034 山道
魔導車の方では、ジルが山賊の本隊の位置を探知していた。
「こっちに向かってきてますね。どうしましょう?」
ジルの問いかけに返答したのはルーシアだった。
「もうじきセロ君も戻るでしょうから、少し待ちましょう。」
その言葉はすぐに現実のものとなる。
両脇にジェイとメイサを抱えたセロが戻り、二人を魔導車の近くに降ろす。
「もうちょっとで殺されそうになってたみたいだから焦ったよ。」
ありえない高速移動に驚いて呆けていた二人も、やがて落ち着きを取り戻す。
まずはメイサが頭を下げた。
「危ない所をありがとうございました。皆さんは私達の命の恩人です。」
少し遅れて、ジェイも頭を下げる。
「あっ、ありがとうございました!!」
「ゆっくりと事情を聴きたいところだけど、山賊がこっちに迫っているみたいなんだ。」
セロは山賊のいる方向を見ながら状況を説明する。
「そ、そうだった!俺達山賊に追われてるんだ!たっ、頼む…みます。助けて下さい!!」
「待ってください!それより今はまず逃げないと。現在は治安維持の王国騎士も来てくれません!早く…。」
二人の言葉にエトワールとルーシアは申し訳なさそうな顔になり、謝罪する。
「申し訳ございませんわ。不甲斐ない私を許して下さいまし。」
ここで疑問の表情のナナが口を挟む。
「騎士ならいるぞ?ルーシアはコネ騎士だ。あとあたしは七星爆裂拳の伝承者だ。」
「親分、近衛騎士ですよ?こ、の、え、騎士。」
苦笑するルーシアは、二人を安心させるべく身分を明かす。
「私は王国近衛騎士団長ルーシア・レギオンといいます。安心して下さい、山賊共はこのまま討伐いたしますので。」
いいですよね?ルーシアはそんな目でセロを見る。
「ん~、乱戦になって二人になんかあるといけないから、俺かナナがやるか。」
「はいはい!兄ちゃん、あたし!あたし!」
「ん?ナナ、やる気なの?」
「この二人は初体験だからな!あたしのすごいところを見せてガツンとやるんだ!」
「親分!初対面ですよ!?」
ロッテの言葉もすでにナナは聞いていない。二人に向けて必勝をアピールしているようだ。
「ちゃんと見てるんだぞ?小僧に姉ちゃん。」
山賊達が見えてきた。獲物を前にした品のない叫び声が聞こえてくる。
ナナは背後の二人をチラ見しながらポーズを決めている。
まずは両手を前に。そして肘を下に折り、直角に曲げる。そして片足を上げる。そのまま上半身を前傾させる。
「ふあ~~~~~~~~~~」
ナナが妙な唸り声をあげている間にも、山賊は接近してくる。
「あ~~~~~~~~~~~」
そのまま続けてナナは唸っている。山賊達は魔導車の少し手前で停止して、後続を待っているようだ。
「あ~~~~~~~~~~~」
それでもナナはまだ唸っている。山賊は集合を済ませてしまっていた。
頭目らしき人物が前に進み出ようとしたところで、ナナの体勢が戻る。
「おい、てめえら。命が惜しけりゃ…。」
ナナは虚空に連続パンチを繰り出す。
「ちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃ…。」
「ふぅ~、ふぅ~。」(息継ぎ)
「ちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃあ!!!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴン!!!!
