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フヨフヨ  作者: 猫田一誠
06 辺境
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033 逃走

王国西部、辺境都市近くの山岳地帯のとある場所では山賊達による宴が開かれていた。


そこは周囲を高い崖に囲まれていて、外からは中の様子を窺うことはできない。


「今日も戦果は上々だな!!」

「今はいくら奪っても討伐隊が派遣されることはねぇ。」

「まったく、笑いが止まらねぇぜ!」


辺境へと向かう商隊を襲い、奪い取った戦利品は膨大だった。

彼らは山となったお宝の前で大いに盛り上がっていた。


両面宿儺の王都襲撃以来、王都からの治安維持戦力はほとんど回ってこない。

そして森の魔獣達の襲撃が活発化している為、辺境都市の戦力はそちらに釘付け。


いずれは治安も回復するだろうからと、山賊達はチャンスを最大に生かすべく行動していたのだった。



そんな山賊達の宴の中、走り回る一人の少年がいた。


少年の名はジェイ。2年程前に略奪された馬車にいた子供を山賊達が下働きとしてこき使っているのだ。

当然、ジェイは山賊達への憎しみや恨みを忘れたことなどない。


いずれは、とは思っているが、今はまだ無理だ。今の自分では到底、山賊討伐など不可能。

まだ10歳のジェイは無力な自分をよくわかっていた。


「ジェイ!こっちに酒だ!!」

「はい!すぐにお持ちいたします!」


「ジェイ!つまみが切れたぞ!!」

「はい!!」


「さっさとしねぇか!このウスノロがぁ!!」


山賊に蹴られるジェイ。


そんなジェイの様子を、山賊の頭に侍る一人の少女が悲しい瞳で見つめていた。

ジェイの姉、名をメイサ。年齢は16。ジェイの身の安全を条件に、毎晩のように山賊の頭の寝床に連れ去られていた少女だ。



やがて宴も終わり、へとへとになったジェイは天然の洞窟を利用したアジトの一室にある自分の寝床に戻る。


同室の姉の寝床には誰もいない。ジェイの心にドス黒い何かが沸き上がる。

これはもはや、ジェイにとっての毎日の儀式のようなものだ。2年の月日も、これを変えることはできなかった。


いつか、いつの日かあいつらを。ジェイは寝床に横になり憎しみを募らせていた。



深夜になり、近くの小川で体を洗ってから、姉が部屋に戻ってくる。


「姉ちゃん!!」


ジェイはメイサに抱き着き、嗚咽を洩らす。


「ジェイ、まだ寝てなかったの?お姉ちゃんは大丈夫だからっていつも言ってるでしょう?」

「でも…、でも…。」


やがて落ち着きを見せたジェイは、寝床に横になったメイサにしがみついている。


「姉ちゃん、俺、あいつら殺してやりたい…。」

「ダメよ?かないっこないんだから。今は我慢してね?頑張って我慢してたらいつかきっと…。」



そのいつかは目前にせまっているかもしれない。メイサはそう思っていた。


「ねぇ、ジェイ。これを見て?」


メイサがジェイに見せた紙切れ。

それにはビフレスト商会のニュースが記されていた。


「勇者?筆頭術士?これって…。」

「ね?すごいでしょ?二人は私よりも年下なんだって。術士さんの方は8歳。ジェイよりも小さいんだよ?」


「俺より小さい女の子が…なのに俺は…。」


ジェイは涙を流していた。


「あぁっ!ジェイ、ごめんね?お姉ちゃん、ジェイを勇気づけようって思って…。」


「姉ちゃん、ここから逃げよう。」

「え…?そんな、無理よ。私達の足じゃ…。それに見張りだっているのよ?」

「でも…、俺もういやなんだ。こんな生活…。奴隷みたいだ…。」


メイサはジェイをきつく抱きしめる。


「もう少しだけ、もう少しだけ我慢しよう?記事に出てたんだよ?ビフレスト商会は各地に支店を出すって。」

「それって…。」


「うん。きっと辺境にもやってきて下さるわ。だからもう少しだけ。ね?ジェイ。」

「わかったよ。姉ちゃん。」


メイサはジェイににっこりと微笑むと、すやすやと寝息をたて始めた。

ジェイはそんな姉の寝顔を見ながら呟いた。



「勇者様、助けて…。」




王都から辺境都市エッフェ・バルテへと延びる街道の途中にある宿場町。


