030 海戦
海都の西側の外れ、海に面した切り立った崖の上に白い塔が見える。
その塔は、南海を照らす大灯台。多くの船乗りはこの大灯台の光を辿り海都へと帰還する。
現在は皮肉にも、海賊達を誘引する光となってしまっていた訳だが、そんな大灯台の内部に階段を登る足音が響いている。
大灯台入口傍には小さな小屋があり、その中では灯台守の老人が寝こけている。足音の主は灯台守ではない。
やがて、大灯台の最上階に小さな人影が姿を見せる。
光に照らされたその顔は、ベリス・ローランドのもの。
ベリスは大灯台の屋上で、虹色に輝く液体の入った瓶を床に置く。
「ヴォロス様は浄化済だって言ってたけど、念のためだ。」
浄化灯の光を液体に照射するベリス。
しかし、その液体の虹色の輝きは変わらない。おそらく濃度が高すぎるのであろう。
「毒性は失われたはずだ。」
そう呟いたベリスは瓶のフタを開けると、それを放置してどこかへと去って行った。
そして、灯台の光も届かない、はるか遠くの海に巨大な影があった。
この海域は、現在天候が悪く、上空は雲に覆われ薄暗い。強風に加えて、雨も降っている。嵐だ。
嵐の中、荒れ狂う海面が持ち上がり、その姿を晒すのはありえない巨体を誇る蛸だった。
このあたりの生物を根こそぎ喰らいつくした暴蛸は海面から覗かせた目で遠くの空を睨む。
暴蛸の視線は真っ直ぐ、海都の方角へと向いている。
知覚できるはずがない距離。しかも濃虹水は浄化されていて、暴蛸の食糧にはなり得ない。
それでも暴蛸は、海都の方角に見慣れた輝きを感じた気がした。
暴蛸はゆっくりと海中に潜る。そして海都へ向けて、泳ぎ始めたのだった。
その頃海都では、食後の一行が浜辺で休息の後、そのままそこで訓練を行っていた。
「午後は狩りじゃなくて、ここで訓練だ。レベルだけじゃなく技術も磨かないとね。」
セロの言葉通り、エトワールとジルは魔術修行。アランはオルガンから武術の手ほどきを受ける。
ナナはセロとロッテに相談しつつ、新しい付与術を練習していた。
残った変態組は、ルーシアの指導の元、泳ぎの練習をしている。
「兄ちゃん、こんな感じでどうだ?」
「うん、いいね。これは諜報活動に使えそうだ。」
ナナが披露したのは付与術:映像。
思い浮かべたイメージを付与した物体に映し出すという効果の術だ。
ナナの手に持った紙には、鼻から上を隠すマスクにワカメのような長髪、上半身は青いチョッキだけ。
そのチョッキからは前面に6個の巻貝がトゲのようにくっついている。
下半身は黒いパンツにロングブーツ。ブーツの踝から上には魚鱗の装飾。
そんな恰好の筋肉男の姿が映し出されていた。どこの変態だ?とセロは思う。
「ナナ、一応聞くけど、この人誰?」
「カイオウマンだ!!海だからな!!あたし海賊にタイマンボンバーやるんだ!!」
ナナはそれを実践する己の姿を夢想しているようだ。
「でへへへへ。」
と、だらしなく笑っている。
「ナナ、次はそのフヨフヨってやつ使って頼むよ。」
セロとナナが手を繋いで映像付与を行う。
そしてセロの持った紙に映し出されたのは城のバルコニーに立つ金髪碧眼のドレス姿の美しい女性だった。
「お、これ変身したロッテだな?そっくりだ。」
「うん、綺麗だったから印象に残ってたんだ。うまくイメージできたよ。ちなみにナナ、こっちが変身前だからね?」
すぐ隣にいる本人は赤くなって俯いている。
「おっちゃんにもやらせてみよう!」
思い立ったナナはオルガンの元へ駆けていく。
「おっちゃん、この紙もって好きなもの思い浮かべるんだ!」
「ほぅ?面白そうだな。」
オルガンは海を見る。変態達が水着姿のルーシアに手を引かれてバタ足をしているところだ。
そして紙に浮かんだのは裸のルーシア。
「ん?ルーシア裸だぞ?なんでだ?」
「ナナよ、俺程になると、服の上からでもこれくらいイメージすることはたやすい。」
