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フヨフヨ  作者: 猫田一誠
07 大森林
61/236

051 北方侵略

王国北方、城塞都市ラムドウル。


南方の海都と同じく、こちらでも侵略者が堂々とその姿を晒していた。



ラムドウルよりさらに北、白銀帝国からやってきた軍勢は国境線に展開し、城塞都市を睨みつけている。

普段の小競り合いの時のような少数戦力でなはない。


それはまさしく大軍だった。



「懲りずにやってきおったか。全くもっていまいましい蛮族共め。」


アムドシア要塞の上層部にある執務室の窓辺でその姿を確認するや、騎士装束を着込んだ肥満体形の男は舌を打ち鳴らした。


「現在の戦力では間違いなく都市を守りきることはできん。何か策を講じねば…。」


黒鋼騎士団長、ヴィクター・ランゼルフ侯爵は都市を守ると言いながらも、考えるのは自らの生存を可能とする方法だった。



王国を裏切り、都市を開放して帝国に取り入る?


「駄目だ。何の事前交渉も行っていない現状で裏切ったところで未来の保証はない。」


秘密裏に帝国の指揮官と交渉でもできれば悪くないかもしれない。

が、それを可能とする手段がない。やはりこれは駄目だ。


ならば戦うか?


いや、戦力差は比較にもならない。戦っても敗北は見えている。



やはり選択肢は逃亡一択だ。


「要塞の秘密の脱出路を使って逃亡するのはいい。問題はその後だ。」


侯爵は万が一の用心の為、公費を使って要塞内部に秘密の脱出経路を建造させていた。

建造に携わった者は全員処分済だ。脱出路の存在を知るのは自分だけ。


逃亡の成功は間違いない。ただ、北方防衛を預かる侯爵の立場での逃亡は大罪となる。確実に極刑だ。


「必要とされるのはいかにして私の脱出を正当化するか。その方法だ。」


帝国の軍勢はいつ攻め込んでもおかしくない状況だ。

これまでの防衛戦では、戦力に勝る王国側は城壁の外で帝国勢を迎え撃つ形だった。


しかし今回は、迎え撃つどころか戦力そのものを展開できていないのだ。


「罠を警戒して足踏みしてくれればよいが、楽観視していては生存のチャンスを無にしてしまうやもしれん。」


あまり時間は残されていない。

侯爵は自らの保身のみを目的に、懸命に策を練っていた。



コンコン。


執務室の扉がノックされる。


「ランゼルフ騎士団長、少々、お時間をよろしいでしょうか?」


この忙しい時に。侯爵は不機嫌な表情を隠すことなく返事を返す。


「…入れ。」



入ってきたのは一人の女騎士だった。

黒鋼騎士団の騎士服を着用しているが、その顔には見覚えがない。


もともと黒鋼騎士団は大所帯だ。

知らぬ顔の騎士などいくらでもいる。

侯爵は疑うことなく女騎士に用件を問う。


「何用だ?今はこのような状況だ。手短にな。」


女騎士はにこりと微笑む。


「手短には済みませんが、騎士団長殿にとって喜ばしい話ができるかと思います。」

「何のことだ?」


執務室に自分と侯爵以外の人間は存在しない。

周囲に視線を配った女騎士はそれを確認して、用件を切り出した。


「この絶望的な状況下に、帝国側との交渉をお望みではありませんか?それを可能とする用意がございますが。」


侯爵の顔色が変わった。



「私は帝国より参上した交渉人。いくつかの条件を飲んで下されば騎士団長殿の命を保証することができます。」