数えるのも馬鹿らしくなるほどの連続の爆裂に、山賊達はひとたまりもなかった。
背後の岩山には多数の山賊が突き刺さり奇妙なオブジェと化していた。
その足元には山に刺さらなかった山賊が山となっている。
ちなみにナナの連続パンチはただの演出。実際に仕事をしたのは飛ばした無数の自在障壁だ。
「はぁ、はぁ。」
ナナは息を切らせていた。
「ナナさんが息切れなんて珍しいものを見ましたわ。」
「さすがのナナちゃんでもあれだけ爆裂させたら疲れちゃったのかな?」
ジルとエトワールの感想にナナが答える。
「うん、爆裂拳の構えと溜め、そんでパンチの気合の叫びまでやったからな!」
「まて!それってあの妙なポーズと唸り声、それとちゃちゃちゃちゃって叫びで疲れたってことか!?」
「アランは相変わらずあほだな。あれ、結構ハードなんだぞ?」
ナナの疲れの要因はすべて無意味な演出によるもの。なのだが…。
「アランさん、そこは追及しないであげて下さい。」
そんなロッテの小声のお願いに、アランは大人しくなるのだった。
気絶している山賊達は手足を縛られ、山道に放置されている。
「あの、セロさん。山賊を街に引き渡せば賞金が出ると思いますが、いいんですか?」
ロッテはセロに質問する。
「ん?あれを街まで運ぶのが面倒でイヤなんだ。賞金って高額なの?」
さすがに金額まではわからないロッテはルーシアに助けを求めた。
「ルーシアさん、どうなんでしょう?」
「賊の査定は街によって違いますからね。でもセロさんの収入を考えると大した額ではないかと思います。」
「なら置いていくか。これまで山賊のせいでここを通れなかった人達へのプレゼントってことにしよう。」
あっさりと山賊の放置が決定した。
そして、あまりの出来事に声も出せずにいたジェイとメイサが驚きの声をあげる。
「今のは一体…?あんな小さな女の子が山賊達をみんなやっつけちゃったの?」
「すごかったな?姉ちゃん。あの子、俺より小さいのにすっげぇ強かった!」
あれ?小さいのに強い?二人は同時に同じ疑問を抱いていた。
「二人共、とりあえず魔導車に乗って。移動しながら事情を聞かせてくれるかな?」
一行は新たにジェイとメイサを加え、移動を再開した。
車内では、二人が一通りの事情を語り終えたところだった。
セロは宿場町の護衛に通信で山賊討伐の完了を伝えると、語り終えた二人に声をかける。
「二人共大変だったね。ちゃんとエッフェ・バルテまで連れて行くから、もう安心していい。」
「ありがとうございます。」
ようやく安心したのか、ジェイとメイサは涙を流し、抱き合って生存を喜び合っていた。
皆もその様子を微笑ましく思っている様だった。
やがて、二人が落ち着きを取り戻した頃。
少々、山道が険しくなってきたのでセロは魔導車の速度を落とす。
現在は低速での安全走行中だ。
「それで…、あの、皆さんは一体…?」
メイサはこちらのことが気になっているようだった。ジェイも同様だ。
「あたしができる子だっていうのはすでに知っているな?あとは兄ちゃんとロッテ。騎士のルーシア。そっちのがアランだ。」
「そんで、ジルな。それと頭がピンクのくるくるなのがくるくるな。」
「ちゃんと紹介して下さいまし!!なんで私だけおかしな紹介の仕方なんですの!?」
当然のごとく反論するエトワール。
「しょうがないくるくるだな。ジェイ、メイサ。こいつはくるくるだ。」
「エトワールですわ!!!!!」
王国北方、騎士団領。
白銀帝国との国境にあるアムドシア要塞の周囲に建設された都市ラムドウル。
ここは要塞を中心に、城塞都市の内壁で東西南北に区画分けされた構造になっている。
帝国に対する防衛戦力として、ヴィクター・ランゼルフ侯爵率いる黒鋼騎士団がそれを担い、要塞に駐在している。
東区には赤銅騎士団。