「おっちゃんすげぇ!ということはあたしの裸も見えているのか!?」
「ナナの裸は十年後だな。」
会話を聞きつけたルーシアは、悲鳴と共に紙を奪い取り、何故か7人揃ってお説教される変態達だった。
セロの元に戻ったナナに、さらに追加でフヨフヨの行使を頼むセロ。
「ナナ、この映像を空気中に出せる?立体にできればいいな。さらに言うと動かせればベストだ。」
「!!カイオウマンを動かす!?兄ちゃん天才だな!!!」
ロッテにもセロの意図することがわかったようだ。
「たしかにそこまでできれば、いろいろな用途に使えそうですね。」
ナナは虚空に向けて手を動かしている。早速やっているようだ。
「今後の為にも、ナナにはいろんな術を習得させておこうと思ってる。無論、俺も頑張るんだけどね。」
ロッテの前に様々な形状の鋼鉄を生成して見せるセロ。
こちらも順調に成長しているようだった。
真剣に訓練を続けるエトワールとジルの元に、一人のコートを着込んだ人物が近づいていく。
その人物はピンクのくるくる頭。というかエトワールであった。
「はぇ?私がもう一人?なんですの!?」
コート姿のエトワールは本物のエトワールの前に歩み出る。そしてその背後に隠れているナナが両手を横に広げ奇声をあげる。
「URYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!!!」
同時にコート姿のエトワールもナナの動きに同調するかのごとくコートの前面を開き、下着姿を披露する。
「きゃあああああああぁぁぁぁぁぁああぁぁ!!!」
エトワールは映像に重なって必死に暴れるが、スカスカと空振りに終わり、映像はそのままだ。
しかも回転を始めて、皆に下着姿をアピールしている。
「やめて下さいまし!やめて下さいまし!!」
笑い転げるナナは、そのままエトワールに捕獲され、気が付くと7人組と一緒にお説教されていた。
その頃、海都近海では、海賊団黒海蛇と海都護衛船団の戦端が開かれていた。
「こいつら本気か!!」
「応戦だ!応戦しろ!!」
護衛船団の海兵達の怒号が飛び交う。対して黒海蛇の船からは大量に矢が飛んでくる。
黒海蛇はフィッシャーマンズ連合でも最大勢力を誇る。
護衛船団に向けて矢の雨を降らせた後、船をぶつけるかのように接舷し直接乗り移って海兵達に斬りかかる海賊。
「どうしたぁ!?こんなもんか海兵共!!」
「くそっ!数が違いすぎる!このまま各個撃破されてしまっては海都の守りが…」
次々と倒れていく海兵達。
たまらず応援要請の伝書鳩を飛ばす海兵。
襲撃された護衛船の海兵が皆殺しにされた頃、近くにいた別の護衛船に伝書鳩が到着する。
鳩の持った伝書を受け取った海兵がその内容を確認する。
【海賊の襲撃。黒海蛇。敵戦力、大。当方護衛船ブルーメン。近海南西、三つ子岩付近。救援を。】
「大変だ…」
伝達を受けた護衛船は、また別の護衛船へと鳩を飛ばす。
そして、警戒網を構築する殆どの護衛船が黒海蛇討伐に向けて急行するのだった。
南海で勃発した最初の戦闘において、黒海蛇は陽動としては最大級の戦果をあげていた。
黒海蛇を殲滅するべく、続々と護衛船団が終結していく。
「バカ共がわらわらと集まってきやがった!俺らの切り札のことも知らずによぉ!」
いまだ護衛船団の戦力は黒海蛇を下回っている。
戦況は海賊達が優勢だ。しかし、時間が経てば護衛船団の戦力はどんどん増える。
「くっ!おまえたち!!もう諦めろ!!じきに援軍も来る!勝ち目はないぞ!!?」
「てこたぁ、しっかり応援を呼んでくれたってことだろう?もっと呼べよ?死んじまうぞぉ!?」
海兵の言葉に嘘はない。しかし、海賊達は余裕の態度だ。恐れる様子は皆無と言っていい。
「なんでだ…、こいつらおかしいぞ!!」