女騎士続けて語ろうとしたところを侯爵が制止する。


「まてまて。貴様は何を言っている?帝国の者がこのような場所に入り込むことが出来る訳がなかろう?」

「意外と簡単でしたよ?」


事も無げに言い放つ女騎士。

対して侯爵は盛大に溜息をついた。女騎士の言葉を戯言の類と受け取っているようだ。


「仮に貴様がそうだとしてだ。私が貴様を捕らえ、帝国への人質とする等の危険は考えておらんのか?」

「危険を考えねばならないのは貴方の方でしょう?このままだと貴方は確実に殺されますから。」


「そう思うかね?私がこういう時の為の対策を何もしていないとでも?」


侯爵の問いかけは女騎士の予想の範疇のようだ。まったく動揺するそぶりを見せない。


「そうですね。帝国の軍勢を破ることはできないでしょうが逃亡するだけなら可能。そうお考えなのでは?」


女騎士の見せる余裕の態度に、侯爵は警戒を強めた。



「現在騎士団に蔓延している熱病は魔術によるものです。通常の方法では治りません。少々小細工を弄させていただきました。」


女騎士はまず、戦端が開かれれば王国側は勝利できないであろうことを強調する。


「籠城しても無駄です。戦闘が長引けば発病者も増えます。いずれは騎士団長殿も発病するでしょう。」


伝染付与は使用されていない。後者はハッタリだったが、女騎士は堂々と口にした。


通常戦闘、籠城のどちらを選んでも未来はないことを指摘しても、侯爵は焦る様子を見せない。

予想はしていたが、女騎士は侯爵が逃亡するつもりであることを確信する。


「逃亡にはリスクが伴います。我々は無用の殺戮を行うつもりはありませんから、民や騎士の口を封じることは不可能ですよ?」


逃亡発覚時に言い逃れることは不可能。女騎士は断言した。

そして侯爵の表情が変化したことを読み取ったが、それを表には出さない。



「我々の提案は、どちらにしろ陥落する城塞都市において、騎士団長殿を英雄として助命を保証するものです。」

「降伏しろとでも言うつもりか?」


「いえいえ、降伏などなされては貴方が責を問われるでしょう?戦って下さっても構いませんよ。」


侯爵は最後まで民を守る為、自らを犠牲にして捕虜となった。そんな筋書きを女騎士は語る。


「私が提案するのは優しい敗北です。都市の制圧が終われば開放しますし、捕虜となっている間の待遇もまた、保証しますよ?」


極刑のリスクを抱えて逃走するか、騙される危険を抱えて協力するか。

どちらも簡単に選べず、侯爵は悩んでいた。


「本来ならゆっくりと待って差し上げたいのですが、あまり時間はありませんよ?」



そして、下を向いて唸っていた侯爵はゆっくりと顔を上げる。彼の決断は…。





アムドシア要塞内部の演習場に戦闘が可能とされる僅かな戦力が集められていた。


作戦参謀が現れ、各部隊長に対し、防衛戦における基本方針が伝達される。



黒鋼騎士団の作戦参謀の打ち出した対策は以下の通り。

騎士団の半数以上が病に倒れ戦闘不能という前代未聞の事態を鑑みての対策だそうだ。



アムドシア要塞に立てこもり籠城戦を旨とする。

城壁の防衛は捨て、市街地を盾とし、少数精鋭による遊撃戦に敵を誘い込み敵戦力を疲弊させる。

一般民を都市より脱出させることと、要塞への避難は認めない。

都市防衛戦力である赤銅、青銅、黄銅三騎士団は遊撃戦力とし、それぞれの担当区画を防衛する。


作戦参謀は目の前の黒鋼騎士達に声を張りあげる。


