006 楽園強襲
最下層に戻ってきたセロとナナ。
「オルさん、びっくりする報告があるよ。」
「ほぅ。」
腕を組んでいたオルガンは、報告の内容に興味を示した。
「ならセロの家に皆集合な。特隊の連中もだ。」
これにはセロも驚いた。
「えっ!?いいのかな?」
「いいんだよ。この際だ、こいつらも巻き込んじまおう。」
最下層の一つ上のフロア。
ここにいる者は、ビフレストにおいてオルガンに次ぐ権力を有するということになる。
今現在そこにいるのはセロとナナとその家族達だった。
広さもさることながら、蓄えられた物資の量も中層では考えられない程だった。
「見て、みんな。塩がこんなに。」
喜ぶマーサ。
「他にも、これは胡椒?」
マーサは料理の恩恵を宿していただけに、調味料の不足に嘆いていた。
特に再会したばかりのナナに美味しいものを食べさせたかった。
「セロに感謝しなくちゃ。」
「材料を見ただけでも今日の食事が楽しみになっちゃうねぇ。」
メリルがマーサを手伝う。いつもの家族のやり取りだった。
そんな時、がやがやと部屋の外が騒がしくなってきた。
「ナナとセロが戻ってきたのかしら?」
マーサは二人を出迎えに部屋を入口へと向かう。
「邪魔するぞ。」
そして部屋に入ろうとしていた巨大な肉塊を担いだオルガンと鉢合わせる。
「ひいいいいいぃぃぃぃぃぃっ!」
マーサは思わず叫んでいた。
叫び声を聞きつけたアーキンとフランクが何事かとやってきて、オルガンの姿を認めるなり転倒。転がりながらオルガンの元へ。
「おおおおおおおオルガン様!このような所に一体何用で?まさかセロとナナが何か!?」
「おいおい…。」
オルガンが茫然としていると、その背後からセロが顔を出して声をかける。
「父さん、母さん、そんなに驚かないで。オルさん困ってるよ。」
いやいやいやいや。とでも言いたそうに首を左右に振りまくる夫婦。
そんなことをしていると、とことことやってきたナナがオルガンの肉を持っていない方の腕に飛びついて、そのままぶら下がっている。
「筋肉~~♪」
歌まで歌い始めた。
「ひゃあああああぁぁぁぁっ!」
さらにマーサは叫ぶ。
「なななななナナ!オルガン様になんということを!ナナはまだ子供です!どうか寛大な処置を何卒!命だけは!!」
命乞いをするアーキン。
「とりあえずおまえら落ち着け。」
オルガンは溜息しつつ言った。
ようやく家族が落ち着きを見せ始めた頃、様々な物資を大量に抱えた特隊のメンバーがやってきた。
「お邪魔しや~っす。」
全員入ってきたところで、オルガンは肉塊をマーサに渡す。
「全員のメシを頼む。おう!何人かママさんを手伝ってやれ!」
「「へいっ!」」
突然に厨房が戦場になってしまうことを予感したマーサは愕然となるが、セロとナナの笑顔を見て、腕をまくる。
「お手伝いしますよ。」
メリルもそれに続く。
「ところで皆さんと、この大量の物資は一体?」
アーキンはオルガンに尋ねる。
「このフロア、まるごとだとおまえら家族には広すぎるだろ?一部を特隊の詰所とする。」
特隊は一応、オルガンの直属部隊ということになっているため、近くに配置しておいた方が都合がいいとの理由だ。
「それに、今ここにいる人間は皆、一蓮托生になるんだ。打合せも綿密に行う必要がある。」
セロの顔に疑問符が浮かぶ。
「一蓮托生?巻き込むとか言ってたけどまさか…?」
「おめぇの打ち明け話ってのは大体想像がつく。大方一緒に外界を目指そうとかって話だろうが。」
オルガンは爆弾を落とした。
しばらくの間、皆それぞれ驚いていたが、驚愕覚めやまぬ中、オルガンは続けた。
「この世界で強さを渇望する奴ってのはな、外界への願望を持ってる奴がほとんどだ。俺もそうだしな。」
「なんだ、ばれてたのか。」
セロは決まりが悪そうにして呟いた。
「おめぇは特にわかりやすい。」