出航前、親島の浜辺に集められた海賊達は見たのだ。自分達に敗北はない。そう確信させる光景を。
海賊達はその時の心躍る出来事を思い出す。
連合の頭であるネプト船長とその参謀フィドルは海賊達の前で宣言した。
「皆さん、此度の略奪において我らの敗北はありえません。その根拠をお見せします。ネプト船長、号令を。」
頷いたネプトは、海に向かって叫ぶ。
「シロ!!!姿を見せろ!!!!」
なんのことか分からず騒めく海賊達に、フィドルが叫ぶ。
「皆!!海を見なさい!!!」
その言葉に従い、海を見た海賊達の目に映るのは巨大なヒレ。
かつて自分達を恐怖のどん底に陥れた巨大鮫、シロガミのものだった。
「シ、シロガミだあああ!!!!」
パニックに陥る海賊達。腰を抜かす者までいる。
「お前たち!!落ち着け!!!」
ネプトの号令に、入り江に静寂が帰ってくる。
「シロ!!!飛び跳ねろ!!!!」
その通りに実行するシロガミ。海面を白い鮫の巨体が舞う。
「船長の言うことを聞いた!?マジか!!あの化け物を手なずけたってのか!!!」
先程までの静寂が嘘だったかのように大歓声が響き渡る入り江。
「見たでしょう!あの怪物の力があれば、我らの勝利は確実!そして狙うは海都そのもの!!根こそぎ奪いつくすのです!!!」
フィドルの宣言に海賊達は雄叫びでもって応えた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
そして現在、陽動を成功させた黒海蛇の働きで、海都の警戒網は機能不全を起こしていた。
フィッシャーマンズ連合の主戦力は、堂々と海上を進み、その進路は海都へと真っ直ぐ向かっていた。
一方、陽動の立役者、黒海蛇の船団は護衛船団に包囲されていた。戦力は完全に護衛船団が上回っている。
「お前たちの抵抗もここまでだ!大人しく縄につけ!!」
護衛船から最終勧告のようだ。黒海蛇からは光を使った合図が飛ばされている。
海兵達は、援軍でもいるのかと辺りを見渡すが、遠くに一隻の船が見えるだけ。
護衛船の一隻に遠方の船の拿捕を命じるが、すべては遅すぎた。
そしてその様子を望遠鏡で確認していたキースがフィドルに合図を伝える。
「ワレ、ヨウドウ、セイコウセリ。だとよ、船長。」
「フフ…、では狼煙を。護衛船団の最後です。皆で海都を蹂躙しましょうか。」
海中に向けて、命令が発信される。
(シロ、護衛船団を食い散らかせ!目標は白い旗の船だ!!)
ドオォォォォン!
衝撃と轟音、そして護衛船の一隻が横倒しに倒れた。
海に投げ出される海兵達。
「なんだ!?何が起こった!?」
他の護衛船でも混乱が起こっているようだ。
直後、海面を漂う海兵達を巨大な顎が食い散らかしていく。
「シロガミ!!!?」
その姿を初めて目にする海兵達は、それが自分達にどうにかできるものではないと確信する。
ある者は悲鳴をあげてその場から動けず震えあがる。
またある者は船室に飛び込みベッドの下に隠れ、光の女神に祈る。
またある者は絶望し、そのままへたり込んで放心している。
目の前の赤く染まった海と、そこで踊り狂うシロガミを前に、皆、ことごとく心を折られていた。
一隻、また一隻。次々と沈められていく護衛船。
そして海に落ちた海兵達の断末魔の声が響く中、黒海蛇はゆっくりと海域を離脱し、フィドルとの合流を果たしていた。
同時刻、海都では街中から目視できるほどに接近した海賊船団に、街は大騒ぎになっていた。
「海賊だああっ!!海賊がきたぞおおっ!!!」
動転した住民達はそれぞれの家に逃げ込み、鍵をかける。
多少冷静な者は、僅かな荷物を背負い、正門に続く階段へと走る。
悲鳴と怒号が飛び交う中、デュランとアバンが浜辺にいたセロ達の元へ走ってくる。
「セロ君!すぐ出航だ!いけるか!?」
「皆、水着だから。すぐは無理だよ。急いで着替えるからちょっと待って。」