「少ない戦力では都市の外壁は守れない!要塞の周囲の内壁を防衛線とする!」



参謀達が去った後、騎士団の主要人物である幾人かの騎士は呟いた。


「終わった…。」



騎士達は要塞内部の侯爵の執務室に押しかけ、矢継ぎ早にまくしたてた。


「この戦力で籠城は愚策です!一般民を放り出すのではなく、協力を仰ぐべきです!」

「帝国兵は精強です!市街地で少数による遊撃戦を仕掛けられるような精鋭などおりません!」

「城壁を捨てるなどありえません!三騎士団と一般民とともに城壁を守ることを進言します!」

「脱出も避難も禁ずるなど!民に死ねとおっしゃるのか!!」


様々な忠言はすべて侯爵の考えを否定するものだった。


「私には私の考えがあるのだ。何をしようと王国の敗北は覆らん。ならば民を守る為に騎士として何を成すか。その為の策だ。」


策についての詳しい説明もないまま、侯爵はただ一言、騎士達に告げる。


「済まぬが私も必死なのだ。命令に従わぬ者は廃棄場送りとさせてもらう。」



騎士達は絶望的な状況での戦闘を余儀なくされたのだった。




「帝国の軍勢が動き出したぞ!!」


城壁の上で帝国側の監視を行っていた兵は、すぐさま要塞へ伝令を走らせる。


帝国は戦力を左右に分散させつつ進軍している。

どうやら城塞都市を包囲するつもりのようだ。


「主力はそのまま北門へ進軍してくるようだな。分散した戦力は逃亡者を逃がさない為だろう。」


援軍を要請する為の伝令を走らせないようにするために都市を封鎖するつもりであると報告を受けた騎士は判断した。




北区以外の三区画はそれぞれの常駐騎士団に託すことになったことに変更はない。

黒鋼騎士団の戦力は騎士団不在で尚且つ主戦場になるであろう北区を担当する。


各隊長の指揮の元、黒鋼騎士達が行動を開始しようとしていた。



黒鋼騎士団はまず戦力を二分し、半数を要塞の防衛にあてた。

残りの半数は細かく少数の部隊に分け、遊撃のため北区の各所に散って行った。



「なぁ、これやばくね?」

「やばい。」

「ガチでやばい。」

「やべえよ、俺戦いたくねぇ。」

「俺も。この若さで死ぬとかやばすぎだろ。」

「戦争やべぇ!」



要塞の壁上で数人の若い騎士達が第三者によく分からない言い回しを使って状況を話し合っていた。

どうやら要塞の防衛に回された戦力のようだ。



「貴様ら!兜はどうした!!目の前に敵が来ているのに何だ、その恰好は!!!」


部隊長の怒鳴り声に若い騎士達はビクッと体を震わせる。

指摘された通り、彼らは騎士装束や鎧は着用しているものの、兜をかぶっていなかった。



「頭が重くなって動きが鈍るとやばいんで置いてきました。」


「機敏な動作ができなくてやばいしな。」

「あ~、それはマジやばい。」

「すぐバテそうでやばいと思います。」

「正論すぎてやばいな!」



部隊長は茫然と立ち尽くしている。



「視界が狭くなって攻撃を回避できなくなるとやばいんであえて脱ぎました。」


「それそれ!見にくいとやばいしな。」

「当たらなければやばいということはない。と思います。」

「おまえ天才だな!賢すぎてやべぇ!」

「そうそう!避ければいいんだよ。わざわざ兜で攻撃を受けるとかやばいよな。」



部隊長は引き続き茫然と立ち尽くしている。



「頭がむれるし髪型が変になってやばいんでお断りします。」


「わかるわかる!ペタッとなってやばいよな!」