西区には青銅騎士団。
南区には黄銅騎士団。
北区には白銅騎士団。
それぞれが各区の治安維持を担当し、有事の際にはこれら四騎士団は騎馬隊として戦列に加わる。ということになっていた。
そのうち、白銅騎士団が担当する北区にある小さな酒場で一人の男が酒を飲んでいる。
酒瓶に貼られたラベルを見るとどうやら、地元の特産品である火酒、フリージアのようだ。
「一体どうなってるんだ、ここの住民は…。」
何かがうまくいってないような口ぶりでぼやきながら酒を飲むその男は、
かつての王国大司教、サブナクであった。
サブナクは変革機関アルカンシエルの構成員であり、与えられた任務は病魔付与による騎士団領の弱体化。
病魔付与は対象が健康体にならない限り、症状を永続化させる付与術。
つまり、自身で病気を付与した対象や、すでになんらかの病に侵された者にこれを使えば病気は死ぬまで治らない。はずだった。
サブナクは疫病付与と熱病付与の技能を持っている。
疫病付与の方は、使用する土地の気候や環境によって違った病を発病する。風土病に近い効果だ。
しかしそれは不特定多数に伝染し、対象を限定できなくなるので今回は使用していない。
今回選択したのは、熱病付与を弱めに付与し、それに病魔を追加付与する。という方法だ。
症状はきつめの風邪くらいとなる予定である。
一般民には手を出さず、騎士団のみの弱体化を考えていたのだが、それは予想外の効果を発揮した。
まず目標としたのは都市の四方を守る四騎士団。
北区の白銅騎士団は、事実上解散状態にあり、現在の構成員は団長兼団員の一人だけ。ここは除外とした。
残りの三区画のそれぞれの騎士団の団員数名に付与することに成功したのだが、何故か翌日には健康体に戻っている。
念の為、危険を冒して対象を鑑定してみたのだが、不思議なことに効果に何も表記されない。
熱病も、病魔も。何故か一日で効果を失ってしまうのだ。
いろいろ考えたが、原因不明だ。騎士団領の騎士には、他にはない特別な何かがあるのか?
しかしこのまま手をこまねいている訳にもいかない。
四騎士団の弱体化を保留して、黒鋼騎士団の団員に付与してみる。
その効果は絶大だった。
試しに5人程度熱病にしてやると、翌日にはその5人は除隊を申請した。
そして何故かは分からないのだが、何もしていないはずの他の騎士にまでも影響を及ぼした。
20人近くが風邪とか言って訓練を休み始める。5倍の効果だ。意味が分からない。
両騎士団の違いは一体…?
これは情報収集の必要がありそうだ。
サブナクは酒を飲み終えると、酒場を出て城塞都市の街並みを歩き始めるのだった。
互いの紹介を終えて、ジェイとメイサは一行の身分に驚きつつも現在は落ち着いていた。
「セロさん、左手に見える大きな岩山。あれが山賊のアジトだ。中は空洞なんだ。」
山賊共の根城ってここから近いの?セロのそんな質問に答えたのはジェイだった。
「皆、山賊のアジト、どうする?寄る?奪われた品物とか回収して返却とかやるべき?」
「すみません、セロさん。私達、逃げる時にアジトに火を点けちゃったから…。」
「あ、そうなんだ。じゃあ無視でいいかな?」
メイサの返答に、察しを見せるセロ。
「まって、セロさん。そういえば、数日前に捕まった貴族の男が一人。牢に入れられているはずだよ。」
ジェイは思い出したかのように口にする。
「貴族か…。ルーシアさん、放置はまずい?」
「一応、救助した方がよいかと思いますね。」
「兄ちゃん大丈夫だ!悪者だったらあたしが倒す!」
「レギオンさんやマリアスさんみたいなのもいれば、王都の三バカみたいなのもいる。俺、貴族ってよくわかんねぇ。」
「セロさん、一応、セロさん自身も含めて私達全員貴族なんですよ?」
悩めるセロに、ロッテは苦笑して返答していた。