海賊を敵と見なしていないセロは、余裕の態度だった。
「アバンさん、俺らが海賊やっちまうから、みんなを落ち着けて。あと、絶対に海に入らないこと。シロガミが来るからね。」
それを聞いたアバンは驚きつつも了解し、
「わかりました!勇者様もご武運を!!」
そう言い残し、街へと走る。
そして、着替えを済ませた一行、日冒部とルーシア、デュラン、ミューズ。そしてオルガン達7人は船に乗り込む。
マリアス侯爵はすでに乗船しているようだ。
沖に見える海賊船団はかなり接近している。あまり時間はない。
「ナナ、船体に障壁を。爆裂もね。シロガミに体当たりされたら船が沈んじまう。」
「わかった!」
ナナは素直に船底と船体側面に障壁を、そして障壁には爆裂を付与する。
そして全員を強化。準備は整った。出航だ。
船の甲板にて、接敵するまでの僅かな時間でセロは作戦を伝える。
「まず、シロガミ対策だ。海賊とやり合う間に邪魔されるのは困るからね。」
船体に付与した爆裂障壁で船を守る。そして念の為、セロかオルガンのどちらかが常に甲板上にいるようにする。
「これだけ。シロガミとやるのは海賊の後だ。うまく主犯を捕まえられれば命令させて動きを止めれるかもしれないしね。」
セロはミューズを見ると確認する。
「ミューズ、海賊はあれで全部?」
「いいえ、黒海蛇の船団がいないわ!」
「ジル!シロガミの位置は?」
「鮫、レベル70以上。この二点を満たす存在は私の探知範囲にいません!」
「わかった!」
セロはマリアス侯爵に目線を移す。
「じいさん、その黒海蛇、もし無傷かそれに近い状態で参加してくるようなら、確実にシロガミも来る。」
「わかるのかの?セロ君や。」
「たぶん海都の護衛戦力はそいつらとやり合ってる。この海賊達はそれを利用してここに来た。」
「黒海蛇と護衛船団の戦闘の結果次第だけど、いないってことはシロガミは先に護衛船を攻撃しているのかも知れない。」
マリアス侯爵は顔を歪める。護衛船団の者達のことを思っているのだろう。
「で、海賊対策だけど。ナナ、いいかい?」
セロはナナに何か耳打ちしている。
「そんで?そんで?」
ナナも一生懸命指示を聞いているようだ。
「皆、ちょっと俺達出てくる。そのまま船を進めてて。」
ナナを抱っこしたセロが海面を滑っていく。
「セロの奴、何をする気なんだろうな?」
オルガンの疑問に答えを持つ者はいなかった。
高速で海上を移動するセロは、そのまま海賊船団の中央付近に飛び込む。
「なっ、なんだこのガキ!!どこから来やがった!?」
「水面を走ってやがるぞ!?なにもんだ!!?」
接近に気付いた海賊を無視して、次は噴射で直上に飛び上がるセロ。そのまま船団上空で、不動足場に立つ。
その様子は、望遠鏡を使えば海都からでも確認できた。
「おい!海賊共の船の上空に勇者様と筆頭術士ちゃんが浮いてるぞ!!」
「本当だ!!勇者様が来てくれた!!!」
騒ぎは伝達していき、家に閉じこもった住民もおそるおそる外に出てくる。
海都の浜辺には多くの住民達が集まりつつあった。
そして海賊船団上空では、セロがナナに指示を出していた。
「ナナ。変身して海賊船の周りの海、みんな凍らせて船を止めて。」
「ひゅう!まってたぜ兄ちゃん!あたしの出番だな?」
「あぁ。ナナの出番だ。凍らせたら周囲を氷山で囲う。そして一ヶ所だけは入口を開けといて。」
ナナは自分の不動足場に乗って船団直上で変身ポーズをとる。
「へん~~~~~……」
両手を左に伸ばし、くるりと一回転。
「しん!!!!」
回転から戻った時には両手が右に伸びている。
そしてナナの髪が白銀に、周囲の空気は凍り付いて日光に反射して輝きを放つ。
その光景を目にした海都住民は沸き立った。
「すげぇ~~!!筆頭術士ちゃん、変身しやがったぞ!!」
「マジか!!ちょっと俺にも見せてくれ!!」
多くの住民が望遠鏡を使い、戦闘の様子を見守っていた。