「頭がかゆくなったりしてやべぇもん。」

「そもそも兜のデザインがダサすぎるってのがやばいんじゃね?」

「それだ!!もっとかっこいい兜ならよかったんだ!デザインがやばいのが悪いんだ!」



部隊長は下を向いて震え始めた。



「家に忘れてきたんですが、遅刻するとやばいんでそのまま参加しました。」


「時間を守れない奴とか思われたら評価がやばいことになるからな。」

「忘れ物が多いって評価もやばいんじゃね?」

「え?俺やばいの?」

「やばいって。おまえ。」



部隊長は震えるままに拳を握りしめる。



「さっきまで着用してたんですが突然やばい風が吹いてきて何処かに飛んでいきました。」


「あぁ、あの突風な。やばかったよな。」

「俺は城壁から落ちそうになったよ、やばかった。」

「兜つけてたら重さでバランス崩してやばかったかもしれません。」

「装備する意味ないな!兜やべぇ!」



頭を上げた部隊長の顔は真っ赤になっている。



「母ちゃんが昨日、兜洗うの忘れてたせいで凄く臭くてかぶれませんでした。」


「おまえの体臭、そんなやばいの?」

「むしろいい年こいて母ちゃんに兜洗って貰ってるこいつがやばくね?」

「確かにやばいな、こいつ。」

「俺はやばくない!!」



部隊長のこめかみに血管が浮き出てきている。



「兜とかって無意味な装備はやばすぎるんで廃止するべきじゃないっすか?」

「街のヤンキー達は誰も兜なんてつけてませんよね?やばくないっすか?全員ノーカブっすよ?」

「噂の勇者やビフレスト商会の人達も兜なんてつけてません。やばいからでは?」

「そもそも兜のせいで俺らに何かやばい事があったら隊長は責任とれるんすか?」

「横暴すぎてやばくないっすか?個性を育てる黒鋼なんすよね?ノーカブは俺の個性っす。」

「兜なんてやべぇもん年中つけてっから騎士団のおっさん達はハゲが多くてやばいとか言われるんすよ?」



どんどんエスカレートしていくゆとり騎士の反撃に、部隊長はついにキレた。



「黙れ!!!!このボンクラ共が!!!!さっさと兜を取ってこい!!!!そして装備するまで戻ってくるな!!!!」



ゆとり騎士達は外壁を降りていき、要塞の武具庫へと歩いていく。


「何あいついきなりキレてんの?やばくね?」

「やば~。」

「ガチやばいよな。あいつ。」


「なぁ、おまえらどうすんだ?あのやばい兜つける?」

「つけなくていんじゃね?あいつのせいで俺がやばくなったら嫌だし。」

「それ俺もやだよ!やべぇじゃん!」


「まあまあ、落ち着けよおまえら。あのやべぇのはとりあえず放置でいんじゃね?」

「え?なんでだ?やばくねぇか?」

「いいか。俺らは兜はつけない。やばいからな。だからノーカブなんだよ。」

「あぁ。兜はやばいよな。」


「つまりだ。やばいことに俺らは戻ってくるなって命令されたんだよ。」

「おまえやばいな。天才か。」


「敵が来てるってのにあの隊長やばいよな。」

「あ!本当だ!あいつやべぇ!馬鹿なんじゃね?」

「そうなるな。本当にやばい馬鹿だ。なんであんなのが隊長なんだろうな。」



「てなわけで、やばい状況なんだけど命令だから仕方ない。仮眠室にでも行って昼寝でもするか。」

「おいおい、昼寝かよ!やばいな!」

「え?俺、昼寝大賛成なんだけど?やばいかな?」


「ウェーイ。」

「ウェイ、ウェーイ。」


ゆとり騎士達は何故かハイタッチを始めた。何かの合図だろうか?