ここに一人の行商人が足止めをくらっていた。安宿の一階、小さな酒場で安酒をあおる。


「なぁ、商人さん、いつまでここに滞在する気だ?この先の山岳地帯にいる山賊ってそんなにやばいのか?」


質問したのはビフレスト商会の男。

行商人の護衛の任につくと同時に、道標を辺境都市に設置するべく同行していたのだった。


「らしいですね、大勢の商人が身ぐるみはがされてこちらに逃げ帰って来ています。」

「地形上、迂回もできませんし。辺境都市からの討伐隊の派遣を待つしかありません。」

「護衛、増やそうか?援軍なら呼べるが?」


行商人は首を横に振る。どうやら資金が足りない、ということらしかった。


「すみません、ビフレスト商会さんの護衛である貴方の実力は疑っていないのです。」


頭を下げる行商人。


「ただ、お一人では複数の襲撃には対応できない可能性があるかと思って。」


その言葉の内容を思案して護衛の男は頷く。


「そうだなぁ。山賊程度に負ける気はしないが、積荷や商人さんの方はどうだろうなぁ?」


護衛の発言としてはどうなのかと思われるセリフを堂々と言い放つ商会の男。


「でもこのままここに足止めされているのも頂けない。学院が終わるくらいの時間に若頭に相談してみるか?」

「え?でも資金が…。」

「相談くらいならいいだろう?セロさんだって俺らが辺境都市に行かないと困るんだし。」




海都、ビフレスト商会の2号店では、コーラン、ミューズ、オットーの三人が働いているところだった。


商品を棚に並べたり、店内を清掃したりと忙しく動き回っている。

店内の目立つ場所にはマリアス侯爵家のメダルが掲げられ、その周りには大勢の客が詰めかけていた。


「ありがとうございました!!」


ミューズは元気な声で接客に勤しむ。


「へい!らっしゃい!!」


オットーもまた、来客を元気にもてなす。



「こんにちは、お邪魔するよ。」

「こん、にちは…。」


来客はマリアス侯爵とレインだった。


「あの…ナナ、ちゃん。います…か?」


レインの問いかけに、オットーは笑顔で応える。


「ミューズ、レインが遊びに来たってナナに連絡してくれ!」

「はいはい。」


コーランとミューズ、オットーには商会員標準装備が支給されている。当然、通信も可能だ。


「ナナ、ミューズだけど。」

「ん?チョップか、どうしたんだ?」


今確かにミューズって名乗ったわよね?そんな心の声が皆にも通じるくらいにしょぼんとするミューズ。

そうしながらも、通信具の音量を上げ、店内に皆にも声が聞こえるようにして発信側をレインに。


「ナナ、ちゃん。遊ぼう?」


「むっ?レインか?あたしと遊びたいのか?」

「うん。」

「わかった!!すぐ行くな!!!」


そのまま受信側からは向こうの声が聞こえる。


「ナナちゃん!?授業中だよ!?」

「そうですわ!何を考えていますの!?」

「勉強はイヤだ!!!」

「そんなことだからいまだに掛け算と割り算ができないのですわ!!」

「算数はもっとイヤだ!!!」


そんなやり取りを耳にした海都側では、ミューズが顔をあげて笑顔を見せる。


「相変わらず元気みたいね。」



やがて店の奥が騒がしくなり、ドタドタと足音がする。


「レイン!あたし来たぞ!!」


扉を開けて出てきたのはナナだった。


「ナナ、ちゃん。」


笑顔でナナを迎えるレイン。


ナナの背後からは、いつもの日冒部の面々がぞろぞろと出てくる。結局皆ついてきたのだった。


「今日は何をやるんだ?」

「これ…。」


レインは一枚のビラをナナに見せる。



【南海フィッシングツアー!新鮮な海の幸が食べ放題!!】



「なっ!なにい!!食べ放題…だと!?」


「えへへ。」


予想通りの反応を見せるナナに笑顔で頷くレイン。


「しんせんってのはなんだ!?うまいってことか!!?」


「うん、うん。」

「すぐ行こう!すぐ食べよう!!」


瞳を輝かせるナナはレインの手を引いて店を飛び出そうとしている。


「ロッテ、このフィッシングツアーってのは?」

「きっと海で釣りをして釣れたお魚をその場でいただくということなのではないでしょうか?」


「へぇ、俺、釣りって初めてだ。面白そうだな。」


