046 南海侵略
翌朝早朝、南方の海都にて動きがあった。
ついに連邦の船団が海都へ向けて動き出したのだ。
報告を受けたアバンは衛兵達や漁師達に指示を伝える。
「まだ街の準備は終わっていない!沖に出て時間を稼ぐぞ!」
「「「おおっ!!!」」」
衛兵達に続いて、屈強な海の男達もそれぞれの船に乗り込む。
「時間が稼げればいいんだ!無理はするな!駄目だと思ったら海に飛び込め!」
さらに追加の指示が飛ぶ。
街で行われている何かの準備の時間を稼ぐ為、海都の船団は次々と沖へと移動していった。
準備をしているという街の方では、大勢の人々が走り回っている。
資材のようなものを運搬する者達や、工具箱を片手に各所に移動する職人風の男達。
広場では女達による炊き出しすら行われているようだった。
コーラン、オットー、ミューズ、そしてレインや商会の護衛達は各所に散って街の住民達に何かの指示をしているようだ。
どうもこの準備は、セロが言った対抗策を実践する為の行動のようだった。
海上の方では、船団同士の戦端が開かれる。
数では圧倒的に連邦が有利。海都側の戦力の半数は漁師だ。兵の練度もまた連邦が上回っている。
「白兵戦は避けるんだ!とにかく弓を射かけて動き回り、奴らの船足を鈍らせろ!!」
皆はアバンの指示通りに動き、時間稼ぎに専念する。
理由は不明だが、連邦側からはまったくと言っていいほど矢が飛んでこない。
「何故かはわからんが好都合だ。接舷さえされなければ何とかなるかもしれん!」
消極的な連邦の姿勢を好機と捉えたアバン。
しかし、そうもうまくはいかないようだ。
連邦側、コンラッド海将はアバン達の付かず離れずの攻勢に対し対策を指示する。
「敵は少数だ。右翼と左翼を動かし、包囲陣形へと移行する。包み込むようにな。」
「はっ!!直ちに!!」
海将の補佐官はすぐに甲板に飛び出し、手信号による指示の伝達を実行する。
命令は、連邦海兵の高い練度を示すが如く、素早く伝達されていく。
結果、連邦の船団は横一線だった陣形を獲物を囲うように三日月形に滑らかに移行していった。
アバンらは矢が飛んでこないことに安堵し、戦場の変化に気付かない。
「何だ?やけに敵船が近くなったような気がするが…?」
元が地上を守る衛兵であるアバンは海戦の経験はほとんどない。
海都の船団は、気付かないうちに追い詰められようとしていた。
そして、そんなアバン達を救うべく新たな船団が現れた。
海都の外れ、かつてあった大灯台が倒壊した西の崖の影からそれらが姿を見せる。
帆や海賊旗に描かれたシンボルは、髑髏に絡みつく海蛇。
海賊団、黒海蛇の船団だ。
黒海蛇の船は凄まじい船速で連邦の船団へと突き進む。
ガタッ。
その様子を目視したコンラッド海将は立ち上がる。
「黒海蛇…、フィッシャーマンズ連合か!?」
海将のただならぬ様子に疑問を感じたヨーゼフ首長はそれをそのまま口に出した。
「どうしたんだね?海将。たかが少数の海賊船だろう?」
「ヨーゼフ殿、あれを少数と侮っては痛い目に遭いますぞ?」
コンラッドの懸念はすぐに現実のものとなった。
アバン達の船団を包囲せんとしていた連邦船団の片翼に黒海蛇の船団が接近する。
グワァァァァァーン!!!
大音量の銅鑼の音が海上に響き渡る。
その瞬間、連邦の船団へと体当りするかのような進路をとっていた黒海蛇の船団は回頭し、向きを変える。
「火矢!放てぇい!!」
ジャックの声と同時にその手が振り下ろされる。
連邦の船の前を横切るような動きを見せた黒海蛇の船から、大量に火矢が射かけられる。
放たれた矢は、油を含んだ布でくるまれ、それには当然火がつけられている。
船体に多くの火矢を射かけられた連邦の木造船は瞬く間に炎上した。
「なっ、何だと!?」
海賊を舐めてかかっていたヨーゼフは驚きの声を上げる。
グワァァァァァーン!!!