「ナナ、下からパンツ丸見えだよ?おいで。」
「はぅ!!そうだった!!兄ちゃん抱っこしてくれ!!」
セロの腕の中に戻ってきたナナは人差し指を海面へと向ける。
「氷~~。…ビーーーーーム!!!!」
冷凍光線を照射された海面は、凄まじい勢いで凍り付く。
海賊船団が氷の島に閉じ込められるのに、さほどの時間はかからなかった。
氷の上で横倒しになった海賊船から、ちらほら海賊が出てくるのが上空から視認できる。
「ナナ、次だ。」
「おうよ!」
氷の島の周囲に永久氷壁がせり上がり、海賊達を包囲する。海都側に入口を残すのも忘れない。
「よし、これでシロガミに邪魔されずに海賊共を叩きのめせるな。」
結果に満足した二人は船へと戻る。
そんな光景を目撃した海都住民のテンションは異様に上がりまくっていた。
氷の島は肉眼でも視認できる大きさだ。
「筆頭術士ちゃんが海賊を氷漬けにしちまった!!!」
海都中で歓声があがる。漁師等、腕っぷしに自信のある者達は海賊討伐に参戦しようと船を出そうとしている者までいる。
そんな住民を、アバン他、衛兵達が必死に押しとどめる。
「駄目だ!!決して海に出るな!!勇者様の指示だぞ!!!」
「俺らだって何かの役に立ちたいんだよ!あんな小さな子が頑張ってるんだ!!」
アバンは首を横に振る。
「なんでだよ!!」
「勇者様はおっしゃったんだ。シロガミが来る。と。」
この言葉に海の男達は動きを止める。
「ほ、本当なのか?アバンさん。」
アバンは肯定し、皆に向けて言った。
「皆の仕事は、万が一勇者様から逃れた海賊が陸に上がってきた時だ!その時は思う存分、タコ殴りにしてやれ!!」
侯爵の船に戻ったセロ達は、仲間達の歓迎を受けていた。ナナは変身したままだ。
「こんなこと考えてやがったのか。でも、いいのか?」
ナナを見ながら問いかけるオルガンに、セロは返答する。
「たぶん、とっくにばれてると思うよ。」
「そうか…」
オルガンが難しい顔をして考えている間に、船は氷の島に接舷する。
「ナナ。次はあれだ。」
「まだあんのか!?」
「フフフ。あたしも使ったことのない術だ。おっちゃん!びびれ!!」
ナナは氷の島の入り口に、召喚術を行使する。出てきたのは氷騎兵。
氷の馬に乗った氷の騎士がわらわらと魔法陣から出てくる。100体程度でセロからストップがかかる。
鑑定した騎兵のレベルはナナと同じ。ナナの現在のレベルは29。十分だと判断した。
100体の氷騎兵が突撃する。
なんか海賊達の悲鳴が聞こえるが放置するセロ。
「おいおい、セロ!俺らの出番がねぇぞ!?」
「大丈夫だよ、アラン。黒海蛇って海賊団が健在らしいから戦力を温存してるんだよ。きっと出番はくる。」
実際、その黒海蛇は氷山を挟んで向こう側に来ていた。
氷壁が仇となり、接近に気付かなかったのだ。
「ジル!黒海蛇って海賊、探知できる?」
この言葉で、その存在が判明した。
「あ…、氷の島の向こう側に!海賊が来てます!」
同時に、伝書鳩が侯爵の元に到着する。内容を確認したマリアス侯爵は肩を落とした。
「セロ君の予想が当たったようじゃ…」
「護衛船団はシロガミに?」
マリアス侯爵は小さく頷く。
「セロさん!氷山の向こうの船団が移動を開始しました!」
「シロガミは!?」
「!います!!移動した船団の向こうを泳いでいます!!」
セロは深呼吸し、幾人かに指示をする。
「ロッテ。ジルと一緒にシロガミの位置を確認して、近くにいる者に通信を。」
「はい!!」
「エトワールとルーシアさんは侯爵の護衛を。」
「はい!」
「わかりましたわ!!」
「やってくる黒海蛇の船団はオルさん達7人で。」
「まかせろ。」
「ナナは俺と一緒に船の守りだよ。」
「わかった!」
皆、緊張した様子でそれぞれの配置につく。
氷の島では、二人の男が騎兵たちの包囲網を破らんとしているところだった。
