二種類のケースを想定しているようだった。


夢想付与によって思考や行動を誘導されていた場合。操り人形みたいな状態だろうか?

幻想付与によって月光石をそれと知らずに管理していた場合。こちらは通常の状態だろうと思われる。


「付与術はナナのように特殊な追加効果…、停滞とか定着とかを追加しないと時間や距離で効果を失う。」

「セロさん、それはつまり…。」


「うん、この場合はフォボスが出張ってきた時点で、第三者を利用した工作があるとすればその仕込みはすでに完了したと見るべきだ。」


ただし、夢想付与はダイモスの例もある。

夢に見た事象に対して強い思いを持っている場合、付与が解除されても夢想状態が継続しているかもしれない。



そしてもう一つ、アルカンシエルの追加要員もしくは下部組織の人間である場合。


「この場合は当然、教会がそれにあたる。けど俺達がアルカンシエルと教会の繋がりを確信していることは向こうも熟知しているはずだ。」

「可能性は低そうですね。分かり易すぎます…。」


セロはロッテに頷いた。



「長々と語ったけど、殆どは推測だ。俺やダイモスが復調するまではこの辺りを調べて候補を絞ろう。」


「具体的には?セロが指示してくれるんだろ?俺は頭を使うのは苦手なんだ。」


アランはやる気はあるが行動を決められないようだった。


「じゃあ、俺とダイモス、ロッテ、それとジルはここで治療と指揮ってことでいいかな?」


特に反論もなく待機メンバーが決定した。


「アランには皆を率いて行ってもらいたい所がある。こちらは人海戦術になりそうだから大勢で。」


アラン、エトワール、ルーシア、ジェイ、メイサの五名は南街区の調査となった。

その内容は瓦礫の撤去作業。そして調査できなかったバルドが生活していた倉庫だ。


「なんか引っかかるんだ。アキーム達がそこに出入りしていたことや、フォボスが参戦し、まず最初に周囲の建物を破壊したことが。」

「倉庫になんらかのヒントがあって、それを隠す為に破壊したってことか?」


「かもしれないし、俺達をそこに誘導する為の誘いかもしれない。」


もしもそうだった場合は、そのヒントをアラン達が捜索する。

逆に誘いだった場合。アラン達の捜索姿で誘いに乗ったフリをして残りのメンバーが他の候補地を捜索する。


「残りのメンバー、つまり別動隊はナナとミケとクルルとトラだ。隠形もできるしトラがいれば匂いも分かる。」

「むっ!あたしか!何をすればいいんだ?兄ちゃん。」


「ナナはもう一度猫になって、はぐれニャンニャン族のふりをして森の探検だよ。」

「わかったぞ!耳長村はまだ調べてないからな!ラッキー・ナナの選択に間違いはない!」


ナナは収納から赤い猫の着ぐるみを取り出して着替え始めた。


セロが猫化を指示したことには当然理由がある。


ロッテの魔術から得た情報では、ニャンニャン族と耳長族は両者共に人間に迫害されていた歴史を持つ。

他種族に対してはあまり友好的ではないとされる耳長族も、ニャンニャン族であれば多少は、という狙いからきたものだった。



「よし!なら俺達はすぐに出発するぜ!何かあれば指示してくれ!」


アラン率いる五名は調査に出て行った。



「セロさんは三ヶ所と言いましたが、もしかしてエッフェ・バルテはあまり疑ってないんですか?」


ロッテは食後の紅茶をセロの前に置きながら聞いてみた。