再度、銅鑼が打ち鳴らされ、黒海蛇の船団がまたも向きを変える。
黒海蛇の船も包囲網に取り込もうとした連邦の船がまた一隻、横っ腹をさらす。
すかさずそこに火矢を撃ち込まれ、またも炎上する。
ブオォォォォォ~~。
今度は法螺貝が吹き鳴らされる。
またも黒海蛇の船は向きを変える。
音に合わせて船団が一体の生物であるかのように動く黒海蛇の船を追い切れず、置き去りにされた連邦の船がまた一隻、炎上した。
「ヨーゼフ殿!応戦の許可を!このままではいいように燃やされますぞ!?」
コンラッドの叫びに、流石に危機感を覚えたのかヨーゼフもすぐに頷いた。
「わ、わかった。致し方ないね。」
「すぐに陣形を組みなおせ!反撃も許可する!!」
補佐官が海将の指示を素早く伝達する。
連邦の船団は海都の船の包囲を解き、黒海蛇の船に対処する構えのようだ。
「連邦の船が距離をとった!チャンスだ!すぐに帰港する!!」
アバンは撤退の指示を出した。
「隊長!援軍が来てくれた今の状態なら…。」
「駄目だ!撤退だ!黒海蛇の操船を見ても分からないのか!?素人の出る幕じゃない!足手まといになる前に撤退するんだ!」
海都の船団は指示に従い、海都の海岸へと舵をきった。
「コンラッド海将!海都の防衛戦力が撤退するようです!」
「無視だ。黒海蛇から目を離すな。追撃などしようものならその瞬間、何をされるかわかったものではない。」
連邦の船団はゆっくりと陣形を立て直している。
黒海蛇の船団はそれを妨害する訳でもなく、ただ待っているようだった。
互いに睨み合うかのような状況の最中、船団に同行していたマリアス侯爵の元にレインからの通信で街の状況が届けられていた。
「なるほどのぅ。そういう作戦か。分かった、準備が完了したら狼煙をあげるんじゃ。それで儂らも撤退する。」
「うん、わかった。おじいちゃん、気を付けてね。」
続けて侯爵は作戦をネプトとジャックに説明する。
「このままやり合ってもいずれ飲み込まれる。戦力差が大きすぎるからな。その作戦に賭けるしかねえか。」
「船長、俺は船団の指揮に集中する。合図があったら教えてくれ。」
自らの役割を十分に理解しているジャックは、そっけなく船団の指揮へと戻って行った。
「すごいね。本来はあんな動きをするんだ。」
早くに起床していたセロとロッテ、ルーシアが集まって、海戦の様子を眺めていた。
他のメンバーはまだ起きてこないようだ。
「私達と戦った時の海賊は船長が隷属状態にあった影響なのか、全力を出せていなかったようですね。」
「うん、俺もそう思う。ミューズの親父と槍の人のこと、少し見直した。」
「セロさん、それなら名前を憶えてあげて下さい。有名な方なのに親父と槍の人はあまりに不憫です。」
「槍の人は確か斉藤さんだっけか。親父は…、う~ん。」
セロは頭はいいはずなのだが、興味のない事柄については記憶力を発揮できないようだった。
グワァァァァァーン!!!
