050 灰狼
「この通りは少々狭いな。」
そんな言葉と共にフォボスは両腕を振るう。
周囲の建物がことごとくバラバラに切断され、次々と倒壊していく。
「少々、足場は悪いがこんなものか…。」
瓦礫の山となった一帯に戦慄する四人。
「見えない斬撃だと!?」
魔力を感じ取れないローバルとダイモスには付与術の刃は知覚できないようだ。
「ローバルとダイモスはフォボスを相手取るには相性が悪いな。」
前に出て直接フォボスとやり合うのは自分だ。セロはそう決意して素早く作戦を考える。
ローバルとダイモスには援護に徹してもらう。
ナナにフォボスの付与術を消去してもらえば楽になるのだが、ナナをフォボスに接近させるのは危険すぎる。
「俺が行く。援護してくれ。ナナは皆の補助を頼む。」
セロはフォボスに向けて突進した。
「来るか、少年。」
ギイィン!!!
金属音が響き、フォボスは飛び込んできたセロの白雷を受け止めた。
セロの眼にはフォボスの爪先から伸びる魔力の線がうっすらと見えている。
切断付与の魔力線だ。これで刃を受け止めたようだ。
触れるものを切断する効果のはずだが、こちらの白雷にも不壊の効果が付いている。
「武器だけなら渡り合える!」
セロとフォボスの戦闘が始まった。
こちらの刃は白雷のみだがフォボスの刃は両手の爪先から伸びる十本。
セロは手数に上回るフォボスの斬撃に、ひたすらその技量のみで必死にくらいついていた。
「我の刃でも切断できぬとは、よい武器だ。そして少年、汝の剣技、素晴らしい技術だ。」
フォボスにはセロを褒め称える余力がある。
左右には隙を伺っているローバルとダイモス。
当然フォボスはそちらへの警戒も怠ってはいない。
「ガアァァ!!」
ダイモスがセロの逆側からフォボスに襲い掛かる。
フォボスはセロに止められた右腕の刃をそのまま力任せに押し上げる。
セロは一瞬の浮遊感に刹那の隙をつくってしまう。
「それでは駄目だ。ダイモスよ。」
フォボスはセロを一瞬硬直させたその隙を、ダイモスへの反撃に使用した。
そのまま空いていた左腕の刃をダイモスに振るう。
一撃で付与されていたナナの障壁が砕け散り、ダイモスは吹っ飛んで瓦礫の山に突っ込んで行く。
「フォボス!!!」
そして、僅かな時間差で飛び込んできたローバルの爪が、両腕を使用して隙を見せているフォボスの胴体に喰い込む。
「それでも足りんぞ、ローバルよ。」
硬化状態にあるフォボスの体毛は、ローバルの爪を完全に防いでいた。
フォボスは体をひねって爪を外すと同時に、ローバルをセロに向けて蹴り飛ばした。
「ガッ!」
「うわっ!」
セロとローバルは一緒になって、ダイモスと逆側の瓦礫の山へ突っ込む。
直接打撃を受けたローバルに付与された障壁は砕け散っていた。
「ダイ、大丈夫か?」
ダイモスの側にはナナが障壁を再付与している様子が見える。
「すまぬな、少女よ。」
「あたしの無敵障壁を一発で破壊するなんてとんでもない奴だ。あいつは強敵だ。」
ナナは起き上がるダイモスを支えると、今度はこちらにやってくる。
「ナナ!来ちゃ駄目だ!」
ナナの進行方向にはフォボスがいる。その目の前を通ることになる。
セロはナナの身を案じたが、フォボスはナナに見向きもしない。
「ロール、痛くないか?」
ナナはローバルに障壁を再付与する。
「少女よ、我はローバルだ…。」
今度はローバルを支えるナナ。セロの言いつけ通り補助をしているのだ。
「獣さんはどうしてナナに手を出さなかったの?」
「言ったであろう?汝らの価値を認めていると。向かってくるのならまだしも、そうでない少女に手は出さんよ。」
人狼達に続いてセロも起き上がる。
フォボスはセロ達の準備が整うまで手を出さない。
「さぁ、来るがいい少年。まだまだ余力はあろう。」
「もちろん…!」
セロは再度、フォボスに挑みかかった。
さらに激しい剣戟の音が響き渡る。
(そうは言ったものの、このままじゃ勝てない。何か…、何かないか…。)
打ち合いながらもセロは必至に打開策を考える。
思い付くのはナナの付与術による加勢、凍結結界による補助。ミケの見えない肉球も有効かもしれない。
(駄目だ!レベルの低い仲間を危険には晒せない!)