「家族は壁を調査しようって言ってたけど、俺はオルさんを味方につければ王を倒せるんじゃないかって考えたんだよ。」
アーキン達はそんなセロを見つめた。
「そんなことを考えていたのか。すまない、無理をさせたみたいだな。」
「父さん、こっちこそ勝手やっちゃってごめん。本当はオルさんの人となりを見極めてからって思ってたから。」
にやりと笑ったオルガンはこう言った。
「で?俺は合格か?」
「オルさん、これからもよろしく。」
セロは満面の笑みを返した。
ここで、特隊のメンバーが声をあげた。
「隊長、俺も連れて行って下さい!」
その言葉を皮切りに、皆が騒ぎ始める。
「「「俺も!俺も!」」」
セロはオルガンに目線を送った。いいのか?と訴えている。
「来たい奴は全員来い。もちろん家族や恋人も連れてな。」
この言葉に特隊のメンバーは沸き立った。もちろん全員が行動を共にするようだ。
オルガンはさらに続けて言った。
「今は脱出の機であると俺は思う。俺やセロはもちろん、特隊の戦力も充実している。ナナもいるからな。」
当然、オルガンはナナがもたらした戦力強化の報告も受けていた。
「うまくすれば鬼の襲撃も利用できるかもしれねぇ。」
ここで特隊から疑問の声が上がった。
「鬼ってなんすか?」
「そういえば、これについては何にも言ってなかったな。」
オルガンは、セロと二人で煮詰めていた情報を吐き出した。
一通り話を理解した隊員達からも様々な意見が飛び出す。
「鬼と共闘できる保証はねぇ。やっぱり王と鬼がやりあってるうちにこそっと逃げるのがよさげじゃね?」
「いやまて、俺ら楽園の地形なんてわかんねぇ。両方排除しないと。」
「漁夫の利ってやつだ、勝って弱った方を叩くんだよ。これならいけんじゃね?」
話し合いの中、マーサ達によって、分厚いステーキが次々と運ばれてくる。
「おし!おまえら、まずは食ってからだ!」
塩や胡椒を使って調味されたステーキは、マーサの料理の恩恵もあって非常に美味であった。
話し合いの間、ぶっちゃけ寝ていたナナもお肉に香りに即座に覚醒し、これにかぶりついている。
「うめ~。肉うめ~。」
ナナは幸せそうだ。
それを眺めるマーサ達共々喜んでいた。
アーキンの持ってきた酒で、食後に一杯やっていたオルガンが、特隊の皆に宣言した。
「よ~し、おまえら。全員この上、三階と四階に引越しだ!もちろん家族も全員連れてこい!」
オルガンはまた爆弾を落とした。
「明日は休息日とする。引越しは明日中に済ませろ!」
「おおおおおおおっ!」
隊員達は歓喜の声をあげ、場は大きな盛り上がりを見せていた。
それを楽しそうに見つめると、オルガンはセロに向き直り、切り出した。
「廃棄孔で何を見た?」
びっくりする報告。
これも確認しておかねばならない。
セロが一通り語り終えると、オルガンは考えこんでいた。
「リブラ、レベル126、氷の魔王。間違いない、王だ。」
そう呟いたオルガンは真剣な顔つきでセロの報告を吟味する。
「やっぱりか。」
「誰が、どうやって。そのへんはさっぱりわからねぇが、王がすでに死んでるってんなら事を急がなきゃならねぇ。」
「鬼を防ぐ手段がないからね。」
「あぁ、そうだ。すぐにでも楽園にカチ込んで脱走すんぞ!」
これを聞いた皆は騒然となる。
「おめぇら!引越し先は下層から外界に変更だ!荷造り急げ!鬼が来る前に逃げねぇと殺されるぞ!」
隊員達は素早く中層へ向けて走り出す。
アーキン達も素早く荷造りを始める。
よくわかっていないナナだけはきょとんとしている。
「引越し?荷造り?」
何か手伝おうと、自身に追加された恩恵、空間魔法:収納に意識を集中していた。
収納。荷物と言われれば、これが役に立ちそうだ。ナナはそんなことを考えていた。
「おっしゃ!」
気合を入れるナナ。
アーキン達が用意した荷物に触れると、それらが黒いもやのようなものに包まれて消えていく。