「ぶっちゃけるとただの勘なんだけどね。覆面が目撃されてるのって街ばかりだからさ、ここだぞって誘ってるのかと思って。」

「あからさますぎるってことですね。ということは親分の方に秘宝が…?」


「断言はできないけどね。ナナの強運から思いついたようなものだし…。」



そして誤認付与で猫になったナナ率いる四匹のニャンニャンがセロの前に整列する。


「兄ちゃん、行ってくるぞ!」

「いってらっしゃい、ナナ。ミケ達もナナをよろしくね。」

「任せて欲しいニャ!」

「不安ニャ…、不安ニャ…。」


「うぅ…、親分、出発前にちょっと抱っこさせて下さい。」


ロッテは可愛いものを好むようだ。

ナナを抱きしめて頬ずりしている。


セロは通信を常時発動させておくように伝え、転移していくナナ達を見送った。



そのままセロとダイモスは部屋へと移動し、セロは安静にする為にベッドへ。

ダイモスはその傍らで床に寝そべりジルに治療を受ける。


「映像はこのくらいで大丈夫ですか?」


ロッテはアラン達の俯瞰映像と、ナナ達の追跡映像を用意する。


「あぁ、ありがとう。ロッテ、操作が大変だろうけどナナの追跡の方は頼むよ。」

「はい!」


「ダイモスは森の方で何かあれば助言してくれ。」

「うむ。何か気付いたことがあれば伝えよう。」


セロは通信を使用し、早速アランに指示を送る。


「アラン、破壊された倉庫を捜索する時、覆面が現れても気付かないフリをして調査を続行。報告を送ってくれ。」

「追いかけたりしなくていいのか?」

「どうせ転移で逃げられるよ。あとは瓦礫の下で見つけたものはどんなものでも報告を頼む。」

「わかったぜ。」



そしてナナ達四匹のニャンニャンは以前訪れた際に道標を設置した地点にいた。


「よし!これからニャンニャン探検隊の調査を開始するぞ!目標は白くて綺麗な石だ!」

「わかったニャ!」


「あたしが探検隊の隊長で、ミケが副隊長だぞ!」

「わかったニャ!」


「耳長プリンが売っていた場合は探検を休憩とするぞ!」

「わかったニャ!」


「そしてここからは隠密行動!そう、スニーキングミッションだ!あたし超得意だ!みんなはあたしの真似をするんだぞ?」

「わかったニャ!」


「親分、もう少し静かに!耳長族の人に見つかっちゃいますよ!」


ナナ達は早速通信でロッテからお叱りを受けていた。



「そうと決まればまずは匍匐前進だ!」


四匹のニャンニャンは腹ばいになってじわじわと移動を始めた。


「この移動方法はニャにか意味があるのかニャ?」


トラは誰もいない場所での匍匐前進に疑問をもったようだ。


「隠密行動と言えばこれだ!こうすれば見つからないんだ!」



その様子を窓枠を通して見ていた待機組は皆、苦笑していた。


「親分…、透明になればいいのに…。それに進む方向が違います…。」


「今回は引率がいないからなぁ…。ロッテ、できるだけ通信で指示を送ってあげてね。」

「はい…、ものすごく不安ですが…。」


ロッテはナナの大森林における行動を思い返す。


ゴブリン王国は大規模ガス爆発により王国崩壊。

牙狼族の集落は絨毯爆撃により牙狼降伏。

ニャンニャン族の集落は連続爆破により集落壊滅。


(結果だけ見れば親分ってろくなことをしていない気がするんですが…。ああっ、やっぱり不安です…。)



