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フヨフヨ  作者: 猫田一誠
06 辺境
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037 辺境都市

城塞都市ラムドウル南区の一角、大通りから少し入った所にある広場にて、

背に【黄銅】の文字を背負うヤンキーがボコボコに腫らした顔をそのままに正座させられている。


二人の前に立つのは同チームの統領、タコマルだ。


「誰にやられた…?てめ~ら……。」


「……。」


「まさか、てめ~らマチャルの奴に…。」

「いっ…いやっ、ちが…。」


二人のヤンキーは縮こまっているようだ。


「そんじゃ……相手何人だ?あっ?てめ~ら二人、そんだけボッコボコになったんだ……。100人っくれ~いってんだろ~な…?」



無茶を言うな。そう思いながらも恐る恐る口を開くボコボコの二人。


「そ…それが…よ。」

「リュ……リューニャの奴に……。」


タコマルの眼が大きく開かれる。


「くそっだらヤローがああぁっ!!」


付近にあった木箱で二人の顔を殴打するタコマル。

そして木箱を放り投げ、二人に背を向ける。


「行くぞ…てめ~らぁ。」


タコマルは背中越しに二人のヤンキーに移動を促す。


「!?」

「…どこへ?」


顔を押さえながら二人が立ち上がる。

そこに振り返りながらタコマルは言った。



「行くっかね~だろ?無敵の黄銅を払い戻しによ~。」




日冒部一行とジェイとメイサはエッフェ・バルテ正門前へと転移していた。


「じゃあ俺らはこのまま中に入ってジェイとメイサを送ってから情報収集してるから。」

「はい。私達は今日こそサブナクを捕らえてみせます!」


ロッテは雪辱に燃え、気合が入っている。

メンバーは昨日と同じ、ロッテ、ナナ、ジル、アランの四人だ。


「気合ブリバリだぜぇ!!」


特攻服を着込んだナナはすでに臨戦態勢のようだ。


「あ?やんのか?コラ。お?やんのか?コラ。」


ヤンキーっぽい言い回しのリハーサルに余念がない。


「今日は絡まれたらどうすんだ?ボコるか?」


アランもやけに好戦的だ。

昨日のロッテの落ち込みようから、今日は絶対に成功させるという決意が現れている。


「向こうについたらすぐに探知します!」


ジルもやる気だ。



「じゃあ気を付けてね。ロッテ、ナナをよろしくね。何かあればすぐに呼んで。」

「わかりました。セロさんも気を付けて。」



ラムドウルへと転移する四人。

そして昨日の転移地点へ到着する。


「ジル、大通りに出たら探知お願いします。」

「はい、シャル様。任せて下さい!」


サブナク捕獲の意気込みを見せる三人と一人は、たった今デビューしたばかりのヤンキー娘を先頭に大通りへと歩いていく。



「ん?」


大通りに出た四人を出迎えたのは、睨み合うリューニャとタコマルだった。

今にも殴り合いが始まりそうな雰囲気だ。


「またですか…。」


ロッテは溜息を隠せない。


「でたな!?デカ姉ちゃんとおにぎり!!」


見覚えのある四人にまずリューニャが視線を送る。


「あ?てめ~…たしか昨日の…。」


相手から眼を離すリューニャを前に、タコマルは笑う。

先手を取ったのはタコマルだった。


タコマルの右拳がリューニャの側頭部を痛打し、そのままラッシュをかける。

リューニャは突然の頭部への打撃に、目の焦点が合っていない。


「ひやっはぁっ!!リューニャァ!テメー、パコパコにしてやるよぉ!!」


相手が女でもタコマルは一切の容赦なく顔面を殴りつける。



「きゃあ!お、親分。止めないと…。」


ロッテは眼の前で始まった喧嘩にびっくりしているようだ。


「なぁ、ロッテ。パコパコって何だ?」


ナナはそっちが気になっているようだった。



「兵隊二人やったくれ~でのぼせてんじゃね~ぞ!わかってんのかよ!?あぁっ?わかってんのかよぉ!?」