セロも興味を抱いたようだ。


「それならセロ!俺と釣り勝負だ!」


アランもまた、やる気になっている。


一行は海の幸を求めて移動していった。



「ミューズさん、皆さんは釣りは初心者です。同行してガイドしてあげて下さい。」

「あ~、そうだな。商会のお嬢さん方を案内して楽しませるのも立派な仕事だな。」


「え?いいの?店長。オットーも…。」


コーランとオットーはミューズを笑顔で送り出す。


「ありがとう!二人とも!行ってくるね!!」



ミューズは皆を追って走り出して行った。




その頃、廃棄場地下。


楽園と呼ばれるエリアのとある一室にてエイワスは目覚めた。


「どこだ?ここは…。」


「お目覚めのようね?」


声をかけてきたのは黒いローブの女。その隣に白衣を着た仮面の男。


「誰だ?俺を助けてくれたのか?」


「助けるかどうかはこれからのあなたの返答次第です。」


こちらの言葉は仮面の男からだ。


「初めまして、私の名はヴォロス。あなたにはこれから、我々の手足となって働いてもらいます。」

「そうね、工作員。とでも言えばいいかしら?」


「断ることはできないんだろう?」


エイワスは自分に選択肢が残されていないことを確信していた。


「その時は海都に送り返してあげましょうか?」

「そうなると極刑でしょ?ならどうせ死ぬわ。面倒だから首をはねてしまいましょうか。」


ローブの女から漏れ出す威圧に、震えあがるエイワス。


「ま、待ってくれ。あんた達に忠誠を誓う!殺さないでくれ!」


「その言葉が真実であれば、あなたの生命は守られます。新たな力も得られ、復讐の機会もあるやもしれませんよ?」


そう言った仮面の男が手にしているのは注射器だ。中には虹色の液体が見える。

ごくり、と唾を飲み込むエイワス。



そしてその薬液を注入され、エイワスが酔いにまどろんでいる頃、

一人の人物が部屋に入ってきた。黄色のローブにフードをすっぽりと被り顔を隠している。

露出している肌はローブと同じく黄色。人ではないのか?エイワスはそんなことを考えていた。


「ヴォロス殿。こやつがそうなのですか?」

「えぇ、そうです。ジードル君、あなたの同僚、ということになりますね。」

「失礼だが、見たところ何の力も持たないように思えるのだが…。」


「クフフフ…。ジードル君、彼は力はなくとも別の物は持っています。あなたと同様ね。」

「ヴォロス殿、それは一体…?」


ヴォロスはジードルの方を向くと、説明を始めた。


「おそらく簒奪者は私と同様、特別な眼を持っています。それは鑑定に加え、対象の恩恵を事細かに分析する力。」

「そうなの?よくそんなことわかったわね?ヴォロス。」

「目を持っているのはおそらく妹の方。ナナです。つまり簒奪者はセロではなくナナ。となる。」


「ナナだと!!?奴が簒奪者!?」


ジードルが激昂する。


「落ち着きなさい、ジードル。話の途中よ?」

「す、済まない魔女殿。つい興奮してしまったようだ。」


「私は鑑定を阻害してはいますが、彼女は阻害されつつも私の中の恩恵を感じたのでしょうね。だから私を恐れた。」


ジードルは沈黙したままヴォロスの言葉を待っている。


「簒奪者同様、特別な眼を持つ私だからこそ、それを確信するに至ったのかも知れませんね。」

「私はあなたならそうでなくとも看破していたと思うけど?」

「クフフ。ありがとう魔女殿。…で。話を戻しますが、私がジードル君やエイワス君を選定した理由。でしたね。」


魔女は静観し、ジードルは頷く。


「見えるんですよ。私には。鑑定に現れることのない輝きが。お二人の魂から放たれる黒い輝き。それが選定の理由です。」

「黒い輝き?」

「心の強さとでも言えばよいでしょうか。恩恵などはどうにでもできます。私の手足となる者にはこれが絶対に不可欠なのです。」


このあたりでエイワスの酔いが醒めていく。


「馴染んできたようですね。次はこれをお飲みなさい。」


ヴォロスから渡された小瓶の中には、虹色に輝くドロリとした液体。

エイワスはぐっと目を閉じると、一息にそれを飲み干した。



しばしの時が経過し、エイワスは渡された鑑定板で自身を見る。



エイワス(虹鬼)