「なんか二人だけど、騎兵達を突破しそうだな。」
戦場の様子を見ていたセロが言う。
「あの二人、もしこっちまできたらデュランさんとアランに任せていいかな?」
「もちろんだ!!」
「あぁ。任せてくれたまえ。」
ローグリア親子もやる気のようだった。
そのやる気に答えるかのように、二人の男が騎兵達の攻撃をかわし、こちらに突進してくる。
禿頭の巨漢、ガルタスと、黒い海賊服に身を包んだ船団長ネプトである。
「ハゲ頭はレベル33。黒いおっさんはレベル35だ。」
すかさずナナは鑑定したようだ。
こちらの戦力はナナの祝福と身体障壁がかかっている。まず負けることはない。
セロはそう考えて、親子に一言だけ指示する。
「デュランさん、アラン。頼む。」
「おおっ!」
船を戦場にしないように、二人はスパイク付きの靴に履き替えて氷の島に降り立つ。
ガルタスとネプトが到着するのとほぼ同時だった。
睨み合う四人を見下ろし、ナナは船上で思い出したかのように言った。
「しまった!!アランに爆裂パンチ付与っとくんだった!!!」
それが戦闘開始の合図となった。
その間も移動を続けていた黒海蛇。すでにその船団は島を回り、姿を見せていた。
海賊達の雄叫びが聞こえてくる。
最後尾にフィドルの船。ジャックはこちらの船に移っており、フィドルと共に状況を見ていた。
フィドルの船の少し後方にはシロガミ討伐隊の船もいるが、動きはない。
自分の船を視認したミューズは、手摺に乗り出して怒鳴る。
「何やってんのあいつら!!」
討伐隊はミラと共に安全な場所にいて欲しかった。そう考えていたミューズは悔しそうにして怒っていた。
フィドルは望遠鏡で侯爵の船を確認している。そして視認する。艦橋の窓ガラス越しにマリアス侯爵の顔を。
「侯爵が乗ってますね…。キース、老人を捕らえて戦闘を終わらせましょうか。」
「お任せください、船長。」
キースは侯爵の船から視認できない角度から海に飛び込む。
「うぅ~~~~~~!!!うぅう~~!!!」
縛られた状態で艦橋に転がされていたミラが突然騒ぎ出す。フィドルに対して、唸りながら必死に首を振る。
「うるさいガキですね。」
フィドルはミラを蹴り飛ばし、ミラは壁に頭を打ちつけ動かなくなった。
そして氷の島の戦場では、動いているのはもはや4人だけだった。
他の海賊は全員、氷騎兵にやられ戦闘不能の状態になっており、ナナは召喚をすでに解除していた。
「なかなかの腕だが、今一つ。だね。」
元ではあるが王国最強と呼ばれていたデュランは有利に戦闘を進めていた。余裕すらある。
対してアランの方は、地力で上回っているはずが、結構必死だ。
「ドラアァ!!!」
ガルタスが振り回す大槌を必死こいてかわしている。
「こらぁ!!アラン!!だらしないぞ!!!」
ヤジを飛ばすナナ。
「ナナちゃん、ちゃんとアランさんを応援しよう?」
「そうですよ?親分。仲間なんですから。」
「う~。やっぱり爆裂パンチを付与っとくんだった…」
しょぼんとするナナに、必死こきつつもアランが反論する。
「俺の活躍はここからだ!!見てろ!ナナ!この俺の拳の叫びを!!!」
「叫びが見えるわけないだろ!!あほか!!アラン!!あんまりしょぼいとリナに言うぞ!!」
「そそそれは待て!!今からすごいから!ちょっと待て!!」
必死にガルタス攻撃を避けるアラン。
デュランの方はそろそろ決着が付きそうだ。
「甘いっ!!」
キィン!!と金属音が響いたかと思えば、ネプトは持っていた曲刀を弾き飛ばされる。
しかしネプトは戦闘をやめない。素手で殴りかかってくる。
「諦めない姿勢はいいが、実力差というものを理解できねばね!」
ネプトの拳を掻い潜ったデュランは、細剣の柄でネプトの鳩尾を強打する。
「ぅ……」
微かなうめき声をあげ、ネプトは崩れ落ちた。そのまま動かないところを見ると、気絶しているようだった。