「親分、樹上の村への入り口はそっちじゃありません。案内しますから私の言う通りに…。」


ロッテは不安な気持ちを押さえつつナナに指示を送り始めた。


匍匐前進の為その移動速度は遅く、ナナ達は時間がかかりそうだ。



その間、セロはアラン達が瓦礫の中から発見した様々な品物を映像越しに検分していた。


「なかなか怪しいのは出てこないなぁ…。何かあるはずなんだけど…。」


そうでなければ逃げるだけで済むところをわざわざ建物を破壊して戦闘なんかしないはずだ。

そう思いつつもセロは全てが偽装である不安をぬぐえないでいた。



「あたし疲れてきたぞ。」


もう一つの映像では、まだ30分も経っていないのだがナナがバテ始めたところだった。


ナナはすくっと立ち上がり、今度は樹木の影から影へ、隠れながらジグザグ移動を始めた。

追走するニャンニャン達に妙なハンドサインを出している。


「あの…、親分。周囲には誰もいませんよ?ジルに探知もしてもらいましたし…。」

「ロッテはアホだな。タイガーマスクとライオンマスクは探知できないんだぞ?こうしないと危ないんだ。隠密行動だからな。」


「うぅ…、アホって言われました…。」

「ごめんね、ロッテ。ナナに付き合って貰っちゃって。」


しょぼんとするロッテをセロが慰めていた。



「親分、そこを右に…。そろそろです。安全の為に、全員の障壁は切らさないようにお願いします。」


ロッテはめげずに案内を続ける。



しばらくして、ようやくニャンニャン達は村の入り口へ辿り着いた。


一際大きな樹木に螺旋状に杭が打ち込まれている。

それは遥か上まで続いていて、階段のようになっていた。


そして階段の入り口には門番の耳長族の戦士が一人。


耳長族は見た目的にはほぼ人間と同一。

正直、耳を隠せばまったく違いが分からない程だった。


そしてその特徴的な耳は後頭部へ向けて長く伸び、先が尖っていた。


「お?なんだあいつ?変な耳だ。」


「親分、珍しいからって触ったりしちゃ駄目ですよ?透明になってこっそりと…。」


ロッテの指示は遅かった。



ナナはすでに堂々と門番の前に姿を晒している。


「…。」


「ニャ~。」


ナナは咄嗟に猫のフリをした。

そのまま押し通すつもりのようだ。


ミケ達も後に続く。


「「「ニャ~。」」」



「おや?珍しいな、ニャンニャン族か。こんな所にやってくるなんてどうしたんだ?はぐれじゃないよな?」



ロッテはがっくりと両手を床に付けている。


「あっさり発見されてしまいました…。」


(これまでの匍匐前進とか隠れながら移動したりとかって一体なんだったんでしょう…。)