レベル 93


恩恵 隷属魔法:人間


技能 隷属術:人間:単体


効果 虹化



「どうですか?貴方自身がシロガミを上回る力を手に入れた気分は。」


ヴォロスは鑑定結果を確認した目の前の藍色の鬼に感想を尋ねる。


「これが…俺?」

「ちなみに言っておきますが、私は人間です。隷属させてみますか?」


エイワスを挑発するヴォロス。

そうした場合、横の魔女がどういった行動を見せるかは明らかだ。


「冗談でしょう?俺はあなたの部下だ。ヴォロス殿、とお呼びすればよろしいか?」

「えぇ、結構です。」


返答に満足したヴォロスは二人の鬼に向かって告げた。


「これは少々、二人には酷かもしれませんが、大事なことなので言っておきます。」


鬼達は真剣な表情で聞く。


「簒奪者、セロとナナの殺害を禁じます。これは絶対であると思って下さい。」

「そ、そんな!ヴォロス殿!それでは復讐が!!」


「痛めつけ、苦しめるのは構いませんよ。ですが命だけは奪ってはなりません。」


鬼達は複雑そうな表情だ。そんな彼らにヴォロスは言う。


「それによいのですか?殺してしまっては終わりですよ?楽にしてやるのはつまらないのではないですか?」

「確かに…。」


納得した様子の鬼達。

ヴォロスは次に魔女に視線を向ける。


「魔女殿にもお願いがあります。」

「なぁに?ヴォロス。」


「これを最高幹部達にも告げ、もしもそれに反して二人を殺害しようとする者がいれば消して下さい。」

「彼らであっても、ということね。わかったわ。」


この言葉にはジードルも驚きの表情を見せていた。

最高幹部となれば、組織内の序列において目の前のヴォロスや魔女と同格。

そんな者達でも許されない絶対の禁忌ということだ。


「時には彼らを守ってやる必要すらあるかもしれません。これは魔女殿にしか頼めませんね。」

「あら?私は嬉しいけど?またあのおチビちゃんと遊べるんだもの。」


フードで顔は見えないが、魔女は笑っているようだった。




そしてそのおチビちゃん一行は、南海の海上にいた。


幸運付与を使用しての爆釣を楽しんでいた最中だ。


「ヒャッハー!!今度のお魚はなかなかパワーがありやがるぜぇ!!」


ナナの持つ釣竿は大きくしなっている。


「ナナちゃん、大丈夫?また海に飛んで行ったりしないでね?」

「ジル!このお魚は強敵だ!!あたしを抱っこして支えるんだ!!」

「う、うん。わかった!」


言われた通りにナナの背後から抱き着くジル。


「レインはまた釣竿が飛んでいかないようにあたしの手を握るんだ!!」

「うん、うん。」


レインは頷きを返してナナの隣へ。そして手を握る。


「大物がかかったの?」


セロは様子が気になって見に来たようだ。ロッテとミューズも一緒についてきている。


そしてしばらくの格闘の後、海面に獲物が上がってくる。

体長2メートル近い蛸だった。


「ぎゃあ!!ウネウネ!!!」


思わず釣竿を手放すナナ。そしてすかさず釣竿をキャッチするセロ。


「あぶないよ?ナナ。せっかく釣れたのに。」

「兄ちゃん、でもウネウネだぞ?お魚じゃない。」

「ナナ、ちゃん。タコ、美味しい。」


レインがナナに蛸は食用であると教える。


「ウネウネなのにうまいのか?兄ちゃん!こないだのでかい奴食べればよかった!!」


