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フヨフヨ  作者: 猫田一誠
01 名無しの国
5/236

005 赤鬼と青鬼

「あん?実験がどうした?」


オルガンの顔に、疑問の表情が見て取れる。


「俺、思ったんだ。」

「実験で生み出された人害の処分先。廃棄孔なんじゃないかって。」


セロは閃いたことをオルガンに説明した。


ビフレストの各所にはダストシュートがあり、住民達はそれを廃棄孔と呼んで死体の廃棄に利用していた。

各所には管理者が駐在しており、死体以外の廃棄は禁じられていた。


廃棄物の集積場は楽園のさらに下にある。つまりここは楽園で発生した死体も廃棄される。


セロは情報を得るために廃棄孔に降下することをオルガンに進言した。

廃棄孔の空気は腐っているかもしれない。換気のできる風魔法持ちの自分と、鑑定眼を持つ妹が降りると伝えた。


この国の人間は地下に暮らすせいか、酸欠の概念をなんとなく理解している。

酸欠空気のことを空気が腐るとして、事前の換気等、対策をとっていた。



「楽園の情報、もし潜伏しているのなら鬼の情報、あわよくば楽園に侵入して情報収集なんかもできるかも。」


もちろん恩恵の収集も同時に考えていたセロは続けてこう言った。


「死者の力を借りるんだ。」


それに対しオルガンはこう返した。



「楽園への侵入は許可しないが、廃棄孔の調査は許可しよう。」



これは、兄妹の身を案じての発言だった。

それがわかったのか、セロはオルガンに対し、全てを話していない自分を嫌悪した。

なにか、騙しているような気分にさせられた。


「オルさん、調査が終わったら打ち明けたいことがある。」


セロは全てを話し、何が何でも味方になってもらう。そう考えを決めた。

そう決意する程、このオルガンという人間を好んでいた。


そのオルガンが、最後にセロに言った言葉はこれだった。



「あぁ、セロ。おまえの家族全員、この上のフロアに引越しな。許可はもらっといた。」


報告を受けた家族が驚愕したのは言うまでもなかった。




三日間の引越し作業と廃棄孔の換気作業を終えて、最下層の廃棄孔から2本のロープが降ろされた。


ひとつは背中にナナを固定したセロが使用するもの。

もうひとつは先端に籠をくくりつけて、物資や情報をやり取りするためのものだ。


ロープの保持や物資、情報のやり取り等の作業は特隊の面々が担当。

セロが降下する為、隊の指揮はオルガンが担当した。



廃棄孔の細い通路が、他方からの通路と合流するたびに、広く大きくなっていく。

そんな中をセロは風魔術:風壁を発動したまま、ロープを伝って素早く降下していた。


「くっせぇぇ~。兄ちゃん、くっせぇぇぇ~~。」


セロの背中には悪臭に苦しむナナ。風壁があっても臭いものは臭いようだった。


「もう少しだ。頑張ろう、ナナ。」



大きな空洞に出た。


ここからは体を保持する足場がないので、腕力だけで降下していく。

身体強化されているセロは、まったく意に介さずにスルスルと降りて行った。


集積地に降り立った二人は、悪臭に顔をしかめつつも、素早く行動を開始した。