セロ達はナナに驚かされることに耐性があったためか、普通に訪ねていた。
「ナナ、今のは何だい?」
「収納魔術だ!今、できるようになった!」
ナナの返答に、オルガンだけが開いた口がふさがらない。
「おい、セロ!なんだ今のは?ナナの恩恵は付与魔法じゃねぇのか!?」
「あ~。」
困った顔になったセロは、秘密を守ることを約束してもらった上でナナの恩恵付与のことをオルガンにだけこっそり打ち明けた。
「おいおい、やけに強くなんのがはえぇと思ったら…。」
「ははは…。」
セロの乾いた笑いに、何か言いたそうなオルガンだったが切り替えも早かった。
「なら食糧なんかも片っ端から持っていくぞ!楽園では何があるかわからねぇ。願ったりだ!」
アーキン達も、家財道具一切をナナの前に運んでいる。
「セロ、お前は上の連中にもそれを伝えろ。何もかも運べるから何でも持ってこいってな!」
「わかった!」
セロは階段へ走る。
「アーキン達は終わったら下に手伝いに来てくれ。最下層の物資は大量だからな!」
「わかりました!」
荷物を収納したナナはまだまだ元気いっぱいだ。
「しゃ~!次こ~い!!」
最下層に移動し、次はオルガンの物資を収納していく。
その間にも、隊員達が次々と上から物資を追加してくる。
「どんどんこ~~い!!」
ナナの持つ膨大な魔力は、本人にまったく疲れを感じさせず、次々と物資を収納していった。
収納作業が終わり、すっかり大所帯になった一団が最下層にたむろしていた。
ここでオルガンが皆に声をかける。
「これからどこへ向かうか、皆、説明は受けているな?これから先は未知の世界だ。何があるかわからん!」
「だがこのままここにいたら殺される。何もしねぇで殺されるくらいなら最後に足掻いてみようじゃねぇか!」
皆がオルガンの宣言に同調し、声をあげる。
続いて、セロが一歩前に出て補足する。
「他の住民にも状況は伝えた。逃げるも残るも好きにするようにともな。」
そのまま特隊のメンバーに指示を出す。
「配置を伝える!」
特隊の面々が厳しい表情に変化していた。
セロの言葉は、いつもの狩りの前に行う合図のようなものだった。
「先頭はオルさん、俺!非戦闘員は中央、斥侯隊はこれを守れ!攻撃隊は殿だ!弓隊と術士隊は前後のサポート!各員、装備のチェックを始めろ!」
メンバーは慣れた手つきでいつもの動作を繰り返す。
「兄ちゃん、かっこいい。」
兄を見つめていたナナは呟いていた。
セロはそんな妹を連れて、オルガンの元に向かう。
「どうした?二人で俺に何か用か?」
「ナナ、オルさんに相性のいい恩恵を付与して。」
ナナとオルガンが驚いた顔でセロを見る。そしてナナは笑顔を作る。
「あたしに任せろ!」
ナナは恩恵付与術を発動させた。
オルガン(虹人)
レベル 75
恩恵 武術:打撃+3
体術:剛体
体術:軽身
身体強化+5
耐性:打撃
技能 武技:寸勁
武技:遠当て
武技:震脚
体技:硬化
体技:瞬動
効果 浄化
解毒
オルガンの強化が終わった。
「こいつはとんでもねぇ。」
自身に宿る新しい力をオルガンは確かに感じていた。
新しく会得した技能も、使い方や性能がなんとなく分かる。
装備のチェックも終わり、皆が最下層に集合していた。
「隊長!いつでもいけます!」
「よし!」
ここでオルガンが前に出る。
「最後に一言だけ言わせてもらうぜ。」
「ここに集まった皆は一蓮托生、全員が家族の一員。てめぇら!家族を守れ!」
皆が大きな歓声を上げる。
「行くぞ!!」
オルガンが背を向けた。
セロがオルガンに代わり、特隊を指揮する。
「配置につけ!」
素早く陣形を整える特隊。
「ナナ、祝福を全開で頼む。」
「むん?本気出していいのか?兄ちゃん。」
この発言に、普段ナナの付与術の世話になっている隊員達が驚いた顔をしている。
「もう、自重はやめだ。家族を守らなきゃな。」
「わかったぞ!!」