魔導車は山賊のアジトに到着し、ジェイの案内でセロとロッテ、エトワールとルーシアが内部を歩いていた。
「こんなところに2年も囚われていたのか。つらかったろう?ジェイ。」
「俺はいいんだ。姉ちゃんの方が沢山辛い思いをしてきたんだから。これからは姉ちゃんに辛い思いはさせないんだ。」
「偉いんですね。ジェイ君は。立派だと思います。」
ロッテはジェイの言葉に感心している。
「私はジェイさんやメイサさんに申し訳ない気持ちでいっぱいですわ。」
「姫様…。」
俯くエトワール。
「ならエトワールもこれから頑張らないとな。」
セロはエトワールの頭を撫でる。
「セロ様が私の頭をお撫でに…ぽっ。」
しばらく行くと、前方に鉄格子が見えてきた。中には一人の男が横になっている姿が見える。
「ん?山賊?じゃあなさそうだな。やっと助けがきたのかな?待ちくたびれたよ。」
男には割と余裕があるようだ。
「アキーム殿ですか?」
最初に気付いたのはルーシアだった。
「お?おお!ルーシア近衛騎士団長殿ではないか!実に久しぶりだ。相変わらずお美しい。」
セロは目の前のアキームと呼ばれた男の、まるですでに救助が確定したかのような振る舞いに、少しイラっとする。
「ルーシアさん、こいつは?」
こいつ呼ばわりにそれが現れていた。
「こいつ?随分と礼儀を知らない少年のようだね?ルーシア殿、この少年は?」
「虜囚の分際で随分と偉そうだな?先に名乗れよ。言っておくが俺はまだおまえの救助に同意した訳じゃないからな?」
「何だと!?私を助けない?君は何様なんだ?無実の虜囚を助けないなんてありえないだろう?」
「おまえが無実かどうかはこれから決める。」
セロの言葉に、アキームと呼ばれた貴族は激怒する。
「ふざけるな!なんで私の救出にいちいち貴様の許可が必要になるんだ!!」
「セロ君、さすがにそれは…、まずは救助してから、ではいけませんか?」
「駄目だよ。ルーシアさん。むしろまずは事情を聴いてから。だよ。」
一度、牢屋から距離をとる一行。
「おい!まて!私は辺境伯の長男アキームだぞ!?すぐに牢を開けろ!!」
遠くからアキームの怒鳴り声が微かに聞こえる。距離は十分だ。
「皆、聞いただろ?あれは辺境都市を治める伯爵の息子。間違いない?」
面識のあるルーシアが同意する。
「なんでそんな奴がこんなところで山賊に捕まっている?おかしいだろ。」
ジェイに聞いた話だと、辺境都市は現在、森の魔獣の襲撃から都市を守るため、山道側に戦力を回す余裕がない。
だからこそ山賊達の略奪が遠慮のないものになっていた。
「魔獣の襲撃から皆を守る為防衛の指揮をとるとか、住民の為に動いている筈の人間がどうしてこんなところにいる?」
セロの問いかけに皆は当然答えを持たない。
「ジェイ、あの貴族が捕らえられた時の状況を教えて。」
豪華な馬車に数人の護衛騎士。積荷は食糧や衣類。そして少なくない額の資金。
「山賊は大喜びだったよ。大物だって大騒ぎしてた。」
「どうみても逃亡だな。無実の虜囚どころかただの間抜けな卑怯者だ。」
そしてもう一度、アキームの前に戻る。
「はぁ、はぁ。ようやく分かったようだな。さっさと牢を開けろ。今なら鞭打ちくらいで許してやる。」
叫び疲れたのか、アキームは息を弾ませている。
「おまえは鞭打ちくらいじゃ済まないかもな?」
「何だと貴様!」
ルーシアが前に出て、格子ごしにアキームに質問する。
「アキーム殿はどうしてこんなところに?エッフェ・バルテは現在魔獣の襲撃で大変だと聞き及んでおりますが?」
「そう!そうなのです!ルーシア殿!私は助けを呼ぶべく危険を顧みずに山道を走っていたところ不幸にも山賊に捕らえられ…。」
「助けを呼ぶのに早馬でなくたっぷり資産を積み込んだ馬車でのんびりと?つくならもっとうまい嘘をつけ。とんずら野郎が。」