セロは情報、ナナは恩恵、それぞれの収集作業。


明かりが足りない。と書かれたメモを籠に放り込み、ロープをくいくいと二回軽く引く。


それを合図に籠がどんどん引き上げられてゆく。



「おおっ、すげ~~。いっぱいだ。でもくせえぇ~~~。」


その間も収集は順調のようだ。

明かりの追加を待って、セロも調査を開始した。



しばらくして、収集を終えたナナが騒ぎはじめた。


「兄ちゃん、こっちに扉があるぞ。」



壁面の少し高くなった位置に扉と僅かな足場、そしてそれに梯子がかけられている。

扉の使用者がここに降りて何かを行う人物であることを想像させた。



「ここの管理者か?わからん、覗いてみるか。」


セロはナナを下がらせ扉を開けた。


部屋は無人、それどころか、もう何年も使用されていないようだった。そこら中が埃を被っていてカビ臭い。

中央には簡易寝台、壁には実験器具のようなものが大量にかけられている。


「いかにも死体を引き上げて何かやってましたって感じだな。」


セロは呟いて、ナナに手招きする。



「静かにな。」


とやってきたナナに一言。



奥の机を物色するも、目ぼしいものは発見できず、さらに奥の扉を開ける。


そこは円筒状の通路になっていて直径は10メートルはありそうだ。

壁の材質は石。地下街の建物と似たようなものだった。


扉をでて左に向かうとそこは瓦礫に埋まっていた。行き止まりだ。


逆に右側に向かって歩く。なにか肌寒い。

途中にいくつかの扉を見かけたが、冷気の発生源が気になったのか、真っすぐに通路を進む。



しばらく行くと冷気の原因が兄妹の目の前に現れた。



それは巨大な氷。通路が氷漬けになって塞がっていて、中に人が埋まっている。

この国ではまず見かけない、高貴そうな黒い服を着た老人の死体だった。左手だけが氷の外に露出している。



「兄ちゃん、兄ちゃん!このじじいすげぇ!」


咎人だろうか?などとセロが考えていると、彼を鑑定したであろうナナが結果を伝えてきた。



リブラ・クローチェ(魔人)

         (氷の魔王)


レベル 126


恩恵 氷の魔王 凍結魔法:無限+9

        氷雪創造+9

        凍結結界+9

   水魔法:氷結+4

   召喚魔法:氷+3


技能 凍結魔術:永久氷壁

   凍結魔術:大氷棺

   凍結魔術:冷凍波

   水魔術:吹雪

   水魔術:氷柱

   水魔術:氷矢

   召喚術:氷巨人

   召喚術:雪妖精


効果 浄化

   解毒



「何だ?この化け物は?」


セロの最初の感想はそれだった。



「ナナ、この氷の魔王って恩恵、何か分かるかい?三つの恩恵がセットになってるみたいだけど。」

「うん、この三つはいつも一緒みたいなんだ。そんでこれを宿すと氷の魔王になるみたいだぞ。」


セロは疑問を浮かべた表情で尋ねた。


「魔王になる?」

「じじいから恩恵とったら魔王じゃなくなって魔人になった。」


すでに露出していた左手から恩恵を奪い取っていたようだ。

鑑定結果も変化している。



リブラ・クローチェ(魔人)