タコマルの連続攻撃に手も足も出ないリューニャ。


「あれ?昨日あのデカ姉ちゃんすんげぇ強かったのに今日は雑魚いな?それともおにぎりがもっと強いのか?」

「最初の一撃で意識飛んでんじゃねぇか?頭だったしな。」


ナナとアランは普通に観戦している。


「ナナちゃん!こういう時はこっそりと逃げないとダメなんだよ!?」

「アランさんも!今のうちに遠くへ行きましょう!」


ロッテとジルはこの場を離れたい気持ちでいっぱいだ。



リューニャはぐったりと壁に背をあずけ、動かなくなっていた。

それでもタコマルの攻撃は続く。


「ロッテ、親分どっちが勝つか気になるんだ。二人共結構レベル高いしな。」

「へぇ、どのくらいだ?ナナ。」

「二人共31だ。」

「って俺より上かよ!!」


観戦に夢中の二人を見て、ロッテとジルはがっくりと項垂れる。

直後、タコマルの最後の一撃がリューニャの顔面に突き刺さった。


青銅幽霊ブルースペクターもたかがしれてんな。なぁ…リューニャぁ……。」


決着はついたようだ。動かないリューニャをそのままに、タコマルはナナ達を一瞥する。


「誰だか知らね~けどよ…、気にいらね~な。てめ~。こっちこいや、チビ…!」


タコマルの攻撃目標はナナに変更されたらしい。


「あたしはチビじゃない!ぶっ飛ばすぞ!?このおにぎり!」

「んだとぉ!?てめ~殺すゾ!チビィ!!」


アランが自然な動作でナナの前に歩み出る。


「ケンカしてぇんなら俺が相手になるぞ?」

「こら!アラン!あたしがおにぎりぶっ飛ばすんだぞ!?」


「レディーに戦わせて男が後ろに隠れている訳にもいかないからな。レディーは後ろだ。」


あえてレディーと二回言うアラン。


「む、むぅ。あたしはレディーだからな。なら仕方ない…。」


そしてアランとタコマルが向かい合っていると、タコマルの背後でむくりとリューニャが起き上がっている。


「あ。デカ姉ちゃん起きた。」


タコマルもその言葉に振り返る。が、その瞬間、リューニャの拳がタコマルの顔面を直撃していた。


先程までの喧嘩を攻守を入れ替えて繰り返すように、今度はリューニャが一方的にタコマルを攻撃する。


「黄銅だぁ!?統領だぁ!?笑わせっだらね~ゾあ!タコマルゥ!!」



「なんか長くなりそうだな…。」


ナナは早くも観戦に飽きてきたようだ。


「よかった。今のうちに行きましょう、親分。」

「うん。親分そうする。」


攻守を入れ替え、さらにッヒートアップして殴り合いを続ける二人を放置して、一行はとりあえず北区へと向かった。



「シャル様、サブナクがいなくなってます…。」


ヤンキーが視界からいなくなったあたりで、探知術でサブナクを探したジルはがっくりと肩を落とした。


「そんな…。まだ一日しか経ってないのに…。」


ロッテも同様だ。


「兄ちゃん、サル……いなくなったって言ってるぞ?」


ナナはセロに通信しているようだ。


「おかしいな。対応が早すぎない?いなくなったにしても、探知を阻害しているにしても。」

「そういえばそうですね。昨日は離れたところにいましたから私達の動きが分かるはずないと思うんですが…。」


「ありがとう、ロッテ。これはこれで大事なヒントになりそうだ。」


セロは通信の向こう側でぶつぶつと小声で呟きながら何かを考えているようだった。


「セロさん、私達は念の為サブナクを捜索しようと思います。」

「うん、探知を阻害してるだけだったらまだ滞在してるかもしれないしね。見つからなかったらそれはそれでいいから。」


それから…、そう言ってセロは追加の要望をロッテに伝える。


「可能だったらでいいんだけど、サブナクが城塞都市で何をやっていたのか、調べてみて。」

「わかりました!」


通信を切ったロッテは握り拳をつくって気合を入れなおすと、更なる調査の為に四人に出発を促すのだった。





辺境、エッフェ・バルテでは通信を切ったセロが立ち上がる。


「ジェイ、メイサ。ごめん、待たせた。そろそろ二人の家に向かおうか。」