障壁を破壊され、セロの血飛沫が舞う。
こちらの斬撃は通らないが、セロはフォボスの刃を全て防ぎきれない。
かろうじて致命傷だけは回避している、というだけだ。
フォボスの格闘技術に、セロは付け入る隙を見いだせないでいるようだ。
それは我流ではあるが、練り上げられた凄みを感じる。
「ぐぅっ!!」
またフォボスの斬撃がセロを切り裂く。
気が付けば、セロは裂傷だらけになっている。
傷は深く、すでに結構な量の出血だ。
しかし、激しい剣戟にナナも障壁をセロに付与出来ないでいるようだった。
「何なんだ、あの人狼…、強すぎるぞ。勇者様が苦戦している…。」
騒ぎを聞きつけた衛兵達が集まってきたようだ。
「近づくな!俺達が割って入れる戦いではない!」
「なんか勇者様が人狼と共闘してるように見えるんだけど…?」
「人狼って牙狼の親玉じゃなかったっけ?」
衛兵達の中では、様々な憶測が飛び交っているようだった。
「とりあえず戦闘に巻き込まれないように瓦礫の下の住民を救助するんだ!」
戦闘に干渉しないよう注意しながら衛兵達は救助活動を始めていた。
「セロさん…。」
セロが傷ついていく様子を屋敷の中庭で見ていたロッテは、ひたすらセロの無事を祈っている。
「儂は衛兵達に事情を説明して、いざという時に動けるよう指揮をとります。」
伯爵は屋敷を出て南街区へと向かった。
「ちくしょう…。俺達にできることはねぇのか…。」
アランは拳を握りしめて震えている。
エトワールとルーシアも同様のようだ。
ジルは皆の様子に唇を咬み、震えるニャンニャン達を抱きしめていた。
映像の向こうでは、フォボスが優勢に戦闘を進める様が映し出されている。
直接相対しているセロはボロボロだ。
ローバルとダイモスはフォボスの切断に対処できず、攻めあぐねている。
隙を見て襲い掛かるが、フォボスの技量の前に反撃をもらって何度も吹き飛ばされている。
その度に戦場をちょろちょろと動き回るナナが障壁を付与。
そのおかげで大きい負傷はしていない。
フォボスが一旦距離をとる。
「よいのか?少年。このままでは死ぬぞ?」
セロは荒い呼吸を繰り返し、フォボスに返答できないでいるようだ。
ナナはすかさず寄って行ってセロに障壁を付与する。
息切れしているセロの代わりに、ローバルとダイモスがフォボスに話しかけた。
「弱者だと思っていた汝の強さがこれほどのものだったとはな。つくづく、我の眼は節穴だったということか。」
「我も似たようなものだ。強いとは思っていたが、予想以上だ。」
フォボスは人狼達に眼を向ける。
「我とダイモスは共に親をグラフに殺され、復讐を誓った身だ。それが何故にこうも差がついてしまったのか。そう思うか?」
ダイモスはその言葉に頷く。
「思うとも。我はこれでも死に物狂いで鍛えたつもりだったのだがな。汝は遥か上を行っていた。」
小さく頭を振る。フォボスは否定の意を示しているようだ。
「我らに違いがあるとすれば、それは出会いだ。我は偉大な主と出会い、自らを変革し、そして鍛えられた。」
「主とは?」
ローバルの問いに、フォボスは即答する。
「森の魔女。」
ローバルとダイモスは眼を見開く。
「窮地にあった幼い我を救い、守り、強くなるための道を指し示してくれた。」
「そうであったか…。」
「家族を全て奪われた今の我に残されたのは主への忠誠と変革の願いのみだ。」
さらにローバルは問う。
「そこに同胞の未来を望む気持ちは残ってはおらぬのか?」
「言ったであろう?未来を望むに相応しい同胞であれば救う。そうでない同胞は救わない。」
「ならばダイモスの群れは相応しくなかったということか?」
「そうだ。知性なき牙狼は強き者に容易く尻尾を振り、それが同胞であったとしても考えもなくその牙を突き立てる。ただの獣だ。」
人狼達が会話している間に息を整えたセロは、自分を支えていた妹に呟く。
「ごめん、ナナ。やっぱり俺らだけじゃ届かない。ナナの力も必要だ。危険だと思うけど力を貸してくれるかい?」
ナナは笑顔でそれに応えた。
「兄ちゃん、あたしと兄ちゃんはいつも一緒なんだぞ?」