銅鑼が打ち鳴らされると同時に黒海蛇が先に動いた。
「精々、引っ掻き回してやるとするか。」
ジャックは元々の好戦的な気性もあってか、守りに入る様子など微塵も感じさせない。
それでも冷静に状況を見て、攻撃こそ最善であると判断したようだ。
「絶対に足を止めるな!敵船との距離を保て!」
黒海蛇の変幻自在の操船に翻弄される連邦船団。
また、数隻の船から火の手が上がった。
「コンラッド海将、どうにかならないのかね?」
苛立ちを隠そうともせずに吐き捨てるヨーゼフに対し、コンラッドはただ頷く。
「攻城弓を出せ!奴らの火矢の届かない距離から船体に風穴を開けてやれ!!」
コンラッドの命令に従い、連邦の船に巨大な弩弓が並べられる。
連射はできないが、その飛距離と破壊力は黒海蛇の弓士の矢とは比べるべくもない大型兵器だ。
「でっかい弓だなぁ。すごく強そうだ。」
セロは初めて目にする攻城弓に興味を持ったようだ。
「セロさん!?そんな暢気なこと言ってる場合じゃありません!!」
「おっと。そうだそうだ。じいさんに教えなきゃ。」
セロから情報を伝えられたマリアス侯爵は、それをそのままネプトに伝える。
「ネプトよ、連邦の船上で巨大な弩弓が準備されているそうじゃが…。」
「バリスタか!?固まってちゃやべえな!ジャック!!」
二人の声はジャックにも聞こえていたようだ。
ジャックは黙って頷きを返してくる。
「旗!!散開だ!!」
恐らく散開の指示を表しているのだろう、それらしいシンボルの描かれた旗が掲げられる。
ブオォォォォォ~~。
間髪入れず法螺貝の重低音が海上に響き渡った。
歴戦の海賊達は、ジャックの思い描く通りに船を操り、指示通り散開する。
連邦側はバリスタに巨大な矢をセットしていたところだった。
「何だと!?」
コンラッド海将は驚愕の声を上げた。
バリスタを準備させていたのは船団後列の船のみ。
前列の船を左右両翼に広げて、遠距離射撃による奇襲をかける腹積もりだったのだが見事に外された。
「観測など不可能なはずだ!読んでいた、とでも言うのか!?」
有能な海将であるコンラッドも、流石に何もない空に監視の目があるとは予想できないようだった。
「おはよう、みんな。」
海戦を観戦していた三人の元へ、ナナを始めとした寝ていた者達が集まってきていた。
「おっ!?なんだこれ!?戦闘が始まってんのか!?」
映像を目にしたアランは寝起きの事件に驚いている。
「黒海蛇が頑張って時間を稼いでくれてるよ。雑魚だと思ってたけど船を使っての戦闘だとやっぱり手馴れてるね。」
「そうなのか。って黒海蛇?何で海賊が海都を守ってるんだよ!?」
「マリアス爺さんが交渉して味方にしたんだってさ。」
ナナは眼をこすりながらセロの元へ寄ってくる。
「………むん……。」
まだ眠いようだ。ナナは長椅子に座っているセロにくっつくとそのままセロの膝を枕にして二度寝を始めた。
「でっかい湖ニャ~。」
「ニャんか旗のついたお皿が浮いてて中に小人がいっぱい乗ってるのニャ。」
ミケとクルルは映像に釘付けになっている。
大森林生まれの大森林育ちであるニャンニャンは海も船も見たことがない。
海上で戦闘を繰り広げる様子を珍しそうに眺めていた。
「レインさん、そちらはどんな感じですの?」
エトワールとジルはレインに連絡を取って街の状況を確認しているようだ。
「えっとね。セロさんの作戦通りに準備を進めてるよ。みんな昨日から徹夜で頑張ってて、あと一区画で終わるって。」
レインの言葉に皆の目線がセロに集まる。
「セロさん、何か指示をしていたんですか?」
「うん、情報を送るのはルール違反にならないから、侵略対策を一つ伝えておいたんだ。」
「一体どんな対策を…?」
ロッテは作戦の内容が気になるようだった。」
セロは聞きたそうにしているロッテににっこりと微笑む。
「まぁ、強引だし、くだらない手ではあるんだけど効果はあるだろうと思ってね。」
ナナ以外の全員が映像を注視していた。
ついに海都から狼煙が上がる。
「ジャック!合図だ!街に逃げ込むぞ!!」
「ああ、わかった!」
ブオォォォォォ~~。
撤退の旗が掲げられ、法螺貝が吹き鳴らされる。
黒海蛇の船団は一斉に海都へと撤退を始めた。
殆どの海賊船はボロボロだ。実際、もう少し合図が遅ければ脱落する船も出ていたかも知れない。
圧倒的な戦力差を前に、徐々に追い詰められ始めていたところだったのだ。