「よし!おまえら、昼寝だ。」


「「「ウェーーーーイ。」」」



ゆとり騎士達は一致団結して武具庫をスルーし、仮眠室へと歩き去って行った。





ラムドウル北方、白銀帝国の陣地内にある一際大きい天幕内で、侵略戦における最後の会議が行われていた。


中で会議をしているのは四名。


外交戦略筆頭顧問であるバルディアを総指揮官とし、三名の将軍がそれを補佐する。

冬将軍エイブラハム、氷将軍ジェリド、雪将軍アイシャの三名である。


本来であれば、バルディアは戦場に出るような立場の人間ではない。

が、今回の計画の為にラムドウル側に仕込んであった謀略を有効活用する為に、と参戦を願い出た。


バルディアを重用する皇帝は、そのままバルディアを総指揮官に据え、現在の編成となったのである。



「城壁の無力化は成功です。敵戦力は少数。あとは制圧するだけですね。」


バルディアはランゼルフ騎士団長との交渉成功を将軍達に告げる。



「相変わらず見事なお手並みですな。外戦顧問殿。」


冬将軍エイブラハムの声だった。

巨大な体躯に重厚な戦斧を携えた戦士である。


「まったく、いつのまにそんなことをしておられたのやら。」


今度は氷将軍ジェリド。

こちらは、細身ではあるがしっかりと鍛えこまれた体だ。

力よりも技を主眼においたスタイルなのが見て取れる。主武装は腰に差したサーベルだ。



「あらかじめ潜伏させておいた部下に指示を出しただけですよ。勝利は確定していますが流す血は少ない方がいいでしょうから。」


順調に進む計画にバルディアも機嫌がいい。


その傍らには槍を持った雪将軍アイシャが立っている。皇帝ガルシア直々にバルディアの護衛として任命されたのだ。

アイシャの率いる軍勢は全てバルディアの護衛となっている。


外戦顧問バルディアはもはや帝国になくてはならない人物。

アイシャもそれを十分に理解しており、皇帝の命に不満なく従う。



よって、帝国側の布陣は正面主力をエイブラハム率いる冬軍が担当。

左右に分散し、ラムドウルを包囲するのはジェリド率いる氷軍。

主力後方でバルディアの護衛と支援を担当するのが雪軍となっていた。



「私から皆さんにお願いすることはあまり多くはありません。王国との交渉を有利に進める為、無用な殺戮はなしでお願いします。」


攻撃を仕掛けてくる者には容赦しないが、そうでない者には寛容な対応をとるようあらためて言い含める。



「それと、王国軍は表向きは戦闘を仕掛けてくるかもしれませんが、ランゼルフ騎士団長にもはや戦意はありません。」


バルディアは天幕の入り口に控えさせていた部下を入室させるべく合図を送る。

入ってきたのはランゼルフ騎士団長の執務室で交渉人を自称した女騎士だ。騎士装束を脱いで術士風の服に着替えている。


「潜入工作の結果を皆に報告して下さい。」


バルディアの声に頷いた交渉人の女は、侯爵との交渉内容を事細かに報告するのだった。





そして短くない時が過ぎ、要塞の城壁の上にはぽつんと一人の騎士が立ち尽くしている。

兜を着用しない部下に怒鳴り散らした部隊長だった。


心なしか、その両肩は震えているようだ。

そして、背後のアムドシア要塞を睨み、再度怒鳴った。



「兜をつけてくるだけなのにあの馬鹿共は何時間かける気なんだ!!!」



要塞の城壁上に、部隊長の怒りの声が響き渡っていた。



同時に、ラムドウル北門の大扉が破壊された。


その様子を見ていた住民や、遊撃の為に隠れ潜んでいた騎士達は略奪に走り回る帝国兵を幻視する。



しかし、砂埃の中から都市内に姿を現した帝国軍は予想外の行動を取っていた。


略奪に走るでもなく軍勢の統率は維持したまま。

まるで凱旋でもするかのように大通りを進軍する。


騎士達はとても遊撃戦など仕掛けられない現状に唇を咬んでいた。



やがて軍勢はアムドシア要塞の正門前まで進軍する。


先頭に立つエイブラハム将軍が声をあげる。


「黒鋼騎士団長、ヴィクター・ランゼルフ侯爵に告げよ。帝国主力軍が指揮官、エイブラハムが戦前交渉に参ったとな。」



これまでの小競り合いでは交渉事は常に伝令を通して行われていた。

帝国の将軍が自ら足を運ぶなど前代未聞の出来事だった。


伝令が要塞内を走り、ランゼルフ侯爵に現状を報告する。


「来たか…。」


侯爵は立ち上がり、交渉の席につくべく要塞正門へと向かった。



「門を開けよ。」