セロもまた微笑む。
そしてナナが前に出て、言った。
「ボス!今度はあたしとも勝負だ!」
フォボスは驚いたそぶりを見せる。
「少女よ、汝のレベルは30くらいではなかったか?さすがに無茶が過ぎるのではないか?」
「やっぱり知ってたんだね?」
「うむ。魔女殿の宿木を通して伝えられていたからな。」
ナナはフォボスの言葉にも怯まずに胸を張った。
「大丈夫だ!レベル不足は技とか作戦とかで補うんだ!あたしの得意技だ!」
「そうか…。ならば少女よ。我にその価値を示してみよ!」
フォボスが身構える。
「ナナ!!」
「おう!兄ちゃん、合体だ!」
磁力付与によってセロとナナがくっつく。
セロがナナをおんぶしているような体勢だ。
ただし、強力な磁力でくっついているのでセロの両腕は普通に白雷を構えている。
「この体勢はあまりかっこよくないな。改良が必要だ。」
ナナはセロの背後でそんなことを呟いていた。
セロは磁力を調整して、二人の密着部だけに発生させる。余計な物を引き寄せないようにする為だ。
「獣さん、俺も腹を決めた。ここからが本番だ!」
ナナも本気でやる気になっているようだ。氷の魔王に変身する。
フォボスは凍結結界の範囲内だ。じわじわと体が凍り付いていくのだが、僅かに身を震わせると付着した氷が飛ばされてしまった。
すぐさま再凍結が始まるが、フォボス自身を凍結させるには至らないようだ。
「我の肉体を凍らせる程ではないが煩わしいな。」
どうやら嫌がらせ程度の効果は発揮しているらしい。
「ナナ、獣さんの付与術を確認したらとにかく消去を頼む!」
「わかった!」
セロが接近すると同時にナナがフォボスの切断付与と硬化付与を消去する。
フォボスの爪先から伸びていた魔力の刃が消失し、すかさずセロは斬撃を叩き込んだ。
「うむ。よい斬撃だ。」
付与術を消去されてもフォボスに焦る様子はない。
冷静にセロの刃を側面から弾いてそのまま拳打を繰り出す。
「あたしもいるんだぞ!ボス!!」
ナナはフォボスの拳を爆裂障壁で受け止める。
障壁は一撃で破壊されるが、同時に爆裂がフォボスの拳を弾く。
「ほう、これは…。」
大型害獣ですら一撃で倒す爆裂であっても、フォボスには大したダメージを与えていないようだった。
「ボスはあたしの攻撃で倒す!!」
ナナは大量の自在障壁をフォボスに向けて飛ばす。
フォボスは素早く後退して障壁の性質を見極め、障壁に粉砕を付与して破壊していく。
「レベル30の攻撃とは思えん威力だ。少女よ、その魔術、見事である。」
フォボスが言い終わると同時に、障壁に合わせて飛び込んでいたローバルとダイモスが襲い掛かる。
セロは二人の援護の為に風の刃をフォボスに放ち牽制する。
「よい連携だ。」
呟いてから風刃を難なく回避したフォボスはその瞬間掻き消えていた。
人狼達の攻撃に一瞬の時間差を生み出すべく、フォボスはローバルに突進しそのままタックルでまずローバルの障壁を破壊する。
そしてほぼ同時に追撃の拳打をローバルに叩き込む。
「ローバル!!」
ダイモスが叫んだ時には、すでにローバルは倒されていた。
僅かに遅れてダイモスがフォボスに接近し、その背後から爪を振り下ろす。
が、その爪は空振りに終わった。
「何!?」
ダイモスの爪は確かにフォボスを貫いた。
そのはずがダイモスには何の手ごたえも伝わってこない。
「それは幻想。」
フォボスの姿が消え去り、そのもう一歩先に背を向けたフォボスがいた。
振り向いたフォボスの爪がダイモスへ向けて繰り出され、隙を作ってしまったダイモスは対応できない。
「グッ!」
ダイモスの障壁が砕け散った。
攻撃の衝撃でダイモスは体勢を崩している。
「ん?」
そんなダイモスに追撃を繰り出そうとしたフォボスの腕に、セロが魔術で生み出した鎖が絡みついていた。
どうせすぐに回避される。そう確信していたセロはすぐに鎖に電撃を流す。
しかし、鎖を粉砕したフォボスの回避の方が速かった。
「ビームだ!!」
さらにナナの凍結光線による追撃。
さすがにこれまでは回避できなかったようだ。