レベル 126


恩恵


技能


効果 浄化

   解毒



「レベルさえなければ普通の人になっちまったな。種族は変なままだけど。」


セロはナナの方を見て、そう呟いた。


「このじじい、なんで名前が二つある?」


対してナナは、疑問を素直にぶつけてくる。


「なんか、家名って言って、名前の後に家の名前をつける習慣があるらしい。外界人はそうみたいだよ。」

「ん?でもばあちゃんにはないぞ?なんでだ?兄ちゃん。」

「あ~。なんか罪を着せられた時に剥奪されたって言ってたような。」


「はくだつ?」


「家がなくなって名前もなくなった。ってことかな?俺もよくわからん。」


「ふ~ん、ちなみにあたしたちには家名ないのか?」

「ないな。こっちの人間には家名を名乗る習慣はないからね。」

「じゃあ、外に出たら名乗ろうぜ!」


「いいかもな。父さん達にも相談して、いい名前考えとこう。」



早速名前を考えてぶつぶつ言い出したナナに声をかける。


「ナナ、それはそれとして、奪い取った魔王の恩恵なんだけど。」


セロは魔王の恩恵の運用方法を相談した。



氷の魔王の恩恵は普段は使用しないこと。

付与帳でなく、いつも身に着けているものに宿して、緊急時に対応できるようにすること。

凍結魔術の練習は誰もいないところでやること。


ナナはこれらをセロと約束し、何故か氷の魔王の恩恵を今履いているパンツに付与した。


「これであたしも勝負パンツ!」

「何故パンツ…?」


「ピンチの時は変身して氷の魔法少女になるのだぁ!!ふぉふぉふぉ~!!」


なんだかご機嫌みたいだから、とセロはそのままナナを撫でると実験室に戻ってきた。


「兄ちゃん、他の部屋は見ないのか?」

「うん、おそらくここは楽園に繋がっている。見つかって騒ぎになると大変だからね。約束もしてるし一度戻ろう。」


「なら、今のうちにパワーアップしとこうぜ!」



ナナは付与帳を広げた。


中身は大変なことになっていた。



付与帳(パンツ含む)



氷の魔王 凍結魔法:無限+9

        氷雪創造+9

        凍結結界+9

火魔法:爆裂

火魔法×2

水魔法:水刃

水魔法:氷結+4

風魔法:風刃

風魔法

土魔法:豊穣

光魔法:治療

付与魔法:物品

召喚魔法:火

召喚魔法:氷+3

召喚魔法

探知魔法

空間魔法:収納

耐性:炎熱×3

耐性:氷結×2

耐性:電撃×4

耐性:毒×2

耐性:麻痺×3

耐性:呪詛

耐性:石化

剣術:双剣

剣術×2

弓術:強弓

槍術

斧術:斧槍

武術×2

体術:剛体

体術:軽身

身体強化×7

魔力強化×5

鍛冶

採取

園芸

採掘

医術



セロは大量の恩恵を前に開いた口がふさがらず、


「こんなに…?」

「あたし頑張った!グロくて臭かったんだぞ!」


ナナは褒めて欲しそうにしているのが丸わかりだ。


「ありがとう。兄ちゃんも頑張るからな。」



ナナを抱っこして簡易寝台に腰を下ろしたセロは、早速その成果を活用することにした。


「じゃあ、俺とナナに相性のいい恩恵を付与してくれ。」

「おうよ!」


元気よく返事したナナは早速、付与魔術を行使した。



ナナ(虹人)


レベル 8


恩恵 付与魔法:恩恵+4

   火魔法:爆裂+2

   水魔法:水刃:氷結+5

   土魔法:煙幕:豊穣+1

   召喚魔法:火:氷+5

   空間魔法:収納

   魔力強化+4

   耐性:炎熱

   耐性:氷結

   耐性:電撃

   耐性:毒

   耐性:麻痺+1

   耐性:呪詛

   耐性:石化


技能 魔眼:分析

   付与術:祝福

   付与術:停滞

   付与術:指向爆裂

   火魔術:発火

   水魔術:水刃

   水魔術:氷矢

   土魔術:煙幕

   土魔術:豊穣

   召喚術:火焔蝶

   召喚術:氷騎兵


効果 浄化

   解毒



セロ(虹人)


レベル 47


恩恵 剣術:大剣:双剣+5

   身体強化+9

   風魔法:風刃:電撃+5

   耐性:炎熱+1

   耐性:氷結+1

   耐性:電撃+2

   耐性:毒

   耐性:麻痺


技能 剣技:斬鉄

   剣技:流水

   魔剣技:風刃

   魔剣技:爆雷

   風魔術:風壁

   風魔術:風刃

   風魔術:放電

   風魔術:稲妻

   


効果 浄化

   解毒



二人に合わなかった恩恵はストックとして残っている。



付与帳(パンツ含む)