そして正門に到着した門兵に開門を言い渡す。


「い、いや、しかし団長殿…。」

「よい。元より敗北の見えていたこの状況で、皆の命を守るにはこうする他ないのだ。」



門が開かれ、結果の定められている茶番が始まった。



「エイブラハム将軍よ。どうか私の命一つで騎士達や都市の住民の命は保証して頂きたい!」

「それはこれから、我らの総指揮官殿と交渉してもらおうか、ランゼルフ侯爵。もちろん交渉が済むまでは手は出さない。」


門を閉じようとした門兵をエイブラハムが制止する。


「門は開けたままだ。無意味な殺戮や略奪は侯爵殿に免じて行わないが、抵抗やそれに準ずる行為に対しては保証しかねるぞ?」



ランゼルフ侯爵は捕虜として帝国陣営へと連行されていった。


いかなる交渉がなされたのか。それはまったく不明であるが、侯爵は翌日にはアムドシア要塞に帰還した。

白銀帝国外交戦略筆頭顧問のバルディアとその護衛である雪将軍アイシャを伴っての帰還だった。



執務室の椅子に腰かけたのはバルディア。

アイシャはその隣に立ち、バルディアの対面には姿勢を低くするランゼルフ侯爵。


「ご苦労様です、侯爵閣下。おかげで無用な流血が避けられました。」


バルディアの言葉に対し、ランゼルフ侯爵は早速交渉を始める。


「バルディア殿。先程の密偵の言葉は信用してよいのですかな?」


笑顔でそれに応えるバルディア。


「勿論ですよ。すぐに布告を出しましょう。侯爵殿の挺身により住民の生命や財産を保証すると。」


ランゼルフ侯爵は民を守る為にその身を差し出し、帝国の捕虜となる。

よって、抵抗しなければ安全であると都市全域に布告する。


これを実行する為、バルディアはアイシャに頷き、アイシャは部屋の入り口に待機していた騎士に命令する。



「侯爵閣下の方は、全軍の武装解除を命じていただけますか?こちらもそれに応じますので。」

「えぇ。すぐに。」


侯爵もまた、作戦参謀を呼び出し、武装解除を命ずる。


「しかし、団長殿、それでは…。」


渋る参謀に対してバルディアは言った。


「結果は変わりませんよ?変わるのは死者の数だけ。侯爵閣下が我が身を犠牲にして得た民の安全を参謀殿が反故にされますか?」


敗北の未来は変わらない。血が流れるか流れないかの違いだけ。

作戦参謀はバルディアの言葉を受け入れ、武装解除の命令を伝達した。




アムドシア要塞に白銀帝国の旗が掲げられる。


それを確認し、都市を包囲していた氷軍が、進軍を開始する。


しかし、エイブラハムの冬軍と違って開放された各門を堂々と通過する氷軍を出迎えたのは文字だらけの服を着た奇妙な集団だった。



「こんにちは、帝国のダサ坊の皆さん…。」


門前広場に大勢のヤンキー。


「なっ、何だこいつらは!?」


氷軍はヤンキー達の奇抜すぎる恰好とその髪型に驚きを隠せない。


戸惑う氷軍から、部隊長らしき一騎の騎馬兵が騎乗したまま前に出る。


「貴様ら、要塞に掲げられた旗が見えないのか?何の真似だ?」


ヤンキー達の前を通りながら馬上にて問いかける。


「な~に、つっぱった音出してんだ!?コラ…。」

「つっぱる音?貴様は何を言っている?」


ヤンキーは騎士の馬が出す蹄の音が気に入らないようなのだが、騎士は何のことだか分からない。

当然のように会話は成立しなかった。




アムドシア要塞の執務室に雪軍の騎士が駆け込み、報告が届けられた。


「東門、西門、南門から入った氷軍が、珍妙な風体の好戦的な集団から攻撃を受けています!!」


バルディアの顔色が変わった。激怒している、ように見せている。


「どういうことですか?侯爵閣下?」

「まさかあの役立たず共か!?申し訳ございません、バルディア殿。すぐに鎮圧いたしますので!」


侯爵はバルディアに最低限の武装許可をもらい、作戦参謀に命令する。


「黒鋼騎士団を向かわせ、すぐにあの馬鹿共を鎮圧しろ!反逆罪で投獄だ!!」


これには、遊撃に回されていた半数、優秀と評される側のゆとり騎士が派遣された。


バルディアはほくそ笑んでいた。

何もしなくても王国騎士同士で争いを始めたことに、笑みがこぼれるのを抑えきれなかったのだ。




こうして、北方ラムドウルの侵略戦が終わった。


そして結果だけを見れば結局、侯爵の助命の対価として王国側の無条件降伏となっていた。

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