「いえいえ、大丈夫です。」


メイサは笑顔でそれに応える。


「でもセロさん、2年も経ってるんだ。俺達の家が残ってるのかどうか…。」


ジェイはそっちが心配なようだ。


「え?長いこと空けてたら家ってなんらかの処置を受けるの?」


「山賊の手にかかって家主がいなくなったと判断されていたら、どうなっているのかは分かりませんね。」


質問に答えたのはルーシアだった。


「まずは行ってみないと始まらないか。」


一行はジェイ達の家へと歩いていく。



エッフェ・バルテは街の規模こそ大きいものの、通行人は少なく、通りにも活気がない。

魔獣達の襲撃が原因だろうかとセロが言葉にすると、普段もこんな感じだとジェイが答えた。


「エトワールの所に王女殿下だ~って人がよって来ないもんな。余裕がないのかな?」

「私はその方がいいですわ。」


路面もこれまでの都市と違い、石畳等は敷設されておらず、迷宮都市や海都に比べれば発展途上にあるという印象をぬぐえない。

建物も石造りのものは大きい物に限られているようだ。

泥を固めて作った壁に木製の屋根の小屋だとか、布製のテント小屋等も多く見られる。


ただし、都市の外壁だけは強固で立派なものだった。

外敵に対する備えだけは怠っていない。しかしその立派な壁も、都市の西側は大きく破壊され木製のバリケードになっていた。

衛兵や森林探索で生計を立てている冒険者が慌ただしく動き回っているのが視認できる。


「セロさん、そこの小さい通りを少し進んだ先に私達の家があります。」

「割と森林側に近いんだね?大丈夫?騒ぎが治まるまでは商会の宿舎で寝泊まりしても構わないよ?」


「ありがとうございます。助けて貰った上にいろいろお世話して頂いて、本当に感謝しています。」


改めてセロに頭を下げるメイサ。



そして話しているうちに目的地に到着する。

二人の家は質素な泥壁の家だったがそこそこ大きい。

しかしその建物は現在、負傷者の収容所となっていた。


中には多くの負傷した兵士や冒険者達が寝かされており、教会関係者と思われる治癒術士達が忙しく動き回っている。


「すでに接収された後だったか。なら伯爵に会って返還を交渉してみるかな。あと営業許可証もぶんどろう。」

「そんな。セロさんにそこまでしてもらう訳には…。」


メイサは申し訳なさそうにしている。


「セロ様、脅したりしたらダメですのよ?」

「う~ん、ならロッテに交渉をお願いしようかなぁ…。」


「セロ君、まずは私達に交渉させていただいても構いませんか?」


ルーシアは提案する。セロは許可証と姉弟の家を脅し取る気満々に見えるのだ。


「大丈夫そう?なんか俺、あれの親父だと思うとさっさと脅して済ませたい気持ちでいっぱいなんだ。」


「交渉は私とルーシアで行いますわ。セロ様はジェイさんとメイサさんをお願いいたしますわ。」

「ありがとう、エトワール。よろしくお願いするよ。もし親父まであんなんだったら俺何するかわかんないしな。」


伯爵家に向かうエトワールとルーシアを見送ってから、

セロはロッテに通信でこちらの状況を伝えると、ジェイとメイサを伴ってバリケードの方へ歩いていく。


「襲撃の状況とか防衛設備とか、少し確認しておこうかな?二人共、付き合って貰ってもいいかな?」

「はい、もちろんです。」

「俺もいいよ。セロさん。」


「ありがとう。」


やがてエッフェ・バルテ西門、ウートガルド大森林側の出入り口に到着する。

壁が大きく破壊されている為、ここにあったはずの門はすでに跡形もない。

周囲は多くの兵に固められ、外壁の上や、バリケードの左右の物見やぐらの上には弓兵が望遠鏡を使って森を警戒している。


「ねぇ、ジェイ。エッフェ・バルテの通用門って東側とここの二か所だけなのかな?」

「うん。2年前まではそうだったよ。」

「ふむ…。魔獣の襲撃って頻繁に起こってた?」

「俺が住んでた頃は一度もなかったと思うけど…、姉ちゃん、知ってる?」

「ううん。私も知らない。斜め向かいのロゼンおじいちゃんが子供の頃に一度,小規模なはぐれ魔獣の襲撃があったってくらいかな?」