氷の魔王 凍結魔法:無限+9

        氷雪創造+9

        凍結結界+9

光魔法:治療

探知魔法

弓術:強弓

槍術

斧術:斧槍

武術×2

体術:剛体

体術:軽身

身体強化×6

鍛冶

採取

園芸

採掘

医術



結構な強化に、どう隠蔽したもんか。いやいっそ開き直るか。

セロはぶつぶつ言いながら皆の元に引き返した。





同時刻、セロとオルガンが敵の本拠地であるとした咎人の集落。



現在は集落周辺、そして内部までもおびただしい数の人害が警邏している。


これまで、集落の地下のスペースにて秘匿されてきた人害が屋外を闊歩していた。


人害の脇を一人の咎人が下を向いてビクビクしながら通り抜ける。

そしてそのまま集落の中でも少し大きめの建屋に入る。



ここは現在、鬼の手足となって働く咎人の詰所となっていた。


「おぅ、どうだった?」


咎人の中でもリーダー風の男が入ってきた男に声をかける。


「あぁ、ビフレストの連中に動きはないよ。ただ、残りの集落の連中がビフレストに移動を始めた。」

「ビフレストに泣きつく気かねぇ。」


「次は自分たちかもって尻に火がついた連中だしなぁ。」


このリーダー格の男、名をヨハンと言った。


王国で大商人や国の高官等、裕福な者たちを相手に話術、詐術のみで様々な詐欺にかけ大金を毟り取っていた男だった。


が、四年程前に王国に捕らえられ、ここに連行されてきた。



当時は人害こそ秘匿され隠されていたが、集落での生活を始めるとここが鬼に支配されていることはすぐに理解できる。


赤銅色の肌に二本角の赤鬼ラダマンティスと青白い肌に一本角の青鬼アレクシオン。


ヨハンは二人を知っていた。自分と同じく、王国で悪事を働く者。


彼らは有名人だった。王国を荒らしまわる巨大な野盗組織のトップであった二人だ。


赤鬼、青鬼というのは当時から彼らについていた異名だ。


「本当に見た目まんまになっちまってやがる。」


ヨハンは鬼となった二人を見て、小さく呟いたものだった。



しかしその力は圧倒的。個人の力も図抜けている上に、強力な人害を隷属させる術まで使う。


もはやヨハンに服従以外の道は用意されていなかった。

従わない者や使えない無能はことごとく人害に転じさせられ隷属させられた。


ヨハンは自らが生き残る為、そしてビフレストにある食糧や女を簒奪する為、要領よく立ち回った。


「人害は無知だ。知性を持った手駒も必要になるのでは?」


とアレクシオンに取り入り、自分に賛同した咎人たちのまとめ役を任されていた。



ビフレスト周辺の集落に害獣を誘引する各種工作と、情報収集は彼らの仕事だった。


そしてヨハンは外民の避難移動を報告する為、今日もアレクシオンの元へ向かう。


「さって、お仕事しますかねぇ。」




集落を支配する双璧が一人、青鬼アレクシオンは、その見事な1本角を隠そうともせずに集落を歩いていた。


相棒であるラダマンティスはビフレスト強襲作戦の為に、ある場所でひたすらに穴を掘っている。


土砂はすんなり掘れるが埋没している建築物の壁はそうもいかない。

掘削のできる人害も動員していたがそれでも成果は亀の歩みだった。


だがしかし、あと僅かであるとの報告も受けている。


今現在掘削中の壁を破れば、あとは建物の中を移動して下に行けるとのこと。


「ああ、楽しみだ。」


アレクシオンは呟き、同時に自らの過去に思いを馳せていた。