「コンラッド海将、海賊共が撤退していきます。街から狼煙も確認されています、おそらく撤退の合図かと。」
「くっ、今少しで海賊共を沈められたというのに…。」
コンラッドは素早く気持ちを切り替え、補佐官に命令する。
「何らかの罠の可能性がある。観測を密に行い、慎重に海都へ接近せよ。」
「はっ!!!」
補佐官は命令の伝達に走り出した。
海賊船が浜辺へ到着し、海賊達が街へと走る。
連邦の船から放たれた矢を受けた者も少なくない。無傷の海賊に肩を借りて懸命に走る。
そんな海賊達を街の住民が出迎える。
「怪我人はこちらの区画へ!治療の準備が出来ている!」
「ありがてえ。よろしく頼むぜ。」
大勢の海賊達をアバンを先頭に住民達が各地区に誘導していく。
彼らにはすでにレインやミューズから事情は伝えられている。
心強い味方となって目の前で連邦の船を食い止めた海賊達を恐れる住民はいなかった。
マリアス侯爵とネプト、そしてジャックは2号店が出店している区画に案内された。
「おじいちゃん!」
レインが侯爵に抱き着く。
「お父さん!」
「あなた!」
ミューズ母娘もまた、ネプトの元へ。
「ジャック船長もありがとうございました。」
ジャックにはオットーが礼を言う。
「あとは籠城して成功を祈るのみじゃ。皆を建物の中へ避難させ、決して外に出ないように伝えるんじゃ。」
エッフェ・バルテからその様子を見ていたセロ達は、安堵の息を吐いた。
映像の向こうでは、海賊達が次々と海都各地の建物に収容されていく。
怪我人は多いが、一人の死者も出さなかった海賊達の実力を素直に認めるところだった。
「あとは先生が約束を守ってくれるかどうかだね。」
「あのヴォロスさんという方は信用できるんでしょうか?」
「今は別人になってるみたいだけど、中身が先生のままならね。自分で決めた決まり事とかは遵守するタイプだよ。」
不安そうなロッテに、セロはにこやかに答えている。
その様子は、作戦の成功を確信しているかのようだった。
連邦の船が桟橋へ接舷する。
そのまま船同士が連結され、連邦の海兵が次々と桟橋を移動して海都へ。
連結された船団は、ひとつの船のようであり、船の形をした街のようでもある。
海都沿岸に巨大な前線基地が構築されてしまったかのようだ。
海都に足を踏み入れたのは武装した連邦海兵。
偵察隊だろうか?慎重に街の様子を観察している。
「妙だな。海都の奴ら、抵抗の様子を見せないぞ?さっきまでの戦闘は何だったんだ?」
住民がすべて屋内から出てこない。閑散とした様子の街に偵察隊は疑問を抱いていた。
偵察隊が崖の上へ真っ直ぐ伸びる海都の大階段へ到達する。
海都の主要地区への道は、この大階段と交差するように配置されている。
下層、中層、上層の三本の大通りが海都の東西へ伸びていて、それぞれの大階段との交差点が中央広場となっている。
偵察隊が下層中央広場へと到達する。
「おい、どっちの大通りにもビフレスト通りって書いてあるぞ?」
偵察隊の一人が大通り入口のアーチに取り付けられた看板に気が付いたようだ。
アーチの下には商会の護衛が立っている。
「ここから先はビフレスト商会の所有地だ。許可のない者の通行は禁止になっている。」
「な、何…!?」
衝撃に立ち止まる連邦海兵。
大階段と隣接している六本の大通りは全てビフレスト通りとなっていた。
そして、四人の商会の護衛とネプトとジャックがそれぞれの通りの入り口に立ち、通行不可であることを現している。
それぞれの門番の背後で海賊達が荷車を並べて即席のバリケードを構築している。
「下に見える東西の連絡通路も駄目だからな?飛び降りて進入するようなら不法侵入と見なすぞ?」
広場の下にはその周囲を囲うように通路が設けられている。
この通路は大階段を貫通していて、広場を通らずに東西を行き来できる連絡通路となっているのだ。
大階段が何かの事情で使用できない場合に使用される。
さらに、海都の砂浜の各地から伸びる下層大通りへの他の階段も全て、アバン率いる衛兵達に抑えられていた。
当然、それらの入り口にもビフレスト商会の看板。
通りではなく、中央広場や大階段に直接隣接する建物や、階段下の浜辺に点在する施設においては、それぞれに商会の看板。
「これは…。」
ビフレスト商会に攻撃してはならないという命令に従うならば、砂浜と大階段以外の場所に進入できないことになる。