二人からの情報を頭の中で整理しつつ、セロは待機中の兵士に声をかける。


「ねぇ、兵隊さん。この壁って魔獣が壊したの?森の魔獣ってそんなことができるくらいの奴?」

「ん?おいおい。なんで子供がこんな所にいるんだ?家に入っていないと駄目だろ?」


「俺はここの住民じゃないよ。それにある程度の戦闘もできるから大丈夫。」


「え?ある程度…?」


疑問の表情を浮かべるジェイ。


「セロさん、勇者であることを明かさないのですか?」


小声で尋ねるメイサ。


「うん、そのつもり。今はね。なんか強制的に手伝わされそうだし。」

「それは…、たしかにあるかもしれませんね…。」


「俺はね、ジェイやメイサみたいな人は喜んで助けるけど、さっきのアホ貴族みたいなのはどうでもいいんだ。」


姉弟は黙ってセロの言葉を聞いている。


「勇者ってのが誰彼構わず救いの手を差し伸べる者を指すのなら、その称号、全然俺に相応しくないって自分でも思うよ。」


「でもセロさんは私達にとっては間違いなく勇者様です!」

「ありがとう、メイサ。」



「お前たち、こんなところで話してないで、はやく家に帰るんだ。」


兵士はまるで不審者でも見るかのような眼で三人を見ている。


「そうするよ。」


セロは踵を返し、歩き出した。ジェイとメイサも追従する。

そして姉弟の家まで戻り、横になっている負傷者の中で比較的軽度の者に破壊された壁についての質問をしてみる。


襲撃してくる魔獣の中には大型の個体も結構いて、その中の一頭、特に大きな体躯を持った虎が壁を体当りで吹き飛ばしたそうだ。


「そんな魔獣、普段の森林探索じゃ見たことがない。おそらく、相当な奥地に生息している奴だと思う。」


森の魔獣は、奥に行けば行くほど大型で狂暴な個体と遭遇する傾向にあるようだ。


「どんな魔獣だったか実際に見た?それと襲撃してくる魔獣の種類とか分かる?」

「見てはいないが情報はあるよ。鑑定士が西門に鑑定陣を敷いているから、そこを通れば鑑定されるんだ。」


間断なく襲撃を仕掛けてくるのは牙狼と呼ばれる種と森ゴブリンがもっとも多いそうだ。

牙狼は大型の狼で、レベルは18~22。大森林の広範囲に生息する有名な猛獣らしい。

森ゴブリンは大森林南部に生息する種で、どこかにゴブリンの王国があるらしく大量に存在しているとのことだ。


さらに、牙狼やゴブリンに比べれば少数ではあるが、他の種族も同時に襲撃をしてくるようだ。


鑑定された敵戦力の一覧を見せてもらった。



牙狼…レベル18~22、多数。

フォレストゴブリン…レベル7~16、大多数。

フォレストゴブリンライダー…レベル21~24、フォレストゴブリンが牙狼に騎乗した状態。少数。

フォレストゴブリンメイジ…レベル12~15、少数。

フォレストゴブリンアーチャー…レベル10~12、少数。


グリーンオーガ…レベル26~29、身長約3メートルの人型魔獣。少数。

鋼虎…レベル62、体長約7メートルの超大型の虎。体当りで壁を破壊。一頭。



「森の中にはもっと多種多様な魔獣達がいるようだが鑑定されたのはこのくらいだ。」


三人は当然のように鋼虎に注目する。


「レベル62って、こんな魔獣もいるんですね。よく街が無事だったなって思います。」

「いや、酷いもんだったよ。誰も止められなくて大勢が喰われた。満腹になったのか知らんが森に帰って行ったから助かったんだ。」


メイサの感想に負傷者が答える。

圧倒的な膂力に瞬発力。刃を通さない鋼毛に、防衛戦力は手も足も出なかったそうだ。



「大型種がここにいる。ということは…、まずいな…。」


セロは何か勘付いたのか、真剣な顔で考えている。



情報を提供してくれた負傷者に礼を言うと、セロは建物を出て各所に通信を始めた。


相手は王都のオルガンだ。


エッフェ・バルテへの魔獣襲撃がアルカンシエルの手引きによるものである可能性大であること。

同じく北方、城塞都市ラムドウルでも何らかの工作が行われていたこと。