セロは完全にアキームの放置を決定していた為、言葉を選ばなくなっていた。
「だいたい助けを呼ぶのにおまえが出向く必要皆無だろうが。助けを求めるだと?それはおまえに税を支払っている民の権利だろ。」
「なっ、き、貴様!私を誰だと思っている!」
「今、とんずら野郎って言ったじゃないか。それとも、助けを求める民を見捨て、囮にして逃亡する税金持ち逃げ野郎の方がいいか?」
「貴様ああ!!!」
激昂するアキームに対し、我慢できなくなったのか、エトワールが前に歩み出る。
「もうおよしなさい。みっともない。あなたには失望しましたわ。まともな反論もないということは図星なんでしょう?」
「な、なんだと小娘!貴様もこの私に向かって大口を…。」
アキームはエトワールの顔すら知らないようだった。
「アキーム殿。王女殿下の御前ですよ?」
激昂していても、この言葉は無視できるものではなかったようだ。
「はぁ?殿下?ルーシア殿、一体何を…。」
エトワールは心底呆れたように、深い溜息をついたのだった。
ある程度の情報を集めたサブナクは、宿に戻り、状況を整理する。
「黒鋼騎士のしょぼさの原因は分かった。」
ランゼルフ侯爵の提唱した、数年前から実施されている新しい訓練法によるものだ。
その訓練法は、ゆとり訓練と称され、訓練内容を耳にしたサブナクも流石に閉口してしまった。
黒鋼騎士団では差別や格差といった不平等を撤廃し、それぞれの短所ではなく長所の育成に重点を置いた訓練。
そんな名目で、【個性を育てる黒鋼騎士団】というスローガンを掲げて実行してきたらしい。
順位という結果のでる訓練では全員が一番となる。当然模擬戦闘でも敗者はいない。
酷い部隊になると、部隊員全員が部隊長らしい。
「私が何かしなくとも勝手に弱体化してくれていたようだ。」
この訓練で育てられた若い騎士達は、ゆとり騎士と呼ばれているそうだ。
しかし、ゆとり騎士は決して弱い訳ではない。騎士団の平均レベルはむしろ上昇傾向にすらある。
ただ、サブナクが情報源としたベテランの騎士に言わせれば、
確かにゆとり騎士の中にも優秀な騎士がいるのは認めるところだそうだ。
「できる奴は本当にできるんだ。将来が楽しみな奴、つい期待してしまう奴。確かにいるんだ。」
が、駄目な奴は本当に駄目。もうどうしようもないらしい。
「駄目な奴を見てると、こいつにはつける薬がない。好きにすればいい。もう知らねぇ。そう思っちまう。」
なまじ平均レベルが上がっている為、訓練内容に異を唱えるのも難しい。
「上の連中はあったかい部屋で眺める書類に書かれた数字でしか物事を見ないからな。」
そんな状況のようだった。
サブナクが最後に騎士に問いかけた内容は、仮定の質問。
「もし、もしもだよ?白銀帝国が攻めてきたとしたら、ここは耐えられるのかい?」
「厳しいな。力はあっても心がな。戦争に適していないと思う。」
「そうか。心配だな。」
そう言いながらもサブナクは内心ほくそ笑んでいた。
黒鋼騎士団は勝手に自滅する。それに加えて情報収集の過程で、多くの騎士に熱病を付与することに成功していた。
さらには、アムドシア要塞に運び込まれる食糧にも病魔を付与してある。
うまくいけば熱病に侵される騎士は大幅に増加することだろう。
念の為、熱病付与は継続する予定だが、まず間違いなくこちらの任務は成功だと考えていた。
そしてサブナクは残された問題の解決に着手する。
都市の四方を守る騎士団はどうやって病魔を跳ね返しているのか?
さらなる情報収集の為、サブナクは宿を出て街を歩く。
その姿を目撃し、思い悩む男がいたことにサブナクは気付かなかった。
「あれ?あいつどこかで…。」
その男は護衛任務のついでに道標を設置しにやってきた、ビフレスト商会のメンバーだった。
キィィン!