ナナが本気の祝福を発動させ、停滞で永続化。
全員の全能力が大量上昇。
これは元の能力が低い非戦闘員ですら自身の強化を感知する規模だった。
「これ、鬼に勝てるんじゃねぇか?」
オルガンに至っては、そんな呟きをこぼしていた。
ふと、狩猟者の一人がセロに話しかける。
「そういやぁ、エルンスト先生には声をかけねぇでよかったんで?」
セロは少し考えるそぶりを見せた。
「ナナってさ、人懐っこいだろ?実際、初対面のオルさんにも物怖じしなかったし。」
「あぁ、たしかにそうですね。」
「そのナナが、先生にだけは違った。俺の後ろに隠れて出てこないし、終始大人しかった。」
「想像できないっすね。」
「理由はって言われると、勘だ。としか言えないんだけど、なんとなく腹を見せる気になれなかったんだよ。」
「へぇ~。」
そんな会話をしながら、外界に向けて、大家族が歩き始めた。
ナナたち皆が楽園へ移動を開始した頃、地上ではヨハンら咎人達が強襲作戦の準備をしていた。
ビフレストの周辺、警備兵が知覚できないであろう程度に距離を置いて、ゲル状になるまでひたすらに濃縮した濃虹水を樹上から散布する。
それだけの作業だが、ヨハンらは細心の注意を払っていた。
もしも害獣に補足されれば生きて戻れないことを、彼らはよく理解していたのだ。
ヨハンは作業を続けながら、手に持ったゲル状の濃虹水を一瞥し、それを自分達にもたらした人間のことを考えていた。
青鬼から依頼された人探し。
それはすんなり達成することが出来ていた。
如何にして目的の人物を発見し、接触するか。
ビフレスト付近の密林に潜伏してそれを考えていた矢先に、対象が自らやってきて声をかけてきたのだ。
「青鬼さんの使いの方ですね?用件はだいたい把握しています。近いうちに訪ねるとお伝え下さい。」
男はそれだけ言うと、踵を返し去って行った。
どうやって自分達の存在を知った?
そもそも青鬼も所在を知らない男なのだ。
事前に情報を得られるはずもない。
こちらの目的も解らないはずでは?
自分達を除けば鬼と人害のみで構成されちるこちらの陣営にスパイの存在は考えにくい。
何らかの手段で監視されているのか?
強襲作戦のことも露見している?
ヨハンの脳内は疑惑の思考で埋め尽くされる。
「あの優男、一体何者なんだ?」
口走った瞬間に思い出した。
優男?
そういえば数年前、ふらりと集落に現れ、人害の群れに脅える様子もなく赤鬼と青鬼を名指しで訪問してきた優男がいた。
遠心分離、と言ったか。虹水の濃縮方法を青鬼に伝えに来た男。
思い出した記憶と、つい今しがた記憶に刻まれた人物が一致する。
ヨハンは優男を、青鬼が仕込んだ敵方に潜む内通者ではないかと予想した。
それを踏まえての自身の今後の立ち回りを考えつつ帰路についた。
ヨハンが帰還してから数日後、集落を訪れた優男は、なにやら二人の鬼と密談し、去って行った。
それからさらに数日後、赤鬼が作戦開始を宣言し、青鬼が咎人達に命令を下す。
「王は我らの脅威足りえないとの確証を得ました。あなた達は予定通りビフレスト入口を封鎖なさい。」
そして今現在、ヨハンはここにいる。
黙々と誘引工作を実施しつつ、ビフレスト制圧後に中の女達に情欲の限りを尽くすことを思う。
「くっくっく…。」
ここまで細心の注意を払っていたヨハンが、僅かな弛緩を見せる。
笑いながらも手に持っていた小瓶。
ゲル状の濃虹水の入った瓶の蓋が開いていた。
背後から何者かの息遣いが聞こえる。
「フーッ、フーッ。」
振り向くと巨大な毒蛇がそこにいた。
蛇がベースとなった害獣。全長25~30メートル、胴体の太さは人間の胴回り程もある。中型害獣である。
この蛇に咬まれると、体内に直接虹毒を注入される。
この毒は強力な麻痺毒でもある為、解毒具に魔力を通せず体内の毒を中和できない。
密林での標準効果とされる、浄化と解毒があっても咬まれれば人害化を止めることができないのだ。