念の為、現在護衛戦力を失っている海都の2号店に商会の護衛組を派遣すること。


以上をオルガンから、レギオン宰相と海都のコーランへ連絡を回してもらうよう頼んでいた。



その頃、エッフェ・バルテ中央部にあるブランギルス伯爵邸では、

エトワールとルーシアがブランギルス伯爵に営業許可証の発行を頼んでいた最中だった。


「というわけですわ。お願いできますかしら?」

「殿下の頼みとあっては断るという選択はありえませんな。ですが勇者殿本人に来ていただけなかったことは少し残念に思います。」


「ここに来る途中にアキーム殿と少々ありまして。」


ルーシアの発言に、伯爵は疑問を持ったようだ。


「ん?何故そこで息子の名が?アキームは街の防衛の為に西門に常駐するよう言い渡しておりますが…?」


エトワールとルーシアは顔を見合わせる。


「セロ様の見立て通りでしたわね。」

「えぇ、そのようです。」


「どういうことでしょうか?殿下。」


エトワールは道中でアキームと出会った事の顛末を話して聞かせる。



「東門の牢獄からアキームを引っ立ててくるのだ!!!」


激怒した様子の伯爵は控えていた護衛騎士の一人に命令する。


「それともう一人走ってくれ。西門の戦士長バルドも呼んできて欲しいのだ。話を聞きたい。」


そして頭を抱えて虚空に向けて呟く。


「逃亡だけでも大罪だというのに、せっかく来ていただいた勇者様を怒らせてしまうとは…。」


「私から見てもあの態度には少々がっかりさせられましたから。」

「そうですね。セロ君と仲良くなれるかどうかはアキーム殿をどうするかにかかっているのかも知れませんね。」


「当然、息子だからと甘い顔はしないつもりです。私からは極刑を言い渡し、求刑しようかと思います。」


断固たる決意を見せる伯爵。


「それでよいのですか?廃棄場は過酷な環境です。それは処刑と同じことですよ?」


ルーシアは確認する。

エトワールは執事から営業許可証を受け取っているようだ。


「もちろんです。伯爵家は次男のシュラークに継がせることにします。」



エトワールはセロに状況を知らせる。


「こっちもある程度の話は聞けたから合流しようか。ジェイとメイサのことも相談しないといけないからそっちに行くよ。」



「セロ様もこちらに来られるそうですわ。」


エトワールは伯爵に伝える。


「謝罪を受け取って貰えるとよいのだが…。」

「セロ君は基本的には優しい少年です。その気持ちに嘘がなければきっと大丈夫だと思います。」


ルーシアの答えに頷く伯爵。


そのまましばらくの歓談の後、伯爵はエトワールの持つ魔道具に着目した。


「それは離れている相手と会話ができる魔道具ですか?珍しい物をお持ちですな?」

「ええ、とても便利で重宝しておりますわ。」


「ビフレスト商会は今後、多種多様な魔道具の販売を予定しているそうですよ?」

「おお、そうなのですか。それは是非、このエッフェ・バルテにも出店して頂きたいものですな。」



話しているうちに、護衛騎士が屋敷に帰還する。


「東門の牢獄に獅子面の賊が押し入り、アキーム様を収容していた牢は破壊されていたそうです。本人の姿はありません。」


「なんだと!?」


思わず立ち上がるブランギルス伯爵。

エトワールとルーシアも驚いた様子だ。


「……。報告は少し待て。やがて勇者様とバルドもここに来る。それからとしよう。」




その頃、ラムドウルでの調査活動を行っているロッテ達一行はというと。


「ブル…ブルルル!」


パカッ、パカッ。


「あぁ!?誰よ!?オメー!」


「ヒヒ~ン!!!」


パカッ、パカッ。


「い~音くれてんじゃんかよぉ!!」

「チャウスッ!」

「オウ!てめ~ら!二~三人で黒鋼止めてこい!」


東区、赤銅小僧の集会が行われている広場の前で棒立ちになっていた。


「情報収集しようにも会話が成立しなさそうな感じですね。ジル。」

「はい、シャル様。私も自信がありません…。二人はあんなですし…。」