五年前、コーンウォールに面した王国、グランシエル。


その国中を蹂躙する巨大野盗組織、双鬼党。


その頭目である赤鬼ラダマンティスと参謀である青鬼アレクシオン。


国から討伐依頼を受けた騎士団をいくつも返り討ちにして悪逆非道の限りを尽くす彼らは、当時のグランシエルにおける恐怖の象徴だった。



しかし、そんな彼らにも終わりの時は来た。


とある一行が、国の依頼を受けて自分たちを討伐に来たというのだ。その人数はたったの五人。


これまで多くの騎士団を壊滅させてきた双鬼党だ。当然のようにこの者達もいつもの獲物となる。そう信じて疑わなかった。



そのはずが、その一行は強すぎた。


何もわからないままに組織はひとつ、またひとつと支部を失い、最後に残ったラダマンティスとアレクシオンも捕らえられた。



グランシエルでは処刑という制度はない。


一応表向きは、となるのだが重犯罪者であっても死刑そのものを禁じている。

その為、ラダマンティスとアレクシオンのような、皆に極刑を求められるような対象をどうするか。


それは、コーンウォールの向こう側への追放だった。



あちら側は廃棄場と呼ばれ、国内に出現する魔物とは比較にならない強大な魔物が数多く存在するのだとか。

これが死刑制度のないグランシエルにおける極刑であった。


捕らえられた二人を待っていたのは永遠に続くかと思われる被害者達からの暴行であった。


死刑にはできないが、逆に言えば殺さなければ何をしてもいい。

これが極刑を言い渡された者の末路。


だが二人は、不思議と自分達に暴行を加える者達に対して怒りや憎しみの感情を持たなかった。

思い浮かぶのは自分を捕らえた勇者の顔。自分をこんな目に遭わせる原因となったあの男だけは。



「「絶対に許さん。」」



コーンウォールに連行されてきた、ボロボロで死にかけの二人。


まずは目隠しを付けられた。そして次に全身を拘束具でおおわれていく。

どういった構造の拘束具なのか、指の一本すら微動だにしない。


もはや喋る気力もないのだが、口や耳等もおおわれ、五感を絶たれる。



これから廃棄場に落とされる。そう考えていたが、どうも上ではなく下に向かっているように思える。


何故下に?地下に何かあるのか?沸き上がった疑問について思考していると、なにか箱のようなものに放り込まれた。


そしてこの箱には車輪がついているようだ。水平方向に移動するのを感じる。

やがて速度が上がり、ガタンゴトンと振動を始めた。


鉱山などで使用されるトロッコのようなものだろうか?

疲れていたのか、そのままいつしか意識を失い二人は眠っていた。



眼を覚ますと、拘束はそのままで何か寝台の様なものに寝かされているようだった。

目隠しだけをそのままに顔の拘束が外された。そして声が聞こえる。



「初めまして、死刑囚のお二人。」


最初に口を開いたのはラダマンティスだった。


「ここはどこだ?俺たちはこれからどうなる?殺されるのか?」

「まずは最初の問いに答えましょう。」


そう言うと、声の主は二人の目隠しを外した。そして寝台を起こし、周囲を見せた。


そこはおおきな円筒状になった石造りの通路で、二人がいるのはその末端。


通路が途切れているのだがその先はただ闇があるばかり。


壁に掛けられている小さなランプの光ではそれ以上のことは分からなかった。



途切れた通路の先に、風が吹き抜けているのを感じる。あの闇は屋外なのか?