フォボスを中心に氷塊が出現する。
「よい攻撃だが力が足りん。」
氷漬けになったはずのフォボスは次の瞬間、氷塊を粉砕させて呟いていた。
そして今度はセロ達に向かってくる。
セロは白雷を構え、ナナは爆裂障壁で迎撃するがことごとく粉砕される。
ナナはフォボスに接近を許し、再びセロとの剣戟が始まったかに見えた。
「それも幻想だ。」
そんな言葉と同時にセロの最初の斬撃が空を斬る。
「グオオオォォ!!!」
本物のフォボスは粉砕された氷塊の向こうでダイモスの左足を斬り飛ばしていた。
「ナナ!ローバルとダイモスを転移で中庭に!」
セロは素早く両者に接近してナナの転移で避難させる。
「ロッテ、治療を頼む!」
「はい!!」
その間、フォボスはまったく手を出してこなかった。
「ローバルもダイモスも、救われるべき価値ある同胞だ。治療の邪魔はしない。」
そしてフォボスはセロに告げる。
「さて、これで残りは汝らだけだ。どうする?まだ続けるか?」
問いに答えたのはナナだった。
「あたし達だけじゃない!まだ終わってないぞ!!」
「ナナ、でもこれ以上は…。」
セロは大量に出血している。限界が近いようだ。
「やられたらやり返すんだ!ボスは強いけど、あたしにはもっと強い友達がいる!!」
「ほう?そのような味方がいるのかね?」
フォボスはナナの言葉をまるで信用していないようだ。
「王都で友達になったんだぞ!チータは強いんだ!でっかい翼が生えてるんだぞ!!」
「何だと…?」
「ボス!おまえをびびらせてやるぞ!!」
フォボスはナナが誰のことを言っているのか理解し、警戒した。
(報告では空の魔王バスティータは王都でこの者達を守り、魔女殿を撃退している。まさか…。)
もしも本当にティータが参戦するのであれば、フォボスであっても相手にならないことは分かっている。
「チータ!!あたしピンチだ!!助けに来てくれ!!!」
セロの意識は朦朧としていたが、ナナの考えを正確に読み取っていた。
やられたらやり返す。言葉通りの作戦。
強風を起こし、その姿に合わせてティータの登場を演出する。
そして、上空に滞空する虹色に輝く翼を持った女性にフォボスの眼が釘付けになる。
「な…、馬鹿な…。」
それは一瞬の隙だった。
フォボスは即座に上空の女性がただの映像であることを見抜いたが、すでにセロの刃はフォボスに肉薄していた。
「ぬぅっ!!」
フォボスは驚異的な反射速度で硬化付与を行使しつつ後方に回避するも、セロの刃は確かにフォボスの首に一筋の傷を付けていた。
自らの指先でその傷をなぞるフォボス。
最後の力を振り絞ったセロはそのまま倒れて気を失っているようだ。
「兄ちゃん!兄ちゃん!」
磁力付与を解除したナナは、倒れたセロを揺すりながら呼びかけている。
「まさか夢幻付与の恩恵を持つ我を幻で騙し、40以上のレベル差を踏み越えてこようとは…。」
フォボスはセロに近づき、小さな瓶の蓋を開けると、透明の液体をセロの体にかけた。
「こら!ボス!兄ちゃんに何をするんだ!!」
「安心するがいい。これは治療の効果が付与された水だ。通常の回復薬よりも高い効果を発揮する。」
セロの出血が止まり、心なしか顔色が良くなっているように見える。
ナナは兄の様子に安堵し、フォボスの顔を見た。
「ボスは本当はいい奴なのか?」
フォボスは答えない。
「少女よ、少年が目覚めたら伝えてくれ。汝の勝ちだと。」
きょとんとするナナに背を向けて、フォボスは背後に現れた転移門に入って行った。
「やべぇ!!兄ちゃんの怪我をジルに治してもらわないと!!」
ナナはセロを転移でロッテ達のいる中庭へと送り、自分も一緒に転移して行った。
無人となった戦場に衛兵達がなだれ込む。
「急げ!瓦礫を撤去だ!!」
衛兵達の救助作業が始まった。
「治療ができる者を何人か儂の屋敷の中庭へ!セロ殿の治療を手伝うのだ!」
伯爵は指示を飛ばしつつ南街区の状況を確認する。
「伯爵。要救助者の位置が分かります。救助を手伝いますよ。」
転移でやってきたアランとルーシアだ。
どうやらジルに生存者を探知してもらったようだ。