個人でこれに遭遇すればまず助からないと言われている。
「うおおおおっ!!!」
半ば無意識だった。
反射的に、ヨハンは小瓶を投げつけた。
それは蛇にとっての甘露だ。蛇は宙を舞う小瓶に吸い寄せられるかのように頭を動かす。
ヨハンはこの僅かな隙に唯一の生存の可能性を賭け、ビフレストへ突貫する。
走りながら一角狼と 目が合う。
「まずい、完全に捕捉された。ちっくしょうが!」
背後に追いすがる気配を感じながらもビフレストに駆け込む。
人の気配はない。そのまま広間を駆け抜け、階段を飛び降りる。
狼が追ってきているのが分かる。無我夢中で付近の扉に身を滑り込ませると、すぐに扉を閉め、閂を掛ける。
そこは書庫と記された部屋だった。
「はぁ、はぁ…。」
ヨハンは息を弾ませ、背後を気にしながらフラフラした足取りで部屋の奥へ向かう。
轟音が響き、扉から衝撃が走る。
部屋に入るのを見られていた。このままでは喰われる。
我武者羅に奥を目指し、最奥の壁にあった小窓に飛び込むと、そこは穴だった。
下へ向かってどんどん滑り落ちていく。
やがて大きな空洞に身を躍らせる。
「うおおおおおおおっ!」
浮遊感を感じ、思わず叫んでいた。
そこはビフレストの者が廃棄孔と呼ぶ、ゴミ捨て場だった。
ヨハンは運がよかった。
暗闇で詳細は分からないが、落ちた先に危険な物はなく、柔らかかった。
それでも落下の衝撃はかなりのもので、ヨハンはそのまま意識を失った。
舞台は変わって、ビフレスト最下層外部の地下街。
オルガンを先頭に、五十人を下らない大所帯が移動していた。
周囲を固める狩猟者達は皆、眼をギラつかせて警戒態勢のまま歩いている。
そんな中、ちょろちょろと動き回り、眼に入る光景に興奮するナナがいた。
「すげ~!でかい家がいっぱい!兄ちゃん、あたし探検したい!」
「あぁ、ナナ。皆さんの邪魔をしちゃダメよ。」
マーサが駆け寄り、ナナを抱きとめる。
「めっ。」
とか言ってナナに注意するマーサ。
「まぁまぁ、ママさん。俺ら皆、ナナの付与術に助けられていますから。」
「そうそう。邪魔だなんて思ってないですよ。」
「えぇ、俺らの警戒の外に出なければ大丈夫ですから。」
狩猟者達は口々にナナを擁護する。
「あらあら、ナナはちゃんと皆さんのお役に立ってたのねぇ。」
そう言って、抱き上げたナナを見つめると、
「偉いわ、ナナ。」
ナナを地面に降ろし、手を繋いで歩き始めるマーサ。
「ムフフフ。」
嬉しそうに繋いだ手を振るナナ。
そこで集団の先頭から声がかかる。
「でもナナ、探検は勘弁してくれよ。無事外界に脱出できたらどんな遊びも思う存分付き合ってやるからな。」
セロの声だった。
「本当か!?兄ちゃん、約束だぞ!約束だからな!!」
「ああ、約束だ。」
兄が自分と遊ぶ約束をしてくれた。
それだけでナナは幸福感に包まれていた。
そうしているうちに、地下に降りる階段が見えてきた。
階段の上部には石造りの囲いがついていて、人工の洞窟のようになっている。
「ここが楽園入口だ、おめぇら、いつでも戦えるようにしとけ!」
オルガンが発破をかける。そしてそのまま地下へと足を進める。
階段を抜けると、広い場所に出た。
「明かりを増やしてくれ。」
セロの指示だ。広くなった部屋の遠方を視認するためだろう。
強くなった光に照らされ、部屋の様子がなんとなくわかる。
広大な広間に沢山の階段や通路がひしめき合っている。
それぞれの通路には文字盤のようなものがあるが、まったく読めない。
そのうちの一つの通路から、ゆっくりと歩いて来る奇妙な人影が見える。
人のようだが痩せていて、手足が異様に長い。身長は3メートル近い上に、だらんと伸びた手は地面に届きそうだ。
「人害だ!」
言った瞬間、オルガンは飛び出していた。
セロはそのまま周囲を警戒する。
あらかじめ打ち合わせておいた布陣だ。