海都を襲った暴蛸のことを言っているらしい。


「あれはちょっと…。」


セロは苦笑しながら、巨大な玉網を使用して蛸を捕獲している。

そしてそれは甲板の大きなタライに載せられた。


「キモい!こいつキモい!レイン、本当にこいつうまいのか?キモいのにうまいのか?」

「うん。うん。」


レインは笑顔で頷いている。


「これはまた大きいのがかかったもんじゃのぅ。」


騒ぎを聞きつけ、やってきたマリアス侯爵はそのまま船員に蛸の調理を依頼している。


「うまいのか?本当にうまいのか?」


ナナはまだ疑惑の念に駆られている様だ。


やがて船上のテーブルに沢山の蛸料理が並び、ナナの隣のレインがそれを口に運ぶ。


「おい、しい。よ。」


もむもむと口を動かしながらナナににこりと微笑む。


「あたしも!あたしも食べてみる!!」


そして蛸のマリネをぱくりと頬張る。


「ウネウネなのになんかコリコリ!?なんだこいつは!?」


ナナは初めて食べる蛸の食感に衝撃を受ける。


「んむ。キモいけどうまい。」


色々な蛸料理に次々と手を出していた。




釣っては食べ、釣っては食べ。

皆が満腹になった頃、楽しい時間も終わり、船が帰港する。


海の幸に満足した一行は、海都の皆に別れを告げて王都へと帰還した。




ビフレスト商会本店へと戻ってきたセロに通信が入る。


「セロさん、ちょっといいですか?辺境方面で困ったことが起きてまして…。」


内容は、辺境都市手前の山岳地帯についてのものだった。



通信を終わらせたセロは皆に告げる。


「みんな、今日からの冒険先が決まったよ。辺境都市だ。」

「辺境都市で何かあったんですか?」


ロッテは通信の内容が気になっているようだった。


セロは簡単に山岳地帯の状況を説明する。


「食後の運動に山賊退治といこう。」


「腕がなりますわ!!」

「俺もやるぜ!」


アランとエトワールはやる気だ。


「あの…セロさん、私達授業の途中だったんじゃ…。」

「ジル、世の中には算数より大切なことがあるんだ。」


ジルの常識的なコメント。

ナナは勉強よりも山賊退治に行きたいようだ。


「今から学院に戻ってもあんまり時間もないし、いいんじゃない?それにほら、一応人助けだし。」



こうして、日冒部の次の活動が決定した。




王国西部、とある宿場町。


ビフレスト商会の護衛が付き添っている行商人と合流したセロ達は、詳しい話を聞いて活動内容を吟味する。


「泊まりになるのも面倒だから、俺らだけでさっと行って、さっと山賊片付けるか?」


山岳地帯さえ越えればエッフェ・バルテは目の前。馬車で移動してもここから1日程度の位置だ。


「兄ちゃんの魔導車ならすぐだな!悪者やっつけて、そのまま街に行こう!そんで街で遊んでから帰ろう!」



魔導車は辺境都市へ向けて走り出して行った。


「今の少年がセロさんですか?勇者の称号をお持ちの?」

「あぁ、そうだ。ナナも一緒なんだ。もう山賊は終わりだよ。俺らはただ連絡を待てばいい。」


一行を見送った行商人と護衛は、会話しながら安宿に戻って行った。



魔導車は山道をひた走る。左右には大小様々な岩山が続いている。


「ジル、山賊が探知にかかったら教えて。」

「はい!…っていました!山中に人がいます!」