二人は衛兵達と共に瓦礫の撤去を始めていた。
そして屋敷の中庭では、切断されたダイモスの足の接合が行われていた。
「おばあちゃん、次はどうすればいいの?」
ジルは通信を使い、治療師である祖母メリルの指示で治療を行っているようだった。
「我の足は治るのか…?」
ダイモスの問いに笑顔を見せて頷くジル。
ローバルは負傷も軽度の為、まだ中庭に寝かされているままだ。
ナナとロッテはセロの服を脱がせて体に付いた汚れや血痕を拭きとっている。
「ロッテ、兄ちゃん大丈夫か?」
「大丈夫です。怪我は酷いけど命までは。」
しばらくすると、伯爵に指示を受けた治療師が到着し、セロとローバルの治療を開始する。
屋敷の扉が開き、エトワールとメイサとジェイが様々な荷物を持ってきた。
綺麗な水や布、薬品等を運搬していたようだ。ミケ、クルル、トラも手伝っている。
そして物資を運び終えたエトワールが提案した。
「中庭での治療は色々と不便ですわ。処置の進行を見て屋敷の大広間へ移動しませんこと?」
セロとダイモスの負傷は大きい。
特に反対する者もおらず、ローバル、セロが先に運ばれ、ダイモスは接合が一区切りついてからの搬送となった。
エッフェ・バルテ北街区の廃屋内では、アルカンシエルの面々が集合していた。
内装の整えられた室内に現れた転移門から、灰色の人狼が姿を現す。
「お疲れ様でした、獣殿。」
戦闘を終え、戻ってきたフォボスを労うヴォロス。
「兄も妹も、素晴らしい可能性を見せてくれた。時が過ぎればどれほどの強者となることか。」
フォボスは満足そうに空いているソファーに腰を下ろし、獅子の覆面を被る。
「獣殿もボーヤ達を気に入っちゃったみたいね。」
今度は魔女がフォボスに声をかける。
「是非とも停滞ではなく変革を選んで欲しい。そう願ってしまう程度には。」
「あら。このままだとアルカンシエルはあの子達のファンクラブになってしまいそうね。」
ヴォロスと魔女、そしてフォボスは談笑していた。
部屋の隅にはアキームとナナシ。獅子と虎の覆面は被ったままだ。
「それで、状況はどんな感じなのかしら?」
各地を転移で飛び回っていた魔女は、状況を確認する。
「そうですね、せっかく全員揃っていることですから、確認しておきましょうかね。」
ヴォロスは状況説明を開始した。
「先程、道化殿から連絡がありまして。王国の北方侵略が開始されました。南部開拓地には連邦民の入植が始まったあたりですね。」
大森林での秘宝争奪ゲームにおける最低目標ライン。
「ラムドウル制圧、そして帝国民の移住。これが完了するまでセロ君達をここに拘束すること。」
逆に理想的な勝利条件。
「包囲侵略戦が終われば、三国間での停戦交渉となるでしょう。そのあたりまで拘束できれば私の勝利と考えています。」
「ボーヤは怪我が治るまで動けないでしょうから、成果としての最低値は確保したということになるの?」
魔女の質問にヴォロスは頷く。
「私はそう考えています。怪我は術による治療ですぐに治るでしょうが流れた血はすぐには戻りません。まず間違いないでしょう。」
「ならば少年がいかに早く秘宝に到達するかで勝敗が決まる。ということか。」
「そうなりますね。ですがこれ以降は直接的な妨害は行うつもりはありません。」
ヴォロスは部屋の隅に待機しているアキームとナナシに追加の指示を出す。
「お二人は適度に街に出て、その姿を住民に晒して下さい。街で何らかの工作をしている、そう思わせるだけでいい。」
「わかりました。」
「すでに思考を誘導する為の種は蒔き終えました。あとの勝敗はセロ君次第ですね。」
「ボーヤが停戦交渉前に秘宝を手に入れる可能性もあるんじゃない?」
可能性はゼロじゃない。魔女は指摘する。
「負ける可能性がないのならそれはもうゲームではありませんから。その時は素直に敗北を認めますよ。」
ヴォロスは楽しそうに話している。
「クフフフ。幼いセロ君とゲームで勝敗を競い合っていた頃を思い出してしまいますね…。」
当時のままか、それとも成長を見せてくれるのか。
ヴォロスは期待に胸を躍らせていた。