金属音が山賊のアジト内に響き、切断された格子がカラカラと音を立て床を転がる。
セロが白雷で鉄格子を切り落としたのだ。
「どこへなりととんずらするといい。」
冷たく言い放つセロに、アキームは怒ることもなく笑顔で近づいて来る。
「私をエッフェ・バルテまで連れて行って下さいませんかな?私は魔獣に脅える住民を救わねばならない。」
皆が盛大に溜息をつく。
「俺らと一緒に街に戻って、助けを呼んできたぞ。とでも言うつもりなのか?そしてまた住民の財を毟り取る暮らしに戻ると?」
セロはルーシアに意見を求める。
「エッフェ・バルテの防衛はブランギルス伯爵家に与えられた責務です。それを放棄して逃亡することは立派な罪となるでしょう。」
「それって重い罪?廃棄場送り?それとも極刑?」
セロの言う廃棄場送りとは地下の安全なルートを通っての廃棄場送りだ。ヨハン等の咎人がこれにあたる。
そして極刑とは、メリルと同様に壁から密林にただ放り出される事実上の処刑と同等の刑罰。
「おそらく数年間から長ければ十年程度、監獄での労役となるでしょうか。」
「監獄だと!?冗談じゃない!私が何をしたと言うんだ!!」
「何もせずにとんずらこくのが駄目なんだろ?税を払う側の者が街で頑張ってるのに税を取る側が逃げ出すってのが罪なんだよ。」
セロは放置するつもりだったのだが、エトワールはエッフェ・バルテの衛兵に引き渡すように頼み込む。
「セロ様、どうかお願いしますわ。この者に更生の機会を。」
「わかったよ。エトワールは優しいね。」
妙な真似をしないよう拘束された状態で連行されていくアキーム。
そして洞窟を出て、皆と合流する。
「なんだ?この悪者は?なんかしょぼんとしてるな?」
メイサに抱っこされているナナはアキームの様子が気になるようだ。
それは外で待っていた皆も同様だったようなので、一通り事情を説明する。
「みんなを置いて逃げた?なんてダメな奴なんだこいつは!」
ナナもアキームの行動に呆れているようだ。
アキームはひたすら下を見て黙りこくっている。
(この私が監獄行きだと!認められるか!何か打開策を考えねばこのままでは…。)
「セロさん、今ちょっといいっすか?」
セロに通信だ。城塞都市ラムドウルに出立した商会員からのようだった。
「無事、道標の設置は完了したんですが、気になる男を見かけまして…。」
その男が王都から逃亡した大司教サブナクであることはすぐに分かった。
セロは素早く考える。とりあえず確保して情報を入手しておきたいが、エッフェ・バルテの方も無視できない。
チームを二手に分ける。
セロがそんな決定を下すまでにさして時間はかからなかった。
「よし、別れるか。ロッテ、ちょっと相談があるんだけど、いいかな?」
あっさりと結論を出したセロはロッテに声をかける。
「はい、何でしょうか?私にできることでしたら。」
相談の内容は、チームを二つに分ける。ということだった。
セロを中心とする移動班は、エッフェ・バルテへの移動とアキームの連行を担当する。
メンバーはセロ、エトワール、ルーシア、ジェイ、メイサ。
ロッテはラムドウルへと移動して、サブナクを確保する。
探知要員としてジル。荒事担当としてナナとアランが同行する。
「セロさん、私にはそんな力は…。」
自信なさそうに俯くロッテ。セロはそれに対し首を横に振る。
「皆を指揮し、指示を出す人間が必要だ。ルーシアさんにはアキームを見てもらう。となるとロッテにしか頼めない。」
最近のロッテが元気なさそうだったのは、自信をなくしているからではないかとセロは考えていた。
だからこそ、何かしらの役目を与えて、成果を得て元気になって貰おうと思ったのだ。
「ナナ、俺は一緒に行けないからロッテの言うことをちゃんと聞くんだよ?」
「わかった!」
ロッテ達四人はこっそりと転移で城塞都市ラムドウルへと移動していった。
それを見送った後、セロ達もまたエッフェ・バルテへと移動を開始する。
「あれ?ナナちゃん達がいないよ?」
ジェイのそんな質問には、
「あぁ、ナナ達には別の仕事を頼んだんだ。後で合流するから大丈夫。」
そんな返答を返して、セロは魔導車を発進させた。