攻撃は主にオルガンが担当し、特隊のメンバーはセロの指示の元、非戦闘員を防衛する。
そしてナナは、人害を見た。
ギンデム(害人)
レベル 58
恩恵 学術:地質
技能
効果 虹化
瞬動を使用したオルガンがまず肉薄する。
対してギンデムは長い腕を鞭のように使い、オルガンを打ち据えようとする。
オルガンは硬化させた腕でそれを払い、ギンデムの懐に飛び込んだ。
「おおりゃあ!」
そのままギンデムの胴体を殴りつけ、吹き飛ばす。
オルガンはナナに付与された恩恵、そして祝福の効果に内心驚きつつも、冷静に吹き飛んだギンデムを見据える。
「さすがに一発で終わるってことはなかったか。」
発言とほぼ同時に、ギンデムは起き上がり、オルガンへと足を向ける。
しかし、先の一撃で、おおよその敵の力量を把握したオルガンには余裕があった。
そこに間の抜けた声でナナからの呼び出し。
「おっちゃ~ん!あたしのところに来るんだ!」
「あん?」
オルガンは瞬時にナナの元に移動する。
「おいおい、戦闘中だぞ、ナナ。」
「おっちゃん、パンチ見せてくれ。」
「パンチ?あぁ、拳のことか。」
オルガンが手を出すと、ナナはオルガンの着用しているナックルガードのついたグローブに付与術を行使する。
「よくわからんが、これで殴りゃいいのか?」
「おうよ!爆裂パンチだぜ!」
「ますますよくわからんが…。」
接近してきたギンデムに、こちらからも接近する。
腕を振るうギンデムに、腕が届く前にまた胴体を殴る。牽制目的の軽めのジャブだった。
敵の攻撃を逸らす程度の効果を期待しての一撃だ。
その拳がヒットした瞬間、ギンデムの肉体が爆音と共に爆散した。
当然、即死だ。
拳を突き出した姿勢のまま、しばし茫然とするオルガン。
「は?」
皆も固まっていた。
「ひょ~っ!成功だぜぇ!」
ナナだけが興奮している。
そのままバラバラになって吹き飛んだギンデムだった残骸に近づいて、その頭部をつんつんとつついている。
こっそり恩恵を奪っているのだ。
そんなナナを、オルガンが後ろから首根っこを摘まみ持ち上げる。
そして目線が同じ高さになり、両者が顔を見合わせる。
「ナナ、説明しろ。」
「おっちゃんの必殺技、爆裂パンチだ。」
ナナは即答した。
「だからそれは何なんだ!?」
オルガンは聞き返していた。
一行は、壁際で休憩を取っていた。
「斥侯隊は周囲の探索だ。埃を被った、使用された形跡のない通路は放置でいい。」
セロは部隊に指示を出していた。
「大きな荷物のような物を運んだ痕跡なんかが見つかればよし、他にもなにかあれば報告を。」
「「了解!」」
「あとは使えそうな物資なんかもな。ナナに回収してもらうから。」
二人一組で散開する斥侯隊。
指示を終えたセロは向き直ると、ナナに話しかけていた。
「ナナ、俺も聞きたいな。爆裂パンチの解説。」
「えへへ、兄ちゃんも聞きたい?しょうがねぇなぁ。」
特隊の狩りの時、ナナの主力は爆裂付与だった。
それがいつのまにか、指向爆裂に進化していた。
爆発力を極小に調整してこっそり練習していたところ、爆発の威力に指向性を持たせることができるようになっていたのだ。
指向性を持たせることで、地雷なんかも無駄なく威力を伝えられるし、攻撃隊の盾に使えば、守りつつ反撃できる。
トラップで爆裂を使用する時も、付近の味方の安全性が増す。
さらに付与した物品が残留する為、停滞を付与することで、連続起爆も可能だそうだ。
次の狩りで兄にそれを伝え、もっと皆の役に立てるかも。と楽しみにしていたのだが、先程のオルガンの最初の一撃で衝撃起爆の爆裂パンチを思いついたらしい。
「とんでもねぇガキだな。まったく。」
「俺はもう慣れたよ、オルさん。」
そしてナナが思い出したかのように質問する。
「兄ちゃん、人害、害人、どっちなんだ?」
そう言ってギンデムの鑑定結果を伝える。