ナナとアランはいつのまにか自然と集会に参加していた。


「オラ!ジャマだぞチビッ!!」

「どけやチビィ~~~!!」

「チンタラしてんじゃね~ぞチビ!!」


「あたしはチビじゃないぞ!!ナナだ!!!」


そして当然の様に絡まれていた。


「俺の拳の錆になりてぇのか?あ?」


アランも別口に絡まれ、その気になっているようだった。


「どこのモンじゃ!われぇ!!あぁ!?」

「あたしは正義の付与術士!ナナっちゅ~モンじゃっ!!」


ナナはさらに、それっぽく名乗っていた。



「あ~もうっ!!」


決死の覚悟で飛び込んできたロッテはナナを抱っこして逃走する。


「あっ、こら!ロッテ!親分は強いんだから大丈夫なんだぞ!?逃げたら格好悪いんだぞ!?」

「逃げないと駄目なんです!!」


四人は通りを走って逃走しているが、大勢のヤンキーが追ってきている。


「ちっと待てや!コラァ!!」

「ナメてんじゃね~ぞ!チビッ!」


「うぅ…、今日こそって思ってたのにまたこんなことに…。」


ロッテは逃げながらも落胆している。


「ロッテ、元気だせ。親分がついてる。」


原因をつくったナナはロッテを慰めている。


「あのガキ逃がしちまったらウチのカンバンが泣いちまうぜぇっ!」

「くそガキぃっ!捕まえてやっからなぁ!」


追いすがるヤンキー達は殺気立っている様子だ。

それをロッテの肩越しに眺めていたナナは少し楽しくなってきた。


「これは追いかけっこだな!?」


「全然違いますよ!?親分!」

「ナナちゃん、何を言ってるの!?」


二人の指摘もナナには届かない。


「ロッテ、親分も走るぞ?任せろ。」


実際、ロッテの身体能力ではナナを抱っこしたままでは逃げ切れるか微妙なところだった。


「大丈夫ですか?親分。」

「親分は駆けっこも得意なんだ。そのはずだ。」


「ナナちゃんが走るのなら私も走ります。ありがとう、アランさん。」


ジルを抱えていたアランもまた、ジルを降ろして身軽になる。


「わかった!よし、じゃあ北区まで走るぞ!!」


四人は頷き合うとともに一斉に走り出した。



そして…。


「むおおおおおっ!!!」


その気合とは裏腹に、ナナの足は遅かった。


(走るの、遅っ!?)


三人は同時に思った。そしてこうも思った。


(それに走り方がなんか変!頑張ってるのにすごく格好悪い!?)



首と手は異様に素早く動いているのに足はなんかとろい。ナナだけがどんどん遅れていく。


「親分!急いで下さい!」


振り返ったロッテの眼に入ったのは、ナナの背後に突如現れた一人の男の背中だった。

そこには【乳神】の文字。


一生懸命走っているナナは気付いていない。


ロッテはナナの合流を待って、ナナを守るように立ちふさがった乳神ペロニアスにお辞儀をしてから逃走を再開した。



「にゅ…、乳神……。」

「マ…マジかよ?」

「ペロニアスだよ?アレ…。」


「フカシじゃね~のかよ?」

「ペロニアス?あのペロニアスかよ?」


追って来ていたヤンキー達は全員が動けなくなっていた。


「なんでだ!?なんでペロニアスがあのチビを…!?」

「あのチビぁ一体なんなんだよ!?」


騒ぐヤンキー達にペロニアスは一言だけを告げた。



兄妹ブロウだよ…?」



ペロニアスのおかげでヤンキーからの逃亡に成功したロッテ達は、セロと通信で連絡を取っていた。


「というわけなんです。サブナクが病を付与したのは黒鋼騎士団のみのようです。」

「ありがとうロッテ。おかげでいろんなことが分かりそうだ。」


「私は…、お役に立てたんでしょうか?」


ロッテは不安そうにしているようだ。


「もちろん。こっちの方で進行がありそうだから一旦合流しようか。俺のところに全員転移してきて。」

「わかりました!」



地べたにへたり込んでハァハァしてるナナに転移を頼んで、四人はラムドウルを後にするのだった。

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