そう思ったアレクシオンは、見えないが寝台に固定された二人の背後にいるであろう人物に問いかける。


「今は…夜なのか?」

「いいえ、昼です。ここは年中日光の射さない常夜の国、あなた方が廃棄場と呼ぶところ。」


そう言って声の主はコツンコツンと足音を響かせて二人の前に移動した。


その男は薄手の白い生地を足元まであるロングコートのような仕立てにした服を着た、仮面の男だった。


着ている服は、白衣と呼ばれるもの。被った仮面は頭から被るような造りになっている。

顔はおろか、頭髪等も隠していて、目の前の男の情報を何も得られなかった。



仮面の男は二人を見据え、こう言った。


「そろそろお二人の未来について語りましょうかね。」


アレクシオンは、未来がある?処刑ではないのか?そう思ったがそれを口にせず、仮面の男の話を聞くことにした。


「お二人は、簡単に言うと実験台です。これからある投薬を受けていただきます。」



そう言うと実験の概要について語り始めた。


廃棄場では、5年前まで造鬼実験という人工的に鬼を生み出す実験が行われていたこと。

それが中止になった今でも密かに実験を継続していること。


「まぁ、失敗すれば殺害した上で目の前の崖に投棄させていただきますが、まず、それはないと考えて大丈夫です。」


ラダマンティスはそこで一言問うた。


「成功すればどうなる?」


本物の鬼となる。うまくいけば知性や記憶も引き継げるし、実験の精度が上がった今では、そうなる可能性も高い。

鬼となれば、圧倒的な強さを得られる。と答えた。



「あなた方を捕らえた勇者。簡単に捻り潰せますよ。」


この一言が決定打となった。


「どちらにしろ選択肢はねぇんだろ?ならば是非もねぇ。」

「そうですね、奴に復讐するチャンスがあるのなら。」


合意した二人に、仮面の男はさらに続けた。



「ではまず、伝えておきましょう。」


標準的な鬼の性能、そしてこの国を支配する王の強さ。仮面の男はそれを語り、二人の拘束を解いた。


「仮にあなた方が私を殺して逃亡したとしても、私は特殊な恩恵を持っていて死ぬことはない。」


仮面の男は二人を見据えた。


「さらにそれを成せば王があなた達を殺す。ここまではよいですか?」


二人は肯定する。


「私が顔を隠しているのは、二人を開放する用意があるからです。声も変えてあります。私の正体は秘匿せねばならないので。」

「あぁ、藪をつつくような真似はしねぇよ。約束する。」



仮面の男は、二人に虹色に光る不気味な薬液を注入した。


ある一定の濃度に調整した濃虹水を浄化し、特殊な調合を加え調薬したものだ。


アレクシオンは過去に体験した魔力酔いに似た、奇妙な酩酊感を味わっていた。

ラダマンティスも同様のようだ。



「ついてきて下さい、地上へ手引きいたしますよ。」


辿り着いたのはゴミの集積場となっている縦穴の底だった。


「地上に出たら咎人の集落を目指しなさい。部下にそこまで案内させます。」


そう言って仮面の男は去って行った。



悪臭に顔をしかめつつも待っていると、上からするするとロープが降りてきた。


様子を見ていると、ロープが波打った。登ってこいという合図だろうか?