逆に、崖の上の正門は完全に開放されている。衛兵の一人も配備されていないようだ。
「一度戻るぞ。海将に報告だ。」
ナナはセロの膝の上で目を覚ました。
「おはよう、ナナ。よく眠っていたね。」
「親分は寝すぎです。もう朝食の時間に大幅に遅れちゃってます…。」
そうは言いつつも、ロッテ他、仲間は皆ナナの起床を待って朝食を食べていないようだった。
「朝メシ!?こら!ロッテ!どうして親分を起こさないんだ!!」
何故かロッテが怒られていた。
「理不尽です…。」
食堂に顔を出すと、問題なく朝食を食べることができた。
ルーシアが連絡を入れてくれていたようだ。
同時に、現状報告も済ませてくれていたらしく、食事の席に同席していたブランギルス伯爵も海都を心配している様子を見せていた。
「なるほど。では海都の住民には被害はない…と。」
「うん、だけど防衛戦力のない南からの侵略は素通りということになる。」
海都正門の開放はセロの指示によるものだ。
「通り道を作っておかないと、連邦の連中が何をするかわからない。国内に侵入した分は南に向かってる騎士団に任せよう。」
セロの言葉にマリアス侯爵も同意した。
王国の防衛よりも住民達の安全をとった形だ。
「これに関して国が何か言ってきたら…。」
「レギオンさんは大丈夫だと思うけど、他の貴族が文句言ってきたら俺は侯爵の側につくよ。」
「及ばずながら、その時は儂もマリアス侯爵を支持させていただきますよ。」
「ありがとう、伯爵。」
「うみゃかったニャ~。」
ニャンニャン達は、簡単な朝食であってもそれは初めての味だ。実に満足そうにしている。
ジルはトラの、エトワールはクルルの前掛けを取ってやり、その口元をぬぐっている。
ミケは布巾を持ってナナの元に移動する。
「ニャニャ。ウチもあれやって欲しいのニャ。」
ナナはジルとエトワールの様子を見て、ミケの望みを理解したようだ。
「ミケは甘えん坊だな。仕方のない奴だ。」
満腹で機嫌のいいナナはミケの望みを叶えてやる。
「それではバルドは…。」
「アルカンシエルの関係者である可能性がある。まだ確定じゃないけどね。」
セロと伯爵は辺境の状況について話し合っているようだ。
「伯爵、以前の魔獣襲撃の時、西門に鑑定陣ってのを敷いていたよね?」
「えぇ、魔獣達の強さを測る為に街の鑑定士に依頼しました。」
「あれ、内緒で街の各地に敷けないかな?それで不審な者や、鑑定を阻害している者を捜索して俺に教えて欲しいんだ。」
「具体的にはどのあたりに設置を希望ですかな?」
「こちらでも捜索する予定なんだけど、屋外がメインなんだ。だから人の出入りが多い屋内に設置して欲しい。」
ロッテ達の捜索と同様の依頼を伯爵に。
こちらは屋外の捜索、伯爵には屋内の捜索を依頼した。
食後にアキームの部屋に案内してもらう。
匂いの付いた物品を確保する為だったのだが、物品までは必要なかったようだ。
「大丈夫ニャ。アキームって奴の匂いは記憶したニャ。」
トラの嗅覚は思ったよりも優秀なようだった。
海都の様子を確認する為、一度部屋に戻ってロッテが映像を出す。
そこには中央広場で向かい合う複数の人物が映し出されていた。
マリアス侯爵の側にはネプトと商会の護衛が二人。
その対面にはヨーゼフ首長とコンラッド海将に護衛の海兵が八人。
どうやら交渉の席が設けられていたようだ。
ジャックと商会の護衛の残り二人は、海賊達をうまくつかって海都中を警戒しているようだ。
会談は陽動で、その間に何らかの工作が行われないとも限らないと考えているのだろう。
「マリアス侯爵?これは一体どいうことですかな?」
「どういうこともなにも、海都の市街地を全てビフレスト商会に譲渡したんじゃよ?儂らは商会の庇護下に入ることにしたんじゃ。」
「ふざけないでいただきたい!そのような情報は入ってきていない!これが緊急回避の為の偽装であることは明白!!」
激昂するヨーゼフ首長。
コンラッド海将はその後ろで黙したままだ。
「えぇ、はい、わかりました。」
マリアス侯爵の背後で通信を使って会話していた護衛の一人が前に出る。
「これは遠距離での会話を可能とする魔道具だ。今からセロさんがこの会談に参加するってよ。」
そっけなく言い放った護衛は通信具の音量を上げる。
「あ~、あ~。聞こえますか?海都の皆さん。」
「セロさん、音量、問題ありません。」