「仕方ないな、ナナ、そいつ転移でこっちに飛ばして。」


ナナはセロの指示通り、門番の足元に転移門を開いてそこに落とす。


「うわっ!?」


落ちた先はセロ達の部屋。


セロは床に落ちた門番を瞬時に鎖で拘束する。


「何だ!?誰だ!?ここは何処だ!!?」


「見つかっちゃったものはしょうがない。丁度いいから俺はこいつから情報収集するか。」



早速、セロはベッドの上で上体を起こし、門番を威圧する。

傍らのダイモスもまた、同様に門番を威圧。


「素直に質問に答えてくれればちゃんと森に帰す。いいな?」


門番は混乱しながらもこくこくと頷いた。



「親分?隠密行動なんですよ?いきなり姿を見せたりしたら駄目じゃないですか!」


ナナはロッテに注意されている。


「違うんだ。あいつをあたしの可愛さでメロメロにして、飼い猫にしようとお持ち帰りさせて潜入する作戦だったんだ!」


そして咄嗟の言い訳。

お説教している場合ではないので隠密行動を続行することになった。


四匹のニャンニャンが螺旋階段を登っていく。


樹木の幹はかなり太く、樹高も高い。

100メートルを優に超える高さだ。


30メートルくらいでナナは息切れして小休止していた。



「はぁ、はぁ。あたし疲れてきたぞ?」


ナナ同様、ニャンニャン達もへばっている。


杭を打ち込まれただけの階段、しかも人間の歩幅に合わせてある。

体の小さいニャンニャンと着ぐるみ状態のナナは、斜めに設置された梯子を登っているような状況だった。



しかしここで止まっても仕方がない。

疲れてはいるが頑張って登る。


50メートルくらいの位置まで登った。


見上げれば、上部に木造の足場が見える。

周囲の樹木にも同様だ。

そしてそれぞれが吊り橋で繋がっている。



「あれが耳長村か?あんな高いとこに住んで怖くないのか?落ちたら死ぬぞ?」


ナナが余計なことを言った。



ミケとクルルが下を見る。


「お、お、落ちたら死ぬニャ~!!!」


途端にガクガクと震え始めた。


「落ち着くニャ。そんニャに震えたら危険ニャ。」


トラは平気のようだ。


「そうだぞ?一応あたしの障壁を付与してるから大丈夫だ。たぶん。」

「たぶんニャのか!?たぶんニャのか!?」


ミケとクルルの動揺は治まらない。

震える二匹を放置してナナとトラはお喋りしている。


「ニャニャは高い所平気ニャのかニャ?」

「あたしはもっと高い所から落ちたことがあるんだぞ?でも落ちても大丈夫なんだ。兄ちゃんが受け止めて抱っこしてくれるんだ。」


「セロは今、怪我して動けニャいからここにいニャいけど抱っこしてくれるのかニャ?」


今度はトラが余計なことを言った。



「…。」


ナナは下を見る。


「兄ちゃんがいないということは、もしもこけたらあたしも地面まで落ちるってことなのか?」

「そうニャ。」


トラは頷いた。


「…。」




「こええええぇええぇぇぇえええ!!!!」


ナナは叫んでいた。


「どどどどうするんだ!?怖いぞ!?落ちたら死ぬんだぞ!?」


動揺しつつもナナは不動足場を生成して安定した足場を確保するがそこから動けない。

ミケとクルルもナナにしがみ付いて震えている。



「だいたいなんだ、このしょぼい階段は!!丸太が並んでるだけなんて危ないだろ!!!」


今更階段に文句をつけるナナ。



トラを除いた三匹は抱き合った状態でさらにガクガクブルブルと震えまくり、大騒ぎしている。


「親分、落ち着いて下さい。いつも障壁を使って高い所に登ってるじゃないですか。ゆっくり、落ち着いて、ちょっとずつ登りましょう。」


ロッテの通信に、ナナは僅かに平静を取り戻したのか、ゆっくりと立ち上がる。


何も気にせずに高所に登っている普段のナナは、転落してもセロが受け止めてくれることを微塵も疑っていない。

それが突然のセロ不在での高所移動という現実を直視してしまったことにより、ナナはかつてない恐怖を感じていた。



「ちょっとずつ登るぞ?」


…ゆっくり、…ゆっくり。


障壁も使って安全第一で登っていく。


緊張しているのか、その表情は真剣そのもの。



………ぷぴ~。


ナナは屁をこいた。


「ニャニャが屁をこいたニャ!!?」

「ちっ、違う!おならじゃないんだ!これはお尻の溜息だ!!高所の憂鬱なんだ!!!」


ナナは咄嗟の言い逃れ。



「親分…。」


ロッテは映像の前で呆れている。



びゅうぅぅぅ。


軽い突風が猫達を撫でた。


「ぎゃああああぁあぁぁあ!!!」

「落ちるニャ!飛ばされるニャ!!」


ナナはただ、絶叫する。

ミケとクルルはさらに強くナナにしがみ付いて喚き散らす。



「親分…、隠密行動…。」


ロッテは映像の前でがくりと項垂れる。



バサバサバサバサッ。


近くを鳥が羽ばたいていく。


「くぁwせdrftgyふじこlp!!!!」

「助けてニャ~。助けてニャ~。」


ナナの叫びは意味不明。

ミケとクルルはガン泣きしていた。



「ナナ、助けに行くから転移門を開けて。」


セロの通信も、パニックになっているナナは気付かないようだ。



そしてニャンニャン達の大騒ぎに、その隠密行動は完全に失敗に終わった。


60メートル地点で改めて身動きが取れなくなっていたニャンニャン達は、騒ぎを聞きつけ降りて来た耳長族の戦士に発見された。


「おい!なんでこんなところにニャンニャン族がいるんだ!?それになんか泣いてるぞ!?」


四匹のニャンニャン達は耳長族に救助され、樹上の村への潜入だけは成功した。

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