二人はロープを手繰り、上へ上へと登ってゆく。


どんどん穴が狭くなっていき、やがて大人一人がギリギリ通れるサイズになる。


それでも登る。すると僅かな光が目に飛び込んできた。

ロープはあの明かりから伸びているようだ。


光の中に体を躍らせた二人の前に、一人の男が現れこう言った。


「話は聞いております。二人を咎人の集落まで案内させていただきます。」



ロープを仕込んであった部屋を出る。

二人は移動しつつも案内役の男に様々なことを尋ねた。


ここはビフレストと呼ばれる施設の上層。王の統治する領域であること。

目的となる咎人の集落の位置や、咎人というのが自分達と同じく外界からここに送られてきた人間であること。



いくつかの情報を入手し、話しているうちに地上に到達。


門兵達も入ってくる者には厳しくチェックを入れるが、出てゆく者には割と無関心だ。



「追加の咎人です。谷向こうの集落へ案内するように、とのことです。」


案内役の男がそのように伝えると、門兵は驚いた表情になる。



「警備の者を連れずにかい?」

「この二人は外界では盗賊団の頭目だったそうです。腕は確かなので護衛は不要だそうです。」

「あぁ、そうか。でも一応用心してな。」



建物を出て密林に入る。


歩きながら、案内の男は二人に虹雨のことは伝えずに害獣のことだけを伝える。


やがて風が強くなり、森がざわめき始めた。


「谷が近いですね。あそこはいつも強風が吹き抜けていますから。」



言っているうちにその谷が見えてきた。


それを見ると、いま自分たちが立っている場所が、廃墟となった大都市の残骸の上にあることがよくわかる。

谷はこの国の断面図を如実に示していた。


そして案内役が谷の一点を指差している。


谷の向かい側の建物がひとつ、こちら側に倒れていてその上に土砂と樹木が絡み合い、

まるで倒れた建築物を土台にした樹木でできた天然の橋。


二人の目線が橋にいったところで、案内役が説明をする。



「案内はここまでです。ここから先は迷うこともないでしょう。」

「あの橋を渡ってしばらく行くと、咎人の集落です。そこからはあなた方の自由です。略奪も支配も、思うように。」


ポツリポツリと水滴が天より降る。雨である。

二人は雨に打たれながら橋を渡る。それを見送る案内役は不気味な笑みを浮かべていた。



橋を渡った先では二人の男が鬼となっていた。

案内役はそれが分かっているかのように、見届けることもなく振り向いて歩き始めた。



今は雨、ここは害獣たちの世界。


小型の害獣が案内役に飛び掛かる。大きな爪を生やした兎の害獣、通称、爪兎。


案内役は兎に向けて手をかざす。


すると、まるで兎は魂を抜かれたかのように崩れ落ちる。

それを無視して案内役は歩き出す。


「フフ…。」


案内役は笑っていた。




集落に辿り着いた二体の鬼は、あっさりと集落を制圧した。


咎人達は二人に忠誠を誓い、彼らのまとめ役であった集落の長は情報を吐き出した。


アレクシオンはそれを元に今後の計画を練る。


ラダマンティスは、この集落に2人だけ存在する女を一瞥する。

この集落の皆の慰み者にされる日々が想像に難くない。ほとんど気がふれていた。

そんな女たちをかまわず寝床に放り込むと、自らもそこに入って行った。



「話は私が聞きますよ。長さん、次はビフレストの内情についてお聞かせ下さいますか?」


アレクシオンは構わず続けろ。と態度で示していた。



そして五年の歳月が流れ、ビフレスト強襲作戦を目前に控えた今。集落は異様な空気に包まれていた。


ラダマンティスの掘っていた地下道が開通したとの知らせが飛び込んできたのだ。


ヨハンはビフレストの女達を蹂躙する自分を思い浮かべて、股間を膨らませていた。


「いよいよか…ぐふふふ。」



レベル90を超える鬼が二人、大型種と同等の脅威とされる人害が67体。

そして自身が誘引する害獣たちの群れ。


圧倒的な戦力に、ヨハンは自分達の勝利を疑ってはいなかった。



それに対しアレクシオンは慎重だった。


ヨハンと違い王の力を知る鬼たちは、これでもまだ、決め手に欠けると考えていた。


地上からはヨハン達と誘引した害獣に攻めさせ、これを陽動としてビフレストの注意を引き付ける。

そして自分たちと人害で構成される主戦力をすべて、開通した地下道を通り谷底を渡河して楽園に突貫させ王にぶつける。



楽園の地形や戦力も分からない現状では、絵に描いた餅ではないか?王に各個撃破されるのでは?


アレクシオンはそんな予感が拭えない。


「まだ動いてはなりません。」


自身に対し決行を促し逸るヨハンにきつく厳命していた。




その結果、ヨハンは荒れていた。


咎人たちの詰所で、木箱を蹴飛ばす。


「くっそが!」


ヨハンは他の咎人を前に苛立ちを隠さずにいた。


「今攻めれば勝てるってのに!お宝は目の前だってのに!」


しかし青鬼の命令だ、従わねば殺される。

ヨハンは日々、フラストレーションを溜めていくのだった。




しばらくして、アレクシオンはヨハンを呼び出した。

決行の決め手と成り得るやもしれない、一つの仕事を依頼するためだ。


「お呼びで?」


現れたヨハンに、アレクシオンは五年前に別れたきりの案内役の男の風体を伝える。


「この男と秘密裏に接触したい。できますか?」

「やるだけやってはみますが、ビフレストに引きこもっているようだと難しいかもしれませんぜ。」


「うまくいけば、強襲作戦は盤石のものとなるでしょう。頼みましたよ。」



ヨハンは何人かの咎人を伴い、その日のうちに集落を出て行った。

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