「おお!父ちゃんの方は流石だ!かっこいいぞ!」
「ありがとう。ナナ君。」
余裕を持ってネプトを下したデュランはそのまま息子の戦闘を観戦する。
相変わらず苦戦するアラン。
「こらぁ!アラン!ちっともすごくならないぞ!!」
相変わらずヤジを飛ばすナナ。
「違うんだ!!これは俺の実力じゃねぇ!!何故か体が重い!!今日は調子が悪いんだ!!」
「それは手足の筋トレ魔道具を重いままにしてるからだ!!あほか!!!」
ナナの魔眼には魔道具の状態も見えている。
衝撃の事実に驚愕の表情を見せるアラン。デュランは額に手を当てて天を仰ぐ。
「そそそれはハンデだ!!当然知っていたさ!!俺の拳がそう言っている!!!」
「拳が喋るか!!アランのあほっ!!」
アランは荷重効果を解除する。
「フ…。見ていろナナ!!お前の罵倒を称賛の声に変えてやるぜ!!この俺の熱き拳でな!!!」
「ロッテ、ジル。あれはもう駄目だ。脳筋だ。」
「私もさすがに擁護の言葉が出てきません…」
デュランが甲板に戻ってくる。
「済まない、阿保な息子で。これに懲りずに仲良くしてやって欲しい。」
申し訳なさそうに頭を下げるデュラン。
「大丈夫だ、おっちゃん。あたしはあほなアランも見捨てない!」
「ナナ君は本当にいい子だね。」
「でへへへ。そうだろう?あたしはいい女なのだ!」
ガルタスを一撃で昏倒させたアランだったのだが、その姿は誰も見ていなかった。
そしてそのまま船でデュランにお説教されていた。
戦況はさらに動き、黒海蛇の船団がついに接舷し侯爵の船に足場が掛けられる。
「次は俺らの見せ場だ。いくぞ!」
「「おおっ!!」」
7人が海賊の迎撃に動く。
「三人ずつだ。左右に別れてぶちのめして来い!!」
オルガンの指示が飛び、分散して船に飛び移る元狩猟者達。
彼らのレベルは現時点で40を超えていた。明らかに過剰戦力だった。海賊達は次々と昏倒させられていく。
そして中央。掛けられた足場の上に立つオルガン。大勢の海賊達がまとめて襲い掛かってくる。
「連続強制ポロリ当て。」
オルガンの呟きと同時にその両腕がぶれる。
海賊達の武器が弾かれ、宙に舞う。
「何だ!?何だ今のは!?」
困惑する海賊達の上を跳躍するオルガンはそのまま海賊船のメインマストを蹴り折る。
空中で折れたマストを掴むとそのまま着地。着地の瞬間、足元に震脚を使って船を大きく揺らす。
オルガン以外の海賊が宙に浮きあがり、オルガンはそれをマストを使って纏めて押し出し、海に落とした。
「こんな雑魚の相手なんぞ本来はやらねぇんだが、今回は特別だ。」
そう言って歩を進めるオルガン。
「百裂パンチだ!百裂パンチだ!!おっちゃんかっこいいぞ!!!」
ナナは上機嫌に大騒ぎしている。
黒海蛇の海賊達は次々と7人の男達に倒されていった。
その様子を眺めていたセロは、ジルに確認する。
「ジル、シロガミは?」
「まだ氷山の向こうです。今のところこっちに移動する気配はないですね。」
「ロッテ、動きがあったらすぐに通信お願い。」
そして残った海賊船、フィドルの船を睨むと、ナナを呼んだ。
「ナナ、たぶんあの船が最後だ。海賊潰そう。」
「わかった!あたしも一緒に行くぞ!兄ちゃん!」
セロとナナはフィドルの船に移動する。
お説教が終わったローグリア親子は昏倒した黒海蛇のメンバーを拘束している。
現在、侯爵の船に残っているのはジル、ロッテ、ルーシア、エトワール、ミューズ、そしてマリアス侯爵。
一般船員を除けばこれだけだった。そして艦橋付近の手摺にフックの付いたロープがかけられていることに誰も気付いていない。
潜水して侯爵の船に近寄り、ロープを使って手摺のすぐ下まで登って来ていたキースは、じっと機会をうかがっていたのだ。
そしてそれは今だ。キースはそう判断した。残っているのは女子供ばかり。