「そうか、なら早速だけど、連邦の人。俺はセロ、初めまして。」
ヨーゼフとコンラッドは最も警戒していた人物からの接触に驚いているようだ。
「通信?情報伝達の魔道具だとでも言うのか?そんなものは聞いたこともない!我らを謀る気か!?」
「聞いたことがない?それはおかしいな。お前らに命令した人間はそれを使用しているはずだけどな。」
「何だと…?」
セロはヨーゼフとコンラッドを無視して言いたいことを話すことにした。
「俺はね、お前らの上の方の人間との約束事で辺境を離れられないんだ。代わりに商会に攻撃しないという約束を取り付けた。」
周囲は無言だ。セロはそのまま続ける。
「だからこそ、それをお前らが勝手に反故にして敵対するってんならすぐにでも転移で飛んでくるぞ?」
ヨーゼフは喉を鳴らし、コンラッドは苦渋の表情。
「言われなかったか?商会と敵対するなと。いいのか?お前ら個人の判断でそれを破って。」
「俺とこんな会話をしている時点ですでに約束に抵触していると俺は思っているんだけどな。立派な敵対行為だろ?」
「待って欲しい!勇者殿!我々にそのような意図はない!」
ついさっきまで激昂していたヨーゼフはいつの間にかセロに懇願していた。
攻撃しない、が敵対しない、に変化していることには気が付いていない。
「それをこれからお前らの上に通信で聞いてみるよ。何約束破ってんだ?ってね。」
「待ってくれ勇者殿。命令があったのは事実だが我々も測りかねているのだ。具体的なところを私とすり合わせてくれないか?」
無言だったコンラッドが口を開く。
「その様子だと敵対行為には相当厳しい罰則が提示されたようだね。」
「あぁ、敵対勢力として処分されるそうだ。」
「海将!!そんなことまで内情を晒さずとも…。」
ヨーゼフは驚いてコンラッドを抑止しようとする。
「ヨーゼフ殿。今、必要なのは隠蔽ではなく約束を守るという誠意を見せることです。」
「話ができそうな人がいてよかったよ。」
セロとコンラッド、両者の意見のすり合わせが始まった。
とは言っても、それは一方的なものであり、セロの要求をコンラッドが受け入れるだけ。
「海都は今や商会の街だ。手出しは厳禁。ただし、お前らにも譲歩する考えもあるんだ。」
セロの口から譲歩などという単語が飛び出すと思っていなかったコンラッドはそれに飛びついた。
「勇者殿、譲歩とは?」
「俺が守るのはあくまで海都。お前らが海都を素通りするってんならその通行を妨げることはしないよ。正門も開放してある。」
「我々が王国に侵略するのは黙認する。ということですかな?」
「侯爵ともその辺は相談したんだけどね。海都には防衛戦力がない。自衛で精一杯だよ。だからそっちはそっちで勝手にやってくれ。」
ただし。セロはそう言って条件を提示する。
「街道の封鎖は駄目だ。それと桟橋に停泊している船団も外れに移動させるんだ。」
セロはさらに、侵略地域における商人の通行時、その安全を保障することも条件に加える。
「お前らが侵略した領域で交易商人に何かあれば、俺は連邦の契約不履行と判断する。」
物流の妨げは商売の妨害、つまり敵対行為であるとセロは言った。
桟橋の開放も同様だ。海都の産業を妨害することもまた敵対行為とする旨をコンラッドに伝える。
ヨーゼフとコンラッドは条件を飲み、戦力の一部と連れて来た一般の民は正門から王国領土へと消えて行った。
「セロさん、ヴォロスさんの言った条件は、商会を攻撃対象としない。ではありませんでしたか?」
ロッテが正解である。
「そうなんだよ。つまり敵対行為をしないってのはあいつらが勘違いしたのでなければ連邦の方針ってことになる。」
どこまでを敵対行為ととるかは明確にされていない。
少なくともセロはそう判断して、吹っ掛けてみたのだそうだ。
「マリアス爺さん、しばらくはいろいろと不便かも知れないが、頑張ってくれ。」
「ありがとうよ、セロ君。侵略下とは思えない好待遇を勝ち取ってくれて感謝するよ。」
「爺さん、今度は新しく仲間になった猫達もつれて海都に遊びに来るよ。」
商会の護衛は通信を切った。
「なんとか死者を出さずに街を守れたな。それじゃ俺は牢に戻るから、怪我人の治療を頼むぜ。侯爵さん。」
「待つんじゃ、ネプトよ。」
振り返ったネプトを呼び止めるマリアス侯爵。
不安定な情勢を鑑みて、海賊達は牢に戻らずそのまま海都の防衛につくことになった。