答えたのはオルガンだった。
「あぁ、人害ってのは人外にかけた独自の呼び名だ。鑑定でそうなるってんなら害人が正式名称なんだろうな。」
「ギンデムってのは?オルさん、知ってる人かい?」
「あぁ、ここの入口の守衛だった男だ。ちなみに俺が楽園で知る人間は今はこいつだけだ。」
そんなやり取りをしているうちに、斥侯隊が帰還した。
「物資の集積場所を見つけました。部屋の脇に段差があって、そこを降りるとさらに奥へ進めるみたいっす。」
「そこには金属の棒が2本、地面に設置されていて、ずっと遠くまで続いているみたいっす。」
「間違いねぇ、そこだ。物資は外界からのもんだろう。」
「よし、その部屋の物資をまるごと頂いてそのまま外界に逃げよう。」
一行は再び移動を開始した。
ナナたちが去った後、静まり返った最下層地下街。
近くの谷底を走る川向うから、二人の鬼が現れた。
その背後には人害の群れが追従している。
アレクシオンが号令をかける。
「ビフレストは後回しです。まずは全戦力をもって楽園を制圧します。」
一団はビフレストに見向きもせず、楽園方面へ移動していった。
その光景を、ビフレスト最下層から見ていた者達がいた。
自分らもここから逃亡しようと降りてきたビフレストの住民だった。
去っていく化け物の集団を目にして、自分達が間に合わなかったことを知る。
諦めて自室に戻る者、地下街に隠れてやり過ごそうとする者、思い思いの行動を取り、鬼たちが戻ってきた後のことを想像する。
住民達は、これからのことを思い、不安に押しつぶされそうになっていた。
ラダマンティスは、バラバラにされたギンデムの死体の前に立ちそれを眺めていた。
アレクシオンが並び立つようにラダマンティスの横に立つと、待っていたかのように口を開いた。
「なんでこんな場所に人害の死体がある?楽園の人間はいねぇのか?」
「ふむ。私はこれを死体にした者に興味がありますね。楽園制圧の障害となるやもしれません。」
「でも王は俺らに敵対しねぇんだろ?」
「そのはずなんですがね。これは事情を知る者を見つけて説明してもらう必要がありそうですね。」
化け物たちをを率いる集団は、さらに奥へと移動を始めた。
その頃、楽園のとある場所で、白衣に仮面を被った人物が歩いていた。
「役者は揃いつつあるようです。私もそろそろ準備をしないと、ですね。王との謁見は必要でしょう。」
そのまま通路を歩いていく。
やがて、目の前に巨大な氷塊が姿を現す。
「さぁ、目覚めなさい。氷の魔王リブラ。」
氷漬けになっている老人の眼が開く。
この氷塊は氷の魔王自らが生み出した、自身の肉体を保護するための永久氷壁。
老人は氷壁を解除しようと、氷壁に対して魔力干渉を試みる。
慣れた作業だ。氷壁は一瞬で砕け散り、融けて水になるはずだった。
しかし一向に氷が除去される気配はない。
諦めたのか、老人は再び眼を閉じる。
「どういうことだ?」
仮面の男は呟くと、露出した老人の手に鑑定板を触れさせる。
内容を目にした男の表情は仮面に隠されてわからないが、どうやら驚いている様子だ。
「恩恵が失われている、だと?馬鹿な、ありえん。」
いや、待て。男は自身の恩恵の特異性を考えると、思い直した。
「恩恵を消し去る力を持つ、未だ確認されていない未知の恩恵。か?」
自分の知らない恩恵を宿した何者かが氷の魔王の遺体に接触し、何らかの干渉を行った。
そう仮定して、白衣の仮面は思考する。
その者からすれば、物言わぬ死体の恩恵を消し去ることに何の意味がある?
男の思考は素早く別の可能性を提示した。
「消し去る恩恵。ではなく奪い取る恩恵。」
その結論を口にした仮面の男の肩が、僅かに震えている。
「クッ、クフフフフフ。」
笑い始めた仮面の男に、落胆する様子はない。
「これは待ちに待った、変革の兆しやもしれませんね。」
そう言うと、来た道を引き返して闇の中に消えていった。