それでも用心深いキースは、侯爵を拉致したらすぐに戻る。一撃離脱を考えていた。
そんなキースの存在を索敵探知で見つけていたジルは、こっそりと皆に通信でそれを知らせていた。
「ルーシアさん、もしもの時はお願いします。」
船に残っているメンバーで前衛を務められるのはルーシアだけだ。
「分かりました。お二人は船室へ避難を。」
ロッテとジルは自然な動きで船室へ移動する。さらに手薄になったとほくそ笑むキース。
フィドルの船に降り立ったセロとナナの前には、ジャックが立ちはだかっていた。
「ここまでだ。小僧。」
エトワールから通信だ。
「セロ様!ミューズさんによれば、そいつはフィッシャーマンズ連合最強と言われている槍の使い手だそうですわ!!」
「へぇ、最強ね。ありがとう、エトワール。」
「兄ちゃん、こいつレベル42だ。結構強い。」
ナナは鑑定結果を伝える。
「でも俺達の敵じゃない。そうだろ?ナナ。」
「もちろんだ!あたしが勝つ!!」
セロは少し考える。
「今は船が手薄だ。俺はこいつやって船に戻る。奥の親玉はナナに任せるよ。殺さない程度にね。」
「わかった!!」
セロがジャックに斬りかかると同時に、ナナは艦橋へと走る。
さらに同時に、飛び出したキースがマリアス侯爵にいる艦橋に飛び込む。
扉を開けたキースの目の前には盾。
「はぁっ!!!」
扉が開くと同時にルーシアは盾でキースを押し出す。
「なっ、なんだぁ!?」
顔面を強打されたキースは、グローブを装着した手で顔を押さえ、ルーシアを睨む。
「てめぇ…、殺されてぇのか!!」
キースは叫んで、曲刀を抜く。
「あなた如きに殺されるつもりはありません。」
キースを挑発しつつ、艦橋から移動し、対峙するルーシア。
盾を前面に、片手剣を後方に構えている。守りを重視する構えのようだ。
続いて、エトワールが出てくる。
「殺すつもりもありませんのでご安心を。」
優雅に追加捕捉するエトワール。
「ふざけてんじゃねぇぞ!!!」
襲い掛かるキースの斬撃を、冷静に盾で受け、捌くルーシア。
「ムラムラァ!!!!ですわ!!!」
エトワールの放つ連続火弾が次々とキースに命中する。
「ぐおっ!があぁっ!!」
成長し、祝福で強化されたエトワールの火弾は、キースにとって無視できない威力だった。
「くそおっ!!」
曲刀を振り回し、火弾を弾き飛ばそうとするキースは、ルーシアの盾による打撃を防げなかった。
「てぇいっ!」
側頭部を盾で強打され、もんどりうって甲板を転がったキースは失神していた。
そしてフィドルの船では、ジャックの連続突きを余裕の表情で処理するセロ。
ナナが走り抜ける間は自分に引き付けておくつもりだったのだが、
無事、ナナが艦橋に入った後も黙って突きを受けている。
「う~ん、言った手前なんだけど、ナナのやつ、大丈夫かなぁ?ちゃんとやれるかなぁ?」
侯爵の船には皆が戻ってきていた。
「こらぁ!セロ!真面目にやれ!!」
アランからヤジが飛ぶが、
「お前が言うな!」
と父デュランから拳骨をもらうアラン。
「おし!こいつ片付けてナナの様子見に行こう!」
セロの方針が決定したようだ。
「海賊最強の男のはずですのに、セロ様が相手だとその辺の海賊と大差ないように見えますわ。」
「まぁ、どっちも雑魚ってことだな!」
エトワールのコメントに返答したオルガンがフィドルの船へ移動する。
セロが生成した鋼線がジャックに巻き付き、電気ショックで気絶させられたのと同時に、オルガンが到着する。
「あぅう~!!」
叫びと共に艦橋の扉と一緒になってナナが吹っ飛ばされてきた。
甲板の上を転がるナナ。
「ナナ!!」
不思議な光景を見ている気分だった。
強力な障壁を展開し、現在は凍結結界まで発動しているナナがぶっ飛ばされている。
皆、ありえない事態を前に緊張してフィドルの船の艦橋を睨みつけていた。