「はえぇな!?近いのか!?」


アランは暴れたくてウズウズしているようだ。少し落ち着きがない。


「かなり離れています。二人だけですね。」

「斥侯かな?こいつらシメてアジトに案内させるか。」


幸先よく目標を発見し、上機嫌なセロは探知した二人へ向け、魔導車の速度を上げた。




時は少し戻り、山賊のアジト。洞窟内の一室でジェイとメイサは真剣に話し合っていた。


「次に奴らが略奪に出た後、逃げ道から脱出しよう!」

「でも、そこにも見張りがいるはずよ!?」


逃げ道、というのは万が一の為の脱出口だ。いざとなったらそこから逃亡する為に用意された抜け道である。

2年もの間、山賊に囚われていた二人は、倉庫の木箱の裏に巧妙に隠された通路から人が出入りする所を何度も目撃している。


「一人だけだ!そいつさえ何とかすれば逃げられる!俺が何としても…。」

「やめてジェイ!お願い、危ないことはやめよう?ね?」


「姉ちゃん、今は山賊達も稼ぎ時だからってほとんどが出払う。洞窟内の見張りは一人だけ。俺達にとってもチャンスなんだ。」

「でも…もしもジェイになにかあったらって考えると…。」


姉を納得させる為、ジェイは必死に考える。勝算のありそうな脱出法を。


「倉庫の向かいにある資材置き場に火を点けるんだ。見張りが気を取られてる隙に逃げ道に飛び込もう!」


懸命に作戦を考え、メイサを説得するジェイ。


最後にはメイサも折れたようだった。ジェイに頷くメイサ。

そして、ぶっつけではあるが生き残るためにと二人は脱出作戦を練っていく。



山賊達のほとんどが略奪へ出向いた頃、二人は慎重に通路を移動し、目的の資材置き場に辿り着く。

どうやら見張りは倉庫の中のようだ。


音をたてないよう資材置き場の扉を開け、中に入る。そしてまず、水を頭から被った。


ジェイは辺りを見渡し、脱出時に使えそうな物を見繕う。油の入った瓶。松明。ロープ。

メイサは高く積み上げられた木箱に油をかけている。

そのまま床にも油をこぼし、木箱に火を点け二人は部屋を出る。

資材置き場の扉と、倉庫の扉にも油をかけて、二人は洞窟の入口側ではなく、奥側に身をひそめる。


炎が油をつたい、倉庫の扉へと燃え移る。


即座に倉庫から飛び出してくる見張り。目の前は火の海だ。


「うおっ!なんだこりゃあ!!?とにかく助けを呼ばねぇと!!」


見張りは外にいる仲間を呼ぶため、入口へと走る。



姉弟はお互いに頷き合うと、倉庫へと走った。

追手を防ぐ為、ジェイは松明に火を移し、倉庫に油瓶と松明を投げた後、メイサと共に隠し通路へ入る。


「急げ!急げ!姉ちゃん!!」

「う、うん!わかったわ!」


無我夢中で通路を走り抜け、やがて外に辿り着く二人。


「ジェイ、ここは?エッフェ・バルテはどっち?」

「わからない。でもここにいたら捕まる!とにかく走らなきゃ!」


二人はただ闇雲に走り出していた。



そして火事となったアジトでは、数人の見張りが大騒ぎしている。


「火が消えねぇ!油が燃えてやがるぞ!?」

「おい!ガキ二人がいねぇぞ!!逃げやがった!!」

「てことはまさかあのガキらがこれを!?」


真相に気付いた山賊は、激しい怒りを見せる。


「クソガキがぁ!!おい!一人上に行って合図だ!皆を呼び戻せ!!」

「俺らはこの火をどうにかするぞ!!!」



騒ぎはアジト内の牢獄にも届いていた。


「おやおや、誰かうまいこと逃げだしたみたいだな。なんで俺も誘ってくれないかな…。」


ぼやいている男は数日前に山賊に捕らえられた貴族だった。


薄汚れてはいたが、貴族らしい身なりに小さな口ひげ。

虜囚の身でありながらどこか余裕がある。その理由は、この男の身分にあった。


同行していた者は皆殺しにされたが、この男だけは生かされた。


「こいつには使い道がある。」


そう言った山賊の頭の言葉に反論する者はいなかった。

何故ならこの男、辺境都市の太守であるブランギルス辺境伯の長男、アキームである。


辺境都市に対しての人質としておおいに利用価値があった。


「さてと。俺は一体どうなるのかねぇ…?」




魔導車で曲がりくねった山道を進む一行は、先程探知した二人にかなり接近していた。


「ジル、二人はどんな感じ?」


「真っ直ぐこちらに向かってきています。魔導車も視認できる距離ですし。それにどうやら追われているみたいです。」


セロは山道の広くなっているところで魔導車を停車させる。


「俺、追われてる二人を迎えに行ってくるから、皆はここで待ってて。」


そう言うなりセロは、人間離れした動きで岩山を飛び越え、そのまま噴射で移動していった。



残されたメンバーはルーシアとアランを前衛に、ジルとエトワールを後衛に。

ロッテとナナは最後尾だ。


「ロッテは親分が守ってやるからな!」

「あ、ありがとうございます、親分。」


少し元気がないロッテだった。



「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。」

「ジェイ!もう少しよ!頑張って!」


すぐ後ろには先行して追撃に出ていた数人の山賊達がせまっている。


「待ちやがれ!ガキ共!ぶっ殺してやる!!」


捕まれば殺される。二人は必死に走るが、じわじわと差がつまっていく。



疲れ切っているジェイが足元の石に躓き、派手に転倒する。


「ジェイ!!」


メイサは倒れたジェイを庇う。

二人はすでに山賊達に包囲されていた。


殺意に染まる山賊達の凶悪な顔が視界に映る。もはや逃げ場はない。ジェイは生存を諦めた。


「姉ちゃん、ごめん…。」

「ジェイ…。」


手を握り合う二人の元にセロが舞い降りたのはそんな時だった。


「お?生きてたか。よかった。間に合わなかったら俺の登場が微妙な感じになってたからなぁ。」


「え?誰?」


二人も突然のセロの来訪に反応に困っている。


「誰だてめえは!!」

「うん、名乗るの無意味だな。」


セロは一人目の海賊の頭上に鉄球を生成する。


ゴスッ!


最初の山賊が倒れ伏すと同時に、二人目が怒鳴る。


「てめえ!何しやが…。」

「時間の無駄だ。」


二人目の海賊はセリフを言い終わる前に巻き付いてきた鋼線からの電撃にて失神した。


「やっぱりこれ便利だな。」


あっけにとられる姉弟。そして自分の術に満足そうなセロ。


「ひいぃぃい!!」


最後の山賊は恐怖に尻もちをついて脅えている。


「よっと。」


セロはそんな山賊を完全に無視してジェイとメイサを両脇に抱えてこの場を去って行った。

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